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紙媒体資料の pH の測り方

紙媒体資料の pH の測り方
メルク社のpH ストリップを使って

木部徹
2003/07/23初出、2005/06/24改訂

1. 非破壊的に測る

  本や文書などの、コンサベーションの対象資料がどの程度の酸性度を持つかを知ることは手当て最初の重要なステップである。また、図書館や文書館でも、紙媒体資料そのものや、資料を保護するための紙の入れ物、さらにはコピー用紙などが酸性紙かどうかを知りたいことがある。

  酸性度・アルカリ度は水素イオンを水の中に解き放ち、この濃度(水素イオン濃度=pH)を測ることで知ることができる。つまり、元々は液体の水や水溶性の液体に対して使われるので、「固体」 の紙には理論的には適用できない。そこで紙のメーカーなどで測る場合には、紙を細かくカットしたものを水(非イオン水)の中に入れて、しばらく置いてから、電極式のpH計測器で測る方法が採られる。。しかしこの方法は対象を細かく切り刻む、つまり「破壊」しないとできない方法なので、コンサベーション分野で行われることは、まずない。その代わりに、対象資料の表面を水で濡らし、このわずかな水の中に水素イオンを抽出して、これを指示薬に触れさせ、その変色具合でpHを測る方法が採られる。


  この方法で測るのは「表面のpH」であり、厚みのある、水の浸透性のよくない紙の内側の pH は測れない。この場合には「破壊的」に測るしかない。しかし裏まで水が抜けていくような紙は、この方法でかなり正確に測ることができる。

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2. メルク社のpHストリップ

簡便だが、かなり正確にpHを測れるのがメルク社のpHストリップを使う方法だ。プラスチックの小片の端に、酸・アルカリに反応して変色する指示薬が塗布してある。この指示薬は水に濡れても対象物に色移りしないのが特徴だ。特に酸性の紙の酸性度を測るときの精度は高い。

pH値 は 0~14までの数字の幅で測る。真ん中の7が中性、それよりも下が酸性、上がアルカリ性だ。(牛乳はpHが6.2 で中性に近い。血液はpH 7.2 でこれも中性。胃液は1.5~2.0 で強い酸性。セメントは pH9.8 でこちらはかなりアルカリ度が高い)。

  pHストリップはいろいろなレンジの値を測るために幾種類もあるが、jふつうは pH レンジが1~6、5~10 の二種類で充分である。

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3. 測り方

① 不活性のポリエステル・フィルムの小片を計測する資料の場所の下に敷く。

② 蒸留水にpHストリップの指示薬の付いた端を浸す。 

③ それを1の箇所に当てて、上からもう一枚のフィルムを載せる。資料に凹凸があってストリップが浮き上がるようだったら、密着させるためにだけの、ごく軽い重しを載せる。

④ 1分ほど待ってストリップを外して、指示薬の変色ぐあいを、ストリップの容器に貼ってあるカラーチャートと比べてpH値を見る。

もうひとつの方法は、上記と似ているが、

① は同じ。

② 蒸留水を資料の計測箇所に一滴垂らす。

③ pH ストリップを載せて、その上からもういちまいのフィルムを載せて"マリネ"する。

④ は同じ。

どちらの方法でも、一箇所ではなくて、三箇所ぐらいで測り、平均値を出すとよい。また、どちらの方法も結果はあまり変わらないが、後者の方法は水分が多いと、紙によっては紙がちょっとふやけた感じが残ることがある。計測の後に濾紙などを当ててしっかりと水分を除く。もうひとつの問題は、乾いた紙の上に水を垂らすと「輪染み」といわれる円形のシミが広がることがある(外周部に汚れを寄せてゆくように広がることから英語では tideline と呼ぶ)。これを防ぐにはあらかじめ、計測する範囲よりも少し広い範囲で対象物をわずかに湿らせておく。水の染み込みが良くないときはエチル・アルコール(エタノール)を水に少し混ぜてやると良い。

  水に滲んでしまうようなインクや色材の箇所には使わない。水にふやけてしまうゼラチン・サイズ剤を使った紙などは、ごく目立たない箇所に使うか、使わないようにする、---等々、注意しなければならないことはあるが、エラー・アンド・ラーンで実際に試して覚えるしかない。

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4. 計測の精度と問題点

下表は他のpH計測法とメルク社のpHストリップを使った場合の数値の比較である。酸性紙はほぼ他の方法によるものと同等の数値が出る。ただし、アルカリ性の紙は No.2、No.9 のようにバラツキがでてくるのが普通であり、ストリップだけでは十分な計測とはいいがたい。

No.      対象の紙 チェックペン  ISO冷水抽出法 電極法 メルク社ストリップ
1 試験用サンプル紙 1 < 7 3.65 3.59 3.6
2 試験用サンプル紙 2 > 7 8.46 8.35 8.7
3 書籍本紙 1 (1927) < 7 4.20 3.47 3-4
4 書籍本紙 2 (1932) < 7 4.14 3.87 3.5-4
5 書籍本紙 3 (1955) < 7 4.14 3.62 4
6 書籍本紙 4 (1966) < 7 4.34 3.78 4-4.4
7 新聞本紙 1 (1947) < 7 5.91 5.40 5
8 新聞本紙 1 (1957) < 7 3.39 3.24 3-4
9 書籍本紙用アルカリ紙 > 7 9.05 7.98 6.5

 チェックペン:中性の7を境にして変色する薬剤を入れたペンで、印刷業界で酸性紙とアルカリ紙の識別に用いられている。国内では日研化学が「中性紙チェックペン」として製造・販売している。  試験用サンプル紙:工業用濾紙に定量の酸とアルカリを入れて作った紙。

メルク社の "pH indicator" の説明書は以下のサイトから pdf でダウンロードできる。
   http://pb.merck.de/servlet/PB/show/1176220/ph_indicators.pdf

下図は20世紀にスロバキアで出版された書籍100冊の本文紙のpHを、冷水抽出法、電極法(表面のみ)、pHストリップ(同)で計測したグラフである。同様の結果が出ている。一般的に酸性紙の表面pH計測は、紙の内側から酸(またはアルカリ)を抽出して計測する方法と比べると、低い値(酸性寄り)になることは知っておいて良い。

Rehakova, M. et al. (2004): Preselection of historical books in the process of their stabilization, Proceeding of 2004 Durability of Paper and Writing, p.68-69.

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5. 材料・道具の入手先

pHストリップ:メルク社の日本支社がメルク・ジャパン(http://www.merck.co.jp/japan/)で、ここでは直販はしないが、取り扱いの代理店を教えてくれる。
 
 
  蒸留水:近所の薬屋で入手できる。「精製水」という名前で置いてあることもあるが、脱イオン水であることを確認して。なお、脱イオン水とは、「イオンを含まない水」という意味ではなく、水のイオンのH+とOH-とが平衡し、pHが7近辺ということである。

  ポリエステル・フィルム:少量の入手は難しいかもしれない。ポリエステル・フィルムにこだわるわけではなく、要は計測の時に上下に水が揮発したり抜けていかずに"マリネ"ができればよいので、きれいなポリ袋を敷いてもよい。工夫を。


  pH ストリップも蒸留水も、使わない場合は密閉できる入れ物の中に入れ、外気に触れないようにしておく。大気中の二酸化炭素や亜硫酸化物などに反応してしまうから。

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pH とは

  pH の詳しい理解は下記の「参考になるページ」を読んでいただきたい。ここでは簡単に説明する。

  pH は「水素イオン濃度指数」のことで、0~14までの数値で表される酸性度またはアルカリ度を測る尺度」と定義できる。pH の p はポテンシャル(ドイツ語の potenz = potential または power)、H は水素(Hydrogen)を表す。直訳すると「水素の潜在力」とでもなろう。水素は、普通の状態は気体であり荷電していない。しかしこれが水にはいるとイオン化し水素イオン(H+)になり電気を帯びる。一方、水素イオンに対極するのが水酸イオン(OH-)でマイナスの電気的な性質を帯びている。水溶液中に同量の水酸イオンと水素イオンが存在すると相殺される(中性)が、水素イオンの濃度が上回ると酸性を、逆に水酸イオンが多いとアルカリ性を示す。
 
  それぞれの濃度指数の和は常に14になり、この間で水素イオンと水酸イオンは綱引きをしている。お互いの力(濃度)が同じで拮抗すると、真ん中の7 になり、これが中性ということになる。

  水素イオンと水酸イオンの水溶液中のそれぞれの濃度を、1リットル中のグラムで示すと、10のマイナスの何乗という極めて小さな数値なる。

pH --- 5 6 7 8 9 ---
H+ --- 10-5 10-6 10-7 10-8 10-9 ---
OH- --- 10-9 10-8 10-7 10-6 10-5 ---
- 酸性 中性 アルカリ性


 上記したようにpH がいくつ、という場合には、水素イオン濃度を表すが、こちらだけ示せば自ずとOHの濃度も決まるので、酸性・アルカリ性という時には水素イオン濃度だけで示す。

  表の10のマイナス何乗というように濃度を示すのは使い勝手がわるいので「指数部分の絶対値」でpHを表すことにした。例えば、水素イオン濃度が10のマイナス 5 乗のときには、指数は -5 だが、この絶対値は 5 であるから、pH 5 と表す、という約束事である。

  ただし、紙媒体記録資料のコンサベーションの場合の「中性域」といった時には、一般的にはpH 6.5 ~ pH 7.5 ぐらいまでの間に入るものをいう。巷間、「中性紙」と言われる紙は、炭酸カルシウムが含まれていてpH 8.0 前後のことが多いので、弱アルカリ紙と呼ぶのが正しい。
  また、いわずもがなだが、pH の数値は指数なので1単位で10倍、2単位で100倍になる。したがって、例えば脱酸性水溶液を脱イオン水で2倍に薄めてもpH 数値はほとんど変わらない。pH10を9.0にするには10倍(以上)希釈しなければならないし、8.0にするには100倍(以上)ということになる。

■参考になるホームページ

吉野輝雄教授(国際基督教大学教養学部)の「酸・塩基の定義、pH の定義」

堀場製作所の「pH の話」

General Chemical Online! の What is pH?

Tulane University School of Medicine, Department of Anesthesiology の Acid-Base Tutrial

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少量脱酸処置の現場では----pH計測とアルカリ残留

脱酸処置直後のpHを紙の表面で測り、例えば8.5と解ったとしても、それは酸性劣化に対抗できる充分なアルカリが紙の中にあることを示すものではない。コンサーバターの中にも誤解があるが、「脱酸処置をして表面pHを測ったら、8.5になったので脱酸はうまくいった」とは必ずしもいえないのである。

  脱酸処置は「中和」と「アルカリ・バッファ」の二つを行うコンサベーション技術である。紙の中に発生した酸にアルカリをぶつけて酸の機能を打ち消すのが「中和」である。紙が水を吸い込みやすければ非常に短時間で終わる(といわれているが、短時間で終わっているのかどうか、非常に長期にわたって中和が行われるのではないかという見方もある)。だが、これだけでは今後に発生する、あるいは外部から襲ってくる酸には対抗できない。将来の攻撃に対抗するためには、中和とは別に、アルカリを紙の中に埋め込んでおく必要がある。これが「アルカリ・バッファ」と呼ばれているもので、ISO 等で定めている長期保存用の紙(permanent paper)の場合には重量比で2%ぐらいが適当とされるが、一度シート状の紙になって長期に置かれ、酸性化が進んだ紙媒体にこの量を入れるのは至難である。弊社の経験では、適切な前処理、特に洗浄による水溶性の酸の洗い出しを正しく行った後の脱酸性後のアルカリバッファ量は、下限1.0%が目安になり、またこれで不足しないと考えている。また pH 値は 8.0台を目安にしている。

右のグラフは弊社で8種類の紙に脱酸性化処置を施し、30日後のアルカリバッファ量(CaCO3 % )と pH を計測したものである。 pH 値とバッファ量とは連動しないことがわかるだろう。

脱酸処理における紙の中のアルカリ・バッファを測るのには、例えばKelly のいう「中和滴定」を行うしかない(1)(2)。以下のグラフは、炭酸マグネシウムを残留させるために行った実験での、脱酸液の濃度(水1リットル当たり8.5グラムの炭酸水素マグネシウム、同jじく2.13グラム)を変え、浸漬時間と残留量との関係を示したものである。サンプル紙を溶液の中に浸す方法で行い、残留したアルカリ度を測っている。サンプル紙は19世紀後半の書籍用紙で、水の吸い込みも悪くないが、それでもマグネシウム溶液の濃度と処置時間によって、アルカリ残留量が大きく異なるのが解るだろう。また、8.5g/lでも処置時間を1時間近くかけないと充分なアルカリ残留ができないことも解る。

「中和滴定」(正しくは逆滴定)は破壊的な試験法であるから実際の資料には適用できない。そこで、脱酸処置をおこなうコンサーバターは、さまざまな種類の紙のサンプルに対してのデータを集積し、脱酸処置をしようとする資料の紙に対して、どの脱酸法を選択するか、処置時間はどのぐらいあれば充分なバッファになるのか、サンプルから推測してゆくことになる。しかし、このデータはいまだ充分ではないのが現実だ。ともあれ、コンサーバターにとっては表面pHのチェックはそのための目安の一つでしかない。

 弊社では2001年から、水性処置によるコンサベーションの全面的な見直しを行ってきた。2005年中にはその成果を発表し、もうひとつの大きなテーマである抗酸化処置も含めた紙媒体記録資料のコンサベーションを正しい位置に定めたいと考えている。

弊社工房でのISO 10716 :Paper and board -Determination of alkali reserve に基づくアルカリ残留量の測定

 

(1)  Kelly, G.B.Jr. (1972) "Practical Aspects of Deacidification: pH and Alkaline Reserve.", Bulletin of the American Institute for Conservation, 13,1
(2)  ISO 10716 :Paper and board -Determination of alkali reserve.

 

文責:木部徹(資料保存器材)

 

 

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