『館内で本を修理する』 (15)
アルテミス・ボナデア
(伊藤美樹 訳) 2009/06/25
Ⅵ.上級修理 続き
一つか二つの括の綴じ糸が損傷し、その他の括は健全なままであるという場合が多い。
こうした場合、外れた括を本体にティッピングやヒンジングするのは適当ではない。これらの方法は複数ページを支えるには十分でない。また、本紙をヒンジング・インすると、本体の背に厚みを加えてしまうことがある。厚みが増してしまうと、くるみ表紙のヒンジに負担がかかり、本紙のめくりに支障がでる。
本体全部の綴じ直しは手間がかかるため、特別貴重書の1冊といったものにだけ行われるのが普通である。
本体の綴じ直しの前に、綴じの構造を観察しておく。
●本体の括の真ん中を開き、綴じ糸を探す。
●機械閉じの場合、糸が2本見え、支持体(テープやコード)がない。こうした機械綴じを「支持体なしの綴じ」といい、綴じ糸と接着剤でのみ括をまとめられている。市販の本のほとんどがこの綴じによって構成されている。
●手製本の場合、括を支えるテープやコードを1本の糸と綴じ合わせている。市販の本で支持体を綴じ合わせているものもある。こうした綴じを「支持体あり」の綴じという。テープやコードが括を支えるので、支持体なしの綴じよりも支持体ありの綴じのほうが、丈夫である。
リンク・ステッチは支持体を用いない本体の綴じの修理に採用される。支持体なしの綴じの場合、括は綴じ糸でのみ隣の括と接合される。
ラップ・リンク・ステッチはテープやコードと本体を綴じ合わせる修理に用いられる。これは支持体のある綴じであり、テープやコードが接合の支えになるので、隣あう括と綴じ合わせる必要がない。
リンク・ステッチとラップ・リンク・ステッチの解説は4つ目の工程までは共通である。
資料の修理にとりかかる前に、1度は解説の全体に目を通し、モデルを作り練習すると良い。紙を折りたたんで複数の括を作り、綴じ穴を開け、括には番号をふっておくと理解しやすい。
1. 本体の背を解放する
外れた括を綴じ直す際、背表紙が被さったままでは修理できない。本体の背が開放されていなくてはいけない。見返しがヒンジ部分で外れている場合は、カッターで切り離すことで本体の背が解放できる。可能であれば、前のヒンジ部ではなく、後ろのヒンジ部で開き、修理跡を目立たなくする。
ヒンジが健全であれば、効き紙に刃を入れる方法もある。この場合もできれば後表紙の効き紙に刃を入れ、修理跡を目立たなくする。
別の本の束や板紙を重ねたもので表紙を支える。効き紙の下に貼り付いている寒冷紗の端を探す。寒冷紗の端は、効き紙越しに確認できるし、凹凸で見つけることができる。

寒冷紗の端のすぐ外側に定規をあて、効き紙を切る。

効き紙の天地側も、下図のようにちりに沿って切る。

スパチュラで慎重に寒冷紗と効き紙を表紙芯材から持ち上げる。
2. 本体の背のクリーニングと背ごしらえ直し
本体の背の状態に応じて、綴じ直しの前に背のライニングや寒冷紗を取り除く。
一つや二つの括が外れている場合や、修理の必要がある場合は、綴じ穴を背のライニングに開け、ライニングと直接綴じ合わせることもある。
複数の括が外れている場合や、背のライニングが脆弱な場合は、ライニングを取り除き、綴じ直して背をこしらえ直す。
一通りの修理となると、クリーニングと綴じ直しと背ごしらえ直しが伴うが、それがを許されない資料もある。その場合は、オリジナルの背のライニングに綴じ直す。
3. 本体の下ごしらえ
綴じの工程に進む前に、本紙への修補は完了させておくべきである。
綴じ直しの際に、各括の糸が通る真ん中の折にあらかじめ短冊などを挟み込んでおくと、綴じ間違いを防ぐことができる。外れた括だけでなく前後の括にも同じようにしておく。
前述の「Ⅲ. 本の修復道具と技術 A. 本の修理道具」で解説したパンチング・ジグを用いると便利である。
千枚通しや針で新しい綴じ穴を開けるか、元の綴じ穴を再利用する場合は接着剤で穴が埋まっていることがあるので開けなおす。可能な限り、元の綴じ穴を生かす。
本体の背にライニングや寒冷紗が貼ってあるままであると、綴じ穴を開けるのが難しいにくい場合がある。慎重に力を入れて千枚通しや針を回し、穴を開ける。力を入れ過ぎると針が折れてしまうので注意する。
4. 本体の綴じ
麻糸と針については前述の「Ⅱ. 基本情報」の項を参考にするとよい。
本体の天地の長さや重さに応じて、綴じ穴の数は以下の解説での数から加減するとよい。その際、ケトル・ステッチの間の綴じ穴の数にしたがって、必要なだけ工程を繰り返す。
リンク・ステッチの場合、綴じ穴の数に決まりはない。ラップ・リンク・ステッチでは、綴じ穴の数は偶数であること。
a. リンク・ステッチ
1) 接合する括に糸を通す
外れた括のひとつ隣の括から綴じ始める。
健全な括の綴じ穴1(ケトル・ステーション)の外側から始める。ケトル・ステーションとは、各括の両端の綴じ穴のことをいう。“ケトル”の語源は、ドイツ語の‘キャッチ・アップ・ステッチ’あるいは‘小さいチェーン型のステッチ’に由来するといわれている。
以下の解説での図解では糸が短く描かれているが、実際は綴じに必要な十分な長さを用意する。綴じ糸を追加する方法については、「Ⅱ. 基本情報 修理用接着剤」の項を参考にするとよい。
綴じ穴1は、括の両端のケトル・ステーションである。
綴じ穴1に針を通し、括の内側に糸を通す。括の外側に5cm程度の糸端を残す。

重要:
糸を引っ張る時や締める時は、必ず綴じ方向に糸を引くこと。糸を綴じ方向の逆に引くと、糸で綴じ穴をひらき、本紙を破ってしまう。
括の内側から綴じ穴2に針を通し、括の外側に糸を引く。

括の外側から再び綴じ穴2に針を通し、括の内側に糸を引く。この際、糸の輪を綴じ穴2の外側に残しておく。糸の輪の直径は1.2cm程度。


輪はねじれることのないよう、また、糸に糸を通してしまわないよう注意する。
注意:括の外側から針を通しにくい場合は、千枚通しを内側から綴じ穴に刺して開ける。
括の内側から綴じ穴3に針を通し、括の外側に糸を引く。あまり強く糸を引くと綴じ穴2の糸の輪が引かれてしまうので注意する。

綴じ穴に糸の輪を残しながら、綴じ穴5まで綴じを進める。くれぐれも綴じ方向に糸を引くこと。また、糸に糸を通さないように注意する。
綴じ穴5で糸は括の外側に出ているはずである。1括目の綴じがここで完了である。この括の綴じをもとに、次の括を接合させていく。

2) リンク・ステッチで外れた括を綴じる
次に外れた括を綴じて接合する。
1括目と2括目をまとめてクリップで留めておくと、それぞれの括の真ん中を探す手間が省けて便利である。

2括目の外側から綴じ穴5(ケトル・ステーション)に針を通し、括の内側に糸を引く。

ここでも糸を強く引き過ぎると、1括目の糸の輪を引いてしまうので注意する。
こうして2つの括がケトル・ステーションで繋がった。
2括目の内側から綴じ穴4に針を通す。

1括目の綴じ穴4の輪に糸を通す。

針を2括目の綴じ穴4に再び通す。

ここで2つの輪が繋がった。

同様の方法で綴じ穴3,2,1まで綴じを進める。1括目のそれぞれの輪に糸を通して輪を残す。

3) 1括目と2括目の綴じ糸を締める
1括目と2括目が綴じられたが、まだ綴じ糸は緩いままである。それぞれの綴じ穴に針を通す際、糸に糸を通していなければ、簡単に糸を締めることができる。
注意:麻糸は丈夫であるが、やはりつよく糸を引き過ぎると切れてしまう。また、糸を強く引き過ぎると紙を破ってしまう。糸を引く場合は、指で糸をしっかり押さえて滑らせること。
1括目の内側を覗く。
片方の手で綴じ穴1の糸を押さえ、もう片方の手で綴じ穴2と3の糸をつまむ。

綴じ穴3に向かって糸を引く。
片方の手で糸端を押さえたまま、同様の方法で綴じ穴ごとに糸を引いてゆき、綴じ穴5まで進める。
糸の緩みが綴じ穴5に集まった。
糸端を片手で押さえたまま、綴じ穴5の外側へ糸を引き出す。

同様の方法で、2括目の糸も綴じ穴ごとに引いていく。糸の緩みを綴じ穴5から綴じ穴1に集める。

糸の緩みが綴じ穴1に集まった。綴じ穴1の括の外側へそっと糸を引っ張る。
2本の糸端を片手でつまみ、糸が止まるまで糸を引く。

1括目と2括目の糸を締めたら、糸の両端をスクエア・ノットで結ぶ。
4. 外れた2括目の綴じ/接合された括との綴じ
3括目に、もうひとつの外れた括、またはひとつ目の外れた括を本体に綴じる。
必要であれば綴じ穴を開け直し、本体にこれから綴じる括をのせる。2括目と3括目をクリップで留めておくと便利である。
真っ直ぐな針を用いてリンク・ステッチを続けても良いが、曲がった針を用いるとなお便利である。
曲がった針は裁縫用具店や工芸用具店で購入できるが、市販のものは曲がり過ぎと感じる人もいる。製本家の中には、用途に応じて曲がり具合を調節する人もいる。

様々な種類の綴じ針を試し、最も適当な針を選ぶ。
外側から3括目の綴じ穴1(ケトル・ステーション)に針を通す。括の内側に糸をしっかり引く。

括の内側から綴じ穴2に針を通す。括の外側に糸をしっかり引く。くれぐれも糸は綴じ方向に向かって(綴じ穴3の方向)引くこと。
曲がった針や真っ直ぐな針で、綴じ穴2の糸の輪の後ろに通す。
曲がった針:
綴じ穴2の糸の輪の後ろに、曲がった針をくぐらせて2括目と3括目を接合させる。
糸をしっかり引き、綴じ穴2に再び針を通す。綴じ穴2にすでに通っている糸に針を刺さないよう注意する。
綴じ穴5まで同様の工程を進める。

真っ直ぐの針:
綴じ穴1(ケトル・ステーション)と綴じ穴2の間の、1括目と2括目の間に針を通す。内側へ糸を引く。

綴じ穴2と3の間の、内側から1括目と2括目の間の外へ針を通す。

針を括の外へ引き、糸を引く。

綴じ穴2に再び針を通す。綴じ穴にすでに通っている糸に針を通さないよう注意する。
綴じ方向(綴じ穴3の方向)に向かって糸をしっかり引き、括の内側から綴じ穴3から5も同様の工程を進める。
綴じ穴5まで進むと、括が接合されているはずである。ここではスクエア・ノットをする糸がないので、別の方法で糸を留める。ケトル・ステーションで留めるケトル・ステッチという結び方を行う。
5) ケトル・ステッチ
綴じ穴5で、1括目と2括目をつないでいる糸の輪の後ろに針を通す。直径1.2mm程度の輪ができるまで糸を引く。
その輪に針を通し、糸をしっかり引く。

綴じがこの括で最後の場合、もう一度ケトル・ステッチを行い、2度結ぶ。2.5cmほど残して糸を切る。はじめの1括目の綴じ穴1の糸も、2.5cmほど残して切る。
引き続き綴じる括がある場合は、綴じ穴5に針を通し、前述の方法を繰り返す。
注意:綴じ方向は逆になり、綴じ穴の番号も逆になるので注意する。
最後の括まで綴じ終わったら、ケトル・ステッチで2度結び、糸を2.5cm残して切る。はじめの1括目の綴じ穴1の糸も、2.5cmほど残して切る。

