今日の工房 2018年 3月

週替わりの工房風景をご覧ください。毎日こんな仕事をしています。

2018年3月28日(水) 工房は年度末の繁忙期で、修理・ 容器部門共にフル回転。

例年同様、工房はいま繁忙期真っ只中。スタッフはフル回転で仕事に取り組んでいます。完成した保存容器、修理の終わった資料は、お出しする書類の最終確認後、順次お客様の元へ発送、ご納品に伺っております。ご納品と併せて、両部門共に新しい案件のご相談も相次ぎ、おかげさまで次年度も忙しい一年になりそうです。

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2018年3月21日(水) 神奈川県立歴史博物館様所蔵の屏風を収納するコンテナ・ ボックス

神奈川県立歴史博物館は横浜市にある博物館で、神奈川にまつわる歴史・民俗資料や美術品などを収蔵・展示している。今回、同館からご依頼をいただき、屏風を立てて収納するコンテナ・ ボックスを製作した。

 

ボックスは外寸が高さ1800㎜×幅900㎜×奥行800㎜あり、1ボックスに屏風が4〜6隻程度収納出来る。蓋は慳貪式の前扉にし、留め具などの飛び出しがない設計になっている。また前扉の密閉度を高めるため、ボックス本体の壁にはアルミの補強材を垂直に入れている。これによって紙製の箱とは思えない程の強度が得られ、屏風を立てかけても壁がたわまない構造になった。 屏風の重みでボックス内部の床が凹まないよう、プラスチック製の底板を貼り込んだ。製作時にはスタッフが乗って強度を確かめている。

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2018年3月14日(水) 専図協セミナー、1966年のフィレンツェ被災本の救出作業から生まれたコンサベーション・ バインディングを試作する

2月27日(火)に開催された専門図書館協議会主催の「資料保存セミナー(関東地区)」を昨年度に続き今年度も担当しました。今回は「本の綴じ形態を知り、コンサベーション・バインディングを試作する」というテーマで講義と実習を行いました。

 

コンサベーション・ バインディングは、1966年のフィレンツェでの大洪水で被害を受けた膨大な数の書籍の救出作業(画像① ②)をきっかけに生まれました。それらの書籍の中で、最も被害の少なかった書籍の構造(綴じ方、表紙の接合方法、接着剤の採用の有無、可逆性など)を調べることで行き着いた考え方と技術です。講義では、それを元にした書籍の構造を、現在図書館やアーカイブズ等で保存されている冊子形態の様々な製本構造と比較し、その特徴や損傷傾向をサンプル本を見ていただきながら解説しました。

 

実習では、コンサベーション・バインディングの代表的な方法の一つであるリンプ・バインディングを試作し、本への負荷が極めて少なく、可逆性のある構造とはどういうものかを実際に試作し、体験していただきました。

弊社が担当したセミナーで、折り丁(括)を綴じていくという作業を盛り込んだのは今回が初めてでしたが、参加者の方々は皆さん、すぐにコツを掴んでどんどん綴じ上げて下さり、足並みを揃えて時間内に終わることができました。

 

また、セミナー後に実施されたアンケートの集計結果では、「全体としての感想」として参加者17名すべての方が「大変良い」と回答して下さいました。その他の設問に対しては、以下のような回答をいただきました(抜粋して掲載)。アンケート結果は今後の参考にしてまいります。

 

 

「受講して、あなたが最も興味深く学んだ(印象に残った)ことは何ですか?」

▶︎資料の強度について。立派そうな装丁のものがもろく、接着剤を使わないものが強いというのが印象にのこりました。

▶︎書籍は1点ずつ、保存・修理の方法が異なるということ。貴重な資料については、慎重に方法を検討することが大切だと思った。

▶︎手で製本するのはとても手間がかかっているということがわかりました。ただ、とてもしっかりしていると実感しました。

▶︎可逆性のある装丁が保存には重要だということ。接着剤は使ってはいけませんね。(つい使ってしまうけど)

▶︎可逆性のある製本=コンサベーション・バインディング という概念を知ることができたのがまず大変有意義でした。本の構造についても様々なバージョンがあることも知れて良かったです。

 

「他に聞きたかった(不足していた)ことは何ですか?」

▶︎今回の製本は図書館でどのようなときに使うべきか具体例をもっと聞きたかった。

▶︎質問に答えていただいたので不足はありません。

▶︎日々直面している破損本の修理方法と具体的対応方法。

 

 

関連情報

[動画]  The restoration of books: Florence – 1968

 

(修理でのコンサベーション・ バインディングの事例)

学習院大学図書館様所蔵「華族会館寄贈図書」資料に対する保存修復処置事例

 

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2018年3月08日(木)フィルム・ エンキャプシュレーションの現在(3) ガス吸着シートの同封が開く新しい可能性

9.  大英図書館の新聞資料は年間1.4t の VOCs を出している

 

保管環境内の汚染ガス対策が紙資料の劣化を抑制することは古くから指摘されていたが、資料自体から発するガスを再び資料が吸着し劣化をもたらすことが広く注目されるようになったのは近年になってである。なかでも英国図書館が2009年に発表した「新聞資料の保管庫内の新聞から発生するガス」の問題は、明快な数値で示したこともあってか、同種の資料を持つ機関に衝撃を与えた。曰く、英国図書館の新聞資料を並べると、棚長は33km、重量は5,300t、そこから発生するガス(VOCs 揮発性有機化合物)は年間 1,4t、放散させ消滅するのには3,800年かかる(画像①)。

 

フィルム・ エンキャプシュレーションでは、この書庫内のような大きな環境と同じことがフィルムの間で生じていることになる。しかも、放散しない密閉環境では、酸性ガスは凝縮されて強い酸になる。これを除去するにはどうすれば良いのか?

 

 

10.  フランスの研究機関CRCDG、ガス吸着シート MicroChamber®︎と同封で抑制効果

 

酸性紙をエンキャプシュレーションをする際に、Shahaniが実証したように、フィルム内で発生するガスをアルカリ性の本文紙が吸着するならば、吸着性能のより高いものを採用すれば、劣化抑制効果は一層高くなるのではないか?

 

これに取り組んだのがフランスの国立紙資料保存研究センター( CRCDG: Centre de recherches sur la conservation des documents graphiques) のFloréal Danielらの研究チームである。Daniel らは、汚染ガスを吸着する MicroChamber®︎に着目した。

 

MicroChamber®︎は 米Conservation Resources International が1992年に製品化したもので、大気中の亜硫酸化物や窒素酸化物などを吸着して、紙焼き写真や文書の変色を抑制できる新しい素材として注目された。ガス吸着材としては活性炭が一般には知られているが、MicroChamber®︎は微細なゼオライト粉の持つ分子ふるい機能(molecular sieve)を紙に担持させたものだ。これまでの吸着材の100倍以上のガス吸着力を持つとされる。MicroChamber®︎は文化財の保存のための革新的な材料として用途開拓が進み、美術館・ 博物館むけの板材 ArtCare®︎もその後開発されたことで、世界的に市場が広がった。

 

Daniel らはまず、Shahani が採用したアルカリ性の本文紙とMicroChamber®︎シートの吸着性能を比較して後者の圧倒的な優位と、フィルムのガスバリア性により外部からの汚染ガスの侵食が無いことを確認し、4種類の紙(ろ紙=コットン紙、酸性紙、弱アルカリ性本文紙、MicroChamber®シート)を亜硫酸化物と窒素酸化物を含む環境下に晒したのち、これをエンキャプシュレーション処置をし、強制劣化後のそれぞれの紙のセルロース重合度の変化を見た。その結果、酸性紙は予想通り重合度の低下が著しいことを再確認した。また、密閉環境下では中性のコットン紙(ろ紙)も自ら発するガスによる劣化は免れないものの、MicroChamber®紙と同封したものは、重合度低下の抑制効果が確認された(画像②  グラフ線上から、エンキャプしない元の紙、弱アルカリ性紙同封、MicroChamber®同封、同封なし)。さらにMicroChamber®シートは下敷きのかたちで接しておらずに近接していても、同様の結果が得られるという新しい知見を明らかにした。

 

 

11.  当社の現在の取り組み— 汚染ガス吸着シートGasQをエンキャプシュレーションに

 

当社は一枚ものの紙資料を安寧に保存・ 利用できる方法として、エンキャプシュレーション技術をいち早く導入した企業である。その後も、ここに紹介してきたような海外での研究の進展を怠りなく見守り、実用上問題ないと判断したものは積極的に取り入れてきた。また、エンキャプシュレーション処置をする酸性の資料については、水性および非水性の脱酸性化処置を封印前に行うことを必須としている。

 

ただ、酸性紙であっても、アルカリ性の炭酸カルシウムやマグネシウムを紙に与える脱酸性処置はしないという資料はある。資料に使われているインクなどのアルカリ耐性が不明で、その確認試験もインクなどを変色させるかもしれない場合だ。また設計図面などに多用されてきた青写真も、基材の紙の酸性度は高いが、アルカリ処置は画像面の変色をもたらすことから、御法度とされている。

 

こうした資料へのエンキャプシュレーションの適用を可能にするのが、MicroChamber®︎に代表されるガス吸着材の同封だ。当社では2012年に汚染ガス吸着シートGasQ®︎を開発・ 上市した。分子ふるい機能を持つゼオライトがセルロース内で高密度に結晶化しており、従来品のようなゼオライト粉体の脱落はなく、シート表面もザラつきがない。接触する資料への影響もPAT等で確認している。肝心の吸着力も、紙の劣化時に最も多く発生する酢酸を例にとると、当初100pm が60分後には1ppmにまで低減する。

 

両製品とも現在、応用開拓に取り組んでいるが、その一つがエンキャプシュレーションへの導入(画像③〜⑥)である。これまでならば封印前の脱酸性化処置に躊躇するような資料へも下敷きとして適用できる。また、上述した Daniel らの研究が述べるように、資料に接しなくて近接していても効果があるならば、下敷きではなく、GasQをフレームのように資料を囲むかたちでエンキャプシュレーションすれば、両面に情報がある資料にも適用可能である。

 

 

12.  エンドユーザー自らがエンキャプシュレーション処置ができる

 

もうひとつの応用の可能性が、エンドユーザー自らがエンキャプシュレーションする際のガス吸着材としての採用である。図書館やアーカイブズ、あるいは美術館・ 博物館が自ら実施したいと思っても、これまでは限界があった。脱酸性化処置ができる機関は限られているし、フィルムの端のシール法も、現在ではスタンダードな方法である高周波溶着機を導入するのは、予算やマンパワーの上で難しい。結局は、当社のような外部の業者に任せるしかなかった。

 

しかし、ガス吸着紙の同封という方法ならば、あらかじめ2辺(L字)、あるいは1辺だけをシールしてあるエンキャプシュレーション用フィルムを購入すれば、自館ですぐに着手できる。L字型なら他の2辺、1辺なら他の3辺は開封されているが、Shahani が指摘しているように、辺が開封しているか否かは関係なく、発生するガスはフィルムの間に行き渡るのだから、ガスを吸着するものと一緒に封印すれば良い。

 

なお、画像⑦ は酸性の本文紙とろ紙とGasQと共にエンキャプシュレーションし、そのまま加速劣化させたもののフィルム内部の酸性度をAD(acid detective)ストリップで測ったものである。GasQの優れた性能がお解り頂けると思う。しかし、GasQ®︎は市場に出したばかりの製品であり、確かな基本性能とは別に、応用分野でのデータの蓄積はスタートしたばかりだ。当社では社内でできる簡易な試験とともに、外部の専門機関への委託試験も数多く行なっており、今後適時、その成果を発表し、お客様のより確かな信頼を得たいと考えている。

 

(終り)

 

 

 関連情報

フィルム・ エンキャプシュレーションの現在 ⑴ なぜこの技術が必要とされ、広く普及したのか?

フィルム・ エンキャプシュレーションの現在(2) 二枚のフィルム内に封じられた酸性ガスは劣化を加速させないのか?

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