北米の123の大学図書館等で組織する研究図書館協会(ARL: Association of Research Libraries)はこのほど、デジタル時代の新しい資料保存の在り方をまとめた報告書「新世紀の始まりにおける蔵書の安寧な保護:ARLメンバー図書館での資料保存業務の現状と今後の役割」 “Safeguarding Collections at the Dawn of the 21st Century: Describing Roles & Measuring Contemporary Preservation Activities in ARL Libraries" を発表した。ARLのサイトからダウンロードできる。
ARLは研究図書館における資料保存の重要性に鑑み、1987年から各年度のメンバー図書館での関連業務の実態をアンケート調査して統計的にまとめたARL Preservation Statistics を毎年公表している。この調査においても、図書館製本やマイクロフィルムあるいは脱酸性化や代替化などの業務の実態は把握されていたが、アナログ資料とは基本的に異なるデジタル資料の保存や、研究・教育・学習のデジタル・ネットワーク環境下での変化をどのように資料保存業務の中に組み込んでいくのかといった課題には充分に応えられるものではなくなったいた。このため同協会は2006年に作業グループ(2006 ARL Task Force on the Future of Preservation)を立ち上げ、資料保存の重要性の再認識を周知させるとともに、新しい環境下での研究図書館における資料保存の在り方を探る調査と、これを元にした提言をまとめることにし、Lars Meyer (Emory University)を Visiting Program Officerとして招聘し委託した。主な目次は以下の通り。
Preface
Executive Summary
Introduction
A Working Definition for Preservation
Reshaping the Preservation Functions in Research Libraries
Creating Digital Surrogates
Collecting Web-Based Content
Collecting Machine Dependent Media
Traditional Core Preservation Activities
Environmental Conditions and Housing
Physical Treatment (Conservation, Binding, Deacidification)
Staff and User Education, Disaster Preparedness and Response
Reformatting
Partnering to Preserve Racing’s Rich History
Preservation Administration and Organization
The Networked Digital Environment
Digital Curation: An Emerging Concept
Preserving Digital Content (Surrogate and Born Digital)
Web Archiving
Digital Repository Development
IDEALS
Third Party Strategies for Preserving e-Journals and Other Content
Library Collaborative Strategies
Digitization
Web Archiving
Shared Storage: Print
Shared Storage: Digital
Deacidification
Next Steps
Conclusion
以下、同報告書の重要な論点を整理した Executive Summary および本文を、若干の解説とともに紹介する。
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Executive Summary(p.7-9)から
報告書は次の3つのテーマを軸に、それぞれの背景と現状分析を行い、ARLが主導すべき提言を行っている。機能、ネットワーク、協力である。
まず、図書館における資料保存という機能の再構築が挙げられる。資料保存は図書館の一部門だけが担えばよいというものではない。一方、資料の属性が、たとえばアナログかデジタルへと変化すれば、それに応じて、資料保存部門と他部門との関係にも変化が起きる。資料の利用者のニーズに応え行くためには図書館は組織の不断の再編成を求められる。資料保存の役割と関連する業務に関する提言としては、役割の自覚と、役割を果たすためにはどの資料が重要かという優先順位付け、練り上げた政策と戦略、資料のライフサイクル全体での戦略的な行動の決定、有機的な連携の元での不安定なデジタル・メディア依存コンテンツへの対応、環境負荷を考慮した費用対効果の算出やリスク分析、貴重資料の利用増加に伴うコンサベーションへの対応、資料保存のための図書館製本という認識、デジタル化や代替不可の書籍などへの脱酸性化、職員への教育の徹底と防災・救助計画の立案、将来のデジタル化を前提にしたマイクロ化とコピー、デジタル代替物保存に対するコミュニティ全体の考え方の統一–である。
次は、ネットワーク化されたデジタル環境の構築。分散したデジタル環境下では図書館単独での制御は難しいが、デジタル・コンテンツの将来に向けての可能性と、その不安定さを考えあわせると、今以上の直接的な関与が必須になる。そこで提言としては、デジタル・キュレーション(生成から保存、媒体変換などのライフサイクルを意識してデータを管理すること)を図書館単独ではなく、キャンパス全体で、あるいは外部とのパートナーシップを持って遂行する、ボーン・デジタル・コンテンツの保存のための著作権処理と技術的なインフラ整備および長期的な人員の配置、デジタル・リポジトリの活用。これらとは別にサードパーティによる電子ジャーナル・コンテンツの保存に対応する図書館としての投資と資源再配置。
三つ目が資料保存のための図書館間の協力体制の構築。資料保存に求められている課題を考えれば、単独の図書館では解決できない。ローカルなレベルでは経済的にも技術的にも無理である。そこで、機関を跨ぐ形での協力体制を作るための国の強いリーダーシップ、同じ資料を別の機関が重複してデジタル化するといった無駄を除くための図書館間の情報のシェア、ウェブ・コンテンツ保存への取り組みへの機関間の同意、すでに分担保管されている書籍等に関して集められた知識に対する関与、維持・マイグレーション・最も優れた品質のコピー等に必要なデジタル保管の政策、同一資料への脱酸性化処置の重複をふせぐための情報センターの設置–を提言している。
結論として、ARLメンバー他が今後進むべき方向を提言している。すなわち、コミュニティが行き当たる課題に注意を向け解決へと導く機関内また機関を跨いでの今以上の協力・協業体制を作る、ARLは、図書館自らがどのような活動をしているのかという情報を互いにシェアするように働きかける、資料保存活動のための専門家を得るための道を探るとともに、専門家の能力を最大限活かせるようなパートナーシップを組む、ARLに属する全ての図書館は、自らに課せられた受託責任と使命に適合した資料保存活動の核になる業務を維持する、デジタル・データのような不安定なコンテンツとそれに関連する技術環境を継続的に追いかけるためのスタッフを養成する。
本文(p.11-53、Appendix を含む)から
デジタル化を背景に、北米の研究図書館での書籍等への直接的な処置業務がどのように変化しているのか示すグラフが、本文の Physical Treatment (物理的処置:コンサベーション、図書館製本、大量脱酸性化)に掲載されている(p.19-22)。このうち、コンサベーション(ここでは貴重書や貴重文書を対象にした物理的な処置を表す)と、大量脱酸性化処置の変遷を見る。
コンサベーション(Conservation)

図4:製本された資料に対する物理的な処置の対象数の推移

図5:保護容器の採用数と、製本されていない一枚物の処置数の推移
図4と5によると、貴重書や特別コレクション等へのコンサベーションは、2003年以降、処置数が減少傾向にある一方で、保護容器の採用数が増加しているのが判る。「おそらくはコンサベーションや大量脱酸性化処置に振り分ける資源が減少してきたことを補うかたちで、保護容器により資料の安定化を図るというトレンドの表れではないか」(p.19)。
大量脱酸性化処置(Deacidification)

図6:ARL傘下のL大学図書館での書籍やパンフレットへの脱酸性化処置数の推移
大量脱酸性化処置はそれほど盛んに実施されているわけではない。その理由としては、CLIRの2007年の論文によると、費用が高い、資料を館外に持ち出さねばならない、資料によっては処置で悪い影響がでる、長期的な効果がまだ明確ではない、総合的に見てコスト的に見合うのかどうかに確信がない—。
今回の調査にあたっては脱酸性化を資料保存戦略のひとつとして検討するための資料保存のエキスパートからなる小グループが組織され、次のような意見が提出された。すなわち、図書館数が減少していくことは、一般蔵書をオリジナルのフォーマットで残す使命があることを意味する、資料保存の活動を特別なコレクションやユニークな所蔵資料、視聴覚資料、デジタル・アーカイブに集約することが活発になっている、デジタル化を、保存のためにというばかりではなく、旧来おこなわれてきた製本等にかかる支出を使って推進することも活発になっている、脱酸性化処置が必要な資料は現在も新たに蔵書に組み込まれている、脱酸性化の効果と長期的な影響についてより厳密な研究が必要である—。
物理的な処置の懸案事項(Physical Treatment Concerns)
処置の費用は場合によりさまざまだが、総じて費用対効果は良好である。また、特別コレクション、とりわけ閲覧や展示の頻度が多い資料にはこうした処置は必須である。とはいえ、資料保存や蔵書構築の担当者が指摘するのは、特別コレクションの構築を求められれば、その舵取りをしなければならず、他方ではコレクションへのアクセス拡大を求められるといった緊張である。また、貴重な現物資料の購入費を犠牲にしてまでデジタル・コンテンツを購入することやコレクションのデジタル化が行われることへの懸念もある。
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なお、ARLは報告書に関する議論を著者のMeyeと交わすウェブ・キャストを、この夏にサイトに設置するという。
[文責:木部]