中国古籍の修理 ― コンサーバターのために (7)
デヴィット・ヘリウェル
(福島 希 訳) 2008/12/12
<紙の修補>
本は手荒に扱われたり、上に何かをこぼされたりすると傷む。また、紙は年月が経つと黄色くなる。虫やネズミが紙を穴だらけにすることもある。火事や洪水によって紙が黄色くなったり水染みができたりすることもあるだろう。深刻な場合は全ての書葉が固着して、ひとつの塊になったり、紙にカビが生えて紙力が失われ、いわゆる「老ける」という症状にいたることもある。古くなった本の中には日に晒されたり、煙や熱に当たったりすることで書葉が煙草の葉のようになり、触ると崩れるまでに脆くなることもある。それ以外にも、本を読むために書葉を何度もめくり続けると、書口の袋部分が切り離される原因になる。変則的な綴じ方をしたり、天地の小口を非常に狭く切ったり、書葉揃えができていなかったりすることでも本は損傷を受ける。これらの様々な損傷にはそれぞれ異なった処置が必要となる。
この章ではまず基本的な紙の修補について述べ、次により特殊な損傷における修補について説明する。
1. 準備
修補の方法を決める前に、まず本の損傷の性質や範囲、版の質を確定するための確認を徹底的に行わなければならない。一般的な本に対しての修補は、その本の使いやすさが目的となるために、丈夫にすることを優先して行われている。けれども、貴重な版の場合には、オリジナルの特徴を保存するための優れた技術が要求される。適切な材料、道具、糊、紙などを用意し、作業しやすいように準備しておく。
2. 基本的な修補技術
2.1 クリーニング
染みの性質や範囲によって、クリーニングや修補は異なった方法で行われる。下記の2つの方法はどちらも水による染みに対するクリーニング方法である。このうち2番目の方法はより簡便である。湿った状態の書葉を乾かす時は、湿りをとるための間紙を頻繁に取り換えなければいけない。そうでないとカビが生えるだろう。損傷している紙の場合は、さらに傷むのを防ぐため、お湯をかける前にそれぞれの書葉を汚れていない白い紙で包んでおかなければならない。
2.1.1 方法1
水による染みや黄変を取り除くために、書葉を洗浄する。まず80×30センチの大きさの板が入るくらいの幅広の洗浄槽を準備する。厚紙を板の上に置く。冊から表紙と見返しを外し、板の上で書口を上にして書葉を下から上に向かって広げる(図1)。20gの炭酸ナトリウムと2㎏の水で作った水溶液を準備して沸かす。そして板を洗浄槽の端に斜めに立て掛け、ヤカンから水溶液を書葉に直接注ぐ(図1)。あるいは、板に上から下に向かって書葉を並べ、下から上に向かって水溶液を注ぐ(図2)。書葉の染みを完全に落とすために、水溶液を洗浄槽からすくい、もう一度注ぐ。その後、きれいな水で1、2回すすぎ、紙に炭酸ナトリウムを残さないようにする。これが終わったら、別の厚い紙で板と書葉全体を覆って裏返し、水気を切って作業台に置く。そして、書葉の余白部分をピンセットでつまんで慎重に1枚ずつ剥がし、順番に濾紙に重ねていく。4、5枚ごとにきれいな紙を挟み、全ての書葉を重ね終えたら厚紙をかぶせ、最後に重石を載せる。書葉が乾くまで1日に数回、挟んだ紙を取り換える。
2.1.2 方法2
まず金属製の深さ20センチの洗浄槽に厚紙を敷き、その上に書葉を1枚ずつ重ねる。一度に1、2冊分の書葉、およそ100枚程度を処置する。書葉の上に粉状の炭酸ナトリウム50gを撒き、書葉を傷めないように気を付けながら上から、もしくは書葉の周辺にお湯を注ぐ。あるいは、ヤカンに炭酸ナトリウムを入れ、熱湯に溶かしたものを注いでも構わない。熱湯は乱暴に注いではいけない。乱暴に注ぐと紙が破れてしまうだろう。書葉がお湯に浸ったら、よく染み込むように木のヘラで軽く押さえる。お湯が冷えたら洗浄槽の栓を外し、水を流す。紙に炭酸ナトリウムを残さないように新しい水で2、3回すすぐ。方法1と同様に剥がして1枚ずつにして書葉を乾かす。
2.1.3 他の染みと留意点
手書きの文書を洗浄する時には、作ったばかりのインクで書かれたのか、あるいは作られてから時間が経ったインクで書かれたのかを判断するために、インクの色具合を事前に確認しなければならない。水によるスポットテストを1枚の書葉で行い、インクが滲んだり、流れたりしないかを確認する。作られてから時間が経ったインクで全体が書かれた手書きの文書も時にはある。最悪な場合、1枚の書葉に上記の2つのインクが両方使われている。作られてから時間が経ったインクはすぐ流れて染みを作る。こうした事態を防ぐために、水にわずかに明礬を加えたものを用意し、書葉に注ぐ前に冷ましておく。
先に述べたような洗浄方法は、赤や青の辺欄がある手書きの文書や、赤や青のインクが使用された手書きの文書には絶対に行ってはいけない。必ず色が流れるからである。
上記の方法でも完全に取り除くことができないような、かなり酷い水染み、油染み、カビやインクによる染みには2つの水溶液を使用する。1つは過マンガン酸カリウム3、水97の割合の水溶液、もう1つはシュウ酸5、水95の割合の水溶液である。
最初に刷毛を使って染みの上に水気を入れてから、1つ目の水溶液を塗り、1、2分そのままにしておく。そして2つ目の水溶液を塗ると染みは消えるだろう。過マンガン酸カリウムとシュウ酸はカビによる染みに効果的だが、使いすぎると紙を傷めることになる。
非常に落ちにくい染みや、部分的な変色のある白い紙に対しては、以前ならば漂白処置を行っていた。その際も絶対に必要な場合に限り行なわれていたのだが、今では全く行われていない。漂白処置は常に多大な注意を払い、本の価値を考慮した上で行われていた。なぜなら、これらの水溶液には紙を傷める要因があり、長時間浸けておくと書葉が傷んで分裂するかもしれないからである。
程度の軽い水染みは水気を入れると除去できる。これはとても簡単な方法であり、以下のように行えば良い。沸騰したお湯の入った容器の中に刷毛を浸し、染みの上にお湯を付ける。そして染みの周りに少量の水をスプレーする。きれいな紙で書葉をプレスする。こうすると、乾燥後には染みは水を入れた範囲に分散しているだろう。
ロウソクの蝋を取り除くためには、蝋のついた書葉を2、3枚の濾紙で挟み、アイロンを押し当てる。そうすると油分が溶け、それを濾紙が吸収する。濾紙はこまめに交換しなければならない。そうしないと油分がうまく吸収されないからである。
2.2.1 目的
本は長年にわたって絶え間なく利用されると、書口が裂け、書葉が2つに分割してしまうことが多い。オリジナルの状態に本を戻すためには、裂けた書葉をつなげ、利用しやすいようにしなければならない。分割はしていなくても、擦れて薄くなったり、裂け始めたりしている書口が時にはある。例えば書口の上半分は損傷していないが、下半分が裂けているかもしれない。本に間紙がされていたり、または天地の余白が非常に少ないために、金鑲玉で綴じられ、形態がかなり改変されていたりする場合には、書口が損傷しやすいので、現時点で裂けていなくても補強するべきである。このような場合は、極薄の紙が補強の役に立つだろう。書口の修補は、書葉の修補における重要な準備段階である。書葉の他の部分がいかに損傷していても、書口をまず修補しなくてはならない。この順序に従わずに作業を行うと、分割した書葉をつなぎ合わせるのが難しくなるだろう。修補に用いる糊が紙を変形させるからである。
2.2.2 準備
修補を始める前に本を解体し、糊や反故紙などを作業台に用意するのに加え、1センチ幅で、つなぎ合わせる書葉と同じくらいの長さの棉紙の紙片を準備する。その紙片を自分の右側に置く。紙片は必ず簾の目が垂直になるように切る。白い書葉は、河南棉紙や上海棉紙のような簾の目がはっきりしていない白い紙で修補するべきである。竹紙に印刷された本の書口が損傷している場合は、その紙に合わせて色付けした紙を修補に用いた方が良い。経年により黄変した本にも同じことが言える。このような時に白い紙を使用すると、書口の白さが黄味を帯びた書葉と調和せず、修補箇所が非常に見苦しくなるだろう。
2.2.3 方法
書葉を開き、テキスト面を下にして、分割した書葉をうまくつなぐことができるように糊用ボードに配置する。分割した書葉の隙間が狭すぎたり、繊維が重ならないくらい広すぎたりしないよう注意する。そうでないと、書葉を折った時に折り目の繊維が不均一になるだろう。書口は左手の中指と親指で押さえると固定できる。まず、書葉と調和する色の紙を使って、擦れて薄くなった書口の天地を修補する。そして、右手に刷毛を持ち、薄い糊を1センチ幅で均一に塗る。中央部分から書葉の天に向かって塗り、その後、地に向かって塗ると良い。棉紙の紙片を取り、上を右手で、下を左手で持って書口に置く。その上に濾紙を載せ、右手の手のひらで撫で付け、しっかりと接着させる。地の角を両手で持ち、書葉を他の糊用ボードに移動させる。書葉が汚れないように、新しく張り替えた糊用ボードか、古い糊用ボードに清潔な白い紙を広げたものを用いると良い。それから次の書葉の修補へ執りかかる。
2.2.4 問題点
紙の中には、その原料あるいは製造方法によって、水分を与えると急激に変形するものもある。例えば、明代後期の呉興の出版業者であった閔齊伋(1580‐1661)が印刷に使用した紙は、非常に繊細で、書口の修補が特別難しい。糊を付けるとすぐに紙がかなり伸びて、書口にシワが寄る。まず書葉全体にスプレーで水分を与え、糊を薄く付ければ、書葉は平らなままでシワも寄らないだろう。しかし、乾燥過程でオリジナルの大きさより収縮する。その一方で、修補に用いた紙片の収縮率は異なるため、修補箇所を叩いて馴染ませたとしても、結果は満足のいくものにはならないだろう。経験から言えば、このような種類の紙に対しては、作業を手早く行うことが唯一の解決策である。
修補を始める前に、糊用ボードに軽くスプレーして水気を与えると良い。同じボードを前回の修補に使用していた場合には、表面に糊が残っているかもしれないからである。また、ボードを湿らすことにより、書葉が滑りにくくなる。書葉を広げ、適切につなぎ合わせることのできる位置に固定し、分割した書口の両端に素早く糊を塗って紙片を貼り付け、濾紙で撫で付けて接着する。そうすると、紙が伸びる前に修補を済ませることができるだろう。この時、通常の修補で使う糊よりも若干濃い目の糊を用いなくてはならない。糊の含む水分が少ないので、紙の水分を吸収する速度がより遅くなるからである。
2.2.5 書口のつなぎ合わせが困難な場合
書口がかなり摩耗している時は、正確につなぎ合わせるのが難しい。書口を不均一な幅に修補しないようにするために、状態の良い書葉を糊用ボードの上に広げ、書葉の縁に沿って正確に線を引く。この線に合わせて傷んだ書葉を配置する。書口付近の損傷や欠損を色合わせした紙で埋めた後、棉紙の紙片で書葉をつなぎ合わせる。このようにすると、書口は均一な幅になるだろう。
2.2.6 赤や青の辺欄がある紙における書口の修補
赤や青の辺欄がある紙が使われている時は手稿本と版本のどちらの場合でも、少量の水分が入っただけで色が流れる危険性がある。糊で紙が湿るのを防ぐため、書葉には糊を付けず、棉紙の紙片に糊を付けて、書口に貼り付ける。一見簡単なように思えるが、実際は厄介な作業である。付ける糊が少ないと、書口がきちんと接着されない。しかし、糊が多すぎると、書葉まで水分が浸透してしまう。そのため、損傷がそれほど目立たない書葉を使って、書葉に水分が浸透することなく、しっかり接着するのに必要な糊の量を確かめておくと良い。または、薄い糊に少量の明礬を加えて使用することも可能である。明礬は糊に含まれる水分が紙に浸透するのを防ぐからである。書口を修補する時に補填をしない場合、もしくは、紙が薄くて補填箇所を馴染ませるのが難しい場合は、書葉に糊を付けた後、刃物で直線的に切った棉紙の紙片を使う代わりに、大きめの寸法の棉紙を簾の目を垂直にして書口に置く。そして、糊が付いた部分に沿って紙を裂いていく。直線的に切った紙片の縁は全て同じ場所で繊維が重なるため、馴染ませにくいが、喰い裂きは縁がギザギザで繊維の重なりが不均一になるので、比較的、馴染ませやすいだろう。
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