酸化物を出さない包材へ - PAT(写真活性度試験)と当社の対応
小林睦人 2006/09/06
はじめに
当社は長期安定保存(アーカイバル)に適した箱、フォルダー、封筒などの各種容器の専門メーカーとして、使用する素材のアーカイバルな特性について注意を払っている。紙製の材料の場合には無酸でリグニンが入っていないこと等の ISO 9706 規格に準じたものを使用している。1994年に定められたもので、一般にはパーマネント・ペーパーの規格として知られている (ISO 9706:1994 “Information and documentation-Paper for documents -Requirements for permanence.” )。この規格は、図書や雑誌、文書に用いられる用紙が、図書館や文書館での通常の使用・保管条件のもとで、大きな劣化を起こさずに、数百年の寿命をもつために、最低限満たすべき基準である。
pH = 冷水抽出法によるpHは7.5-10.0
引裂き強さ = 70g/m2 以上のあらゆる用紙について350mN(CD&MD)
アルカリ残留物 = 紙の絶対乾燥重量比で2%の炭酸カルシウム相当量
酸化への耐性カッパ―価 = 5.0 以下
こうした規格が ISO に盛り込まれるようになった背景には、言うまでもなく、酸性紙問題がある。50年もたたないのに記録のための紙媒体の用をなさなくなってくる「酸性紙」に替わる、長期に安定した保存性をもつ紙の規格として登場した。
しかし、この規格は記録用の紙媒体、すなわち本や文書の紙の規格であり、資料を収納する容器のための紙素材の規格ではなく、さらに重要なのは、酸性劣化(酸=acid による劣化)には対応できるが、酸化劣化 (酸化力をもつ酸化剤=oxidant による劣化) をもたらす要因には対応していないことである。
あらゆる資料も容器も有機物で構成されているものが大半で、酸素に取り囲まれているのが普通だから酸化劣化は恒常的に進行しているといえるのだが、ここで問題とされているのは、資料と接触する容器の材料(包材)から、資料の酸化劣化も促進させてしまうものが出ててきていないかということである。上記のように ISO 9706 では「酸化への耐性カッパー値」は示されているが、これは紙そのものの酸化の耐性を示したものだから、容器などの包材からの酸化剤が資料に及ぼす影響を見る指針にはならない。
この問題は酸化劣化の影響が著しい写真資料の保存分野で、まずとりあげられることになった。
前史
1970年代に Collings と Young が試みたのは、平滑な銀面と包材を接触させて、8時間、75℃を保つ環境下に放置し、銀面の汚染度を見て包材の適否を判断するというものだった(1)。しかしこの試験法は包材の安定性を予測できるまでの精度にはいたらなかった。
1980年代に、英国博物館の Danielsは、Collings らの方法に、次の方法を付け加えた(2) 。銀を汚染する物質、なかでも硫黄派生物の発生を示す指示薬を使うことだ。顕微鏡下で試験サンプルを窒化ナトリウムとヨウ化ナトリウムを付着させ観察する。もし硫黄分がある場合には窒化ナトリウムが分解して細かい窒素の泡を生じる。硫黄分が多ければ多いほど泡は盛んに出てくる---。しかしこれも完全な方法とはいえなかった。写真を劣化させるのは硫黄分だけではないからである。
おなじく Daniels が考案したのは、19世紀末のRussel の知見を元にしたものだ(3)。Russel はラッセル効果、すなわち 写真フィルムや印画紙に、電磁波の作用によらず、樹脂、金属、揮発性液体、印刷用インキなどによって現像可能な潜像を形成することを発見したことで名高いが、Daniels は過酸化物もまた同様な効果を持つことを利用して、感光性エマルジョンと包材を接触させ、暗闇の中に数時間放置した後に、このエマルジョンが像を形成したら、像の濃淡は過酸化物の放出量に倣う、とした。しかしこの方法も精度と再現性に乏しく、包材の適否を判断するには充分とはいえなかった。
(1) Collings, T.J. and F.J. Young, (1976) "Improvements in Some Tests and Techniques in Photograph Conservation," Studies in Conservation 21, no.2: 79-84l.
(2) Daniels, V. and S. Ward. (1982) "A Rapid Test for the Detection of Substances Which will Tarnish Silver," Studies in Conservation 27, no.2 : 58-65
(3) Daniles, V. (1984) "The Russel Effect: A Review of Its Possible uses in Conservation and the Scientific Examination of Materials," Studies in Conservation 29, no.2: 57-62.
(4) Nishimura, D., J. Reilly, and P. Adelstein. (1991) "Improvements to the Photographic Activity Test in ANSI Standard IT9.2," Journal of Imaging Technology 17, no.6: 245-52.
PATへ
PAT(写真活性度試験=Photographic Activity Test)と一般に呼ばれるようになった試験法が規格化されたのは1978年のアメリカである(ANSI PHI. 53)。翌年にはヨーロッパでも規格化された(ISO 6051:1979)。このPATで は実際の写真(紙焼き)に包材サンプルを接触させ、50℃、86RH 下で30日間放置する。これとは別に純粋な濾紙を基準紙として同じ条件で劣化させる。そして基準濾紙よりも包材が劣化していたら、その包材は不適とされた。しかし、すぐに方法的な限界が指摘された。「とても悪い」包材を見分けることはできるが、「少し劣る」と「良い」とを区別できない。
研究の中心になったのはアメリカの Image Permanence Institute (IPI)である。写真資料の保存に関する研究ではさまざまな実績をもつこの機関において、写真資料(現像処理済み銀・ゼラチン写真、カラーおよびジアゾ画像)の長期保存中に包材によって画像が被る可能性があり化学的又は写真的な影響の試験法の開発がすすめられた。そして原案としてISOに提出され、ISOが練り上げ、正式な規格として成立したものである。
IPIのホームページにはPATの概説が掲載されているが、以下では少し詳しく概要を述べることにする。
ISO規格の概要
この規格は ISO14523:Photography-Processed photographic materials-Photographic activity test for enclosure materials といわれるもので、日本語の定訳は「写真―処理済み写真感光材料-写真包材の写真画像への影響度試験」になる。
試験は、酸化されると変色する「銀」の性質を応用したものだ。すなわち、銀粒子をゼラチンに分散させた液をポリエステル・フィルムに塗り乾燥させたフィルム片(検出片と呼ぶ)を、対象となる包装材料の片(試験片と呼ぶ)に接触させ、この状態で強制劣化する。劣化後は普通は検出片が変色する。その変色の程度で、写真資料を入れる包材として適しているか、適していないかを判定する。
もう少し詳しく説明すると----
試験片を2種類の検出片(画像退行検出片、汚染検出片)と接した状態で恒温恒湿槽内で温度70℃±1℃、相対湿度86%±2%の条件下に15日間保持し、強制劣化が行われる。強制劣化の前後でそれぞれの検出片の濃度を測定し、基準濾紙と接した検出片の濃度変化と比較する。写真包材の評価は(A)画像への影響、(B)ゼラチンベースへの汚染、(C)斑紋で判定する
試験に使用する検出片や器材、試験条件は以下のようなものである。
・画像退行検出片(未処理の銀微粒子を塗布したもの)
- コロイド銀フイルム(アグファ・ゲバルト社製) 2枚
・汚染検出片(未感光の黒白のバライタ印画紙) 2枚
- KODAK ELITE FINE PAPERを下記の条件で処理
- 定着処理;定着液・コダックF-5、20℃ 5分
- 水洗 30分
- ハイポ除去液HE-1 6分
- 自然乾燥 10分
・ 恒温恒湿装置:TABAI PLANTINOUS PR-1
・ 温湿度条件:70℃±1℃、相対湿度86%±2%RH
・ 期間15日間
当社の製品での判定例
前述したように当社は長期安定保存用の容器の専門メーカーとして、市販する全ての製品についてPATをパスするようにしている。PATは、上述したように、「写真用の包材」向けの試験であるが、長期に資料を保存するための包材として適しているか、適していないかを明示する試験が他にないことと、酸性化ではなく、酸化による影響を測る試験が他にないことの理由で、写真用に限定せず、全製品でのPATパスを行うようにしている。
現在、この試験でもっとも実績のあるのは、開発の本家本元である米国 IPI である。世界中のメーカーから委託され、これまで5,000点以上の包材を試験しているという。当社もIPI に委託している。
試験後、IPI からは以下のような Research Report が提示される。

このレポートの内容は以下の通り。
(A) 画像への影響 (図の左 Silver Image Interaction)
2枚の検出片の4ヶ所について強制劣化前の濃度から強制劣化後の濃度を引いて求める。測定は同じ位置で行う。これら8ヶ所の濃度変化値から画像への影響の平均値を計算する。基準用濾紙についても画像への影響の平均値を計算する。包材用材料に対する判定基準は試験片の平均退行濃度(=Density change of material)が基準用濾紙の平均退行濃度(=Density change of control)の±20%を超えると不適切な包材とされる。
画像への影響の大きさは、次の式によって算出した試験片と接した検出片の試験前後の濃度変化と基準濾紙と接した検出片の試験前後の濃度変化に対する百分率で示す。
(試験片の濃度変化-基準用濾紙検出片の濃度変化)
---------------------------------------------- ×100 = 影響度 %
基準用濾紙検出片の濃度変化
上記の当社の製品の場合は、試験片の濃度変化 -0.99、基準濾紙が -1.01 である。 この数値の±20%以内が合格ラインなので、上限は-0.81、下限は-1.21になる。試験片の濃度変化は -0.99 と、この範囲に収まるので、Materila pass/fail は 「Pass 」ということになる。
画像退行検出において不適合(Fail)と判断されたものは、保存中の写真印画像の濃度を低下させる恐れがある。
(B)ゼラチンベースへの汚染 (図の右 Gelatin Staining)
2枚の検出片の4ヶ所について強制劣化前の濃度から強制劣化後の濃度を引いて求める。測定は同じ位置で行う。これら8ヶ所の濃度変化値から汚染の平均値を計算する。基準用濾紙についても汚染の平均値を計算する。包材用材料に対する判定基準は、試験片(=Density change of material)の平均汚染濃度が基準用濾紙(=Density change of control)の平均汚染濃度に0.08を加算した数値(=Stain limit)を超えると不適切な包材とされる。
上記の当社の製品の場合は 試験片の平均汚染濃度が0.08で、基準濾紙の平均汚染濃度が0.09なので、基準濾紙の平均汚染濃度0.09に0.08加算した数値は0.17、試験片の平均汚染濃度0.11は0.17以下なので、 Result は 「Pass 」になる。
これが 「Fail」だと保存中の写真印画像に対して写真印画像の濃度増加を与える恐れがあることを示す。
(C)斑紋 (図の右下 Mottling of Image Interaction Detector)
画像への影響検出片の斑紋の有無を目視によって検査する。
上記の当社の製品の場合は、Result が 「Pass」になる。
斑紋を生じる包装材料は写真印画像に不均一な濃度低下を与える恐れがあると考えられるので不適合(Fail)と判断される。
こうして三つの試験を行うが総合判定 (Overall Performance)は全ての試験に Pass しなければならず (Must pass all criteria)、当社の製品は Pass したことになる。
欧米の主要な資料保存機関では収納容器の規格を持つのが一般的であるが、「PATをパスしたもの」が採用条件として挙げられており、製品提供者に義務づけている。以下はオーストラリア国立公文書館の Photographic Activity Test のページである。
Photographic Activity Test ( National Archives of Australia)
なお国内でも、「脱酸処理した紙がPATをパスした」という理由で特定の脱酸処理法そのものの安定性を謳う修復業者があるが、本来、脱酸性化処置とPATはなんの関係もない。PATは特定の包材のそれぞれについての酸化物の影響試験であり、それぞれの包材についてパスか否かを判定し、IPI の場合には Research Report を発行しているものなので、たまたま脱酸処理した「特定の紙」がPATをパスしたからといって、その処理法で脱酸性化された紙が全てPATをパスするという理屈にはならない。
当社は酸性劣化をもたらすものがでてこないはもちろん、収納した資料の酸化劣化を早めることのない容器をお客様に提供するため、PATをクリアすることを全製品を対象に行ってきている。当社は日本で最初に、自社のアーカイバル容器材料の試験結果(下図参照)をお客様に提供できるようになったメーカーである。お客様からのご要望があれば Research Report のコピーを当社の製品ごとに提供できる。
参照文献とリンク
■International Organization for Standardization ISO 14523,"Photography-Processed photographic materials-Photographic activity test for enclosure materials",1993.
注:上記規格は ISO 18916:2004 になるための改訂作業が行われている。内容的な違いではなく、単に ISO No. の変更(14523→18916)に留まる。最初の作業グループ(WG5)が仮番号として押さえていた14523がそのまま使われてきたが、189XX となることで今後の関連する規格との整合をつける。
■荒井宏子「写真印画の長期的保存に対する現用包装材料の適否に関する試験報告」,東京都写真美術館,紀要No.1,試験報告, p61-68,1998.
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