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中国古籍の修理(3)

中国古籍の修理 ― コンサーバターのために (3)

デヴィット・ヘリウェル
(福島 希 訳)  2008/10/17

<基本的な製本形態> 続き

4. 包背装

蝴蝶装の問題点は、綴じの構造を単純に反対にすることで解決した。つまり、テキスト面を内側にして折った書葉を版心で糊付けするのではなく、テキスト面を外側にして折り、書脳に紙縒りを通して結ぶことで綴じられた。この製本形態はオモテ表紙とウラ表紙を1枚の紙から作り、書脳を包むようにして糊付けを行うことから「包背装」という名で知られている(写真4)。

包背装は元代から使われるようになり、明代初めには蝴蝶装に代わってほとんどの製本に使われ、嘉靖期(1522‐1566)まで標準的な製本形態だった。

包背装

写真4 包背装。明代の嘉靖(16世紀)の官刻本で、修理された形跡があるものの、オリジナルの包背装の形態を保持している。16世紀末になると包背装に代わって線装が現れ、この本のように多くの本が線装に綴じ直された。これは宋、元代の蝴蝶装が、明代になって包背装に綴じ直されたのと同様の現象である。そのため、比較的新しい時代に出現した包背装でさえ、現物として残っているのは珍しい。写真の本は両端が尖った紙縒り3本で綴じられている。閉じて置かれた3冊の本のうち一番上の本の表紙を通して、紙縒りの位置を確認することができる。テキスト面の最初に押されている大きな正方形の印は、この本がかつて朝廷コレクションだったことを示している。ボードリアン図書館、backhouse281

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5. 線装

明代初めに線装が製本形態として現れるようになった。線装の基本的な製本構造は包背装と全く同じである。しかし、紙縒りで書葉を綴じる点は同じだが、いわゆる背を包むのではなく、表紙を作って書脳の位置で糸綴じしたものである。線装は中国における伝統的な冊子形態の進化の最終段階に現れ、萬暦においては包背装よりも一般的になった。この製本形態にはそれまでのものよりも多くの長所があり、19世紀末から20世紀初期にかけて西洋の印刷技術や製本技術が導入されるまでは、ほとんど全ての目的に適した製本形態であった(写真5)。

線装は見た目が美しいと言うだけでなく、使いやすくもある。構造的に丈夫なため、解体してしまうことはほとんどない。糸が切れても、書葉は紙縒りでしっかり固定されているので簡単に綴じ直しができる。最小限の糊しか使用していないため、本に対する虫害の影響を少なくする効果があるばかりか、綴じ直しも簡単である。線装の本は扱いに注意して、常に保護のための容器に入れておけば、非常に長い期間保存することができるだろう。

線装

写真5 線装。この本は萬暦時代(16世紀末)のもので、おそらく20世紀初めに瑠璃廠で修理されたと思われる。肖振棠のマニュアルにはこの製本の詳細な図解が示されている。本紙の状態がよく、未だに柔軟性を保っているため、手で押さえていなくても自重によって本が開く。これがまさに中国書の機能的なところで、いかなる製本形態で綴じられたとしても、その機能は失われない。ボードリアン図書館、backhouse467

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6. 毛装

西洋と同じように、新しく印刷された本は未製本の状態で売られていることがあった。書葉を折って紙縒りで綴じられた状態なので、購入者がトリミングや表紙作り、糸綴じなどを自分の様式で行いながら完成させた。このシンプルな製本構造を毛装と呼び、「加工してない」や「未完成の製本」状態など、トリミングしてない状態と言う意味を持つことからもこの製本の特徴がはっきり分かる。

実際は独立した製本形態ではなく、包背装や線装の構造における最初の段階でしかないのだが、研究者は後に製本する予定のない手書きのメモを束ねるためのものとして毛装をよく使用している。捻子装と呼ばれることもあり、表紙をあてがわれていないものもある(写真6)。

毛装

写真6 毛装。毛装は手書きの原稿を束ねるのに用いたり、安価な本や読み捨ての出版物を綴じたりするために使われた方法である。通常はトリミングを行っていない。版本でも毛装の形で売られるものがあったのは、購入者が最終的に綴じることができるようにするためだろう。本のオモテ側から両端が尖った紙縒りを挿して、ウラ側で結んでいる。ボードリアン図書館、backhouse531b、Magd.Coll.Chin.9b

 

7. 金鑲玉

「金鑲玉」は本を一から製本する技術を示すものではないが、非常に洗練された予防的技術である。(詳細は「金鑲玉」の項を参照のこと)

 

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