スタッフのチカラ

革装丁本を和紙で治す-外れた表紙の再接合

2006年06月26日永島真帆子

はじめに

ヒンジ部の革が破断して、表紙が本体から外れてしまう革装幀本はとても多い。こうした傷みは、これまで「革」で修復処置をされてきた。革装幀本であるから、それを「革」で治すのは理にかなったことである。しかし、こうした処置は、現在のブック・コンサベーションの「最小限の介入」(minimum intervention※)という原則に照らし合わせると、必ずしも推奨できる方法ではない。仕上がった状態からは分からないが、えてしてオリジナルの革やその上の装飾を損じているケースが大半である。また「修復された」箇所も、一時的な強度を保持しているだけで、特にヒンジ部のような「動く」箇所は、開閉を繰り返していると再び壊れしまうことが多い。また、オリジナルに合わせて違和感のない見栄えにするために、オリジナルの装幀革を傷め、補修用の革も極限まで薄くして「修復」されることもある(ちなみに、革を、元の厚みの半分にすると、その強度は10分の1になってしまう)。

以下に紹介するのは、革装幀本のヒンジの破断による傷みを、「革」でではなく、和紙で治す方法である。「革装幀に和紙」というのはいかにもミスマッチで、日本人には馴染まないかもしれないが、欧米では1980年代に導入され(参考文献と解題を参照)、普及している方法である。和紙の持つ薄さと強靱さ、しなやかで喰いつきの良い繊維という特徴を活かして、革装幀本のコンサベーションに多用されている。

「和紙で治すことができる」のは、ヒンジ部だけではない。背の天のヘッドキャップの部分、コーナー等も含まれる。ただ、和紙の特徴を最大限活かせるのが、やはり「動く」ヒンジ部であり、傷みも際だっている。こうしたことから以下では、表紙の外れた革装幀本の再接合を述べる。特に、大型本で、革装幀の背が本体の背にベッタリと貼り付いている、いわゆるタイト・バックの本向けに考案されたプリーツ・ヒンジ(Pleat Hinge)は、実に良く考えられた、丈夫な構造を持つ。解説だけを読むと、こんな構造でしっかりと仕上がるものだろうかと思うかもしれないが、実際に試してみれば納得がいくに違いない。 なお、ヒンジ部以外への和紙の適用については参考文献をご参照願いたい。

(この章のみ、木部が担当)

Christopher Clarkson: Minimum intervention in treatment of books, Preprints of IADA-Kongress (Kopenhagen, 16.-21.08.1999)、 89-96

 

準備

和紙を選ぶ

楮紙は最も適した和紙と思われる。革に近い色があれば、元々染色されている和紙を使っても良い。アクリル絵の具で染める場合は、出来るだけ革の色に合わせる。染色した和紙も柔軟で耐久性のあるものに仕上がる。多めに染めて保管しておくと後々便利である。

 

和紙の染色方法

アクリル絵の具(Liquitexなど)を少量づつトレイ(ペーパーパレットが便利)に出し混ぜる。思う色になるまでテストし、色が決まったら和紙の上に 塗布する。また、浸漬して染める場合は、乾かしながら何度か繰り返してすと綺麗に染まる。乾燥はろ紙の上にのせ、空気にさらすか、また、洗濯ばさみやク リップで吊り下げる。仕上げにセルロース・エーテルの一種であるKlucel G(ヒドロキシ・プロピル・セルロース)を塗布すると、毛羽立ちを押さえ、ぬれ色っぽくなり、ぱりっとした質感になる。必要以上に残った絵の具は作業が終わるまでパレットに残す。後で革の他の部分の補彩に、また、再度染色しなければならない場合に役に立つ。

 

喰い裂き

筆または骨べらに水を付け、和紙にラインを引く。そのラインに沿って引き裂き、毛羽だったエッジを作る。毛先は真っ直ぐに整える。

 

通常は正麩糊(デンプン糊)を使う。ただし、速乾性が必要な場合は、製本用酢ビ系接着剤(ポリビニル・アセテート)を水酸化カルシウム水溶液で中和してから使用しても良い。水酸化カルシウム水溶液は、試薬級の水酸化カルシウムを水に混ぜて上澄みの飽和溶液(pH 12.0)にしておくと扱いやすい。

 

小型もしくは薄い本

対象

革製本の表紙と本紙(中身)の結合部が緩んだり外れたもの。特に、タイトバックと呼ばれている、背革が本体(中身)の背に貼り付いているものに最適である。ただし、背革や接合部の平(ひら)の革が比較的しっかりとしているものが対象になる。これらがひどく傷んでいるものには適用できない(こうした革装幀本は、全体を再装幀するしかない場合が大半である)。

 

行程

1. 内側のヒンジになる和紙を選ぶ。この和紙も楮紙が良いが、最後に全体が隠れてしまうので染色してある必要はない。幅は30~50㎜ぐらい、天地は、 本の天地よりも少し短く。短冊状に採る。短冊の長辺の片側端を、図のように本体の耳にだけに貼り付けておくこの時に(可能であれば見返しの下に潜り込ませて貼り付ける)。内側のヒンジはひとまずこのままで、これと表紙との接合は、外側のヒンジを接合してから行う。

 

2. 外側のヒンジの接合には、表紙の革の色に合わせた和紙を選ぶ。修復する本のサイズに合わせ、約5mm~10mmの幅に和紙を喰い裂きにカットする。 長さはボードより約10mm~15mmの長く伸ばす。表紙の天地の欠損(下の写真赤丸部分)が大きい場合はヒンジの天地を扇型にカットする。

 

3. 革にレッドロット(革が大気中の酸性ガスを吸収して酸性劣化を起こし、赤茶けて粉状になってゆく現象)が見られた場合、この進行を制御するため Klucel Gをエタノールで溶かした5%のエマルジョンを革の表面に塗布する。この処置は革の表面にレッド・ロットが生じていて、和紙がうまく貼り付かない場合に必要である。また全体の接合処置が完了した後で、アクリル樹脂塗布(行程 7 を参照)を行うのが普通だが、その替わりにレッド・ロットと保革油塗布を組み合わせて仕上げても良い。

 

4. 喰い裂きにした和紙のヒンジをデンプン糊で外側の接合部に貼る。和紙を貼ったところをしっかり掌で撫で、喰い裂きを革になじませる。この時に、表紙の平の革の端をめくることができるならば、和紙の端をめくりの中に潜り込ませると仕上がりが綺麗にできる(右の写真)。しかし、めくると革が傷むならば、無理をせずに、革の上に和紙を載せて貼りつけるだけにする。

 

5. 1時間ほど乾燥させた後に、外側のヒンジの天地を内側に曲げ、内側の見返しのエッジでカットする。または、ヒンジを長く残し内側の曲げ、内側のヒンジで覆い隠しても良い。

 

6. 外側のヒンジが完成した後、内側のヒンジと表紙を接合する。可能であれば、表紙の見返しをめくってヒンジを貼る。見返しが傷んでいる場合、またこの処置はやや高度な技術が必要であるため、一般的には見返しの上にヒンジを貼る(この場合はヒンジの色を見返しに合わせる)。見返しをめくる必要があるかないかは、資料の状態により慎重に判断する。

 

7. 以上だけでもしっかりとしたヒンジ部が完成するが、液状のアクリル樹脂(例:水溶性アクリル絵の具のメジウム)を軽く塗り、和紙の部分をコートすると、補修した部分の和紙が革になじみ、手触り、外観共に綺麗に仕上がる。ただし、こうした処置はもっぱら「見栄え」を良くするためだけのもので、補強にはならないことは知っておくべきだ。

 

大型の本 -- プリーツ・ヒンジで接合する

対象 これも表紙が外れたもの全てに適用できるわけではない。耳が傷んでいず、しっかりとしていて、本体(中身)の綴じも崩れていない大型の本にだけ適用できる。とはいえ、この接合法の利点が活かせる本が非常に多いことは、大学図書館等で西洋の革装幀本を扱っている人ならば解るだろう。特に、平(ひら)の表紙はジョイント部で切れて外れているのだが、背表紙(背革)はベッタリと中身の背に貼り付いていて容易には外せないタイトバックの製本には最適である。

1. 本体(中身)の耳と表紙の間にあるオリジナルの残滓(切断した革のエッジや、綴じのための支持体コードなど)を完全に取り除いて、ジョイント部をきれいにする。表紙の革の端から薄いヘラを差し込んで慎重にめくって持ち上げる。

 

2. 見返しが、端の糊代だけで貼り付いている形式ならば、取り外す。糸で本体に綴じつけられている形式ならば、そのままにして、後で新しい見返しを新たに付け加える。

3. ヒンジにはサイジングされた和紙を使う。和紙のサイジングは、メチルセルロース、またはPVAとメチルセルロースの混合接着剤で行う。染色する必要がある場合は、染料にメチルセルロースを混ぜると良い (外側に見えるヒンジの範囲がとても小さい場合は、染色の必要はない)。

4. 和紙の寸法を正確に測るため、本紙(中身)で折れ筋を付けてカットする。幅は約70~80mmに水筆、または骨べらで喰い裂きにしカットする。喰い裂きのエッジから約5mm~10mmの長さに沿って折り目(谷折り)をしっかり付ける。

 

5. 和紙の端約5mm~10mmの部分と本の耳の部分に糊を引き、耳に和紙を貼り付ける。擦ってしっかりと耳に馴染ませるよう付ける。

 

6. 耳の上でしっかりと折り目を付け、本紙(中身)の耳に沿って折り曲げる。

 

7. 折り目を付けたポイントから、耳の上に折り返す。

 

8. もう一回、耳の上に折り目を付けて、プリーツを形成する。

 

9. 最後の折り目から、表紙に接合するのに必要な幅をとり、余分な紙を切り落とす。

 

10. 表紙を耳にぴったりと押し戻し、1)で持ち上げた表紙の革をめくり、ヒンジを貼り付ける(プリーツは表紙のエッジと耳の間にある)。

 

11. めくった革が表紙のボードに貼り付くのを防ぐために、持ち上げた革の間にポリエステルフィルムまたはワックスペーパーを挟み養生をする。同様に本紙(中身)と表紙の間にも挟み、プレスする。

 

12. 乾燥後、表紙を前方にゆっくり引き、プリーツを開く。プリーツの間に糊を引き、プリーツの内側を密着させ、表紙のエッジを本の耳にぴったり押しつける。ワックスペーパーで背表紙を保護し、伸縮する包帯でしっかり本全体を巻いて、表紙の位置を固定したまま、乾燥させる。

 

13. 内側をチェックし、ヒンジがボードとエッジの間でしっかりと密着しているか確認する。

14. 古い見返しを元の位置に取り付ける。または新たに見返しを作り取り付ける。

15.  ヒンジの天地の余分な紙はトリミングする。

16. 表紙の革をボードに貼り付ける。

 

17. 必要ならば、内側、外側に筆を入れ補彩する。

 

18. もう一方の表紙も同様に処置を行い、ソフトアクリル樹脂 SC6000 ? (※)を塗布し、完成。

 

 

※SC6000 とは?

英国のLeather Conservation Centre が開発した革の表面保護用のアクリル樹脂。表面にアクリルの層ができるが、アクリル自体がソフトで長期の柔軟性を保つため、平面的な革の部位はもちろん、上記のような折り曲げ部(ヒンジ部)に使っても割れてしまうことがない。艶の具合がほどよく革に馴染む。人体に対する安全性も British Health and Safety Standards に則して守られている。

類似の「保革油」や固着剤との比較と、その効果については下記のページをお読みいただくことを奨める。

Tish Brewer, “SC6000 and Other Surface Coatings for Leather: Chemical Composition and Effectiveness” https://www.ischool.utexas.edu/~cochinea/pdfs/t-brewer-04-sc6000.pdf

購入はいまのところ輸入に頼るしかないが、Google などの検索エンジンで “SC6000″ で検索すれば複数の海外ディーラーの該当ページに行き当たる。価格は250ml 入りで 20ドル前後。この量で、50冊以上は楽に処置できる。

 

参考文献と解題

Etherington, Don. : Japanese paper hinge repair for loose boards on leather books, The Abbey Newsletter, Volume 19/3, August, 1995 この方法を開発した著者のワークショップの簡潔な記録。

Grandinette, Maria et. al. : Book Repair in Research Libraries, The Abbey Newsletter, Volume 19/2, May, 1995 大学図書館等での本の修補マニュアル。革装幀本のヒンジの修補だけでなく、さまざまな傷みへの様々な方法が紹介されている。

— : Le Traitment de Conservation des Reliures Anciennes en Cuir Effectue avec du Papier Japonais. フランス国立図書館での実践例。カラー画像を使い分かりやすく解説。

Primanis, Olivia. : Binding repairs for special collections at the Harry Ransom Humanities Research Center, The Book and Paper Group Annual, The American Institute for Conservation of Historic and Artistic Works, Volume 19, 2000, p. 115-121. 米テキサス大学付属HRRC研究所での製本の修補の紹介。外れた表紙の再接合法として、Japanese Paper Hinge とともに多用される Joint Tackets を紹介。

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