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一枚物の紙媒体資料表面のドライ・クリーニング

一枚物の紙媒体資料表面のドライ・クリーニング
付着しているチリやホコリを除く

木部徹
2003/07/23 初出、2004/02/27 改訂(新文献を付記)

 

資料表面のドライクリーニングとは?

一枚物の文書やポスターや図面などに付着する汚れはさまざまだが、紙の表面に載っているだけたったり、紙の繊維の奥深くまで入り込んでいないチリやホコリ、カビの残滓などはドライ・クリーニングという方法で取り除くことができる。
  衣類などの汚れは洗濯機などで洗浄するのが普通だが、水が介在するために衣類は濡れる(ウェット・クリーニング)。これに対して紙を濡らすことなく、乾いた(ドライな)状態で表面のチリやホコリを取り除く方法を、コンサベーションの分野では「ドライ・クリーニング」と呼んでいる(1)。対象資料と、それに合った適切な方法を選び、注意深く行えば、いわゆる専門的なコンサーバターに任せなくともできる仕事である。

  紙媒体資料の表面のドライ・クリーニングは、物理的な汚れを除いて見栄えをよくすることにとどまらず、大気中からチリやホコリにもぐりんで紙を劣化させる、大気中からの有害な酸性物等を除くことも意味する。また、水を使った専門的なコンサベーションのウェット・クリーニングの前工程としても必須である。チリやホコリを除いておかないと、水が汚れを紙の繊維の中に運んでしまう。
 
  そもそもチリやホコリとはなにかといえば、ダストと呼ばれる小さな粒子状の固体である。固体になるモノならば全てチリやホコリになる。15~20ミクロンを境にして、これより小さいモノと大きなモノとに分類できる。小さな dust は、他の固体(紙など)に補足されなければ大気中に浮遊している。大きな dust は、他の固体の表面に積もる。一般にドライクリーニングで除去できるのは、15ミクロン以上の大きな dust である。これ以下だと、経時した紙の場合は水分の放吸湿が繰り返されることで紙の繊維の中に埋め込まれるるため、物理的に除去するのが難しくなる。なお、1ミクロン以下のものをエアゾールと呼ぶことがある。

  以下に述べるドライ・クリーニングは、文書、手稿、地図、その他の一枚物のほとんどの紙資料に適用できる。しかし、劣化していて物理的な強度が落ちていたり、破れや裂けがある対象物には、劣化を広げないように特に注意をして行う必要がある。また、パステルや鉛筆、チャコールなどの、紙の表面に載っていて、繊維の奥まで入り込んでいずにイメージ(文字や画像)を形成しているものには、ソフト・ブラシをかける程度にして、クリーニング・クロスもイレーザーも使うことは避けた方がよい。こうした資料はやはりコンサーバターにまかせるのが安心である。
  また、いきなり全体のクリーニングにとりかからず、地およびイメージ部分の目立たないところで、それぞれのクリーニング方法を一度は試してみてから、全体に適用するように。普通の印刷物であってもブラシをかけるのさえ危険なものがある。

  なお、書籍や書棚のドライ・クリーニングに用いられる、ダスト・クロスあるいはワイピング・クロスと呼ばれている製品の使い方については稿を改めて述べることにする。以下の方法は書籍等の本文紙のクリーニング方法としては有効だが、書籍の表紙や、書籍の棚のクリーニングには、残留物の心配のないクロスによる拭き取りが効率的である。

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必要な道具

ソフト・ブラシ

こういう名前の商品があるわけではなく、毛先が資料を傷めないような柔らかさを持つ、というぐらいの意味である。この条件を満たすならばペンキ刷毛でも良い。広い範囲でブラシをかけるならば製図用のドラフティング・ブラシが良い。その他、紙の表面を傷めずにチリやホコリを除ける刷毛や筆を、大小そろえておく。

クリーニング・スポンジ

天然ゴムをスポンジにしたもの。元々はススを除くスポンジとして商品化された。汚れたら洗って乾かして何度か使える。

イレーザー

いわゆる「消しゴム」だが、文房具業界での正式な用語は「字消し」である。現在の大半の字消しはゴム製ではなくてポリ塩化ビニル等のプラスチックでできている(非塩ビ系のイレーザーについては、このページの下の項を参照)。なお、「砂消しゴム」とよばれる、研磨剤が入っていて汚れを「削り取る」タイプのイレーザーもあるが使用しない。イレーザーは基本的には汚れを粘・吸着して除くものである。

 
粉体のイレーザー

「粉消しゴム」という言い方が一般的。粒子の大きさや固さがメーカーによってまちまちだが、対象物の表面の平滑さや粗さによって使い分けるしかない。平滑ならば細かい粒子のものを、粗い表面ならば大きな粒子のものを使うのが原則である(2)。

ブロック・イレーザー

普通の「消しゴム」である。使用する前に、イレーザー表面のロゴなど色が付いている部分をカッターなどで除いておく.。これは使用中に色が紙が移るのを防ぐためである。

柔らかいイレーザー

「練り消しゴム」という言い方が一般的。手で練って柔らかくして使う。粘りけの強いものよりも弱いものを選ぶ。

木綿の白手袋

同じ箇所を時間をかけてクリーニングする場合には、作業中に資料を押さえておく方の手にはめる。もしくは、汚れていない紙を下敷きにする。手油その他、手からの汚れを移さないためである。

マスク

少量ならばマスク無しでもよいだろうが、大量にドライ・クリーニングを行うときとか、少量でもカビの残滓を除く時にはマスクは必須である。弊社では花粉症対策用のマスクを使っている。

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弊社で使用してる製品と入手先

 刷毛、マスク、白手袋などは特別のモノではない市販品である。

 

クリーニング・スポンジ

  これは今のところ輸入品しかないようだが、必須というわけではない。クリーニング・スポンジ「Dirt Eraser」のメーカーの Absorene Mfg. Co.のホームページは次の通り。

   http://www.absorene.com/prodsumm/prod05.html
 
  Google 等の検索エンジンで "dry cleaning sponge" でひくと、他のメーカー製のもでてくる

粉体イレーザー

図は Lineco Document Cleaning Pad という製品。国内ではフォトギャラリー・インターナショナル(PGI)で、クリーニング・パッドという商品名で扱っている。

   http://www.pgi.ac/shop/price/price.html

練りイレーザー
 
画材屋で入手できる。


固形イレーザー
 製図などに使う品質のよいものを選べばよいが、紙媒体のコンサベーションの分野での確認試験がされている Staedtler Mars Plastic が日本でも入手できる。入手が比較的楽なのでこれを薦めたい。

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手順

作業台
  なるべく広くて平らな表面の作業台を用意する。そのうえをまずきれいにしてから、資料のクリーニングを。台をそのまま使ってもよいが、できればラシャ紙などの密な表面をもつ紙を一枚敷くと、除いたチリやホコリが確認てきて掃除もしやすい。


ブラッシング
  ソフト・ブラシで対象物の表面のチリやホコリを掃き取る。破れたところや欠損部に注意しながらブラッシングする。ブラッシングは想像以上に効果的で、対象物を傷めることが少ない。

 

クリーニング・スポンジ

これも「擦る」のではなく、拭き取るように使う。汚れたら洗ってもよいが、部分的にカットして新しい切り口で使うこともできる。

イレーザー

ブラシで落ちない汚れは粉体のイレーザーを使う。目立たないところでスポット・テストをしてから全体のクリーニングを。イメージ材料の部分は色落ちする事があるので、まず小さな範囲で試す。

対象物の表面に粉体のイレーザーを振りかけ、指の腹を使って優しくこする。折れ目や破損部に注意しながら、中心から端に向かって円を描くように。資料の端は円を描くと裂けるおそれがあるので、まっすぐ中から外に指を動かす。

 

 消しかすをきれいに取り除く。たびたび刷毛で払い、細かい粉も残らないようにする。また、作業台の上も一枚ごとに、また資料の片面ごとに消しかすを除く。残してしまうと、きれいな物にまで消しかすが付いたり、今からクリーニングしようとしている対象物の裏にも付き、摩擦で穴を開けるおそれがある。

  粉体のイレーザーは、粉の表面に汚れを吸着させて落とすので消しかすの変色は汚れによるものだが、インク等の色などが落ちてないか注意する。ブラシで掃いた後に、練りイレーザーで吸着して完全に除く。


  これでも落ちない汚れは固形のイレーザーを使う。基本的に「擦って」落とすのだが、イレーザー自身も自分をすり減らして汚れを吸着して落としている。指加減で強弱がつけやすく、消しかすも大きいので除きやすい。ただ、資料に強く押しつけると、表面の汚れを埋め込むことにもなる。
 
  一方向か円を描くように優しく擦る。一部分だけ明るくなりすぎないように全体のトーンを見ながら行う。


  小さな範囲の汚れを部分的に除くのには製図用のシールドを使うと良い。

 

練りイレーザーは表面に軽く押し当てて汚れを吸着させて除く。強く押し当てると紙などの繊維を持っていってしまうことがある。分他のイレーザーの微少なかすを除くのにも使う。

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イレーザー自体の劣化を防ぐ

 ここで紹介しているStaedtler Mars Plastic もそうだが、製図などで使う良質の固形イレーザーは、本体の上に紙製のサックがあり、さらに透明プラスチックフィルムにくるまれている。プラスチックフィルムは店頭での視覚効果とは別に、イレーザーの主成分の塩化ビニルを柔らかくしている可塑剤(フタル酸ジオクチル)が抜けてしまわないようにしておく役目を持つ。ただし使うためにはこのフィルムを除かねばならないので、全体がむき出しにならないように紙製のサックが着いている。これを取らずに使うのが正しい。粉体、練りのものも、使わない時にはなるべく空気にさらさないようにしないと、可塑剤が抜けてしまって固くなり、吸着能力がなくなってしまう。

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やりすぎない

チリやホコリをできるだけ除くことはコンサベーションの基本である。しかし、ドライ・クリーニングは目に見えて資料がきれいになってゆくので、思わずやりすぎることがある危険な作業でもある。繊維の中に入り込んだ汚れを無理に除こうとして強く「擦る」と資料を傷めることがある。資料全体の汚れのトーンを確認しながら、ほどほどで切り上げることも大事だ。ブラシ、粉体イレーザーは比較的間違いの少ない道具だが、それでも資料を傷めることがある。固形イレーザーやスポンジもチリやホコリを繊維の中に埋め込む結果になる場合がある。対象の紙の表面の粗密さもさまざまだから、適切なクリーニング法は数をこなしていって経験的につかむしかない。

(1) 紙媒体資料に付着するチリやホコリの多くは表面に載っているか、紙の表面の繊維の間に絡まっている場合が多く、化学的に繊維と結合することはほとんどない。しかし付着物が温度や湿度、時間の経過によって酸素や水分と結合したりすると繊維そのものに深く入り込んだ形の「染み」や「焼け」になってゆき、こうした汚れはここで述べるドライ・クリーニングでは除去できない。汚れの付着には分子間結合、静電気力、化学的結合の三つが考えられるが、ドライ・クリーニングは静電気力によるものや、分子間結合があまり強くないチリやホコリを除くだけと考えて良い。

(2)粉体のイレーザーは輸入品しかないので、希望する粒子のものがすぐに入手できないことがある。このため弊社では、市販の固形のイレーザー(Staedtler Mars Plastic )を粉体にして使っている。イレーザーを5ミリ角ぐらいに切って、料理で使うパウダー・ミキサーにかける。粉状のイレーザーはすぐに酸化して吸着効果がなくなりやすいが、この方法は「フレッシュなものをその場で作る」ことができるので薦められる。

 多くの品種を試したわけではないが、他の製品に比べるとStaedtler Mars Plastic は粒の大きさがかなり揃う。それでも全体には不均一なので、メッシュの大きさの違う篩(ふるい)でより分けるか、ガーゼに入れて使っている。ガーゼに入れて揉むように粉を資料の表面に振りかける。また、ガーゼに入れたままクリーニングする。

 

参考のために弊社での使い分けを表にした。一般の用途にこれほど厳密でなくともよいだろう。弊社でもさほど厳密に使い分けているわけではない。

 

 
グレード 粒子の大きさ 対象紙の表面の粗密
細かい 0.5ミリ以下 アート紙やトレーシング・ペーパーなどの表面が平滑な紙
普通 0.5~1.0ミリ 普通の印刷物、文書
粗い 1.0~2.5ミリ 楮紙等の繊維の粗い紙

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参考文献とリンク


Banks, P.N..(1969) "Paper Cleaning", Restaurator 1,1, pp. 52-66
紙媒体資料のクリーニングに関する"古典"。

Horton, C.C.(1969) Cleaning and Preserving Bindings and Related Materilas, 2nd ed., rev. Library Technology Program Publication, No.16. Rev American Library Association.
名著として版を重ねた。書籍のクリーニングは現在でも有益。

Cowan, J., et al. (2001) Dry Methods for Surface Cleaning Paper. Canadian Conservation Institute Technical Bulletin No.11
カナダ国立文化財研究所のマニュアル。Works on paper(版画等の紙媒体上の作品類)のクリーニングに重点。細かい目配りが行き届き、現時点でのベスト。次のページから入手できる。
https://nt3.magma.ca/cci-icc/bookstore/viewCategory-e.cfm?id=18

Perlstein, E.J., et. al. (1982) "Effects of Eraser Treatment on Paper." Journal of the American Institute for Conservation 22, 1(Fall 1983), pp. 1-12.
各種のイレーザーの紙表面への影響試験。推薦できるイレーザーも。
http://aic.stanford.edu/jaic/articles/jaic22-01-001_indx.html

Estrabrook, Elizabeth. (1989) "Considerations of the Effect of Erasers on Cotton Frabric." Journal of American Institute of Conservation 28, 2, pp.79-96.
紙媒体ではなく、コットン布への影響試験。
http://aic.stanford.edu/jaic/articles/jaic28-02-003_indx.html

Ogden, S. (2001?)  Surface Cleaning of Paper.
NEDCCの技術パンフレットのひとつ。簡にして要を得た解説。
http://www.nedcc.org/plam3/tleaf62.htm

Brokerhof, A.W., et al. (2002)  Dry cleaning; The Effects of New Wishab Spezialschwamm and Spezialpulver on Paper.
スポンジと粉体イレーザーの影響。原文はドイツ語。以下のページは英語とドイツ語の要約のみ。
http://www.uni-muenster.de/Forum-Bestandserhaltung/
kons-restaurierung/abstract_pres_05.shtml


Nguyen, T., et al. (2003)  "Effect of Erasers on the Degradation of Paper Cellulose." WPP; Chemical Technology of Wood, Pulp and Paper, pp.361-365.
これまでのような物理的影響ではなく、化学的影響をSEクロマトで分析。

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イレーザーの非塩ビ化について


昭和60年代に、それまでのゴム系から「プラスチック消しゴム」への転換が行われた。プラスチック消しゴムは日本のメーカーが世界に先駆けて開発したものである。塩化ビニル、可塑剤(フタル酸ジオクチル)、炭酸カルシウムが原料で、以来「消しゴム」として長く使われてきた。しかし、フタル酸ジオクチルの環境ホルモンとしての疑いがでてきたこと、塩ビを焼却したときの塩素の環境への影響などから、メーカーは現在、非塩ビ系への転換を進めている。消しゴム(プラスチック字消し)の日本工業規格(JIS S 6050)は、2002年1月から材料表示(塩化ビニル樹脂製又は非塩化ビニル樹脂製の別)をするよう新たに規定した。

例えば非塩ビ系字消し「合成ゴム消しゴム モノNP」(トンボ鉛筆)の原料はスチレン系合成ゴムと炭酸カルシウムで可塑剤を使用していない(2002年2月発売)。字消し能力は、従来の自社の塩ビ系(モノ)が95.0、NPは94.0(検査はJIS S 6050に準拠) ということである。

環境への影響云々はしばらく措くとして、コンサベーションでの使い勝手であるが、塩ビ系のと比べると吸着力がもうひとつ足りない気がする。紙の上に残留した場合には可塑剤の影響は心配ないが、スチレン系合成ゴム(タイヤ、スポーツ用品に使われている)はどうなのかは不明。今後の影響試験が課題であるが、いずれにしろドライ・クリーニングでは、塩ビ系と同様に残留させないことがポイントになる。なお、上記の参考になる文献とリンクで挙げられているイレーザーは全て塩ビ製である。



消しゴムはなぜ消える?
世界で最初にプラスチック消しゴムを企業化したシードという消しゴム・メーカーのページから。


消しゴムの歴史
トンボ鉛筆のページから。

 

 

文責:木部徹(資料保存器材)

 

 

 

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