抗酸化/抗変色(インク焼け処置含む) 2
■「ほぼ日刊資料保存」の記事
2006年1月17日(火)
Restaurator最新号- 500年経時の紙の化学的劣化、pHの新計測法、インク焼けの水性処置など
図書館・文書館資料の保存修復のための季刊誌 Restaurator; International Journal for the Preservation of Library and Archival Materials の最新号(Vol. 26, No.2, 2005)は、この9月にハーグ(オランダ)で開催された国際博物館会議保存修復分科会(ICOM-CC)の第14会国際会議の発表から、資料保存関連の6つの論文を掲載している。ちなみにこの6論文は同会議の予稿集には含まれていない。
■David Erhardt et al. Chemical Degradation of Cellulose in Paper over 500 Years.(p.151-158)
500年の時を経て紙の中に生成された糖類(グルコースやキシロース)の多寡を見ることで紙の劣化の指針にする。14-17世紀の紙と、18-20世紀の紙とを比べた場合、後者の紙の方の単糖類のレベルが高いことが分かった。酸加水分解の速度に倣う。
■Matija Strlic et al. A new electrode for micro-determination of paper pH. (p.159-171)
pHは紙の寿命を測る重要な指針の一つであるが、ポリアニリン・コートしたガラス電極と銀/塩化銀・塩化カリウム化により、従来法よりもさらに精度の高い計測が可能になった。この方法では3つの方法(直径1mm以下のサンプルを直接測る、サンプルを水に浸し水を測る、サンプル表面から5-10g採取して微破壊で測る)が選択できる。従来法の破壊的な冷水抽出法と同様の結果が得られた。
■John Havermans et al, NIR as a tool for the identification of paper and inks in conservation research. (p.172-180)
近赤外線分光法(NIR)による紙の種別の判定と、没食子インクの構成および劣化挙動の識別。NIRにより基準になる紙とインクをが得られ、未知の紙とインクや、劣化挙動の域別が可能になった。比較的簡単で、信頼性と再現性の高い方法としてコンサベーションの現場で活用できる。
■Jana Kolar et al , Stabilisation of paper containing iron gall ink with current aqueous processes. (p.181-189)
現在行われているインク焼け水性処置は、キレート性を持つ化合物による抗酸化か、もしくは腐食性の遷移金属を紙中から洗い流すことで紙を安定化している。この効果はしかし、複合的なものなので、そのメカニズムのより深い理解は、より安定した処置に結びつく。効果的な処置の鍵がpHである。pH5.0のフィチン酸カルシウム水溶液ので処置した紙は、pH6.2で処置したものよりも2,3倍速く劣化した。これは高いpHでの鉄キレートの溶解性が高く、この結果紙の中の鉄分がより良く除かれるためだ。促進劣化試験では、同じような効果を持つと期待されたDTPA(ジエチレントリアミン5酢酸)は、炭酸水素カルシウム水溶液で脱酸しただけのものと比べて、わずかに安定化が向上したに過ぎなかった。
■Birgit Vinther Hansen, Improving ageing properties of paper with iron gall ink through interleaving with papers impregnated with alkaline buffer and antioxidant. (p.190-202)
水処置を前提とした現在のインク焼け処置法は、水に流れるような色材を使ったものには使えない。そこで抗酸化力を持つ臭化ナトリウム(NaBr)と炭酸カルシウムを含ませた間紙を挟むことで、どのぐらいの抑制効果が得られるかを見た。加速劣化の後、引張り強度、pH、変色度を測ったが、この二つを含浸させた間紙は、没食子インクで書かれたサンプル紙でも、なにも書いていないサンプル紙でも劣化が抑制された。ただし後者のサンプルについては、引張り強度があるていど損なわれた。高い湿度の下での短期の処置においても、長期の保管のために半永久的に間紙をしても効果があることが分かった。
Restaurator;International Journal for the Preservation of Library and Archival Material
http://www.saur.de/index.cfm?content=kurzanzeige.cfm?show=0000006512&menu=catalog1
The 14th Triennial Meeting of International Council of Museums – Conservation Committee, The Hague
http://www.icom-cc2005.org/intro/schoonhoven/?set_lang=en
文責:木部徹(資料保存器材)
2006年1月13日(金)
MIP(紙中の金属)国際会議のプログラムが決定、共同プロジェクトの到達点示す
今月24日から3日間に渡って英国ノーザンブリア大学で開催されるMIP(Metal In Paper)国際会議のプログラムが発表された。EU委員会の支援を受けてヨーロッパのコンサーバターを中心に進められてきたMIP共同プロジェクトの現段階での成果が発表される。
没食子インク(iron gall ink)問題にまっさきに取り組み、プロジェクトの推進役を果たしてきたオランダ国立図書館の Hans Neevel の基調講演に続き、研究の拠点のひとつになりつつあるスロベニアのJana Kolar, Matija Atlic らの包括的なプロジェクト成果の発表の後、科学的な分析から処置法、ケーススタディまでの7つのセッションに分かれ、英国、フランス、ドイツ、カナダ、スペイン、ポーランド等からのコンサーバターや保存科学者からの発表が行われる。
MIP online
http://www.miponline.org/
2005年9月26日(月)
没食子インク劣化の抑制をハロゲン化合物で、非水性処置も--スロベニアの研究グループ
保存科学のE-ジャーナル e- Preservation Scienceは、Malesicらスロベニアの研究グループの「ハロゲン化合物による没食子インクの安定化 - 陽イオンの顕著な効果」(The use of halides for stabilisation of iron gall ink containing paper – the pronounced effect of cation)を掲載している。
鉄や銅などの遷移金属元素を含む没食子インク(iron gall ink)は、酸性化と酸化が複合して生じ、書写部の著しい劣化を引き起こすことは知られている。Malesticらはこの劣化の抑制のために、さまざまな第4級アンモニアとハロゲン化ホスホニウム化合物を適用した結果、第4級アンモニア・臭化ホスホニウム化合物の陽イオンのある種の大きさが抑制効果を発揮することを突き止めた。同化合物による処置は、加速老化試験においても、色戻り(白色度の低下)しないことも確認した、としている。また、これまで没食子インクの劣化制はインク中の鉄イオンに対してだけのものだったが、同じ遷移金属の銅にも効果があること、さらに、これまでの処置は水溶液によるもので、インク以外の書写部が水に弱い場合には使用できなかったが、アルコール溶媒などの非水性溶液が使用できる、などの新しい知見が得られた。
Jasna Malesic, Jana Kolar, Matija Strlic, Slovenko Polanc: The use of halides for stabilisation of iron gall ink containing paper – the pronounced effect of cation, Pages 13-18 (PDF 273KB)
http://www.morana-rtd.com/e-preservationscience/TOC.html
※非水性処置については、今月にヘーグ(オランダ)で開催されたされた第14回国際博物館会議保存修復学会(ICOM-CC)で、上記論文の著者のひとりであるKolarが発表している。ただし、現在特許申請中のため、技術の詳細については明らかにされていない。

従来法による処置(左)と、新しい方法による処置との比較。処置後に強制老化させた。
The case of degrading ink (PDF 37KB)
http://www.icom-cc2005.org/Documents/The-case-of-degrading-ink-JKolar-II-1.pdf
2005年5月19日(木)
RESTAURATOR : ドイツでの脱酸性化技術評価、インク焼け抗酸化等で好論文
図書館・文書館資料の保存と修復のための唯一の専門誌 Retaurator :International Journal for the Preservation of Library and Archival Material の最新号 (Vol 26, No 1, 2005) は、水性処置の際の水溶性インクへの滲み止めと脱酸性化の効果と影響、インク焼け熱湯浸漬処置の影響、インク焼け抗酸化化のためのフィチン酸キレート処置の影響、そしてドイツで実用化されている各種の脱酸性化技術の評価など、以下の5つの論文を掲載している。概要を紹介する。 (文責:木部徹)
Restaurator
http://www.reference-global.com/toc/rest/26/1
■B. HAVLINOVA, J. MINARIKOVA, L. ?VORCOVA, J. HANUS, & V.BREZOVA : Influence of Fixatives and Deacidification on the Stability of Arylmethane Dyes onPaper during the Course of Accelerated Aging.
滲み止めは一種類だけで全てまかなえない
水性の脱酸性化処置等を行う場合には、水に滲んだり流れたりする色剤に耐水性を持たせる処置が必要になる。なかでも緑や紫のインクの染料であるアリルメタンは滲み止め、流れ止めが必須である。著者らは酸性の紙基材をアリルメタン染料8種で染め、耐水性付与はSandfix WE とチクロドデカンで、脱酸性化は炭酸水素マグネシウムと同カルシウムの水溶液で行い、それらを加速老化させて効果を見た。それぞれ長所と欠点があり、1種類の耐水性付与の方法で全てをまかなうのは無理なことが分かった。
この論文の関連Web
J. Hanus, J. Minarikova, B. Havlinova, L. ?vorcova, V. Brezova, E. Hanusova :
CHANGES OF SOME ARYLMETHANE DYES ON PAPER DURINGCONSERVATION TREATMENT
www.infosrvr.nuk.uni-lj.si/jana/ICOMd/29JHanus.pdf
■SEASON TSE, HEATHER HENDRY, PAUL BEGIN, P. JANE SIROIS&MARIA TROJAN-BEDYNSKI: The Effect of Simmering on the Chemical and Mechanical Properties of Paper.
インク焼けの熱湯処置は紙に悪い影響を与えない
インク焼け資料を熱湯(90-95℃)に浸漬して焼けを防御する方法は、対策のひとつとして長く使われてきたが、紙への悪い影響が懸念されていた。著者らはリネンのラグ紙(おそらく1758年の)と、ろ紙を水酸化カルシウム(pH 8.5)液に15分浸漬し、この処置を行わなかった試料と、アルカリ水で洗浄しただけの試料を、共にチューブ法により熱老化させ、その影響を、重合度、含水率、pH、耐折強度、引き裂き強度、色の各変化で見た。また、走査型電子顕微鏡、SEM/EDS、FTIRでも観測した。その結果、化学的・物理的なダメージはないことを確認した。さらに室温の洗浄水だけの洗浄と浸漬は耐熱老化性が非常に良好で、特に新しい紙の場合に顕著だった。なお、老化してブリットルになった紙の柔軟性が浸漬後に良くなったのは、水溶性のサイズ剤や添加剤が紙中から流されたためと推測される。
この論文の関連Web
Season Tse, Sherry Guild, Roberta Partridge, Maria Bedynski, Kyla
Ubbink :Activities at the Canadian Conservation Institute and Library and Archives of Canada
http://www.knaw.nl/ecpa/ink/research_2.html
■ANTONIO ZAPPALA, CAROLINE DE STEFANI: Evaluation of the Effectiveness of Stabilization Methods. Treatments by Deacidification Trehalose, Phytates on Iron Gall Inks.
抗酸化剤トレハローゼとの組み合わせで好結果
ろ紙に没食子インクを含浸させ、フィチン酸カルシウムによるキレート処置と炭酸水素カルシウムによる脱酸性化に加えて、トレハローゼを抗酸化剤として用いた場合の効果を見た。重合度とpHを計測した結果、キレート処置と酸化剤との組み合わせが最も効果が高く、脱酸性化と抗酸化剤のみでは充分な効果は得られなかった。また概して、一口に没食子インクといっても、歴史的に使われてきたレシピは多用で多種であることを考えると、劣化の実際の状態を化学的な術語で正確に表すことは難しいといえる。
■LORENA BOTTI, ORIETTA MANTOVANI & DANIELE RUGGIERO: Calcium Phytate in the Treatment of Corrosion Caused by Iron Gall Inks: Effects on Paper.
フィチン酸カルシウムによるインク焼け処置は紙に悪い影響を与えず効果が高い
没食子インクインク焼けはインクの中の過剰な Fe2+イオンが触媒として機能し、セルロースの酸化劣化を加速させるものだ。フィチン酸カルシウムによるキレート処置はこうした焼けの進行を食い止める方法として世界的に定着しつつあるが、その処置の基材の紙への影響を見た。フィチン酸カルシウムと炭酸カルシウムとの組み合わせの効果が最も高く、紙への悪い影響も無かった。
この論文の関連Web
Lorena Botti, Orietta Mantovani and Daniele Ruggiero: Calcium Phytate, a Natural Antioxidant to Counter Paper Corrosion Caused by Iron Gall Ink
http://www.cflr.beniculturali.it/Eventi/Dobbiaco/Poster/Testi/Fitato_en.pdf
■GERHARD BANIK: Mass Deacidification Technology in Germany and its Quality Control.
ブックキーパー等の微粉末脱酸法は、紙中に生成される酢酸に効果なし
ヨーロッパですでに実用化されている脱酸性化法(ペーパーセイブ、ネッシェン、ブックキーパー、リベルテック)の効果を、German Research Association(Deutsche Forshungs-gemeinschaft: DFG)が開発した非破壊的な試験法で評価した。この方法はGC/MSを使ってセルロース劣化の指標となる二つの劣化生成物(酸加水分解によるフルフラル、酸化劣化による酢酸)を測るというもの。酸性紙をそれぞれの脱酸性化処置後に、これらがどの程度残っているかで各方法の効果を見た。いずれも液体の中で処置するネッシェン(水)とペーパーセーブ(HMDOという非水性液)は満足できる結果が得られた。しかし酸化マグネシウムや炭酸カルシウムの微粉末を使う方法(ブックキーパー、リベルテック)は望まれる中和効果を達成するには遠く及ばなかった。さらに酢酸は、ネッシェンとペーパーセーブ では完全に除去できるが、ブックキーパー、リベルテックでは紙から除去することはできない。またこの論文の後半は脱酸性化法を実際に導入する場合の選択の仕方について、それぞれの方法の利点と欠点をどう組み込んでゆけばよいのかをワークフロー図(p.72)と共に述べている。
この論文の関連Web
Gerhard Banik Technische Verfahren zur Papierentsauerung, Stand der Entwicklung Qualitatssicherung.
http://www.artconservation.nl/massaconservering.html
2005年3月4日(金)
イプセン草稿へのコンサベーション -- インク焼けへの対処は予防を優先

ヘンリク.イプセン (henrik ibsen)の戯曲草稿『カティリナ』のインク焼けへのコンサベーションをノルウェイ国立図書館のホームページが掲載している。イプセンは戯曲『人形の家』の作者として世界的に知られているノルウェイの国民作家。『カティリナ』は1850年に出版された。戯曲家としてのイプセンのデビュー作だが、草稿はイプセンの戯曲の手稿として唯一残されてる貴重なものである。
それぞれ16葉で構成される2冊のノートに書かれた草稿は、インクで両面にペン書きされている。挟み込みも加えると全部で三種類の、比較的良質の紙(リグニン無しの綿紙と麻紙)が使われている。酸性度を示す ph は 3,7 ~ 4,3、インク部は 3,6 ~ 3,9 と高い。また紫外線照射による目視でも蛍光発色が確認され、電化した鉄イオンを検知する指示薬 (bathophenanthroline)による検査でもピンクに発色するというように没食子インクが使われていることは明らかである。
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しかし基材の紙が丈夫だったこと、インクの組成が比較的良質だったことが幸いし、インク焼けの被害は、150年後の現在でも目に見えて酷いということはない。そこで、この草稿にはフィチン酸カルシウムによる抗酸化処置等をせずに、アーカイバル容器による小保管環境の形成、所蔵庫の温湿度の安定化(18-20℃、46-48%rh)と大気汚染ガスのフィルタリング(窒素酸化物、二酸化硫黄、オゾンを除去)で大環境を形成することを優先させた。ただしデンプン糊で貼ってある挟み込み草稿は、これを酵素入りの湿布(albertina-kompresse) を使い本体から外した。
資料への通常のアクセスは電子的なファクシミリ画像で保証されることになる。
詳細は以下に。
the conservation of henrik ibsen´s debut play catilina
http://www.nb.no/nbvev/eksternvev/html/engelsk_konservering_catilina_.html
インク焼け(ink corrosion)とは?
condition rating for paper objects with iron-gall ink.
http://www.icn.nl/getasset.aspx?id=654_nl-NL_live
pdf (380kb)
■例えば我が社では
遠山郁三「日誌」への保存修復手当て
画像でのpdf (780kb)

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