DAE 大量脱酸法のケーススタディ

立教大学図書館
小泉 徹




脱酸処理の結果報告 脱酸処理選択チェックリスト


脱酸処理の結果報告
  今回、脱酸処理に出したのは立教大学新座保存書庫で所蔵している主に戦前期の法律関係の図書約600冊でコンテナ数24個でした。お手許にあるのは日本ファイリング社の結果報告書です。コンテナ1ケースに約25冊づつ入れて処理したことになります。処理前後の表面pH値が平均で3.97だったのが処理後に9.34になっています。これはテストブックを同一ロットに入れて同条件で処理したものの分析結果です。確率的に標準偏差の0.08という値は、かなり確率が高いという意味なのだろうと思います。トリエタノールアミンというアルカリの残留がないといけないとされておりますが、それが1.52wt%、こういう含有量とのことです。
 処理に要した日数は、約2ヶ月かかりました。値段は定価でコンテナ当たり38,000円です。もっと数が多ければ安くもなるでしょうし、少なければ高いものになるでしょう。本の大きさにもよりますけれども、1冊当たり1,300円ぐらいのコストで、予算と処理期間ともに雑誌製本並の作業となりました。  納品のときにおりませんでしたので担当者に聞きますと、問題点はやはり匂いでした。納品された1週間、2週間ぐらいは匂いがあったそうです。最近でも棚のあたりでちょっと匂う気がいたします。本を開いてかいでみると特有の何か焦げたような感じの匂いがしますけれども、そんなにひどい匂いではありません。
 またもうひとつの問題は、日本ファイリングさんからサンプルをいただいておりますが、脱酸処理後の本文用紙の黄変です。少し色が変わっておりますけれども、この程度のものだということでサンプルを回覧いたします。これで脱酸処理の報告は終わります。

脱酸処理選択チェックリスト
  図書館の側として難しい問題は、どのような本をどのような優先順位で脱酸処理していくか、ということではないかと思います。お配りした「脱酸処理選択チェックリスト」は、結果的にこのような考え方で選んだらよいのかを後からまとめてみたものです。今後みなさんの館で脱酸処理を考える場合にこのような観点から考えてみたらいいのではないか、という提案のようなものです。
 今回私どもの館では、アクセスナンバー10万台以前の、主に戦前の法律関係の書架から、予算分の約600冊を選んだわけです。これは実際は皆で話し合って選んだわけではなく、保存書庫の担当の人が選んでくれたのですが、私も適切な選書だったと思っています。その時の判断を今後にもあてはまるような基準として整理してみるとこういうチェックリストになるかなと思います。

脱酸処理選択チェックリスト
年代的条件 - 1849
 1850 - 1899
 1900 - 1945
 1946 - 1989
 1990 -
本文用紙のPH1〜2
 3〜4
 5〜6
 7〜9
 10〜
本文用紙の劣化度very brittle
 brittle
 fair
 good
 excellent
資料的価値貴重書
 準貴重書
 通常貸出図書
 雑誌・新聞
 短期保存本
利用頻度数年に1度
 年1度程度
 年数回
 月数回
 毎日
製本・本文用紙の素材皮革・手稿本・インク使用
 紙・皮革
 
 紙・布
 コート紙等
   
脱酸未処理○× 
マイクロフォーム化未処理○× 
デジタル化未処理○× 


 このチェックリストは1〜5までの数字が通信簿のようですが、真中の3番目が最も適切なグループ、次に2番目、4番目がほぼ適切、1と5は不適切というイレギュラーな通信簿になっています。どなたかにもう少しうまく作成してもらえたらと思いますが、一つの考え方だと見ていただければ幸いです。
 年代を1850年までで区切ったのは、これは酸性紙ができたころですね。ちょっと早過ぎるのかもしれませんが仮にこれを1としました。このグループは酸性紙でないので脱酸処理は必要ないわけですね。  それから2番目は少し酸性紙が含まれてくる酸性紙初期みたいな時期です。20世紀というだけで1900年で切っておりますがあまり意味はありません。3番目は20世紀初頭から第二次世界大戦前で今回私たちが選んだ600冊の本はこの3番目のグループになります。
 4番目の1946年から1989年というのは、この中にも劣化した本がたくさんあると思うのですけれども戦後の本でまだそれほど劣化が進んでいないものも含まれます。5番目のグループを1990年で切った理由は、国会図書館のpH測定の第5回が1990年で、初めて中性紙の割合が7割を越えた記念すべき年ということで、この辺から中性紙がふえてきているのでプライオリティーが低いと判断しました。  次は劣化のレベルによる区分です。1番目の very brittle な資料は、脱酸処理をしても救済のしようがないグループです。2番目の brittle ですが、まだ何とか製本などはできるというもの。3番目 fair は紙質は今のところまあまあなもの、4番目 good はかなり良い、5番目 excellent は紙質がとてもいいと。あまり状態のいいものをやってもしかたがないし、本当にぼろぼろなものは回復はしないので、やはり中程度なものを脱酸するのがよい、という判断になろうかと思います。
 次の資料的価値ですが、1番目の貴重書というのはある意味で古い本ですから紙質はむしろ良いし、それからパーチメントだとかいろいろな材質がありますね、彩色本ですとか。そういう本は影響があると問題ですし、黄変などしても問題ですので、これはできないだろうと思います。2番目の準貴重書ぐらいならいいかなと思いますが、問題がある場合もあるでしょう。脱酸処理に最も向いているのはやはり中庸の3番目通常貸出図書、その中で少し古い資料群かなと思います。4番目の雑誌・新聞。貴重なバックナンバーもありますが捨てていいものもあるし、その中で永久保存の価値のあるものは脱酸処理を行う価値があるでしょう。5番目は短期保存本。ガイドブックなど、保存の意味がないもので、もちろん脱酸処理には適しません。
 次の利用頻度については考え方が難しいのですが、あまりにも頻度が少ないもの、これも処理してもしようがないのかなという気もしました。そういう意味ではやはり適度に使うものという中庸の3番ぐらいから処理するのが適当ではないかという判断です。
 次の製本・本文用質の素材です。革の装丁の本とか、手稿本などは向かないだろうと思います。今回の処理に出した本からも外したはずです。 3番目は紙だけを使用した図書。これならば最も脱酸処理に適しているわけですね。4番目の資料のように紙の他に布ぐらいは使っていてもいいのでしょう。5番目のコート紙やラミネートした図書などは不適切ではないでしょうか。アメリカのBPA法の説明にコート紙はだめだみたいに書いてありましたが日本ファイリング社の方法では大丈夫なのでしょうか。コート紙の種類もあるでしょうが人工的な紙はあまり好ましくはないのではないでしょうか。そういう判断基準もあって5番目も脱酸処理には向かない。やはり中庸が一番いい。
 ということで、このチェックリストは先に申し上げたように、点数は3番目が一番よくて、次に2番目と4番目がよい。1番目とか5番目はあまり適さないという変わった通信簿になっています。
 また○×式の最後の3項目のチェックリストは、媒体変換の項目です。脱酸処理は2回行っても意味がないわけですから、処理済の本を識別する方法を考えなくてはいけません。アメリカの議会図書館では背に白いマークをつけておくのだそうです。マイクロ化・デジタル化したものも、一応の保存措置済みということで脱酸処理は要らないと思います。
 最後になりましたが、回覧している劣化本は1981年頃に購入した雑誌バックナンバーで「Nation」というアメリカの総合雑誌です。1865年の創刊号から戦後まで、オリジナルのバックナンバーを大量に購入しました。納品されてみたら一部がぼろぼろで、書店にクレームをつけまして取り替えたのですが、またそれがぼろぼろなんですね。書店も困りまして一部はコピーで納品してもらいました。そのオリジナルの部分が要らなくなって今ここにあるわけです。これはもう捨てるのですけれども、サンプルで後学のためにと思って残してあります。不思議なのは見た目は真っ白で、きれいな紙でも、さわるとボロボロになっています。そんなに黄変はしていませんね。それから雑誌ですから何冊かは合冊しております。横から見ると同じ時代に作られたものなのに色が違うものもあります。よくわかりませんが、劣化のプロセスには環境や製造過程などいろいろな条件があるのかなと不思議な気がいたします。
 紙の劣化プロセスなどは知らなかったころの話ですが、それからすぐ1980年代に酸性紙問題が起きて、さらに10年位して中性紙が普及し、今後そのような過去の負の遺産みたいなものをどのように解決していくのかが今でも問題として残っています。書庫すべての本を大量脱酸するということは予算的にもむずかしい。そこでチェックリストを作ってそこで何から選択肢的に脱酸処理をしたらいいのかを考えていったらよいのではないでしょうか。
いずれにしてもデジタル化を含めて資料の保存は図書館として非常に選択が難しい問題であることに変わりありません。以上で発表を終わります。


トップページに戻る