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文化財の長期保存のためのアーカイバル容器

2018年01月24日島田要

本稿は日本包装学会誌Vol.26, No.6, 2017 特集「文化財の包装・梱包・輸送」の[解説]に寄稿したものに加筆補訂したものである。

要旨

文化財を適切な状態で長期に保存するには、資料に悪影響を与える要因を極力制御・抑制する必要がある。その手段として、多くの文化財収蔵施設においては、施設の保存環境管理と共に、長期保存性を持つ材料を用いた紙製保存容器(アーカイバル容器)に収納することにより、種々の劣化要因から文化財を保護する予防的措置が講じられている。本稿では、文化財用保存容器の概要を中心に、弊社の製造・開発プロセスを通した最近の文化財向け包材の概況について述べていきたい。

1. 保存容器の活用の意義

文化財保存の第一歩は、資料を取り巻く保存環境 (Fig.1)を整備することにある。まずは書庫の温湿度や衛生管理に努め、その上で保存容器への収納という措置が取り入れられている。その効果としては第一に、環境の変化に対する緩衝材として働く、第二に、さまざまな外的要因から資料を護り劣化を予防できる、が挙げられる。例えば、湿度の急激な変化が起こった場合でも、容器が緩和効果を発揮して、中の資料に影響を与えにくくする。また、資料を光、塵埃、大気汚染物質等(Fig.2)から遮断し、虫やカビ等の発生を低減する効果が期待できる。さらに、運搬や出納作業などの日常の取り扱いにおけるトラブルや災害による被害を最小限に食い止めることもできる。このように、資料を保存容器に収納することは文化財の劣化損傷を未然に防ぐ「予防的な保存措置」として欠かせないものになっている。

Fig.1 各材質に応じた相対湿度の条件(温度は約20℃) Fig.2 文化財の主な劣化要因

2. 木製から紙製の保存容器への推移

貴重な文化財を収納する伝統的な保存容器として桐箱や杉箱、紙箱などがあり、物理的な保護とともに、大気からの汚染ガスの侵入を防ぐなどの役割を果たしてきた。容器の構造、材質によって違いはあるが、基本的に木や紙製の箱は調湿効果が高いことが実験等で証明されている。1) その実例として、正倉院宝物類の唐橿(からびつ)に関する研究において、正倉院の紙が1200年以上保たれた理由は、宝物が収納されている唐櫃(からびつ)内の湿度の安定性が、一番の理由であることが報告されている。2)この唐櫃内の一日の湿度変化は、正倉の内部の10分の1、外気と比較すると100分の1となっており、わずかな湿度変化に押さえ込むこの作用は、唐櫃を構成している厚さ約2cmのスギ材によるもので、木材には、温度が上がりその結果湿度が下がると放湿し、逆に温度が下がり湿度が高くなると吸湿する作用がある。

これらの桐や杉などの木製の保存箱は、優れた調湿機能を備えているが、上質のものを作るには、時間も手間もかかる。また品質が悪いと木材から放散するヤニやVOCs、残留した薬剤が収納品に悪影響を与えたり、木が反り返って変形したりすることもある。そこで、成形が容易でコストも安く、安定した品質でできた紙製保存容器が用いられるようになった。近年では、長期に安定した小保管環境(minimum environment)を形成する有力な保存技術として位置付けられ、文書や図書に留まらず、版画や写真などのような紙媒体の芸術作品もまた、紙製保存容器に収納し保管するべきであるという認識が広まった(Fig.3-1,Fig3-2)。

Fig.3-1 異なった保存環境下に置かれていた
同一の和紙見本帖に生じた劣化の差異
Fig.3-2 異なった保存環境下に置かれていた
同一の和紙見本帖に生じた劣化の差異

3. アーカイバルな品質とは

アーカイバル品質(archival quality)とは、材料や製品が耐久性に優れ、化学的に安定で、長期間にわたりその特性を保ち続ける、という意味で使われる。一方、安価な市販の段ボール箱は酸性の紙でできているのが一般的で、段ボール箱から遊離・揮散する酸が収納した資料に悪い影響を与えることが判明している。世界では60年代から、日本では80年代の後半から、アーカイバル品質の素材が開発され、それを使用したアーカイバル容器(Fig.4-1,Fig.4-2)が作られるようになり文化財を現存する状態で安寧かつ長期に保存するための「いれもの」として普及していった3)4)

Fig.4-1 カスタムメイドのアーカイバル容器
– トレイ付棚はめ込み箱 – 
Fig.4-2 カスタムメイドのアーカイバル容器
 – つづら式保存箱 – 

4. 紙製保存容器の国際規格 ISO 16245:2009

アーカイバル容器に使用される材料およびその構造は、収納物の恒久的な保存と、容器自体の恒久的な使用に適した高いレベルの物理的・化学的な安定性を持ち、その組成物や、組成物の経時劣化に伴う副生成による影響がない材料で構成されていることが必須条件になる。現在では、文化財を収納する紙製保存容器はISO(国際標準化機構)による規格、ISO16245:20095)、およびパーマネントペーパーの規格ISO9706:19946)に準拠することが国際的な指針となっている。特に前者の規格に定められている品質基準をクリアしないボードは、含有する不純物や添加物(酸やリグニン、蛍光物質など)による隣接する資料への酸性物質の移行や、揮発性酸性ガスによる保管環境への影響が生じ、収納した資料の劣化を促進することに繋がる(Fig.5-1,Fig.5-2)。

Fig.5-1 ISO表紙原本 Fig.5-2 アーカイバル・ボードと包材

ISO 9706は、図書や雑誌、文書等に用いられる用紙が、図書館や文書館での通常の使用・保管条件のもとで大きな変化を起こさず、数百年の寿命を持つための最低基準である。アーカイバル容器に使われる板紙類はパーマネントペーパーの条件(ISO 9706)を満たすことが要求される。
・pH=冷水抽出法によるpHは7.5~10.0
・引き裂き強さ=70g/m2以上のあらゆる用紙について350mN(CD&MD)
・アルカリ残留物=紙の絶対乾燥重量比で2%の炭酸カルシウム相当量
・酸化への耐性カッパー価=5.0以下

 

さらに、2009年末にISOによって策定された、紙資料を対象とした保存箱及びファイルフォルダーのためのISO 16245「情報及びドキュメンテーション-紙及び羊皮紙文書の保管のためのセルロース素材の箱,ファイルフォルダー及びその他の容器」は、構造体としての容器(箱やファイルフォルダー等)そのものの規格として登場した。使用される材料に関する要件に加えて、規格には、強度、デザイン、構造などの観点からの箱の実用性に関する要件も含まれている。図書館やアーカイブズ、博物館・美術館がサプライヤーへ要件指定をする場合や信頼性のある材料あるいは製品を選択する際の「基準」として重視されている。

5. 包材の評価試験 ISO 18916:2007 Photographic Activity Test

アーカイバル容器に限らず、文化財保存用の包材(間紙、封筒など)においても、素材自体が資料に悪い影響を与えない材料で作られていることが必須条件になる。包材は直接的に長期にわたり文化財に触れるものもあるため、化学的に安全なものが望ましい。その安全性を確認する方法として、Photographic Activity Test(写真活性度試験、以下PATと略す)7)がある。

PATは、写真用包材(紙やプラスチック等)やそれに使用されているその他材料(粘・接着剤、インキ、塗料、ラベル、テープ等)が、長期に写真画像に接触することによる化学的影響を判定するための試験方法であり、この試験に合格すれば写真包材として適切ということになる。1980年代にアメリカのIPI(Image Permanence Institute) によって開発され、ANSI(米国家規格)、DIN(ドイツ規格)等に採用された後に、国際標準化機構(ISO)によりISO 18916(2007年)として規格化されている。

紙製の材料(主にボード)はまず、パーマネントペーパーの規格ISO9706:1994に準拠する必要があるが、この規格は本来、書籍等の本文紙用に作られたもので、本文紙が図書館や文書館での通常の使用・保管条件のもとで大きな劣化を起こさずに数百年の寿命をもつために、最低限満たすべき基準である。しかし、この規格はその紙自体の耐久性の指標を表すものであって、その紙によって作られた包材が資料に対して化学的な悪い影響を及ぼすかどうかや、使用の可否を表すものではない。その点、PATは前記したように、包材が及ぼす化学的影響を測り、写真包材として適切かどうかをPass(合格)、Fail(不合格)という形で明確にすることができる試験である(Fig.6-1,Fig6.-2)。また、PATは写真用包材のための試験ではあるが、写真資料は紙資料に比べ化学的に敏感で、より厳しい保存条件が求められることから、PATに合格した包材はその他の資料に対しても安全性が高いとみなされる。弊社では、製品のアーカイバルな特性を示す重要な指針として、容器に使う材料に対しPATを行い、これまでに50種類以上の個々の使用材料、およびその組み合わせで試験をし、これにパスした材料を使用している。

Fig.6-1  ISO原本表紙 Fig.6-2  PAT合格証明書

6. アーカイバル容器に必要とされる機能とは

アーカイバル容器の最も重要な目的は、保管中または取り扱い中に内容物を物理的に保護し、環境リスクを低減させることである。一口に容器と言っても、多岐にわたる文化財を保護するためには、個々の文化財の構造・材質、劣化状態、大きさや形状、保管形態、収納効率等に応じた特長ある容器設計が求められる。さらにこれらの条件をクリアしつつ、所蔵者がどのように保管・活用したいかというニーズを汲み取り、誰が扱っても安全に出し入れできる利便性も追及しなければならない。従って、使用材料の品質と同時に製造にかかわるプロセスの確定、つまり、素材の選定、デザインや構造の設計などもアーカイバル容器の品質を支える重要な要素である。

具体的には、すべてのアーカイバル容器は、使用時の適度な把持強度、移動や保存時の変形を防止する強度、落下強度など、多様な物理的強度が求められる。そこで、デザイン構想から実生産用設計に至るまで、あらゆる段階で、資料をより管理しやすく、より長期に保存するための「容器設計」を行い最適な形状を決定していく。こうした努力を経て初めて、耐久性も耐用性もある最適な機能を備えたアーカイバル容器が作られる。

Fig.7 資料の形状・寸法を適切に計測し、保護性、利便性、機能性を備えたアーカイバル容器を設計す Fig.8 船体模型を収納する保存容器。汚染ガス吸着シートGasQを資料の周囲に設置する Fig.9 設備の点では生産性・品質の向上を図りCAD/CAMとデジタルカッティングプロッターを導入し設計→カッティング→製造→検品まで、一貫して行える環境を整えている

7. 文化財保存向け機能性包装材の開発

7.1 無酸素パック『Moldenybe®モルデナイベ』

文化財を保存していくうえで、害虫やカビなどの微生物被害は、常に大きな問題である。高温多湿な環境にある日本では特に、有機物を中心とした文化財に生物被害が発生する危険性が高く、日本の文化財施設では、その被害を防ぐために化学薬剤を用いた殺虫殺菌処理を積極的に進めてきた。しかし、近年では、総合的病害虫管理(IPM:Integrated Pest Management)が国際的に提唱され、日本においても薬剤を極力使用せずに人体、文化財、環境に対して安全安心な処理方法を推奨するIPMの考えに基づく対策に取り組んでいる。

文化財への影響がほとんどない殺虫・カビ抑制の方法のひとつとして、脱酸素剤を利用した「脱酸素処理法」が広く採用されつつある。ガスバリア性の高い密閉容器内に資料と脱酸素剤を封入し、「無酸素状態」を作り出すことにより、カビ、バクテリア、害虫による被害のほか、光酸化による影響、汚染ガスや、大気汚染による資料の損傷を防ぐことができる。しかし、一般に、この密封法はガスバリアフィルムを熱シールによって封印するため、完全密閉の確認等、取扱いに難があり、誰もが適正に行えるとは言い難い状況にあった。

弊社ではその点をカバーし、酸素を遮断できる高性能な3連スライド・チャック式ガスバリア袋と医薬品や化粧品にも使用されている安全性の高い脱酸素剤を使い、誰でも手軽に無酸素の密閉空間を作り害虫駆除ができる無酸素パック『Moldenybe®モルデナイベ』を開発した。文化財の安全な殺虫処理やカビの抑制とともに、酸素をゼロにして酸化を防ぐ特性を生かし、衣類の酸化による黄ばみ・染みの発生防止や金属材料の腐食防止・保管などの様々な用途で活用されている。

Fig.10-1 虫害を受けた資料の殺虫処置 Fig.10-2 緊急時の隔離、カビ残滓の飛散防止に Fig.10-3 木製家具の殺虫処理

7.2 汚染ガス吸着シート『GasQ®ガスキュウ』

虫やカビ、紫外線は古くから文化財の大敵とされてきたが、近年では、人間に対するシックハウス症候群を思わせる、屋内空気汚染ガスによる劣化という「現代病」が顕在化してきた。文化財にとっての有害な空気汚染源には、車の排気ガスや工場からの排気煙等に含まれる硫黄酸化物や窒素酸化物などの大気からのガスの他に、収蔵庫の内壁材としても利用されている杉材、桐材から発生する酢酸や有機酸、合板等の内装材から出るホルムアルデヒド、コンクリートから発生するアンモニアが劣化・変質を促進させる要因であることが判っている。このような背景を踏まえて、弊社では、汚染ガスから文化財を保護できるガス吸着材の開発に注力し、2013年にレンゴー株式会社との共同研究・開発により、汚染ガス吸着シート『GasQ®ガスキュウ』を上市した。

GasQ®は、空気中の有害ガス(酢酸、アンモニア、硫化水素、ホルムアルデヒド、二酸化硫黄、二酸化窒素)やVOCs(揮発性有機化合物)を素早く吸着除去するガス吸着不織布シートである。基材にゼオライト高密度結晶化パルプと金属イオンを配合しており、幅広いガス種に優れた吸着性能を発揮する。また、これまでの同種保護シートよりも、薄く、軽く、柔軟性に富んでおり、従来品の欠点としてよく挙げられているゼオライト粉の剥落もなく、非常に加工がしやすいという特徴を持ち、安全かつ低コストで文化財の汚染ガスからの影響を防ぐことを可能にした。文化財保存用包材として必須のPATもパスしており、紙資料に留まらず、展示ケース内や展示室・所蔵庫内の汚染ガス吸着など、様々な文化財の保護、保存環境の良化手段として日本各地の文化財施設で活用されている。

Fig.11-1 ひな人形をGasQ®️で養生する Fig.11-2 貴重資料の汚染ガス対策に Fig.11-3 傷つきやすい博物資料や工芸品のクッション材に

8. おわりにーこれからの文化財保存容器に求められるもの

保存容器へのニーズはここ10年ほどで新しい局面を迎えている。容器自体が資料の劣化要因にならないのは当然として、従来の「劣化要因から保護する」受け身の容器(passive enclosure)から「劣化要因に積極的に働きかけて、それを除く」能動的な容器(active enclosure)への転換である。具体的には、外気の湿度の短期での大きな変動の影響を受けない穏やかな内部湿度環境を維持できる容器、屋内汚染ガスと資料そのものから発生する汚染ガスを除去する容器などである。また、とりわけ貴重なモノの保存に適した、不活性雰囲気下での保存を可能とする環境を形成する容器等々だ。この課題は、私どもだけでなく、世界中の保存用品メーカーの課題でもあり、また資料保存に関わる保存科学者の課題である。刮目すべき研究成果が欧米ではすでに発表されつつある。私どもも遅れをとることなく、この課題に取り組みたい。

参考文献

1)神庭信幸 古文化財の科学 “相対湿度変化に対する収納箱の緩和効果” 古文化財科学研究会(1992)

2)成瀬正和 文化財のための保存科学入門 第5章 第5節  “正倉院の保存学” 京都造形芸術大学編 角川書店(2002)

3)木部徹 “貴重書を保存用箱に入れる”(1987)

4)安江明夫 “アーカイバル・ボードの開発と普及” 紙の博物館 百万塔 第149号 p16-p27(2014)

5)ISO 16245: 2009 Information and documentation—Boxes, file covers and other enclosures, made from cellulosic materials, for storage of paper and parchment documents (情報及びドキュメンテーション-紙及び羊皮紙文書の保管のためのセルロース素材の箱、ファイルフォルダー及びその他の容器)

6)ISO 9706: 1994 Paper for documents— Requirements for permanence(情報及びドキュメンテーション-記録資料用紙- 耐久性のための要件)

7)ISO 18916: 2007  Imaging  materials- Processed imaging materials-Photographic activity test for enclosure materials(イメージング材料-処理済みイメージング材料-写真保存用包材の(長期保存のための)写真活性度試験)

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