中性紙の評価方法とこれからの課題

特種製紙(株)総合技術研究所
中野 修



1. はじめに 4. 蛍光X線分析結果
2. 使用者と製紙メーカーとのpH測定値の違い 5. 陰イオン含有量の測定(イオンクロマトグラフ法)
3. 挿入法とハンギング法による強制劣化試験 6. これからの課題
3−1 外見上の違い 7. おわりに
3−2 挿入法とハンギング法の違い Q&A
(資料保存協議会第1回セミナー:2000年4月21日)


1. はじめに

 1980年代に入ってから、図書館を中心とした資料保存に携わる人々の間で、酸性紙の劣化の問題が大きな話題となった。これを契機に、国立国会図書館に 「資料保存対策班」 と 「酸性紙対策班」 が設立され、その活動の一環として、出版物への中性紙の使用を呼び掛けてきた結果、今日では民間出版物の新刊図書の80%までに使用されるに至った。
 しかしながら、いまだに保存性を配慮した紙の規格も制定されておらず、中性紙の定義も曖昧であるのは、甚だ残念なことである。
 また、この様な現状の中で、標記テーマで報告するのは不適切とは思うが、過日、某保存機関から、「中性紙という触れ込みを信じて採用した紙は酸性紙ではないか調査して欲しい」 との依頼を受け、その調査結果の一部を報告するということでご理解を賜りたい。
 なお、本報では、中性紙の定義として、1988年国立国会図書館月報332号に記載されている基準を参考にさせて戴き、冷水抽出pHが6.5以上の acid free paper & alkalized paper を中性紙とみなして報告する。

2. 使用者と製紙メーカーとのpH測定値の違い

 酸性紙の疑いのある問題の数種類の紙のうち、一種類についてその測定値を記すと、使用者: pH=5.2〜5.7(ハンディpH計HPH-110「電気化学計器叶サ」)、メーカー: pH=6.6〜6.7(JIS P-8133 冷水抽出法)となり、測定方法が異なるものの両者の言い分は反対となった。且つ、中性紙チェックペン 「(株)日研化学研究所製」 による呈色も酸性となったと筆者に報告された。

3. 挿入法とハンギング法による強制劣化試験

 問題の紙は、栞のように本に挟んで使用することから、実際と同じような使用状況で試験を行ったほうが良いと考え、中性紙使用と銘打って販売している本を購入した。そしてその本の本文の間に、素性がはっきりしている数種類の紙と一緒に挿入した後、80℃ −80%RHの条件の中で56日間曝露した。同時に従来と同じように試料を吊した実験も行ったので、便宜上、前者を 「挿入法」、後者を 「ハンギング法」 と区別する。

 3−1 外見上の違い

 劣化処理後の試料について、代表的なものを写真で説明する。(画像をクリックすると大きな写真が見られます)

(1)処理前と処理後の比較 : 表紙カバー、帯封の変色 (2)表紙カバーと帯封が接触した部分の変色(保存現場では生じ易い現象)
(3)問題の紙 : 処理前他社品 「あさぎ」 冷水抽出pH 6.7 中性チェックペン(開封後1年以内)黄色に呈色 (4)処理前当社 acid free paper 「マーメイド・あさぎ」 冷水抽出pH 6.5 ペンで紫色に呈色 但し、開封後2年以上経過したペンでは黄褐色に呈色(有効期限の切れたものは使用しないこと)
(5)処理前当社 alkalized paper 「AFプロテクト」 冷水抽出pH 9.1 ペンでピュアな紫色に呈色 但し、開封後2年以上経過したペンでは紫褐色に呈色 (6)処理前手漉き紙 : 化学パルプ100%に硫酸アルミニウム 0%添加
(7)処理前手漉き紙 : 化学パルプ100%に硫酸アルミニウム 1%添加 (8)処理前手漉き紙 : 化学パルプ100%に硫酸アルミニウム 2%添加
(9)処理前手漉き紙 : 化学パルプ100%に硫酸アルミニウム 4%添加 (10)処理前手漉き紙 : 化学パルプ100%に硫酸アルミニウム 6%添加
(11)処理後他社品 「あさぎ」 : 右端は挿入法(褐変していない部分は本文からはみ出していた部分)、その左隣はハンギング法で同条件で処理したもの (12)処理後当社品 「マーメイド・あさぎ」 : 右側は挿入法、左側がハンギング法によるもの
(13)処理後手漉き紙 : 化学パルプ 100%に硫酸アルミニウム 1%添加 右端は挿入法、その左隣はハンギング法で同条件で処理したもの (14)処理後手漉き紙 : 化学パルプ 100%に硫酸アルミニウム 6%添加 右端は挿入法、その左隣はハンギング法で同条件で処理したもの
(15)処理後他社再生中性紙 : 右端は挿入法(褐変していない部分は本文からはみ出していた部分)、その左隣はハンギング法で同条件で処理したもの

 以上の外見上の違いから、次のことが確認された。

 (1)挿入法によって問題の紙は、化学パルプ100%に硫酸アルミニウムを 4〜6% 添加したものと同じように褐変して(酸性紙の疑いが濃厚となった)、隣接する本文に転移し黒褐色化が進むことがわかり、ハンギング法ではその挙動を確認するこはできないことが判明した(中性紙と見なされる危険がある)。

 (2)挿入法は、保存現場で生じ易い現象を再現できる可能性を秘めている。

 (3)有効期限の切れた中性チェックペンは使用しないこと。また、正しい使い方をすれば、簡易的である程度の識別が可能な便利なものと思える。但し、硫酸アルミニウムを少量使用した紙、硫酸アルミニウムを使用していない着色紙等の判定は困難である。

 (4)再生中性紙も酸性紙に較べて保存性は向上するが限度がある。

 (表1)、(表2)には、両法によって試験した結果をまとめて記載した。



 3−2 挿入法とハンギング法の違い

(表1)
    変色・色差pH耐折強度
挿入法ハング法(ペン)挿入法(表)ハング法(冷)劣化率(%)
あさぎ
他社
1週後で変色
2週後に転移
転移両面6頁
凾d=11.6黄緑5.9→4.6
(黄)
6.7→5.0
(黄)
80
あさぎ6週後に転移
転移両面1頁
凾d=11.26.3→5.3
(黄緑)
6.5→5.7
(黄緑)
85
象牙
他社
1週後で変色
2週後に転移
転移両面6頁
凾d= 6.6黄黒緑5.5→4.7
(黄)
6.7→5.4
(黄)
94
象牙変化なし凾d= 4.36.5→5.7
(紫黄緑)
6.4→5.8
(黄緑)
74
AF変化なし凾d= 3.6p紫8.3→7.0
(p紫)
9.1→7.4
(p紫)
37
(耐折強度の測定時の荷重は1.0kg)
(表2)
    変色・色差pH耐折強度
挿入法ハング法(ペン)挿入法(表)ハング法(冷)劣化率(%)
酸性紙
1%
6週後に転移
転移両面2頁
凾d=11.06.2→5.3
(黄緑)
7.2→5.6
(黄緑)
77
(0.5kg)
酸性紙
2%
6週後に転移
転移両面3頁
凾d=11.8黒紫6.2→5.1
(黄)
6.7→5.5
(黄緑)
67
(0.5kg)
酸性紙
4%
1週後で変色
2週後に転移
転移両面6頁
凾d=12.5黒緑紫6.1→4.7
(黄)
6.4→5.5
(黄緑)
65
(0.5kg)
酸性紙
6%
1週後で変色
2週後に転移
転移両面6頁
凾d=12.2黒緑紫5.8→4.4
(黄)
6.3→5.5
(黄緑)
70
(0.5kg)
再生
中性紙
5週後に転移
転移両面4頁
凾d=11.76.6→5.2
(黄)
6.9→6.3
(黄緑)
77
本文 凾d=4.3挿入法 9.3→8.1
(紫)
68
(耐折強度の測定時の荷重は0.5kg以外は1.0kg)

 但し、劣化率80%とは、もとの耐折強度を100回とした時、20回まで低下したことを示す。また(表1)、(表2)から、次のことが確認された。

 (1)紙のpHは経時変化して低下する。また、初期のpHが高ければ長期にわたって中性域を維持でき保存に耐えるものとなる。
 (2)経時変化による紙の変色と強度が低下することは別の現象であるが、今回の実験では、変色即ち劣化という現象と変色は少ないが強度が低下したいう現象が見られた。


4. 蛍光X線分析結果

 各試料の灰化物の蛍光X線分析を行い、金属がどの程度含まれるかを定量した。特に硫酸アルミニウムの使用に起因するAlと炭酸カルシウムの使用に起因するCaの存在に着目した。その結果を(表3)に示す。


(表3)(wt%)
 AlSiCa
あさぎ(他社)5716136
あさぎ12301335
象牙(他社)4850
象牙12321035
AFプロテクト1275

 (表3)から、硫酸アルミニウムを使用していない当社品に較べて、他社品はAlの含有量が多いことから、益々硫酸アルミニウムを使用したものとの疑いが強まった。

5. 陰イオン含有量の測定(イオンクロマトグラフ法)

 各試料に含まれる陰イオンの含有量を、 イオンクロマトグラフ法で測定した。この方法は紙中に含まれる酸性物質に起因する陰イオンがどの程度含まれていか調べる方法である。(表4)に乾燥後の紙1kg当たりの硫酸イオンの含有量 (mg/kg)を示す。


(表4)
  硫酸イオン
 あさぎ (他社)650
 あさぎ40
 象牙 (他社)800
 象牙40
 AFプロテクト20

(表4)から、硫酸アルミニウムを使用していない当社品に較べて、他社品は15倍以上の硫酸イオンが含まれていることがわかり、これまで述べた3、4項の事実も含め、明らかに硫酸アルミニウムを使用した紙であると判断した。また、黒褐色現象は硫酸の脱水作用によるものと考えられる。

6. これからの課題

(1)保存現場に発生する諸現象を学理的に解明する必要がある
 保存現場では素性の異なる多種多様な紙が混在した中で使用されているのが実情である。pHからみると、pH値が大きく異なった紙が、長期にわたって接触する場合ほんとうに安全だろうかという問いに対して、整合性のある答えが得られていないのが現状である。また、紙以外の材料(インキ、接着剤等)との関係も明確にしていくことが大切である。

(2)移行性物質(特に酸性物質)を含まない紙、もしくは含んでいてもあるレベル以下の紙が必要になる
 今回の強制劣化試験は、実際の保存現場では起こり得ない過酷な条件の中で行ったものであり、傾向をみた一例を報告したに過ぎない。しかしながら、紙を生産する立場として、安易に 「中性紙」 と呼称して販売するのは許されないし、企業のポリシーに関わる問題と思える。

(3)非木材繊維を使用した長期保存に耐える紙も必要となる
 塩素系漂白剤を使用しない化学パルプの使用や木材パルプより重合度の高い繊維を使用した長期保存用紙が必要となる場合もあり得る。

7. おわりに

 今日は普段保存現場では試験できない方法で、紙の中に含まれる成分を分析した結果と、「挿入法」 と仮称した方法で強制劣化試験を行った結果を踏まえて、「酸性紙ではないか」 との疑問に対して 「硫酸アルミニウムを使用した紙」 であると断定した経緯を報告した。未確認事項や整合性の欠く部分もあったとは思うが、一つずつ疑問や問題点を皆さんのご協力を得ながら解決していきたいと考えている。
 「挿入法」については、東京芸術大学の稲葉助教授と東京農工大学の岡山助教授の両先生に、劣化の諸現象を把握する有効な方法か否かの判断も含め、学理的に整合性のある方法として確立して戴けるようにお願いしました。いずれ皆様には先生方からの報告が聞けるものと期待しております。
 どうもありがとうございました。




Q & A


Q.紙の場合、強制劣化試験と自然条件下での劣化とどう違うのか?
A.現実にはなかなか一致しないので、両者の違いを説明するのは難しい。たとえば、生命保険証書に使用する用紙が(化学パルプ100%の)酸性紙であっても、70℃〜90℃ 65%RHの条件で強制劣化処理後の紙の耐折強度から、化学反応速度(アレニウスプロット)を常温での寿命で予測してみると「1000年」と出る場合がある。

Q.最近開発している中性紙は?
A.ノンバッファー(酸に対する緩衝材としてのアルカリを含まない)紙を開発中。(例えば古典写真など)保存物に直接触れる使い方の場合、pHが高い紙はよろしくないと思われるので、pH7.0±0.5のもの開発中。しかし、通常アルカリを入れないとpH6.3〜6.8、と7.0以下になってしまうため、若干のアルカリ(0.5%程度)を中和剤として入れる必要があると思っている。

Q.それはノンバッファーと呼べるのか?
A.通常の中性紙は2〜3%のアルカリが入っており、冷水抽出pHが8以上になる。ごくわずかなアルカリなら、ノンバッファーと言ってもよいのではないか?

Q.「新しい強制劣化試験方法」の表中で劣化率の高い紙は、実際に長持ちしないか?
A.劣化率が高くても、元の強度があれば長持ちする。

Q.pHチェックペンで日本製と米国製の違いは?推奨できるペンは?
A.製造元の日研化学にキチッと測れるペンについて相談したが、もともと印刷現場用として開発されたものなので正確に測るのは難しい。特に、pH6〜7あたりのデリケートな部分を測定できるチェックペンはない。



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