「貴重書は白手袋を着けて」という誤解 (下)
蜂谷伊代 訳 2008/10/3
鈍感な白手袋
「汚れた指で本に触れないこと。手洗いせよ。」(L. Lyon 1990, 350) |
人間は皆、周囲を取り巻くものを判断し理解するために五感、すなわち視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚を持っている。これらの感覚は通常、我々の直接的知覚に豊かさや深みを加えるため連携して働くのだが、紙媒体の資料を閲覧するにあたって最も重要なのは、おそらく視覚と触覚である。紙のモノとしての性質と触覚の相互作用は、「手にした」証拠が喚起する本質的情報と補足的情報を得ようとする練達の観察者の手助けをする。
手袋を使うことで触覚が遮られれば、紙、ひいては資料全体を認知しにくくなる。紙の厚みや柔軟性を感じる能力も鈍らせる。何枚の紙に触れているかが手袋をしてわかるだろうか? 触覚が損なわれた時にはうっかり2~3ページ同時にめくってしまうのはよくあることであり、手にしっくりしない綿手袋の不便な拘束により動きを妨げられ、ページを持ち上げたり、めくろうとして、ぎこちなく探ることになる。もし手袋が紙の小さな凹凸の上のほつれ―劣化した脆い縁や破れ目―を捕えたら、意図しない損傷に必然的に至る。素手でならば、こんなことは起こらずに取り扱えるのにとわかっているだけに、余計苛立たしい。
人間の触覚をよりよく理解するために行われた最近の研究だが、被験者の指先をパソコンのマウスのような滑動する物体に置かせる実験がある。被験者は物体を見ることなく、その滑走する物体が水平に凸状の上を移動しているのか、凹状の上を移動しているのか判断するよう求められる。その物体が触れている面が実際隆起しているか、窪んでいるか、平らであるかにかかわらず、惰性により、被験者は滑動する物体が隆起の上を移動していると常に知覚してしまう。触覚が鈍らされた際の三次元的特長の正確な知覚に関するこの研究は、ここでの論議と深く関係する。なぜならば、この研究で示されたような空間的関係の誤認は、人々が手袋を着用する時、紙に損傷を与え易くなることを説明するからである。
手袋は、モノとしての紙に対するほぼ全ての知覚を鈍らせ、その表面の特徴についての情報、例えば網目漉き紙か簾の目紙かといった質感や、もっと大事な紙の状態を覆い隠してしまう。こうしたものは皮膚でじかに触ることにより直覚的に伝わるものだろう。だからこそ、書物や紙媒体の一枚物を扱うコンサバターは、処置前の状態調査でも処置中でも手袋を着用しないのである。
神話はいつから?
「フランスの学識ある書籍収集家であったニコラ・フーケは、かつては白手袋の山を書斎の前室に備えた。貴重な書物が汚れないようにと、来客は敷居を跨ぐのを許されなかったが、跨ぐ時でも、手袋をせずに生身の手で本に触れることを許さなかった。当時は本を傷めないように細かく配慮することを求めるような時代ではなかったのである。フーケのご託宣に敬意を払っていたある図書館司書は、人々が本に対して今よりもっと注意を払うようにさせる何らかの方法があれば良いのにと、しばしば願わずにいられなかった。」(Spofford 1905, 116) |
Nishimuraによれば(2003)、貴重な資料を保存するための布地手袋の着用はおそらく19世紀に指紋がネガを損なうのを避けようとした写真家たちによって始められた。しかしながら、書物や文書のコンサベーションに関する早い時期の論文を精査してみても手袋への言及は無い。その使用は、そして図書館・文書館による間違いなく広範な容認は、比較的最近に始まったということが分かる。1986年に開催されたIFLA(国際図書館連盟)のウィーン大会において、もHendriksは発表の中で「スリーブで保護されていないネガやポジ・フィルムはリントレス(毛羽立たない)・コットンかナイロン製の手袋を必ず付けて取り扱われるべきである」(Hendriks 1987,63)と勧告したが、同じ大会で図書館資料の保護と取り扱いに関する大変綿密な発表を行った米国議会図書館のMerrily Smithは、手袋使用には何も言及していない(Smith 1987)。
ということは、綿手袋の使用は20世紀最後のほんの10年ほどの間に、つまり20年にも満たない慣行として特別資料閲覧室に広まったと思われる。おそらくは図書館やアーカイブに用品を納める業者がカタログの中で、手袋の使用を慣行として提示し、カタログをいち早く手にすることができる善意のキュレーターがそれを真に受け、推進されたといった展開なのだろう。だが多くのキュレーターが、利用者が閲覧室で手袋を使用することの効能を依然として墨守している一方で、そうではないキュレーターもいる。1999年10月の特別コレクションに関連するウェブサイトでのオンライン・ディスカッションにおいては、貴重書を預かる一部のキュレーターは手袋使用に強く反対していることが明らかになった。挑戦的といってよい、こんな言葉で。
「私は、写真に触れる時を除き、いかなる種類の手袋を着用することも閲覧者に求めません。良識ある利用者を動きにくくさせ、触覚を鈍らせるような不適切なものを着用させる道理はどこにあるのでしょうか。」(Antonetti,1999) 「閲覧者は手袋をはめていない時よりはめているときの方がずっと、本やその他の印刷物を破損しがちです。」(Belanger,1999) 「綿手袋は脆弱な紙をひっかけ破いてしまう可能性があります。また、素手を清潔に保つのははるかに容易です。私たちは資料を取り扱う前に手を洗うよう全ての利用者に求め、また我々自身もそうしているのだと分かってもらうようにしています。」(Fuller,1999) |
喪失と獲得
[手紙に触れた時、テニスンの言うように、死者が過去から私に触れたと感じた。「まだ緑の残る落葉/死者の気高い手紙」に没頭した。](Byatt 1991,115) |
マイクロフィルムや写真複写、デジタル画像といった代用物が、利用頻度が著しいコレクションの現物保護のために活用される一方で、触れている資料から隔絶させる衣類を付けるように利用者には求める---この黙契は、実は単純な資料保存の問題にとどまらない。西洋社会が過去の歴史的な手や機械を使った工芸仕事から漸進的に離脱するにつれて、モノが作り出す文化の独特な属性に対する閲覧者の審美的基本姿勢は、いよいよ萎縮していく。資料との物理的結び付きを維持することは、利用者とキュレーター双方に、その資料を生み出し、活用してきた文化の豊かさを解する心を持ち続ける助けとなる。歴史的「材料」はその物質性を通じて、過去との繋がりを暗黙のうちに符号化してくれるのである。
デジタル環境の増大によって、ほんの5年前には広く行われていた文化財に直接アクセスする機会の大半が失われ、ホンモノに代わるヴァーチャルな文化財に置き換えられている。だが、図書館員やアーキビストが、自分たちは利用者に仕えるのだと公言するのならば、「システム的にそうなっていますので」などと制限するのではなく、利用者の経験を豊かにすることによって生じる利益をよく考慮し、利用者と文化遺産を文字通り「接触」させるべきである。
ではどうすれば?
「手洗所が与えられた。図書館に入る前に、少年たちは初めは手を洗うことを強制され、次には手を洗うよう促された。『促された』と表現するのは、少年たちはすぐに、課されたものとみなすのをやめ、恩恵―むしろ大いなる楽しみ―とみなすようになったからである。」(Anonymous 1890,260) |
資料を閲覧する前と、その後も定期的に、手が汚れたと感じた時には普通の石鹸と水で手を洗う。10~15秒ほど両手をよくこすり合わせて皮膚の表面全てを磨き、よくすすいで乾かす (Abouzelof 1999)。このように利用者に求めるのは、希少な書物や文書コレクションを保護するうえで適切な要求である。これを慣習的に行えば、閲覧室でも自宅でも、人々は手の皮膚の清潔さと適切なコレクション・ケアとを、同等なものと考えるようになるのではないだろうか。この単純な方法が効果的であると証明するには、手を洗うための便利な手段が閲覧室で提供される必要がある。明らかな解決法は、閲覧室に入室する前、理想としては閲覧室近くに設置された洗面所で手を洗うよう利用者に求めることである。
だが、いちいち手を洗うというのは面倒だというのならば、次の妥協案を示したい。閲覧室を離れることなく手を清潔にする手段として、安い使い捨ての、アルコールを含浸させたペーパータオルを利用者に供給することである。個別包装の濡れナプキンが1,000個単位、1個2セント以下で購入できる。スキン・ローションを含む製品を選ぶのは避けるべきだが、いろいろな製品が用意されていて、例えばGallery of the Modern Moist Towelette Collectingといったウェブサイトで一覧できる。ここれからは閲覧室の「手洗い場」は、個別包装された濡れナプキンが入った容れものと、ナプキンで手に残った湿気を拭う紙タオルと、ナプキンと紙タオルを捨てるくずかごを指すことになるかもしれない。職員もこの公共の「手洗い場」を利用していることを積極的に示せば、閲覧者が習慣的に「手洗いする」ことの必要性がいや増すだろう。
もしも、貴重資料の保護のためにではなく、職員や閲覧者の保護のために手袋を着用する必要があるならばパウダーのついていないぴったりしたビニル手袋を薦める。ラテックス・ゴム製の手袋もあるが、ラテックス・アレルギーの利用者もいるからだ。触覚は鈍るが、黴やひどく汚損したものに触れる際には、衛生安全問題の方を重視せねばならない。最後に、手書きや印刷文字部分の上を不用意になぞると、手袋を着用しようがしまいが、脆弱な紙や、剥がれ落ちそうな媒材(没食インク等の類)、隆起した刷り(凹版印刷画など)、擦れやすい媒材(パステルなど)といったものに不当な損害を与えるということを警告しておきたい。
おわりに
図書館・アーカイブの貴重な資料を取り扱う際に、当然のように利用者にも職員にも手袋を使用するように義務付けてきたこの方針は再検討を要する。ずっと利用されてきた多くの書物を見ても解るように、特別にではなく、ごく日常的な取り扱いであっても紙に化学的損傷を与えないことは明白なように思われる。確かにコンサバターは、自身の手を保護する必要のある数少ない場合を除けば、本や一枚物の資料に処置を施す時に手袋をはめない。綿手袋とは、汗や汚れから、資料を守ることを保証するものではないどころか、物理的損傷を加える可能性を増すものである。いたるところで見受けられる手洗いの方針を実行することは、手袋の使用に代わる、理にかなった効果的な選択肢であり、それはコンサバターがモノを取り扱う前に行う規範的儀礼に習ったものである。
著者の経歴
キャスリーン・ベイカー博士は現在、アメリカ保存修復学会基金(Foundation of the American Institute for Conservation)の支援を受け、Samuel H. Kress Conservation Publication Fellowshipとして『19世紀アメリカの紙:科学技術、材料、特徴、そしてコンサベーション』(Nineteenth-Century American Paper: Technologies, Materials, Characteristics, and Conservation)を執筆中である。1993年に退職するまで15年間、ニューヨーク州立大学バッファロー分校のArt Conservation Departmentでペーパー・コンサベーションを教えていた。2000年に『ダード・ハンター—業績と伝記』(By His Own Labor: The Biography of Dard Hunter)を刊行している。アメリカ国内そして文化財保存修復研究国際センター(ICCROM)でコンサベーションとプリザベーションのワークショップを数多く行なってきた。2000年にアラバマ州立大学においてブック・アーツで修士号を、マス・コミュニケーションで博士号を取得している。
E-mail: address:cbaker45@comcast.net もしくはwww.legacy-press.com のサイトへ。
ランディ・シルバーマンは、ユタ大学図書館の資料保存部門長。26年間、ブック・コンサベーションの分野で仕事をしてきた。図書館学の博士号を持つ。専門分野は、書物史と一般蔵書のコンサベーション。これまでに48の論文と、資料保存について書かれた本の章の著者である。アメリカ、カナダ、チェコ、イギリス、フランス、イタリア、トリニダードで開催された関連学会や会議で120の報告をしている。またアリゾナ、コロラド、ネバダ、ニューメキシコ、オレゴン、ユタの各州の大学等で図書館学プログラムの修士レベルを教えている。
University of Utah Marriott Library
295 South 1500 East
Salt Lake City, Utah 84112-0860 USA
Tel: + 0 1 801-585-6782
E-mail: randy.silverman@library.utah.edu
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