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東京都江戸東京博物館様所蔵「馬込家文書」に対する保存修復処置事例

2011年05月27日福島希 , 久利元昭

 

東京都江戸東京博物館様が所蔵するコレクションのうち、「馬込家文書」52点の保存修復処置をお引き受けする機会を得た。資料の内訳は、冊子32点、絵図1点、状物17点、型紙2点である。大半の資料は紙力が十分に保たれており、概ね良好な状態だったが、なかには著しい虫損や老け、糊離れが進み、元の形態を保持していないものもあった。今後の展示や公開の際に支障をきたさないよう、所蔵者様と適宜協議を重ね、適切な処置方針を検討しながら実際の処置を行った。以下、その概要を掲載する。処置を行った資料については、3.処置対象資料を参照。

 

1. 冊子の処置

資料の状態 版本や写本などの冊子資料32点。装丁の形態は、紙縒りの結び綴じのものが21点、四つ目綴じのものが9点、その他の糸綴じのものが2点。紙縒りの結び綴じのうち、『四谷御伝馬金請取帳』、『御頼談書(年賦上納金・引越入費金など借用につき)』、『副書(勝手向改革にて金八千七百両恩借につき)』については、背を覆う形で表紙とは別の紙片が貼られており、紙縒りを隠す形状となっている。寸法は大きいもので約480×170ミリ、小さいもので約150×200ミリ。基材は和紙で、『四谷御伝馬金請取帳』のみ、やや厚手の紙が使われている。主なイメージ材料は墨で、一部の資料には朱書きも見られる。紙片の貼り込みや挟み込みがある資料も何点か見受けられ、特に『諸案紙(諸式雛型等書留帳)』には貼り込みが多く、その大半に糊離れが生じており、端をめくるとすぐに剥がれてしまうものもある。また、『御伝馬方書抜帳』を含むいくつかの資料では、袋状の丁の中に紙片が挟み込まれている。いずれの資料においても部分的な虫損が生じたり、一部のものには染みや酸化・酸性劣化による変色も見られるが、紙力は保たれており、状態は概ね良好だと言える。ただし、『日記』の中には虫損の酷い部分もある。また、『諸案紙(諸式雛型等書留帳)』については、老けによって紙力が低下している部分があり、表紙も大きく欠損している。

 

 

保存修復手当て方針
冊子を解体して本文紙を一枚ずつにした後、ドライ・クリーニングを行う。資料を損傷の程度で仕分けした後、軽度の損傷が見られるものは和紙とデンプン糊による修補を行い、損傷の著しいものは漉き嵌め(リーフキャスティング)により損傷部を補填する。最後にフラットニングを行い、綴じ直す。

処置工程
①解体
糸綴じの資料については、資料を傷めないように綴じ糸を切断し、紙縒りで結び綴じをしているものは、紙縒りを外して解体した。丁の解体の際、本文紙の一部が外れていたり、紙力が著しく低下している部分に対しては、剥がす前に極薄の和紙(楮)をデンプン糊で貼って養生してから行った。解体した冊子は丁一枚一枚に番号を振って、綴じ直しの際に順番を違えることがないようにした。糊離れが生じて剥がれそうになっていた貼り込みは、デンプン糊で糊挿しを行った。大きな貼り込みについては、元の場所が分かるように記録を取ってから剥がした。

②ドライ・クリーニング、スポットテスト
柔らかい刷毛や、繊維の細いクリーニングクロスを用いて、資料表面の埃や塵、虫糞等を取り除いた。また、スパチュラやピンセットを使って、虫損箇所の縁に残る虫糞を可能な限り物理的に除去した。処置工程の中でも時間と手間が掛かるこの作業により、後の漉き嵌めでの修補箇所が馴染みやすく、仕上がりの良いものとなる。ドライ・クリーニング後、基材の紙とインク等のイメージ材料へのスポットテストを行い、使用する水溶液と有機溶剤に対する耐性を確認した。

③修補、フラットニング
軽度の虫損や破れなどが生じている本文紙は、傷みが広がりそうな部分を、デンプン糊と薄い和紙(楮)で補強した。虫損の著しいものや、老けにより紙力が低下した資料は、吸い込み(サクション型)の漉き嵌め法を用い、欠損部に和紙の繊維分散液(楮繊維)を流し込んで補填した。ただし、『日記(明治十七年四月)』については、罫線のインクが水に可溶であり、漉き嵌め処置により滲む危険性があったため、修補の必要がある本文紙はデンプン糊と和紙によって修補した。大きな貼り込みや紙片の挟み込みに関しても、虫損の酷いものは漉き嵌めを行った。漉き嵌め処置により、補填箇所が本紙の風合いに馴染み、厚みの変化も少なく仕上がった。また、通常の利用に耐えるだけの強度を有しつつも、本来の質感と柔軟性を保つことができた。処置後の資料は、スプレーで水分を与えてから濾紙に挟んでプレスし、平らにした。

④丁揃え、トリミング、綴じ直し
本文紙を元の折りの通りに折ってプレスした後、元の順番に並べ替えて丁揃えを行った。その後、漉き嵌め処置をしたものは、和紙(楮)による修補を行った本文紙と大きさを揃えながら周辺の余白をカットした。トリミングをした資料は、オリジナルの綴じ方に従って綴じ直した。なお、『諸案紙(諸式雛型等書留帳)』については、全体的にノド側の余白が少なく、丁数も多いことから、見開き性を良くするために綴じの位置をわずかに背側にずらして綴じ直した。綴じに使われていたオリジナルの紙縒りや糸は劣化が著しく、再利用に耐えないため、同様の質感を持つ材料を使用した。解体の際に剥がした大きな貼り込みは、元の位置にデンプン糊で貼り直し、紙片の挟み込みも元の位置に戻した。

 

解体 ドライ・クリーニング 漉き嵌め(リーフキャスティング)

 

フラットニング 折り 綴じ直し 見返し貼り

 

完成

 

<処置前> <処置後>
『諸案紙(諸式雛型等書留帳)』

 

『四谷御伝馬金請取帳』

 

『日記(明治十六癸未年三月一日ヨリ同年七月十三日迄ナリ)』

 

2. 一枚物の処置

a.四谷伝馬町・四谷塩町沽券絵図の処置

資料の状態
四谷伝馬町・四谷塩町付近の沽券図。基材は厚手の和紙で、大きさは約1610×7650ミリ。A5~A3サイズの和紙71枚を継ぎ合わせたもので、この他に約420×220ミリの大きさの表紙が2枚ある。主なイメージ材料は墨だが、全体に黄、青、水色、緑、朱、橙などの彩色が施されている。資料状態としては、経年により継ぎ部分の糊離れが生じており、大半の継ぎが外れてしまっている。部分的な虫損や欠損、折り目部分の擦損などが見受けられるが、紙力は保たれており、状態は概ね良好だと言える。

 

保存修復手当て方針
ドライ・クリーニング後、漉き嵌め(リーフキャスティング)により損傷部を補填する。本文紙をデンプン糊で継ぎ直してからフラットニングを行い、最後に元の折り目に従って折り畳む。

処置工程
①ドライ・クリーニング、スポットテスト
柔らかい刷毛や、繊維の細いクリーニングクロスを用いて、資料表面の埃や塵、虫糞等を取り除いた。また、スパチュラやピンセットを使って、虫損箇所の縁に残る虫糞を可能な限り物理的に除去した。処置工程の中でも時間と手間が掛かるこの作業により、後の漉き嵌めでの修補箇所が馴染みやすく、仕上がりの良いものとなる。ドライ・クリーニング後、基材の紙とインク等のイメージ材料へのスポットテストを行い、使用する水溶液と有機溶剤に対する耐性を確認した。

②修補
吸い込み(サクション型)の漉き嵌め法を用い、欠損部に和紙の繊維分散液(楮繊維)を流し込んで補填した。また、漉き嵌めで補填した箇所と本文紙との接合部分の強化のため、漉き嵌め時に繊維を流し込んだ側と逆側の面に、極薄の和紙で表打ちを行った。これらの処置により、補填箇所が本紙の風合いに馴染み、厚みの変化も少なく仕上がった。また、通常の利用に耐えるだけの強度を有しつつも、本来の質感と柔軟性を保つことができた。表紙は、色合いを損なわないように染めた和紙(楮)を用い、裏打ちを行って修補した。

③継ぎ直し、フラットニング、折り
所蔵者と継ぎ合わせの配置を協議した後、デンプン糊で本文紙を継ぎ直した。ただし、表紙については元の位置が確定できなかったため、継ぎ合わせは行わずに別置とした。その後、資料全体にスプレーで水分を与えてから濾紙に挟んでプレスし、平らにした。フラットニング後、元の折り目に従って、資料に負担が掛からない程度の大きさまで折り畳んだ。

ドライ・クリーニング スポットテスト 漉き嵌め(リーフキャスティング) 継ぎ合わせ配置の協議
継ぎ直し フラットニング 折り

 

完成

 

<処置前> <処置後>

 

b.状物、型紙の処置

資料の状態
状物資料17点と、馬の模様に彫り抜かれた型紙2点。状物は大きいもので約380×520ミリ、小さいもので約90×60ミリ。和紙を基材としており、墨や朱印が用いられている。部分的な虫損や、折り目部分の破れや擦損、継ぎの外れなどが生じている資料はあるものの、紙力は保たれており、状態は概ね良好だと言える。型紙は約320×430ミリで、基材には渋紙が使われている。折り畳まれた状態で本文紙が硬化し、開くのが困難な状態になっているほか、虫損や、彫り抜き箇所の断裂などが生じている。

 

保存修復手当て方針
状物はドライ・クリーニング後、漉き嵌め(リーフキャスティング)により損傷部を補填する。フラットニングを行った後、元の折り目に従って折り畳む。型紙はゴアテックス(GoreTex)を使用した水蒸気加湿によって、資料を展開する。ドライ・クリーニングを行った後、利用に支障をきたす恐れのある断裂部や虫損を、和紙とデンプン糊で修補する。最後にフラットニングを行い、資料を平らにする。

処置工程
状物:柔らかい刷毛や繊維の細いクリーニングクロスを用いて、資料表面の埃や塵、虫糞等を取り除いた。また、スパチュラやピンセットを使って、虫損箇所の縁に残る虫糞を可能な限り物理的に除去した。その後、基材の紙とインク等のイメージ材料へのスポットテストを行い、使用する水溶液と有機溶剤に対する耐性を確認した。吸い込み(サクション型)の漉き嵌め法を用い、欠損部に和紙の繊維分散液(楮繊維)を流し込んで補填した。本文紙が厚い資料については、漉き嵌めで補填した箇所と本文紙との接合部分の強化のため、漉き嵌め時に繊維を流し込んだ側と逆側の面に、極薄の和紙で表打ちを行った。漉き嵌め処置でできた周辺の余白部分は、3mm程度残してカットした。また、本文紙の継ぎが外れていた資料は、デンプン糊で元通りに継ぎ直した。最後に、元の折り目に従って折り畳んだ。

ドライ・クリーニング 漉き嵌め(リーフキャスティング) トリミング 折り

 

型紙:本文紙が硬化し、開くのが困難な状態であったため、ゴアテックス(GoreTex)を使用した水蒸気加湿によって紙全体にわずかな水分を与え、徐々に展開した。その後は状物と同様に、ドライ・クリーニングとスポットテストを行った。その後、利用に支障をきたす恐れのある断裂部や虫損を、風合いが馴染むように染めた和紙(楮)とデンプン糊で補強した。修補後の資料は、スプレーで水分を与えてから濾紙に挟んでプレスし、平らにした。

水蒸気加湿による展開 修補 フラットニング

 

完成

 

<処置前> <処置後>
『至心院一誉不乱貞成大姉法要念仏書』

 

『馬模様型紙』

 

処置担当:久利元昭、福島 希

 

3. 処置対象資料

大伝馬町名主馬込家文書

No. 資料名 寸法(mm)
1 旧記 三 (家督) 237x170x10
2 旧記 七 (火事) 237x170x10
3 [旧記](訴訟・生業) 238x170x15
4 [旧記](上水・下水・橋) 237x170x10
5 [旧記](土地) 237x169x10
6 [旧記](金銀銭) 238x170x7
7 [旧記](家財書上・祭礼) 238x170x7
8 [御伝馬方書抜帳] 240x172x5
9 諸案紙(諸式雛型等書留帳) 243x180x45
10 町法被仰渡書 273x181x10
11 [山王御祭礼書上写] 235x164
12 四谷御伝馬金請取帳 480x172x45
13 [大伝馬町ほか地代店賃上り高取調書類写] 145x200x15
14 蹴鞠秘伝書 207x136x6
15 [馬込家・佐久間家過去帳写] 290x198x5
16 由緒書(馬込家) 245x173x3
17 [馬込家・佐久間家墓石図帳] 239x170x5
18 買物控 124x331
19 日記(明治十三年五月十七日ヨリ同年十二月三十一日至ル) 246x170x15
20 日記(明治十四年一月一日ヨリ五月三十一日迄) 240x165x10
21 日記(明治十四年六月一日ヨリ) 244x164x10
22 日記(明治十四年十一月五日ヨリ明治十五年七月十七日ニ至ル) 252x175x10
23 日記(明治十五年七月十八日ヨリ同年十一月十四日迄) 248x170x10
24 日記(明治十五年十一月 十五日ヨリ同十六年二月廿八日迄) 248x170x10
25 日記(明治十六癸未年三月一日ヨリ同年七月十三日迄ナリ) 247x170x10
26 日記(明治十六年七月十四日ヨリ同年十二月十五日迄ノ分) 247x175x15
27 日記(明治十七年四月) 246x167x10
28 [第一大区十四小区大伝馬町弐丁目廿八番廿九番戸籍写綴] 248x167x5
29 [第一大区十四小区新和泉町・小網町・新乗物町・抵当地面証文写] 251x174
30 [深川西大工町廿八番地地価帳調につき委任状] 250x173
31 御頼談書(年賦上納金・引越入費金など借用につき) 280x205
32 副書(勝手向改革にて金八千七百両恩借につき) 296x197
33 入置申一札之事(通旅籠町沽券状御預書付焼失につき) 330x460
34 口上之覚(鞠道飛鳥井家門弟之上装束免許着用につき) 362x500
35 [神田神社氏子札 馬込惟長] 90x60
36 [神田神社氏子札 かめ] 90x60
37 [神田神社氏子札 かた] 90x60
38 [神田神社氏子札 馬込為助] 90x60
39 [神田神社氏子札 みち] 90x60
40 [至心院一誉不乱貞成大姉法要念仏書] 334x463
41 日盃証文(徳鐘院響誉泰円宗厳居士) 380x503
42 日牌之証文(快楽院安誉浄穏清心居士) 380x515
43 日盃証文(真誠院実誉暉月貞性大姉) 378x515
44 日牌支券(光照院触誉柔軟大姉) 522x380
45 [呼名書上] 360x495
46 [菓子類注文覚] 246x339
47 覚(御蔵米御払にて代金納日割につき) 242x403
48 証書(下野国芳賀郡中村地内桑畑五町永世贈進につき) 360x493
49 請取申証文之事(大明神御廻廊助成として金五拾両奉納につき) 335x477
50 [四谷伝馬町・四谷塩町沽券絵図] 1610x7650
51 馬模様型紙 316x430
52 馬模様型紙 315x430
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