
今年5月にストックホルムで開催されたLIBER(欧州研究図書館連盟、350図書館が加盟)の国際会議 LIBER Think Tank on the future value of the
book as artefact and the future value of digital documentary heritage の参加レポートが
IFLA(国際図書館連盟) のInternational Preservation News (No.42, October 2007) に寄せられている(p.37-39)。レポートの著者はオランダ国立図書館「オランダの記憶」プログラム・マネージャーの
Ingeborg Verheul。
情報と人間の思索を運ぶ物理的な媒体である印刷物の役割はデジタル技術の追撃に会い、その未来が疑問視されている。一方、デジタル的な文化遺産の未来も、盛んな論議の的だ。あらゆる分野から提出されている以上のような課題に応えるため、同会議は「価値と信頼性というコンセプトは伝統的に物理的なモノとそのコレクションの上に築かれているものだったが、デジタルの発展によりモノとしての価値は減少するのか、それとも増大するのか? ヴァーチャルな情報の媒体の価値と信頼性はどこにあるのか? 目も眩むような量の、最初からデジタル記録として生まれてくるボーン・デジタル記録や
"古い"記録物をデジタルに代替したものははたして新しい文化記録遺産になるのだろうか?」を主な論点として各国から80余名を集めて開催された。三つのセッション(The
Future of the book、Preserving what?、Is there a digital cultural heritage?)
のうち第2セッション Preserving what?(保存すべきは何か?)での3つの発表のレポートを以下に要訳する。
The Google experience(グーグル体験) by Carla Montori, Preservation Projects Librarian, University of Michigan
ミシガン大学図書館は1993年に館単独でマイクロフィルムからのデジタル化を進めたが、この時には1フィルム(340ページ)当たりの費用は約100ドルを要した。グーグルとのプロジェクト(原本のスキャニング)では一冊当たりの費用は10ドルになった。一週間に250冊(8時間シフトで一日50冊、7万画像)、年間だと1200冊で、1993年のデジタル化の約2倍になる。グーグルはデジタル化の良し悪し(quality
control)を、その画像からのOCRでのテキスト・データへの転換がうまくゆくかどうかで決めている。
グーグルとのプロジェクトにより、それまであった館内での代替の仕事は無くなった。また資料保存の仕事が蔵書指向(collection oriented)から技術指向(technology
oriented)になった。この結果、物理的な補修処置等は蔵書構築部門の仕事になり、資料保存課が廃止された。
デジタル化により現物へのアクセスは減る、というのは作り話でしかない。グーグルとのデジタル化は、その現物へのアクセスの頻度を逆に増加させている。
The decision process in digital projects (デジタル化計画での決定プロセス) by Jan Paris ,Conservator, Special Collections Chapel Hill University
現物へのコンサベーションとデジタル化(スキャニング)の決定プロセスはほとんど同じ問題を孕むのだから、ある資料のデジタル化の適正を決める時には、What、Why、Which、Who、When という問いかけが必須だ。またこれらとともに、どのぐらいの費用がかかるのか、それはどのように賄うのか、技術的にどのように行うのかが問われなければならない。
デジタル化を達成するために原本が「犠牲」になったり、原本の持つ研究的な価値が損なわれるようなことがあってはならない。このためにはコンサーバターはデジタル化計画の最初期の段階から関わるべきであり、デジタル化を実際に行う業者との契約内容にコンサーバターが参画すべきだ。
Authenticity and the role of the original (真正性とオリジナルの役割) by Lars Bjork, Preservation Coordinator, National Library of Sweden
文化財と呼ばれるものは、有意味性(significance)、材料(material)、形態(form)の三つ性格があり、美術館・博物館資料はこの三つに同格の重要性があると見られる。しかし、文書資料を主としたアーカイブでは「形態」は、他の二つほど重要性はなく、図書館資料は有意味性(significance)が最も重要な性格になる。真正性(authenticity)の定義が機関によって異なるのはこの三つの捉え方が異なるためである。
その図書館資料は、内容(contents)が提供されれば良しとするのか、それともモノとして持つ情報の全部を提供するのかを選択するのが重要だ。すなわち、その本は単に情報の媒体にすぎないのか、それともそれ以上のものなのか--と。
「資料保存」と「デジタル化」は、お互いが分かり合えない言葉を使っている。デジタル化にあたってはこの「言葉の壁」を乗り越えるために、コンサーバター、代替作業に携わる撮影者、そしてカタロガー(目録作成者)がプロジェクトに関わることが必須だ。
International Preservation News
(要訳文責:木部徹)
全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)の『会報』(No.80、2007.11)は高埜利彦・学習院大学教授による「大学院アーカイブズ専攻過程の開設」を掲載している(p.16-17)。日本で初の大学院レベルでのアーカイブズ学専攻として来年4月にスタートする同過程は博士前期課程15名、博士後期課程3名、専任教員は5名を予定している。科目はコア科目、学際科目、応用科目に分かれ、コア科目(11科目)のひとつとしてアーカイブズ・マネジメント論研究Ⅲ(記録史料保存論)が設置されている。安江明夫氏(国立国会図書館顧問)が講師として担当する。
学習院大学院アーカイブズ学専攻
※上記HPには現時点(12月26日)では科目の一覧は掲載されていない。

今年10月に正式オープンした英国図書館センター・フォ・コンサベーション(British Library Centre for Conservation)
のサイトは貴重な資料に対する同センターでの保存修復手当てを動画で紹介している。刊期の明確な現存最古の印刷物である敦煌遺物「金剛般若経」(10世紀)やチベットのラーマーヤナ(9-10世紀)、メルカトル図法による16世紀の地図(冊子)など5つの資料を対象にした手当てを、全
6分ほどのストリーミングの動画で見ることができる。

国際的なインク焼け研究協力プロジェクトのサイト Inc Corrosion Website は、没食子インク焼け(iron-gall ink
corrosion)への水性処置の定番になったフィチン酸カルシウムと炭酸水素カルシウムの組み合わせによる処置マニュアルをサイトに掲載した。事前のアセスメント、処置の準備、適用法、参考文献まで、豊富な画像とともにマニュアルとして最も詳細なものになっている。
オランダ国立文化財研究所(ICN)の Johan Gerrit Neevelらにより1995年に開発されたこの方法は、その副次的な影響も含めて、各国での研究や試験が進み、現在では最も安定した効果が得られる処置方法として定着しつつある。今回のマニュアルは
Neevel とともにこの方法の開発と試験、普及に携わってきた Birgit Reissland (ICN, Amsterdam)が中心になり,
Karin Scheper (University Library Leiden/NL) 、Sabine Fleischer (Broekens
and Fleischer Book and Paper Conservation, Nijmegen/NL)が内外の研究者やコンサーバターの協力を得て完成した。
Calcium-phytate / calcium-bicarbonate method
アメリカ国立公文書館が戦略的イニシャチブとして構築を進めている電子記録アーカイブ(ERA)システムのソフトウェアが政府による各種の試験を無事通過し、引き続き第二フェーズに入ることになった。ERAはアメリカ政府の電子記録形態の公文書の長期の保存とアクセスを保証するためのシステム。昨春、開発を委託されたLockheed Martin Corporationによるハードウェア開発が始まるのと並行してこの9月に最初のパイロット・ソフトウェアがリリースされ、幅広いエンジニアやエンド・ユーザーによる試験が行われていた。最終フェーズのためのパイロットのリリースは2008年3月を予定している。
Successful Test for First Phase of National Archives Electronic Records Archives System
紙媒体記録資料のコンサベーションのための専門誌 Restaurator 最新号(Vol. 28, 2007- No. 3)は以下の論文を掲載している。
P. Nuglbe. : The Achilles Heel of the Preservation of Documentary Materials in Sub Saharan
Africa: Knowledge and Skills of Funding? (p.159-168)
アフリカ・サハラ以南の各国の資料保存は今後充分な資金投入と人材の育成が必須であるが、しかし資料保存教育をされた蔵書管理の専門家を育てなければ資金投入も無駄になる。
Y. Uchida(内田由紀). et al. : The Evaluation of Aqueous Washing Methods of Paper by the Mesurement of
Organic Acid Extraction.(p.169-184)
漬浸、ブロッティング(ろ紙吸着)、超音波ミスト+サクション・テーブルの3つの方法で各種の本文紙の水洗浄を行った場合の、紙中の有機酸の除去効果を比較。薄く、粗な紙の場合は漬浸法が最も効果があり、ミスト+サクション法がこれに次ぐ。厚く密な紙の場合はサクション法は効果がほとんどない。ブロッティング法は有機酸除去についてはもっとも効果が薄い。
E. Stefanis, C. Panayiotou. : Protection of Lignocellulosic and Cellulosic Paper by Deacidifiation with
Dispersions of Micro- and Nano-particles of Ca(OH)² and Mg(OH)² in Alchols. (p.185-200)
アルコールに分散させた水酸化カルシウムと水酸化マグネシウム微粉末のリグニン含有紙とセルロース紙への適用による劣化抑制効果の試験。あらかじめ老化させた紙と老化させない紙を浸し、人工加速劣化試験をしたところ、あらかじめ老化させた紙には効果的だったが、老化していない紙には保護効果はなく重合度が低下した。繊維の隙間に入り込んだ高いpHをもつ水酸化カルシウムやマグネシウムによりセルロースのアルカリ加水分解が生じたためと推測される。
M. Zotti. et al. : Inhibition Properties of Simple Fungistatic Compounds of Fungi Isolated
from Foxing Spots. (p.201-217)
脱酸性化剤としても使われているプロピオン酸カルシウム(calcium propionate)を水およびアルコールの溶解させたもの、市販の防カビスプレーの効果の比較。プロピオン酸カルシウム・エタノール飽和溶液(3.5 g/l)が最もカビ抑制効果が高かった。
A. Knop. et al. : Paper and Board on Closed Boxes: Alteration of Water Sorption Capacity
during Cyclic Temprature Changes. (p.218-224)
保管箱 solander box 【夫婦箱のような構造--訳注 】に収納した紙、ボード、コルゲート構造のシンクマットの含水性が外気の温度変化によってどのように変わるかを試験。短いスパンで25℃と56℃の二つの温度設定を繰り返す環境に置いたとき、含水性は徐々に低下して行く。また二つの設定環境での吸水・放水カーブも緩やかになって行く。これは乾湿を繰り返すためにセルロースの密度が高くなるのが原因と思われる。
(要訳文責:木部徹)

日本書籍出版協会、日本雑誌協会と出版ニュース社はこのほど共同でデジタル版『日本出版史年表』を公開した。紙媒体による出版物『日本出版百年史年表』(布川角左衛門編集委員長)は書協創立10周年を記念して1963年に刊行されたが、近代の日本の出版物の基本的なインデックスとして現在でも利用が多いにも関わらず入手が困難になっていた。今回ウェブで公開したのは1958年から1967年の10年間分だけだが、今後、刊行以降の40年分と、遡っての約130年分を製作し、公開していくという。
国立国会図書館は2008年1月23日(水)に「ウェブアーカイビングの現在と展望-国際連携に向けて-」と題する講演とディスカッションを行う。ウェブアーカイブを中心とするデジタルアーカイブ全般について、その意義と必要性、最新の国際動向などについて、国際的活動を繰り広げるクリス・カーペンター(インターネットアーカイブ ウェブグループ ディレクター) 、ジュリアン・マサネス(ヨーロピアンアーカイブ ディレクター) の講演と、喜連川優(東京大学 生産技術研究所 教授) を交えてのパネルディスカッションが予定されている。参加は無料。詳細は下記ページで。
講演とディスカッション:「ウェブアーカイビングの現在と展望-国際連携に向けて-」

12月8日付けニューヨークタイムズによると、フランス・ラスコーの洞窟壁画に黒色と灰色のカビが発生した(写真の牛の角の上部)。この10年間で二度目になる。原因については、温湿度管理システム、研究者による照明、人が排出する二酸化炭素--等々が複合した洞窟内環境の変化によると推測されているが、保存科学の専門家にもはっきりした理由は判らないという。同壁画は1万5~7千年前に描かれたもので1940年に発見された。
Fungus Once Again Threatens French Cave Paintings

ハーバード大学とインディアナ大学は共同プロジェクト Sound Directions の活動の一環として、このほど音響資料の保存に関するレポート"Sound
Directions: Best Practices for Audio Preservation"を出版した。PDF形式(168p,
5.52MB)で同プロジェクトのサイトから無料でダウンロードできる。
この共同研究は.アメリカ人文科学基金からの援助により両大学のチームが2年間かけて行った共同研究の成果をまとめたもの。各種の音響資料の保存と利用のための機器、デジタルファイル、メタデータ、保管法、保存のためのシステムとワークフローから構成されている。それぞれのチャプターは、一般の図書館や学芸員のための非専門家向けの解説と、音響技術者等の専門家に向けた解説(両大学の音響資料保存の詳しい保存システムの紹介を含む)の二本立てになっているのが特徴。
Sound Directions: Best Practices for Audio Preservation
日本図書館協会資料保存委員会保存管理チームは連続セミナー「調査から計画へ」の第5回として、蛭田廣一氏(小平市立中央図書館長)による「地域資料の整理と保存修復--小川家文書の事例」を1月25日(金)18:30分から日本図書館協会会議室(東京・中央区)で開催する。
OCLC(Online Computer Library Center) Western Service Center のオンラインでの資料保存教育プログラム Preservation 101: Basics for Paper and Media Collectionsは来年1月からの新規の受講者を募集している。期間は1月7日から2月29日までの8週間で、ウェッブ上の"仮想教室"の受講者数は12名に限定。有料で、同Service のメンバーは250ドル、メンバー以外は325ドル。紙媒体記録資料の保存を中心に、資料保存計画の立案、資料保存の歴史的な理解、調査法--等々を教えるカリキュラムになっている。
Preservation 101: Basics for Paper and Media Collections

オーストラリアのメルボルン大学文化財コンサベーション・センター(Center for Cultural Materials Conservation)はこのほどコンサベーションのための東洋の紙の繊維を同定するためのデータベース
Oriental Papaermaking Fibers database をウェッブにアップロードした。同センターのインターンシップの業務のひとつとして
Travis Tayler がまとめたもので、紙媒体の繊維のうち東洋の18種類の紙の繊維の物理的な特徴(長さ、幅、尖端の形状、縒り)と、ASTM
1030-95に則した二つの繊維染色法(Herzberg、Graff'C')によるカラー画像を掲載している。これまで、各種の印刷媒体では染色した繊維のカラー画像が掲載されている例もあるが、ウェッブのホームページでまとめたのは初。