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全史料協近畿部会第104回例会「行政文書を文化財として取り扱う」 参加報告

全史料協近畿部会第104回例会
「行政文書を文化財として取り扱う」 参加報告

2010年2月23日   久利元昭

 

全国歴史資料保存利用機関連絡協議会近畿部会は2月2日、第104会例会「行政文書を文化財として取り扱う」を京都府立総合資料館で開催した。京都府行政文書をはじめとする近代行政文書の保存と活用に関する地主智彦氏(文化庁文化財部 美術学芸課文化財調査官)の報告の後、修理された資料の見学と、参加者による討論が行われた。以下、概要を報告する。

地主智彦氏による「近代行政文書を文化財として取り扱う」報告の概要

平成10年に国立公文書館所蔵の公文録が重要文化財指定を受けた。この指定は近代文書群と呼ばれているものに対する最初の文化財指定行為であり、それから現在に至るまでの約10年の間に、全国各地の近代文書群を国の重要文化財、あるいは地方(都道府県・市町村)の文化財として指定する動きがいくつか見られるようになった。近代文書が文化財としての評価を与えられるという意味では望ましいことだが、一方で、実際にどのように保存・活用していくのかについては、様々な問題がある。そこで、平成21年度から開始されている京都府行政文書(重要文化財指定)の修理事例を中心に、近代行政文書の量・質および管理者側の体制を勘案する中で、現在取りうるべき保存・活用のありかた、特に保存管理、保存修理の方法について議論していきたい。


<保存修理の理念と現状、基本的な考え方>

歴史資料を保存するにあたっては、まず保存計画を策定する必要がある。また保存修理は保存計画の一環として位置づけられるということを確認しておきたい。保存計画の策定においては、「現状把握」「劣化の予防」「利用ニーズ」「コスト算出」といったいくつかの観点を総合した上で、実施可能な計画を立案し、段階的に実施していくことが重要だが、現実問題としてこれらを実行することは難しい状況にある。その大きな理由として質の多様さ、量の膨大さという問題があり、修理を施すにも、代替資料を作成するにも、莫大な経費がかかる。また、酸性紙やインクのような、近代になって登場した様々な書写材料が使用されているため、いわゆる和紙に墨書きという近世以前の文書とは修理の困難性が異なるということが挙げられる。

また上記の問題に加え、保存修理の理念的な部分との関わりも考慮しなければならない。これはつまり文書館学で提唱されている「保存・修復の四原則(①原形保存、②安全性、③可逆性、④記録)」と矛盾しない修理方針を策定するということだが、今まで行われてきた保存修理の方法(裏打、背糊による綴じ、ハードカバーや中性紙によって新しい表紙を付けるなど)は、原本閲覧におけるメリットを有する反面、前述の四原則に必ずしも合致しないものもある。こういった現状と理念(特に①の原形保存という点において)の間で、いかに妥協点を見出すかが大きな課題である。

これらの課題点を踏まえた上で、以下のような行政文書の保存修理に対する基本的な考え方を提案する。

①修理の内容、修理対象の選択

修理後の行政文書の保存、取り扱い上の負荷を軽減することを前提として修理の内容を考えるべきである。具体的には二次資料の活用による原本閲覧の抑制や、原本を閲覧に提供する場合においても丁寧な扱いを求めることである。保存修理、予防的な保存手当、代替化を組み合わせ、安全に取り扱うことができる範囲において必要最小限の修理を目指すことが、長期的な行政文書の保存としては適切である。

②本紙の保存と形状の保存との関係性

簿冊の形状が本紙に物理的な負荷を与える場合であったり、酸性紙や没食子インクの劣化など個々の文書に化学的劣化が進行しているような場合は、修理後どの程度の強度を本紙にもたせるか、脆弱化したものにどこまで物理的負荷をかけるのかという点の判断が重要になる。また、本紙の保存を優先させれば、金属のクリップやステープルなどは除去する対象となる。この時、本紙の保存と形状の保存の関係性については、本紙の保存を形状の保存に優先することはあっても、その逆はありえないと考えられる。最終的に優先すべきは本紙の文字情報であり、たとえ現在の形状が文化財価値を認むべきものであっても、本紙の脆弱度が高い場合は形状を本紙に対する劣化要因とみなし、これを排除した形姿を指向せざるをえない場合も想定すべきである。ただし、付属物(封筒、クリップ類)を含めた簿冊の一括性は、修理後も形状として保持していくことを検討する。

③修理作業者

水と糊を使用した簡易な補修や綴直しなどの作業は、従来から文書館職員が行うケースが見られた。しかし、原則的には、現段階では修理技術者等に委ねるべきである。ただし、専門的な修理作業者に任せる場合にも、作業内容の是非については、文書館職員による指示が不可欠であって、修理技術者と保存担当アーキビストが共同して行う体制が求められる。


<京都府行政文書の事例>

京都府行政文書(15,407点)の現況は以下の通りである。文書の全てが府立総合資料館の書庫に保管されており、一部は中性紙の箱に収納され平置きされているが、大半は箱なしで縦置きである。保存修理については、明治20年頃までのものは過去に解体、裏打、足紙部再綴という修理が施されているが、多くの歴史資料は未修理で、代替化もほとんど未着手である。公開については、出納業務は館員が行い、閲覧室で現物を閲覧してもらう。資料の劣化状態については、平成17~19年度の科研「京都府行政文書を中心とした近代行政文書についての史料学的研究」の一環で行われた概要調査により、閲覧が困難なものが全体の1割強(約1,740冊)、閲覧に注意を要するものが2割強(約3,390冊)と推定され、この結果、全体のおよそ3割の資料が何らかの処置を必要としているということが分かった。

京都府総合資料館は、この概要調査の結果をふまえながら文化庁等と協議を繰り返し、京都府行政文書の保存修理計画を策定した。その基本は「段階的修理の導入」という考え方で、「① 解体をともなう保存修理+代替化」と「② 非解体による保存手当」という2種類の修理メニューによる保存修理事業を現在実施している。

具体的な処置項目としては、クリーニングや、金属類などの劣化媒体の除去、破損や裂損など今後の保存上そのままにしておけない箇所に対する部分的な裏打ち補強といった劣化要因の抑制を行っている。さらに簿冊の再綴については、「一括性の保持」ということを前提に、より細かい仕様が定められている。例えば「小括の維持」という問題を挙げると、1つの簿冊の中で、紙縒りで数枚単位の小括を構成しているものについては、代替化のための写真撮影の段階で一度解体するが、再綴時には解体前と同じように紙縒りで綴じ、小括を維持する。また金属類による小括構成についても、除去後、金属以外の何らかの方法でその一括性を維持している。

簿冊全体の再綴においても、一括性の保持という方針は変わらないが、物理的劣化要因を排除する形状をとるようにしている。事例として、1つの簿冊の中に多量の図面と文書が混在していたり、大きさの違う文書(B4とB5など)をまとめて綴じている場合は、形状ごとに分離して綴じ直す。また歴史資料の防護という点については、中性紙厚紙による新規表紙(カバー)の作成や、保存箱を作成している。

最後に、保存修理実施にあたっての関連課題として、第一に修理文化の定着が挙げられる。また修理方法論の確立やアーキビストとの共同作業の実施、修理技術者の恒常的確保、修理予算・場所の確保なども短期・中期的な課題として考えていく必要がある。

※ 近代行政文書群の文化財指定に関する報告は、国立公文書館の機関紙『アーカイブズ』(第36号)に詳しく掲載されている。詳細は下記ページで。

アーカイブズ:第36号


修理資料の見学と討論

地主氏による報告のあと、実際に修理を行った資料の見学と、報告の内容に関する討論が行われた。見学対象の資料は、上記の報告にある「② 非解体による保存手当」を行ったもので、京都府立総合資料館の職員による解説を聞きながら、実際に修理された資料を拝見することができた。事例は主に劣化要因の抑制に関するもので、和紙とデンプン糊による破損、裂損、の補修や脆弱部などの補強、表紙欠損部の補填といった処置などが行われていた。また虫損のある文書については、資料の損失を防ぐため、本紙を不織布で袋がけしていた。館員の方の解説によれば、今年度の「② 非解体による保存手当」の対象資料は約50点で、京都府総合資料館内に作業場を設け、修理技術者が館に出向して処置する方法をとっているということである(① 解体をともなう保存修理+代替化の今年度対象資料は30点で、資料を修理工房に移動して処置を実施している)。

その後の討論における参加者からの質問、意見と、それに対する地主氏、京都府立総合資料館員の回答を幾つか挙げる(当日の口頭での発言を、久利の責任において要約した)

まず、文書館・資料館に所属する方々からは、「(近代文書群を文化財として取り扱うにあたって)標準仕様とも言うべきガイドラインを出来るだけ早く作成し、マニュアル化して欲しい」、「(文化財指定されていない資料については)文書館・資料館職員が応急的な修補を行っているケースもある。そうでないとしても、簡易な修補は館職員自身の手でできるようになりたいと思っている」という意見が挙がった。これに対し地主氏は「ガイドラインおよびマニュアルについては、今回の京都府行政文書の修理事業のような事例を積み重ね、各機関と協議しながら作成していきたい」、「貼り付けられた資料が糊離れを起こしている場合、部分的に糊を挿すといった簡易的な修補は、館職員によって行われていることもあると思う。今後、そういった要望についても対応していきたい」と述べている。

また、別の参加者による、「今年度の修理事業の対象となった資料は、どういった判断基準、優先順位付けによって選別されたものなのか」という質問に対し、「アーカイブズ学からみた内容の重要性、資料の状態、閲覧制御の難しさなどを考慮しながらも、それらに該当する資料を含むシリーズまるごとを対象とした」という回答が京都府総合資料館員よりなされた。資料の選別、優先順位付けということについては「資料群の中から、ひとつのシリーズをまるごと抜粋することが大事」「選別には資料の内容調査が不可欠」という意見が出る一方、「公文書は全てが等しく貴重」というような発言もあった。

さらに保存修理計画そのものに対しては、「段階的修理計画の導入、技術者が館に出向して修理を行うという新しい試みは大いに評価できる。今後もこのような修理事業を続けていくためには、修理文化をもっと広く普及、定着させる必要がある」という意見が挙がった。一方、本計画の修理事業以外の側面に対し、「今年度、およそ80点の資料が修理対象となったが、調査によれば1割強(約1740冊)の資料が、閲覧困難という結果が出ている。このような修理対象外の資料への対策、例えば保存環境の整備なども、今年度の保存修理事業には含まれているのか。またそういった対策費は割り当てられているのか」という質問がなされ、これに対し地主氏は、「今年度の保存修理事業において、修理対象以外の資料への保存対策などは考えていない。しかし、京都府行政文書の保存修理事業は長期的な計画なので、今後、保存箱への収納などの保存対策を行う可能性もありうる」と回答した。

例会に参加して

国の文化財指定を受けた近代行政文書に対する、初の国庫補助による修理事業の報告ということで、その全貌を知りたいという期待を抱きながら参加したが、大変充実したものだった。地主氏による報告は1時間という短い時間でありながら、近代資料特有の質的・量的な問題点や、近世以前の文化財を対象に制定された保護法の尺度で、近代資料を判断することの難しさを的確に捉えたものであった。また、こういった問題に対処すべく提案された「必要最小限の修理」「代替物による原本閲覧の抑制」「非解体の保存手当」といった考え方は、「治す」ことよりも「防ぐ」ことを優先させるプリベンティブ・コンサベーション(予防的保存対策)の考え方と共通する部分も多い。さらに資料の形状保存に関して、「最終的に優先すべきは本紙の文字情報であり、形状が本紙に対する劣化要因である場合は、それを排除する形姿を想定」という地主氏の提案は、今までの文化財保存の既成概念にとらわれない柔軟な考え方であると思う。

上記のような考え方や試みが広がりつつある一方で、保存計画全体における「修理」のウェイトが依然として大きいという印象も否めない。15,000点にも上る膨大な資料群に対し、今年度の修理対象がわずか100点にも満たないということや、酸性紙やインク焼けといった化学的な問題は未だ手付かずであること、修理対象以外の資料群への保存対策が講じられていないという現状は、地主氏の報告にあった保存計画の理念と合致しているとは言えない。しかし、長期の時間を要する事業はようやく緒についたところである。今後は衆知を集め、バランスの取れた無理のない保存計画が遂行され、また、これを機に近代文書群の利用や保存に関する最適なガイドラインが策定されることを期待したい。

 

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