ホームスタッフのチカラ>コンサーバターを目指す人たちへ

スタッフのチカラ

コンサーバターを目指す人たちへ

コンサーバターを目指す人たちへ

木部 徹

初出:日本図書館協会資料保存委員会発行『ネットワーク資料保存』 73 (2004)。2004/03 に加筆し掲載

「修復をしない」という選択肢

F さん、手紙をありがとうございます。年齢のずっと離れた若い方から、メイルではなくて「手紙」をもらう機会が少なくなったのだなと、改めて思いました。もっとも、貴方からの手紙も、手書きではなくて、コンピュータの画面上でつづった文を紙に印刷したものであり、私の返信もそうですが。とはいえ、電子メイルを印刷して校正することはめったになくても、少し長文の手紙ならば一度は紙の上に印刷して読み直しや訂正をしませんか? 私はそうです。紙の上のシミにいったんは置き換えて読まないと、どうも落ち着かない。

私は15年近く、紙を媒体とする記録資料(文書や書籍など)を対象としたコンサベーション(conservation)を手がけてきました。傷んだ紙と、その上のシミ(インク等を指し、この分野ではイメージ材料といいます)を相手の日々です。真正のコンサベーションをやってきたのかと問われればいささか忸怩たるものはあるのですが、少なくとも志だけは、いわゆる「修復」ではなくて、コンサベーションをやろうと決め、やってきたつもりです。

では、「修復」とコンサベーションとはなにが違うのか? 一口にいえば、前者には「修復をしない」という選択肢はなく、後者にはある、ということです。コンサベーションは「修復をしない」という選択肢を含む修復、もっといえば、「修復をどれだけ避けられるか」をまず考える修復であるといえるでしょう。こういう仕事が平仄整った形でできたならば、それこそ真正のコンサベーションであり、その仕事をするヒトをコンサーバター(conservator)と呼んで差し支えないでしょう。

F さん、「本や文書の修復家になりたい」、「そのための勉強はどうすればよいのか」と問うてきた貴方の困惑する顔が目に浮かびます。「修復をしないのが一番良い」と言っているようなものですから。でも、勘違いしてもらいたくないのですが、「修復という仕事は必要ない」のではない。必要な仕事です。紙の上のシミとして記録されたヒトの思い、その過去を現在に、現在を未来につなぐための仕事のひとつとして、とても大切であり、意義ある仕事だと断言します。また、貴方がそれを一生の仕事としてやってみたいという志を良しとします。ただ、もし、そうであるならば、いわゆる「修復」ではなく、コンサベーションを目指してもらいたいと、こう言いたいのです。最後の選択肢(the last resort)としての修復というのならば、私は諸手を挙げて賛同し、ぜひ私にやらせてもらいたいし、貴方にもやってもらいたいと。

「うーん、わかったような、そうでないような」。特に「修復をしないという選択肢を含む修復」というのがわかりにくいかもしれませんね。ここをもう少し説明させてください。

ページトップへ

ヒトは記録資料になにを求めているのか

F さん、私が対象としてきたのは紙媒体の記録資料です。図書館とか公文書館とかが収蔵し、原則として、不特定多数のヒトが、手ずから利用することを前提とした、公的な財としての書籍や文書、雑誌、新聞、地図、図面---等々。展示ケースの中に収まって、手を触れることはできないというものではなく(そういう資料も仕事の対象にはしますが)、利用者が直接開いたり、めくったりするものです。

貴方が利用者の一人としてこうした資料を閲覧利用するとします。その際に、出納の方から、その資料は劣化がひどく、現物としての閲覧は制限されている、しかし、複製物(マイクロフィルムやハードコピー)としてならば利用が可能であると、こう言われたとしましょう。貴方の利用のニーズがそれで満たされるならば、あえて傷んだ現物を見せてくれと要求はしないでしょう。貴方が得たいのは紙の上のシミが指し示す「情報」で、その資料が持つ現物(モノ)としての情報、紙やインクの質とか製本の形態とかではないならば、あえて現物にアクセスせずとも複製物によってニーズは満たされるからです。このように、紙媒体記録資料と呼ばれる大半のモノは、シミが指し示す、質量の無い「情報」がまず優先される、と私は考えます。資料の利用ニーズのほとんどがそうであるとも、私は考えます。ならば、現物がどれほど傷んでいたとしても、そこから複製物の作成が可能であるかぎり、あるいは複製物がある限り、現物を修復することが優先順位の最初になることはありえない。利用者のニーズの大半がそれで満たされるのですから。貴方の仕事は不要です。

しかし、どうしても現物にアクセスしないと利用ニーズが満たされず、しかも傷んでいるという資料はあります。これこそ貴方が希望する「修復」という仕事の対象か? 「まだ、違う」と私は考えます。傷みの程度と、利用の頻度はいかほどか、それをまず考えるべきです。たとえ綴じがバラバラになっていた文書だったとしても、丁寧に利用してもらえるのならば、あるいは仮綴じ程度で、十分に利用に耐えるという傷みのレベルがあります。こうした資料ならば、利用者に細心の注意を払ってもらうことで役目を果たすことができるはずです。

では、傷みがひどく、現物でしか「情報」が得られず、利用が度重なり、利用によって傷みが広がるという資料ならばどうだろうか? ここにきて初めて、自分の仕事の対象になる、と貴方は思うかもしれない。しかし私は、そうであっても、「まだだ」と言いたいのです。目の前のこの資料は傷みがひどい。でも、同じ資料で、他の場所や機関に現物利用に耐える資料があるかもしれないからです。その利用が可能ならば、そちらを優先するべきです。同じ資料を買い換えたほうが廉いこともある。まだ貴方の仕事は、ない。

その資料がモノとして稀あるいは唯一物で、所蔵機関にとって貴重であり(稀だろうが唯一物であろうが、その機関にとって貴重ではない資料を修復することはない)、傷みがひどく、現物にアクセスするしか利用ニーズが満たされず、利用も度重なる、というのならばどうか? そろそろ貴方の仕事の範疇に入ってきましたね。ではでは、作業台の上を整え、手道具を並べ、本や文書の綴じを外しましょう、裏打ちもしましょう、欠損部は補填しましょう、元の通りの綴じに復元しましょう----ほら、元の通りになりましたということになるかというと、ならない。綴じは外さないと利用できるかたちにならないのか、裏打ちをしないと利用できるかたちにならないのか、欠損部は補填しないと利用できないのか、元の綴じを復元しないと利用できないのか、そもそも元通りに直すと元通りに傷まないのか------云々。ここでもまた、その資料は最低限どの程度の修復処置をほどこせば利用のニーズを満たすのか、を考えるべきです。なぜか?

ページトップへ

修復処置はモノを絶対に変えてしまう

貴方はびっくりするかもしれませんが、現物への修復処置は、100%非可逆的に現物を変え、60%は現物を傷めるから。普通行われる処置は、洗うにしろ、脱酸性化にしろ、裏打ちにしろ、水を使わないということは、まずありえない。そして一度、たっぷりと水に濡れた資料は「絶対に」変形してもとには戻らない。水に濡らして乾かした紙の物性は、特に引張り強さが「絶対に」低下する(4割ぐらい減ずることもある)。水処理でなくとも、溶剤が入った部分とそうでない部分とは経時劣化の程度が「絶対に」違ってくる。酸性のリグニン含有紙を非水性アルカリ処理をするとアルカリ加水分解が起こる可能性が「絶対に」高い---等々。

「絶対」という言葉は、コンサベーションの分野では禁句ですが、これだけは「絶対」です。このように修復処置なるものは、貴方が想像するよりもはるかに、高いリスクを伴うのです。巷間言われてきたところの資料修復の原則には、曰く「オリジナルの尊重」、曰く「処置は可逆的であること」、曰く「処置が資料を傷めるものであってはならない」などと謳ってはいますが、まあ、原則は原則でしかなく、実際は例外のオンパレード。第一、考えてもみてください、脱酸性化処置は、完全に非可逆的な処置でしょう? ちなみに、the last resort は「苦肉の策」とも訳されます。

おどかすつもりは毛頭ない。このリスクを背負ってまで、あるいはリスクを資料に背負わせてまで、あえて「介入的な処置」(interventive treatment)を選ぶしかない、「原則」に最大限沿いながらも。でなければ目の前の資料は現在の、あるいは未来の利用に耐えないのだというのならば、その処置こそ真正のコンサベーションといえるでしょう。

F さん、それでも貴方は紙媒体資料のコンサーバターになりたいですか? ホントに? では、勉強するしかない。良い魚屋さんが魚を熟知しているように、紙と、その上のシミ、あるいは動く構造物である本や冊子の、それらの傷みついて、その安定化について、貴方は学び、熟知しなければならない。そして良い魚屋さんが見事に魚をさばくように、よく考え、よく記憶し、よく動く手を持たなければならない。それがプロです。

ページトップへ

なにを、どう学ぶべきか

大学の二年生である貴方からの、「これから何を勉強したらいいのか」という質問の答になっているかどうか。以上では基本的な考え方を示したつもりですが、以下は少し具体的な課題を列挙します。これは一昨年行われたドイツでのコンサーバター資格認定をめぐるアンケートの中の「就業前の学校段階でなにを学ぶべきか」への私なりの回答(抜粋)です。ただし例題はここが初出。

(1) 中学レベルの物理
例題: 水平面上で、手でおしはなした後の力学台車の移動距離(以下、略。中学3年理科)

(2) 高校レベルの化学
例題:0.05mol/lの水酸化カルシウム水溶液のpHは。この水溶液の電離度は0.8、log10 2=0.3とする(高校化学ⅠB)。

紙媒体資料のコンサベーションに関する、読むに耐える知見の90%以上は海外で発表されています。残念ながらそれが現状です。

(3) 海外文献を読みこなす力(英文読解力は必須)
例題:Stabilization of Alkalized Paper について何が焦点かを調べ、まとめよ

(4) 達意の日本語を書く力
例題:同上

そして勉強できる機会があるならは、ぜひ、

(5) 日本の手書き文字を読める力(近代のペン書きすら、すでに読めなくなっている)

手書き文字を読む力は、文字を手書きしないと身に付かない、と、私はキーボードで打っているのが今日です。

そして「手」。コンサーバターは手仕事の上がりでご飯を食べるヒトですから、(1)~(5)ができても、「下手」ではご飯が食べられない。ところが、「上手」は天賦のものが大半を占め、訓練で伸びるのは天賦の「上手」を基礎にした場合だけです。熱意があり、勉強も好きであっても、天賦の「上手」がなければ、コンサーバターとして大成することは決してありません。残酷なようですが、是処青山可埋骨、人間至る所青山有りです。事実、資料を末永く保存し活用してもらうための仕事はコンサベーションだけではない。記録資料のコンサベーションは、図書館や文書館等の資料所蔵機関をお客さんにしますが、私たちの仕事を理解し、的確な判断と指示を与えてくれるヒト、場合によっては断固たる拒否を告げるヒトが機関側にいないと、本当は私たちは必要にして充分な仕事ができません。

こういうヒトをプリザベーション・アドミニストレーター(保存管理者)と呼びます。優れたコンサーバターがどれだけいても、優れたプリザベーション・アドミニストレーターがいなければ、資料保存は円滑にすすみません。パイロットがいても管制官がいなければ飛行機は飛ばない。にもかかわらず、パイロットの養成をすればなんとかなると考えているヒト達が、特に日本には多いのが残念です。アドミニストレーターがいない、アドミニストレーションがない、これが日本の資料保存が真に離陸できない一番の理由だと私は思っているのですが、ここではこれ以上は触れません。

さて貴方が「上手」だとして、その訓練は大事です。あらゆる機会をとらえて「上手」を鍛えてください。ただ、日本には専門的な訓練の場がなくて、アチラにはあると考えるのは早計です。場はアチラ(海外)しかないのではなく、

(6) 日本の紙や印刷、表具や製本の技術を学ぶ

という気持ちになってください。アチラで仕事をするというのならばともかく、コチラで貴方が立ち向かうのはコチラの資料です。コチラの資料はコチラにある、だからコチラの資料を知るのにはコチラにいるのが最も有利です。それに、もし貴方がアチラにも学ぶとして(ぜひ、目指してください)、(5)にも関連しますが、アチラ話しかしない日本人は、コチラではどうかわかりませんが、アチラでは尊敬されない。コチラを知るヒト、例えば東洋の紙や本や文書をよく知るヒト、坪量10グラムの典具帖に糊を張り裏打ちできる「上手」のヒトは、無名で若くても、アチラのホンモノは、敬意をもって遇してくれます。ともあれ、アチラで勉強できるところは以下のサイトからたどってゆくのが良いでしょう。

Educational Opportunities in museum, library, and archives conservation/preservation

紙とその上のシミ、それらと水や溶剤や接着剤や別の紙とのインターフェイスの制御、これこそ紙媒体資料のコンサベーションの要諦なのですが、それは現場でいやというほど、失敗も含めて、学び続けることです。しかし、失敗をできるかぎり回避するためにも、とりわけ(1)~(3)は必須で、この上にしか本当の理解はないし、実践もありえないと私は思っています。少なくともアチラのホンモノは、これらを所与のものとして論を立て、技術を適用する。特に先行する業績への遡及は見事なものです。対して、具体的な言及は避けますが、この2年ほどの間に日本で発表された「修復」関連の大半の論文やら学会発表の質は10年前と比べても一向に高くならないばかりか、水増しやゲタ履き、美味しいところだけの食い散らかしになってきた。一見「科学的」だけに寂しい限りですが、その理由は明らかです。

ここで、紙媒体資料のコンサベーションの実際を知るのに格好のホームページを紹介しておきましょう(アチラ話で恐縮ですが)。

Houston Raguet Letter Project by Rebecca Elder and Kayla Chioco (August 2002)

このページは、テキサス大学情報学校の資料保存を教える講座の生徒さんが取り組んだ、あるラブ・レターのコンサベーションの記録です。紙媒体のコンサベーションの事例はウェッブでいくつも発表されていますが、このページのユニークさはそれぞれの処置の工程を音声付きの「動画」で見ることができる点です。いささか背伸びしているかなあとか、こんなにのんびりやれたらいいなあとか、私なりの感想はあるのですが、それはそれとして、世界で初めてのコンサーバター養成機関として出発した講座(前身は1981年にコロンビア大学図書館学校にできた)の20年の蓄積がよくわかります。なにより、貴方とちょっとしか違わない年齢の人たちが、このレベルまでやれることに、ちょっと感動します。

ちなみに、この講座の創設者のポール・バンクス(Paul N. Banks)というひとの偉さは、コンサーバター養成(三年間)だけでなく、プリザベーション・アドミニストレーターの養成(二年間)コースを設置したことです。後者の卒業生がいま、世界各国の図書館や文書館の保存管理者として活躍しています。アドミニストレーションの大事さを貴方にもぜひ知って欲しい。

最後に。 F さん、ある中国の哲人が、良い仕事をする三つの条件として、「若いこと、無名であること、貧乏であること」を挙げています。三つ目はともかくも、22歳の貴方は前の二つの条件を完全に満たしますね。私はといえば、依然として無名で、どう考えても金持ちではなく、非可逆的な劣化がかなり進行している。でも、良い仕事ができるようになるように、もうすこしだけ精進してみます。貴方も元気で勉強してください。後生可畏、焉知来者之不如今也。

では、また。

 

 

P.S. 以下は私が15年前(1990年)に書いた雑文です。お目汚しに。

「表紙は外れたままでよい -- 貴重書の修復と資料保存」

もうひとつ P.S.

メアリー・バーグマン「ブック・コンサーバターになるには」

2005年度の弊社の入社試験問題 (学科) (PDF 29KB)

ページトップへ