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ASTM が本や文書の紙の新しい強制劣化試験法を開発

ASTM が本や文書の紙の新しい強制劣化試験法を開発
試験管に封印して熱だけで5日間、自然劣化を再現

木部徹 2003/07/23

 

アメリカ材料試験協会(ASTM= The American Society for Testing and Materials)は本や文書に使用される紙を対象にした新しい強制劣化試験法を開発し、2002年9月に米ボルチモアで開催された国際保存修復学会(IIC= International Insutitute for Conservation)において発表した(Arnold 2002a)。また、ASTMの正式な試験法として採用した。同試験法は、これまでの強制劣化試験法で問題になっていた「自然に経時した場合の劣化度との整合」がつく画期的な方法と唱っている。サンプル紙片(一枚物および束にしたもの)を密閉した試験管に入れて、これを100℃のオーブンに5日間入れるだけで結果が出るという。このサンプルを、同じ組成の紙だが、すでに自然劣化しているものとクロマトグラフ等で比較すると、自然の経時劣化のときの酸性物と同じものが検出でき、劣化パターンもほぼ同じになるとし、資料が自ら生み出す酸性物等は長期にわたって劣化の原因になっていることもわかった。従来法のような湿度調整が不要のため、手間とコストが格段にかからず、結果が早く出るのも特徴である。ASTMではこの成果をもとに、本や文書の紙の寿命を推測できる新しい強制劣化試験法として、TAPPI、ANSIやISOに反映していきたいという。

1. 開発の背景

この試験法は、ASTMが8年前から進めてきた「印刷および書写用の紙の劣化の影響に関する研究(ASTM Research Into The Effects of Aging on Printing & Writing Papers)」プロジェクトの一環である。同プロジェクトにはほかに「光の影響」、「大気汚染物質の影響」が組み込まれており、世界の5つの関連機関の共同プロジェクトとして、趣旨に賛同する世界の33機関からの寄付金400万ドルを投じて進められてきた。

紙を対象にした信頼性の高い強制劣化試験の開発は1920年代のアメリカの国立標準局によるものを皮切りに、1950年代に酸性紙問題をいち早く提起したウィリアム・バロウをはじめとして世界中の関連研究者が精力的に取り組んできたテーマである。現在、紙の保存科学の分野で発表される論文にも、ある温度と湿度を設えて一定期間強制劣化した試験結果が盛り込まれ、それが紙の劣化度や安定性を裏付けるデータとして使われる。しかし、これまで行われきた50余の紙の強制劣化法について浩瀚なレポートをまとめたオランダのPorckによると、誰もが納得するような試験法はいまだ実用化されていないという(Porck 2000)。いずれの試験法についても、自然に紙が劣化した状態を再現しているものなのかどうかが疑問視されてきた。30日間、90℃、65%RH で強制劣化させた紙は、普通の書庫環境に長期に置かれ自然劣化していく紙となにが同じということなのか? あとどのぐらい「持つ」のか? 50年? 100年? 強制劣化試験はどこまで「紙の未来」を予測できるのだろうか?

2. ASTM の国際共同プロジェクト

この問題の抜本的な解決のためにASTMは1994年、世界中の関連する研究者や研究機関に呼びかけ、納得できる強制劣化試験を共同で開発することになった。また紙の劣化要因として、これまでしっかりと取り上げられることが少なかった光そして大気汚染物質の影響もプロジェク・テーマとして組み込まれた。12カ国、100余名の紙の研究者やメーカー、ユーザーからさまざまな問題点や希望を提出してもらうとともに、このプロジェクトに賛同する個人や機関から資金を集め(ASTMそれ自体は設備も金もない、いわばボランティア団体である)、実際に研究開発を行う機関を選択した。アメリカ、カナダ、フィンランドの3カ国、5機関である。

このプロジェクトにはまた、図書館や公文書館を代表して Margaret Byrnes(アメリカ国立医学図書館)、 Susan Lee-Bechtold (アメリカ国立公文書館)、Janet Gertz(コロンビア大学図書館)がテクニカル・アドバイザーとして参画した。

強制劣化試験法の開発担当としてはアメリカ議会図書館とカナダ国立文化財研究所が決まり、1997年に研究がスタートした。中心になったのはアメリカ議会図書館保存科学部門の紙の科学者であるチャンドル・シャハニ(C. Shanani) である。シャハニには、この問題をズバリ論じた『紙の強制劣化:真に耐久性を占えるものなのか(Accelerated Aging of Paper: Can it Really Foretell the Permanence of Paper, 1995 )という論文が先行してあり、議会図書館のホームページに掲載されている(Shahani 1995)。

この成果は全体のプロジェクト・リーダーを努めたブルース・アーノルド(Bruce Arnold)によって、他の二つの成果、光および大気汚染の影響プロジェクトの成果とともに、IICのコンファレンスで発表された。またこれに先立ち、アーノルドはネット上に ASTM's Paper Aging Research Program として、かなり詳しい内容の論文を発表している(Arnold 2002b)。

以下ではシャハニが中心となって開発した新しい強制劣化試験法について概説する。

3. 試験サンプルの作成

試験サンプルとなる紙は、繊維は砕木パルプからコットンまで、pHは酸性域からアルカリ域まで15種類。特徴的なのは、実際の製紙機を用いて作成されていることだろう。一般に試験サンプル紙は研究者がサンプル作成用の紙漉き機で手漉きするが、今回は本物の製紙機で漉いた。これは、いわゆる「紙の目」を、比較したい自然劣化紙と同じにしたいがためだ。生産に使われる製紙機で紙を漉くと、繊維が一定方向に並び、これが紙の物理的な強度に影響する。従来の簡単な抄紙機でつくるサンプルでは、これを調整するのが難しいと判断された。

例えば1920年代に作成された新聞があり、その紙の製紙メーカーや紙の素性がはっきりしているとする。新聞は、例えばアメリカ議会図書館に所蔵されているものとする。それと同じ素性の新しい紙を製紙機で漉き、強制劣化させて、すでに80年以上、自然に劣化した新聞本紙と比較する----。こうした紙のサンプルが15種類類作られた。なお、これらのサンプル紙は、強制劣化法だけでなく、他の二つのプロジェクト(光、大気汚染)にも共通して使われた。

4. 密閉試験管法は自然劣化を再現できる

密閉試験管法とは、あらかじめ23℃、50%RH で調整されたサンプル(一枚物と束のもの)を試験管に入れ、蓋(熱安定性のよいOリングかガスケットと、ネジ式の蓋の組み合わせ)をして完全密閉し、これを100℃のオーブン内で5日間、強制的に劣化させる方法である。シャハニはこれまでの研究で、紙が劣化するときには紙の内部から劣化要因となる複数の酸性物が発生することを確認している(Shahani 1995)。これまでのサンプル紙片をオーブン内に吊した形での強制劣化は、この内部から発生する酸性物による影響を考慮しなかった。しかし密閉試験管法だと、発生した酸性物がガラス内に完全に封じ込められることになる。

Lojewsk, T.  "Acidic Paper Problem; from labortory to libray pracitce" (2003)

シャハニがこの方法を考案したのは、本や文書は紙の束としてあるのが普通で、なおかつペラの状態よりも束ねた内部のほうが劣化が促進されることがわかったのがきっかけである。重ねた紙の束の内部の方が周辺よりも劣化するのは、紙の中から出る酸性物が束の外に放散されるのではなく封じ込められるためだ(Shahani 1995)。チューブ法は、図書館や文書館の書庫の棚に置かれて経時劣化していく資料の状態に近い紙を再現できる、という。今回の研究でも密閉した試験管に入れられた紙から発生する酸性物は、すでに自然劣化してきた紙から依然として発生し続け(下図参照)、またその酸性物が同じもの(蟻酸、酢酸、乳酸、シュウ酸等)であることをシャハニは同定している。

また、耐折強度や耐引き裂き強度の物理的特性の変化も、やはり同じ結果になり、リニアに変化するグラフ(アレニウス・プロット)から、5日間の強制劣化後に、最低値として耐折強度が劣化前の50%、引き裂き強度が劣化前の85% 残っていれば、その紙(の資料)は自然劣化していっても、安定した強さを長期にわたって保持する紙だ、と見ることができるとしている。

もしこれが妥当なものならば、すでに自然劣化している紙が、あとどれぐらい「持つ」のかも、ある程度推測が可能ということになる。なお、 試験法については、カナダ国立文化財研究所の論文(Begin et al. 2002)が詳しい。ASTMの試験法としてもASTMのサイトからダウンロードできる(有料:8ドル)。

5. 熱だけの強制劣化の優位性

チューブ法はまた、これまでのような手間のかかる湿度制御がいらず、熱だけでの強制劣化のため、従来法に比べて手間もかからず、コストも抑えられるのも特徴である。さらに期間も5日間と短く、すぐに結果が出るのもメリットである。

6. 一世紀自然劣化計画

もうひとつ、今回のプロジェクトから派生した興味深い計画がスタートした。一世紀自然劣化計画である。額面通りとすれば、チューブ法は従来法に比べればはるかに自然劣化をシュミレートできる優れた強制劣化法であろう。しかし、言葉の厳密な意味で自然劣化をそのままなぞるものであるかといえば、まだ疑問は残ろう。
  ならば、あらかじめ組成から強度からなにからなにまで全てを確認した紙を、保管環境が確認されているさまざまな書庫に置き、百年間自然に劣化させて、百年後の劣化状態を最初の状態と比べればよいではないか。そして定期的にこの劣化状況を記録していく。そうすれば百年前(つまり現在)に測っておいたオリジナルの紙の化学的・物理的特性や、百年前にチューブ法で強制劣化させた紙と比較でき、より信頼できる結果が得られる----。試験用に作成された15種類のサンプル紙がコロンビア大学図書館やアメリカ国立公文書館など北米の10の機関の書庫に納められ、5つの研究機関が定期的なチェックを行うことになり、2001年にスタートした(Arnold 2002b)。

7. ASTM「紙の劣化」研究報告をCDで

ASTM の「紙の劣化」に関するすべての研究報告書がCD媒体でASTMから入手できる(有料:海外からは13ドル)。ちなみにこのCDはASTMの報告書として初のCD媒体であるという。

ASTM International
Customer Service Department
100 Barr Harbor Drive
West Conshohocken, PA 19482-2959
USA
Telefon: 610-832-9585
Fax: 610-832-9555
E-mail: service@astm.org

Web からは次のアドレスで注文できる。
www.astm.org/cgi-bin/SoftCart.exe/BOOKSTORE/PUBS/971.htm?L+mystore+vfdh7237

また、試験管法による促進試験法ほかの各試験法だけでも上記のASTMのホームページから PDF でダウンロードできる(有料:10ドル~)。

Temperature aging method: ASTM D 6819-02
Pollutant aging method: ASTM D 6833-02
Light aging method: ASTM D 6789-02

 

参考文献とリンク


Arnold, Bruce R.(2002a)  New Tools to Measure Long-term Paper Stability. in Proceeding of IIC, Baltimore, 2002, p.1-4

Arnold, Bruce R.(2002b)  ASTM's Paper Aging Research Program.

Begin, P. L. et al. (2002)  Thermal Accerated Aging Test Method Development. Restaurator 23. p.89-105

Shahani, Chandru J. (1995)  Accelerated Aging of Paper: Can it Really Foretell the Permanence of Paper.
http://www.loc.gov/preserv/rt/age/

Porck, Henk J. (2000)  Rate of Paper Degradation;The Predictive Value of
Artificial Aging Tests.
http://www.knaw.nl/ecpa/publ/porck2.pdf

 

 

 

文責:木部徹(資料保存器材)

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