「文化財保存修復専門家育成実践セミナー」受講記
久利元昭 2008/08/29


(写真はJCPの提供による)
文化財保存支援機構(以下JCP)が主催する「文化財保存修復専門家育成実践セミナー」が平成20年8月3日~8月14日にかけて、上野の東京国立博物館で行われた。本セミナーは、国内外で活躍出来る高度な能力を持つ専門家の育成を目指したもので、その前段階ともいえる文化財保存全般の基礎能力を向上させるという趣旨のもとに開催された。講師陣には、紙、染織、考古などそれぞれの分野の修復に携わる技術者や保存を担う保存管理者、さらにはこれらを支える材料学や分析技術に関する研究者など、いずれも第一線で活躍している国内の専門家が顔をそろえた。そしてそれを受ける約30名の受講者も、文化財保存学を専攻している学生から、何十年も仕事に携わってきた保存修復技術者まで、非常に幅広い顔ぶれとなった。
九州国立博物館長の三輪嘉六先生の文化財保護に関するお話から始まった講義は、いずれも1人3時間という短い講義時間の中で出来るだけ沢山のことを伝えたいという講師陣の熱意が詰まったものばかりであった。例えば東北歴史博物館の及川規先生による空気汚染の講義は、同館における空気汚染の問題について膨大な調査データのスライドや実際に使用した調査機器を提示しながら、汚染の原因や具体的な対処法を話されるという非常に充実した内容であった。また染織品修復家である石井美恵先生は、ご自身が処置された修復事例や染織品において試みられている新たなマウント法などを紹介されると共に、有機染料と酸、アルカリの反応に関する簡単な実験も行うなど、非常に実践的な講義であった。
さらに東京国立博物館という場所を最大限に利用した講義もいくつか行われた。同館学芸研究部保存修復課長の神庭信幸先生の講義では、博物館が抱える保存と展示という問題について、展示室を巡り東博で行っている対策を見ながらお話を頂いたことで、今まで文化財がどのように守られそして活かされてきたのか、こういったことを現実的に受け止めることが出来た。また、同じく東博保存修復支援技術者の鈴木晴彦先生の講義でも、仕事場である東博内の修理室を見学し、様々な保存処置の実施例について解説頂いたことで、文化財を守るうえでの予防的な保存という考え方の大切さを改めて実感した。このように学んだ理論をすぐに体感出来るというのが本セミナーの大きな特徴の一つであり、多種多様な文化財を所蔵し、自館に修理室を構えている東博だからこそ実現した内容であろう。
本セミナーのもうひとつの特徴として挙げたいのが、講師と受講者が話し合える機会が多く設けられていたということである。各分野の第一線で活躍されている専門家の方々に、自分が仕事の中で感じた疑問などについて直接お話を伺うことが出来たのは僥倖だった。また、これは受講者同士でも言えることだが、普段あまり関わりの無い分野の人達と話し合い、互いの共通点や相違点などを感じることが出来たのも本セミナーに参加した成果と言えるだろう。こういった異分野間でのコミュニケーションは互いに刺激となる部分が多く、またここで出来た繋がりが今後の協力関係に結びつくこともありうる。今回のセミナー受講者は保存修復技術者やそれを志している人が多かったが、そういった人材に限らず、文化財を取り巻くあらゆる業種を対象にこのようなセミナーが実施されれば、文化財全体の保存と修復分野の更なる発展にも繋がるのではないかと思う。
私のセミナー報告は以上であるが、この「文化財保存修復専門家育成実践セミナー」は2ヵ年計画であり、来年もまた同じ受講者を対象に新たな講義が行われるとのことである。その具体的なカリキュラムなどは未定だが、一層充実した内容になることを期待し、私たちもそれに応えるべく奮起したい。
なお、セミナーのタイムテーブルは下記の通りである。(講師の方々の御所属と敬称は略させていただきました)
8月3日(日) 「文化財を護る」 三輪嘉六
「東京国立博物館内見学」 神庭信幸
8月4日(月) 「温・湿度を把握する・評価する・改善する」 和田浩
「模写模造について」 大河原典子
8月5日(火) 「調査診断法/無機分析」 二宮修治
「基礎修理設計/油彩画」 山領まり
8月6日(水) 「染織品の修理設計」 石井美恵
「光環境と文化財への影響」 神庭信幸
8月7日(木) 「文化財としての東洋絵画の基礎修理設計」 半田昌規
「空気汚染の管理」 及川規
8月9日(土) 「基礎修理設計/石材」 藤原徹
「基礎修理設計/陶磁」 繭山隆
8月11日(月) 「壁画の保存と活用」 沢田正昭
「特講/光学調査の利用法」 松井敏也
8月12日(火) 「基礎修理設計/考古」 石原道知
「特講/総合医療的な保存処置を考える」 鈴木晴彦
8月13日(水) 「基礎材料論/金属材料学の基礎」 桐野文良
「基礎材料論/紙・布」 稲葉政満
8月14日(木) 「特講/文化遺産とは何か-未来に生かす文化遺産-」
「日本による文化遺産保護国際協力事業の現状と問題点」 西浦忠輝
「グループワーク、ディスカッション」 神庭信幸 西浦忠輝
最後に、このようなまたとない機会を与えて下さった講師の皆様とJCPスタッフの皆様に、心より御礼を申し上げます。
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