スタッフのチカラ

国立国会図書館主催「第20回 保存フォーラム」におけるポルク博士の講演

2009年10月9日伊藤美樹 , 蜂谷伊代

10月6、7日の2日間、国立国会図書館で第20回「保存フォーラム」が開かれた。今回はオランダ王立図書館(Koninklijke Bibliotheek)から、保存科学者であり製紙史家としても知られるヘンク・ポルク博士(Dr. Hendrik J. Porck)を講師に迎えて行われた。1日目は「オランダにおける保存研究プロジェクト?電子図書館におけるオリジナルの保存の役割と国家戦略と研究成果」、2日目は「オランダ王立図書館所蔵特別コレクション『紙の歴史』をめぐって」。博士の講演の概要を報告する。

 

「オランダにおける保存研究プロジェクト  -電子図書館におけるオリジナルの保存の役割と国家戦略と研究成果-」

オランダでは資料保存の国家プロジェクト「メタモルフォーゼ」を1997年から開始した。このプロジェクトは2016年までにオランダが後世の国民に残すべき記録資料への保存処置をすることを目的にしており、現物としての保存とともに、活用のための代替化(マイクロ化、現在はデジタル化に転換)を推進している。プロジェクトはまず対象資料のランダム・サンプリングによる劣化調査を行い、それを元にしたあらゆる処置方法を調査、検討し、実行してきた。

そのひとつに酸性資料への脱酸性化があるが、大量脱酸性化ではBookkeeper法を採用している。採用理由としては、副作用などで特に問題点がなかったことと、図書館の近くに設備が設置されたことが挙げられる(1)。

ところで、プロジェクトの開始以前に王立図書館は酸性劣化の調査をした。この時の酸性度を15年後の現在の調査と比較すると、明らかに酸性度は高くなり、しかもその速度は早まっていることが明らかになった。蔵書の酸性劣化はオランダだけではなく世界中の図書館やアーカイブがかかえる共通の問題である。このため、欧州の12ヶ国の機関が協力したPAPERTREATというプロジェクトが発足し共同研究を行った。この結果、紙中の酸の影響はたしかに大きいが、蔵書の劣化の酷さは酸だけに理由があるのでないとされた。

そこでオランダでは、王立図書館、国立公文書館、InstituuteColletieNederlandの三者が手を結び、コンサベーション研究のあり方を考えるオランダ・コンサベーション研究戦略を作成した。そこでは、劣化のリスクとともに、資料の保存(preservation)、アクセス、価値を組み合わせた総合的な戦略が必要とされ、具体的なプロジェクトを進めるにあたっては、まず、どれを研究の優先課題にするかを決める以下のような方式が定められた。

SM=(PM×AM-PO×AO)-Cm×ε S:success:成功 P:preservation:保存 A:access:利用 C:cost:経費

またリスク管理を行うに当たっては、蔵書の劣化は地球そのものの環境変化から建物、書庫の環境まであらゆるステップが関連して影響を与えていること、ひとつの被害(例えば虫損やカビ)もこうした連関性の中で考えることが重要である。

リサーチ戦略のプロジェクトでの他の大きなテーマとしては、インク焼け資料をどのように保存するかが挙げられる。王立図書館の保存科学研究室では没食紙インクをヴァーチャルにエイジングさせるソフトウェアを開発した。相対湿度と利用頻度を掛け合わせたヴァーチャルな環境下に置かれた没食紙インク資料が将来どのようになるかをシュミレーションできる。このソフトは近々、誰もが利用できるように計画している。

資料への直接的なコンサベーション処置が、資料の価値に及ぼす副作用も考慮する必要がある。例えば、手書きのインクの上に残った吸い取り砂blottingsand(2)や、資料のオリジナルのシワや折り目をどう扱うか。資料への劣化の原因になりかねない砂を除去するか否か。たたみ資料の折り目をどこまで重んじるか?等々。

 

資料をハウジング(保存容器への収納)するための包材について、オランダ王立図書館では来月から再検証する予定である。例えばデジタル化などの代替処置した資料をタイベック(ポリエチレン不織布の一種)で作った封筒に収納しているが、物理的な損傷の保護には不十分だし、化学的な劣化を抑制する機能も不十分である。しかし、箱などの保存容器を全ての資料に採用するのはコストがかかる。こうした点を念頭に再考察する。

デジタル化とオリジナル資料の保存のバランスについて。ポジティブな点として、デジタル化で利用者のアクセスが改善されること、更なる研究の広がりが期待できること、オリジナルへのアクセスが軽減できることが挙げられる。ネガティブな点として、ともすればオリジナルの資料の保存が置き去りにされること、デジタル・データの永続性に問題があること、デジタル・データ維持のためには大きな経費がかかることが挙げられる。いずれにしろ、これらのバランスをとっていくことが課題である。

資料にかかわる図書館員、学芸員、アーキビスト、利用者それぞれが、お互いの知恵の間にあるギャップを埋め合うべきだ。象徴的に言うならば、資料は確かに「知恵」(ナレッジ)を持っており、だからこそ、そのコンサベーションが必要なのだが、同時に我々自身のナレッジのコンサベーションに取り組むことが大切である。

 

(1) オランダ王立図書館での大量脱酸性化処置については Porck “The Bookkeeper process and its application in the National Library of the Netherlands (王立図書館)” を参照。2006年に開催された大量脱酸性化の国際会議予稿集 Tagung Save Paper 2006 に掲載されている。

(2) 吸い取り紙の代わりに用いられた吸水性の良い砂

 

[文責:伊藤美樹]

「オランダ王立図書館所蔵特別コレクション   『紙の歴史』をめぐって」

初日のフォーラム「オランダにおける保存研究プロジェクト」で紹介したような保存研究は、紙の歴史と深いつながりをもつ。保存科学やコンサベーションを行う専門家たちは紙が作られた背景を知っておく必要がある。紙の歴史の世界三大コレクションのひとつである王立図書館のPapierhistorische collectieには、Jacob Christian Schafferが著した『どうやってボロ布を使わずに紙を作るか』(1764)という本が収められている。この本は製紙の歴史を知る上でとても貴重な資料である。

西洋における紙の歴史の中でポイントとなるのは、18世紀に、当時の紙の原料として主流だったボロ布が不足し、原料を植物繊維へと変化させた事だった。聖職者でありながら発明家、生物学者だったSchafferは、原料不足の問題を解決するため自然素材(植物)の中から紙の原料としてふさわしいものがないかを研究し、その成果を出版した。この本の中では、ビーター(叩解機)等の製紙に使用する道具を紹介すると共に、Schafferが実験で使用した材料を詳細な絵で説明している。そして、この本の最も素晴らしい点は、製紙のレシピだけではなく、実際に作った紙のサンプルがおさめられていることである。コットングラス、ジャガイモ、松ぼっくりなど様々な試みがされ、その成果は全5巻にわたる。

王立図書館では、この全5巻をサンプル付きで所蔵しており、その他、製紙の歴史に関するもの、製紙に使用する道具、性質を計るために使用する道具、絵画、 本などの収蔵品があり、その多岐にわたるコレクションのための紙研究センター(Paper Reserch Center)が設置されている。

そのほかのコレクションの一部を紹介すると、製紙業者などが作成し頒布した様々な紙のサンプルブック、装飾紙(マーブル紙、色糊装飾紙、木版印刷紙、金襴装飾紙など)、シーボルトが日本で収集した和紙コレクションなどがある。西洋で最も良く知られているマーブル紙を含む装飾紙は、多くの種類とコレクション数のために、何をどう呼べば正確なのか、これまで用語の統一がされてこなかったのだが、王立図書館とベルギー王立図書館が共同でこれについての本“Buntpapoer ? Ein Bestimmungsbuh“ (2009)を出版し、用語の標準化を行った。

このように、貴重な多くのコレクションを所蔵する王立図書館で先月(2009年9月)、火災が発生した。以下では災害に対する防災計画の重要さを述べるとともに、どのような対応を行ったのかを報告する。

火災については、幸いにも火元が分電盤で、迅速な消火活動が行われたのでコレクションの消失等の被害はなかったのだが、問題は煙やススが王立図書館のビル中を通り抜けてしまったことであり、特別コレクションの保管庫も3分の1がススで覆われるという事態になった。しかし、防災計画をあらかじめ立てていた王立図書館では、実際に火災が起きた場合何をしなければならないか、マニュアルが作成されていたおかげで、消防署への連絡やその後の特殊クリーニング・チームの組織、翌日には清掃会社とのディスカッションが行われるという迅速な対応をとった。オランダには、このような事態になった時のための復旧業務を行う会社があり、その外部の人間と保存課の人間とでチームが組織された。

クリーニングは次のように行われた。まず、コレクションを収蔵しているキャビネットをビニール布で覆い、塵埃を拭うのに適した布と掃除機で天井や床などのススの掃除から始め、ススが残った空気をエアーフィルターユニットで浄化した。絨毯や椅子などのように布が使われているものには、おが屑と清掃用の溶剤を混ぜたものに汚れを吸着させ掃除機で吸引、また、ススが付着してしまった資料に対しては、文化財のクリーニングによく使われている小型掃除機(ミュージアムクリーナー)に柔らかいブラシを装着してススを吸い込んだ。

 

[文責:蜂谷伊代]

※ヘンク J. ポルク博士のこと

左が Henk J Porck 博士。他の二人は、ポルク博士の以前にオランダ王立図書館(王立図書館)の紙の歴史コレクションのキュレーターを努めた Henk Voorn と Dr. Albert Elen
link souce:http://www.paperhistory.org/images/ae-hp-hv.jpg

 

アムステルダム自由大学(Vrije Universiteit Amsterdam)でバイオケミストリーを学ぶ。同大学医学部人類発生研究室で研究に従事、生化学的遺伝の研究で博士号を取得。1983年にオランダ王立図書館に保存科学者として迎えられ、現在に至る。資料保存に関する数多くの著作があるが、紙の歴史家としても知られており、特に19世紀の紙の物性や手作業による装飾紙の分類と同定がテーマ。1991年には王立図書館の世界的な紙コレクションのキュレーターにも迎えられた。ウェブで読むことができる資料保存関連の主な著作は以下の通り。

 

ポルク博士は2003年に来日し、国立民族学博物館等が主催した国際シンポジウム『紙の若返りを考える』」で「劣化紙の大量強化処理:その可能性と限界」として講演している。

 

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