中国古籍の修理 ― コンサーバターのために (6)
デヴィット・ヘリウェル
(福島 希 訳) 2008/11/28
<準備> 続き
2.3 紙への色付け
2.3.1 目的
損傷のある古籍の書葉を修補する時に、それに適した古い紙を見つけられなかったら、代わりに新しい紙に色を付けて使うことができる。竹紙に印刷した本の書葉を修補する際に新しい棉紙を使う場合は、色を合わせるために色付けする必要が常にあるだろう。色付けのための紙を選ぶ時は、必ず修補する紙と同じ厚みのものを選択しなければならない。もし厚みが異なっていたら、修補は満足のいくものにはならないだろう。
2.3.2 材料
布を染めるのに使われる多くの化学染料は紙の色付けには使うことができない。時間が経過するにつれて色に影響が出るだけでなく、本を傷める原因ともなり得るからである。本の修理に使われる色付けの方法は2種類に分けることができる。絵の具を溶いたものを刷毛で塗布する冷式の方法と、植物染料を煮出した染色液に浸漬する温式の方法である。
紙の着色に使われる材料は、インクも含め、伝統的な固形タイプかチューブ状の絵具である。赭石(黄土)と籐黄(ガンボージ)は茶色と黄色の着色剤を作る。もし必要ならば、それらを混ぜて竹紙に合わせた色を作ることができる。濃度が濃い場合は茶色の表紙の着色剤として使える。徽墨はやや灰色がかった、汚れたような感じにできるので、白い紙に古色を付けるのに適している。また、黄土と籐黄の色合いに暗さを与えるためにも使われる。化青(群青)は表紙の着色に使われる濃い青色である。
染料は薬草から作られる。これらは漢方薬店で手に入れることもできるし、野生のものを集めることもできる。最も一般的なものは、黄檗の樹皮で、5世紀頃から染料として使われており、殺虫剤としても使われている。ドングリのヘタや紅茶(緑茶ではなく、例えば黒茶やジャスミン、他のタイプの中国茶のこと)も染料として使われるが、紅茶の中で最も有名なものはキーマンである。ごくたまに使われる植物染料の中には槐や梔子がある。槐は花のつぼみ、さや、葉の中に染料の素となる非常に濃い色素が含まれている。梔子の場合は乾燥させた果肉を使っている。(写真13参照)
2.3.3 準備と方法
絵具の場合は、ただ水に溶かして排筆で紙に塗るだけである。固形の黄土は粒が残らないようにまずよく細かく磨る。黄土に関してはチューブ状の絵具を使うと面倒がない。より黒くしたいのであれば徽墨を加えるが、試しながら少しずつ足して目的の色合いにしていくのが良い。徽墨は通常使うように硯でする。水で溶いて2%の明礬と2%の膠(廣膠)の水溶液を加える(著者はそもそも廣膠とはどういったものなのか分からなかった。しかし、見た目はアラビアゴムと似ているので、これで代用できるだろう)。紙を板に置き、求めている濃さになるまで排筆で徐々に塗っていく。色が濃くなり過ぎるので、1回で望みの色にしようとして最初から大量の着色液を塗ってはいけない。
植物染料を使う時は水から煮出し、沸騰中に明礬と膠を加える。黄檗の樹皮はよく砕く必要がある。ドングリのヘタの色素を抽出するには、よく煮出さなければならない。沸騰したお湯に30~60分は入れておく。一度煮出したものは3回使えるが、煮出すごとに明らかに濃度が薄くなっていくのが分かるだろう。ドングリは紙に上品な古色を均一に付け、経年による褪色も少ない。染色液を水槽に注ぎ、両手で紙の片側を持ち、液が温かいうちに紙を一枚ずつ浸けていく。その後は竹竿に吊るして乾かす。3~5枚を束にして整え、均一に染まるように乾燥させる。このようにしないと、乾燥後にムラができるだろう。
煮て準備する染色液は、常に温かいうちに使わなければならない。冷たくなった場合は温め直し、全ての染色が一定の温度で行われるようにする必要がある。
2.3.4 書口の修補のための染色
書口の修補に使われる棉紙を染める方法は、比較的簡単である。棉紙を100枚ほど準備し、板の中央に置く。黒茶を煎じたものか他の染色液を紙の上に注ぎ、手で押しながら完全に浸み込ませる。そして板から外して風通しの良い場所で陰干し、または竹竿に吊るして乾燥させる。紙が乾燥したら剥がして使う。あるいは、乾燥時に10枚前後の束にしておき、少し乾燥した段階で3~5枚くらいの束に分けておくと、より速く均一に乾燥させることができる。
写真13 植物染料。西洋では一般的に手に入れることができない4つの植物染料は(右上から時計回りに)、ドングリのヘタ、黄檗の樹皮、槐のさや、梔子の果肉である。このうち、初めの2つは今でも北京図書館の工房で使用されている。ドングリのヘタで染めた紙は、竹紙や経年で褪色した紙の修補に使われている。黄檗は、この染料で染められた唐代、宋代の紙に調和させて使う。槐のさやは明るい黄色の染色液を作り、封面(訳者注:本の題名が記された書葉のこと)や表紙に使われる。これはおそらく、この染料に高い殺虫性があるためだろう。梔子はオレンジ色の染色液を作り、帙の内側の裏打紙を染めるのに使われる。ドングリのヘタと槐のさやは北京で生育している木から採取できる。黄檗や梔子に関しては、北京の漢方薬店での購入が可能だろう。 |
3. 糊
糊は本の修理に使用する材料の中で最も重要なものであり、その質は修理された本の寿命に影響を及ぼす。糊の接着力が弱すぎると数年で完全に剥がれ、全ての修補箇所が外れるだろう。しかし、脆くなった紙の修補に使用する糊の接着力が強すぎても、修補箇所周辺に細かいひきつれが起こることになる。このようにして本が二度にわたって損傷を受けると、再び伸ばしたり、直したりするのが不可能なため、元の損傷は一層ひどくなる。先人は糊を作るのに、小麦粉と白芨の果汁、クワの樹液を混ぜたものを使用していた。この糊を使った修理は非常に丈夫で、剥がれることなく数世紀の間、持ちこたえる。こうした種類の糊は古い仏教の経典や、その他の厚い紙に印刷された本を修理するのに使われていた。本の紙が次第に薄くなるに従って、この種の糊はもはや適さなくなった。白芨の果汁が含まれている糊は非常に接着力が強く、それを使用して行った修理箇所は、たとえ沸騰したお湯に浸漬したとしても、痕を残さずに剥がすのが難しい。それ故に、非常に貴重な本の修理には適さない。現在では、接着力が過度に強くない糊を使用している。脆くなって柔軟性を失った古い本や紙の修理を目的としているからである。この糊で適切に修理された本は湿度の高い環境に保管しない限り、修理箇所が剥がれることなく保たれる。もし修理箇所を剥がしたい時は水を噴霧するだけで良い。そうすれば、本を少しも傷めることがないだろう。
本の修理に使う糊で最も大切な原料は、小麦粉から抽出したデンプンである。デンプンは以下のようにして抽出する。上質の小麦粉を使い、パン生地状のものを作るために水をいくらか加える。パン生地状のものをよく練って大きな球体にし、冷たい水を張った水盤の中に入れる。そして、水の中で両手を使って強く揉み出す(水の中で練る前に目の細かいさらしで包んでおくと、小麦粉の中のフスマやグルテンが出ていかずに済む)。約30分間、パン生地状のものを練って、押して、洗う。そうすると、小麦粉のデンプンは不純物がない状態にまで洗われ、水盤の底に沈殿する。残ったきめの粗い接着性のある物質がグルテンである。
通常はかなり上質の小麦粉から約70%のデンプンを洗い出すことが可能である。水盤の底にデンプンが沈殿したら、きれいな水を入れて3~5日間放置する。水がやや黄味を帯びてきたら、清潔な柄杓で水をすくい取り、きれいな水に入れ替え、デンプンと水が均一になるように混ぜておく。また3日くらい経つと、水は再び薄い黄色に変わっている。以前と同様に水をすくい取り、きれいな水に入れ替える。水が黄色に変わらなくなるまで、この工程を2、3回ほど繰り返す。こうして、糊を煮る準備ができたことになる。
デンプンは水盤にかなり長い期間入れて置くことができるので、糊作りに必要な時にすくい出せば良い。しかし、温かい季節では湿ったデンプンはすぐに発酵し、悪臭を放つ。これを防ぐために、デンプンをすくい出して乾燥させ、必要に応じて以下のような割合で水と混ぜる。デンプンと水それぞれの原料を量るのには天秤量りを使うと良い。そうすれば、糊は一定の質になるだろう。一般的な製法としては、デンプン1㎏に対し、4.5㎏の水、そして糊が腐るのを防ぐために3gの明礬を加えることがある。
糊を作るには、まずデンプンを半分の量の水に浸し、薄い粥のような状態にする。そして、漉し器で沈殿物を取り除く。次に残りの水を明礬と共に鍋に注いで沸騰させ、そこに漉したデンプンを加え、木製のヘラで絶え間なくかき混ぜる。5、6分経つと、煮たことによって糊は半透明の銀白色へと変わる。それから冷水を入れた水盤に糊が完全に浸るように入れておく。糊の用意はこれで整う。
糊を煮る時間は火の強さによって決まる。火力が強すぎてはいけない。糊が乾いた時にもろく、接着力に欠けるからである。また、火力が弱すぎてもいけない。糊が半透明の銀白色ではなく完全な白色となり、接着力がなくなり、修理箇所が剥がれやすくなるからである。
糊を煮て、冷水に浸けた後は、温かい時期は10日程度、寒い時期なら1ヶ月は持つだろう。使用の際は、必要分を柄杓で小さい水盤に移す。この時素手で触ったり、清潔ではない物を使ったりしてはいけない。カビの繁殖の原因となるからである。糊を木製のすりこぎで潰して滑らかにし、牛乳のような状態になるまで冷水を少しずつ加えていくと、糊を使う準備ができたことになる。
糊の濃度はボーメ計で計れるが、一般的な目的ならばボーメ度2の濃度のものを使うと良い。
糊を潰し、水で薄める際、水は少しずつ加えなければならない。もし一気に加えると、糊がダマだらけになり、濃度が不均一になる。冬季は糊を予め熱湯に浸けておくと、滑らかに潰しやすくなるだろう。
糊の濃度は修補する紙の厚みに関係する。厚い棉紙や毛辺紙のような紙に対しては、濃い目の糊にするべきである。そうでなければ、修補箇所をしっかりと接着させるだけの強さをもたないだろう。薄い棉連紙や開化紙、毛泰紙などの紙には、かなり薄い糊を使うべきである。そうしないと紙にシワがよるだろう。柔軟性が全く失われた劣化した紙の場合は、薄い糊を使用しなければならない。濃い糊では刷毛が糊にとられて紙を引っ張ってしまい、書葉を傷めるからである。
薄い糊はその日ごとに新しく作った方が良い。残ったものは次の日まで残しておいてはいけない。すぐに発酵して、接着力を失うだろう。長期にわたり同じ容器の糊を使い続けていると、時折、修補した書葉のインクによって汚れたり、埃が混ざったりすることがある。そうなると、今度は他の書葉も汚すことになる。きれいな糊を使うように気を付けなくてはならない。白い開化紙を修補する際は特にそうである。理想を言うならば、1日に1回か2回は新しい糊に変えた方が良い。
古い本を修理する時は、自作した糊を常に用いるべきである。市販の物を決して使ってはならない。それらは、紙に悪影響を与えうる化学的な防腐剤を含んでいるからである。自分で作るほどでもないような少量の糊を必要とする場合は、購入することも可能だが、必ず長期の安定性と安全性が保証された商品を買うようにしなければならない。その際は含まれている化学薬品とその影響について、正確に把握する必要がある。
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