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2021年5月26日(水)手作業で紙を切るときの安全対策の一例
〝カッターで紙を切る”、という動作は、日々の作業で繰りかえし行いますが、急いでいる時や集中が途切れた時に、思わぬ怪我をすることがあります。そのため、刃物を使う際は、安全に作業するためのアイデアや工夫を取り入れています。
作業の一例として、電子化に伴う合冊新聞の解体作業では、本紙の背側の接着剤で綴じられた部分を切り落としていく工程があります。ごくわずかな幅に定規を合わせて、長い距離をカッターで切り、一枚ずつに解体します。劣化した本紙は紙の押さえが甘かったり、適切に刃が入っていないと切る際に引っかかりが生じて破れたりするので、単純でありながら注意を要する作業です。数カ月分の新聞が合冊された分厚い資料や、あるいはこうした処置を行う資料の数が百数十冊以上にもなる事もあり、この〝切る”作業が繰り返されます。
具体的な安全対策の一つとして、透明な硬質ペット製のL字アングル[※]を両面テープで定規に貼りつけ、刃先が滑っても指先にあたらないようにガードをつけています。透明なので視界の妨げにならず、定規に手を添えてしっかりと抑えることができます。このほかにも、距離が長い場合は重石を押さえの補助にする、余計な力を込めずに切れるよう常に刃をよく切れる状態にしておく、手元を明るくする、十分な作業空間や資料の置き場所を確保する、作業内容や作業者の体格に合わせて正しい姿勢で作業できるよう作業台の高さを調整する、適切な休憩をとる、なども反復作業で体を痛めないために必要です。
無理なく安全に作業できる道具や環境を整えることは、怪我を防ぐだけでなく、効率よく、正確に作業を仕上げるために欠かせません。
[※]L字アングル:L字型に加工された金属やプラスチック等の建築部材で角の保護、補強に使用される。
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『今日の工房』2020年11月27日(金)マイクロ化のための合冊製本された新聞資料の解体
2021年3月26日(金)予防のための「フィルム・エンキャプシュレーション」 ー 紙をくしゃくしゃに潰す実験
フィルム・エンキャプシュレーションは、剥き出しのまま取り扱うことが難しいほど酸性紙化した資料や、古い新聞、地図、図面、ポスターなどサイズの大きな資料を、傷めることなく、扱い易くするために用いられる保存方法です。この方法がいかに物理的な損傷からの予防に効果があるか、視覚的に確認するための簡単な実験があります。
酸性劣化した紙を用意し、ひとつは剥き出しのまま、もう一方はポリエステルフィルム(70μ)に挟んで、四辺を超音波溶断機で封印します。そして、手でくしゃくしゃに潰します。画像の通り、剥き出しの本紙は完全に破断しますが、エンキャプシュレーションした方は、フィルムの中でバラバラになることはありません。封を開けてみると、シワや破れはありますが元に近い状態の本紙を取り出すことができました。
これは極端な比較実験ですが、エンキャプシュレーションした本紙が、高い保護力によって守られているということを分かりやすく実感することができます。フィルム・エンキャプシュレーションの技術は、二辺が開口しているアーカイバル・クリアホルダーや、巻いて保管するためのロール・エンキャプシュレーションなど、資料の形態や利用用途に合わせて応用されています。
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2020年11月27日(金)マイクロ化のための合冊製本された新聞資料の解体
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・『今日の工房』 2019年11月1日(金)松竹大谷図書館様が所蔵する映画スクラップ帳のデジタル化に伴う解体・簡易修補を行いました。
・『今日の工房』 2014年09月05日(金)デジタル撮影の事前処理
・『スタッフのチカラ』 2008年10月30日(木) 新聞合冊製本の保存事例 -読売新聞社様の導入事例-
2020年8月6日(木)超音波ミストを作る -修理に用いる手道具
修理に用いる道具や機械は様々ありますが、専門の道具(リーフキャスターや刷毛など)を使用する場合もあれば、ほかの分野の用途、例えばキッチンツールや医療用器具、ホビーグッズなどの中にも応用できる道具があります。私たちが普段使っている手道具もそうした工夫から見つけることが多く、「ポータブル超音波ミストスプレー」もその一つです。装置の中に水を入れてスイッチをつけると、超音波振動により微細なミストが発生する仕組みで、本来、喉や肌が乾燥した際にミストを顔に吹きかけたり口から吸引するための機器です。
このスプレーは、狙った範囲に部分的にミストを当てることができるので、書写材料や本の構造に負担をかけずに紙を伸ばしたい時や、破れの修補を行う際、あらかじめシワや折れを伸展しておきたい時などに使用しています。
また、超音波振動により発生するミストは、紙に対しゆっくり穏やかに水分を与えることができ、紙資料の修理分野ではトレーシングペーパーなど水分に敏感な素材のフラットニング処置にも用いられています。「少しの水分で十分」という場面ですぐ手に取れる小回りの良さと、瞬時に均一な加湿が行える点で重宝しています。
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2020年2月19日(水)資料を安全に取り扱うためのフラットニング作業
本紙の折れやシワによって文字が隠れてしまったり、巻いたり折ったりしたことによって巻き癖や折り目がついてしまった資料に対し、無理に広げたり伸ばそうとすると新たな破れやシワをつくってしまうことがあります。例えば、巻かれたポスターを広げる際に巻き戻る力によって破損箇所が拡がったり、本のページが何枚も重なって折れ曲がっていることに気づかずにめくれば、折り目に沿って破れてしまったりします。このような状態の資料に対しフラットニング処置を行うことで、資料を傷めることなく、安心して取り扱いできるようになります。
フラットニング処置は、資料を加湿した後濾紙に挟み、重石やプレス機などで圧力を調整しながら乾燥させ、紙表面を均一に平坦化する処置のことです。ページの角にみられる折れなどは、湿らせた濾紙を当てて部分的に加湿し、乾燥させることで十分軽減させることができますが、資料のサイズや折れ・シワの範囲が大きくなれば、全体を均一に加湿し、乾燥させることが難しくなるため、フラットニングの回数を重ねたり、こまめに確認しながら行います。特に、トレーシングペーパーのような水に敏感な素材の資料については、必要最小限の水分量をコントロールしながら処置を行う必要があります。
フラットニングを行うにあたっては、使用されているインクや紙に対しての十分な調査はもちろん、資料の持つ情報を把握して、それぞれの資料にあった適切な加湿方法で与える水分を調整し、折れやシワの伸展具合を確認しながら慎重に進めていくことが重要となります。
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2019年11月1日(金)松竹大谷図書館様が所蔵する映画スクラップ帳のデジタル化に伴う解体・簡易補修を行いました。
公益財団法人松竹大谷図書館は、1958年に開館した演劇・映画専門の私立図書館です。歌舞伎や演劇・映画に関する資料約48万点を無料で一般公開しており、所蔵する資料の保存・活用、施設の保全・運営のための資金を募るクラウドファンディングプロジェクトを2012年より毎年継続して行っています。
2017年のクラウドファンディング「第6弾 歌舞伎や映画、銀幕が伝えた記憶を宝箱で守る-映画スクラップ帳の保存プロジェクト-」では、弊社がオーダーメイドで制作したアーカイバル容器を導入しています。
映画製作当時の記事や写真が貼り込まれた映画スクラップ帳は、作られた年代によって劣化状態に差があり、特に戦前から昭和27年までに製作された映画のスクラップ帳は、紙質が悪く、経年劣化によって表紙から内部まで傷みが進んでおり、保存が大変難しい状況でした。そこで、今回、今後の利用でさらに破損が進む恐れがあるスクラップ帳の中から、松竹京都製作作品を対象に、文化庁が進めている「アーカイブ中核拠点形成モデル事業(撮影所における映画関連の非フィルム資料)」に申請、これが採択され資料の保護と活用のためのデジタル化を行うことになりました。本事業で弊社はデジタル撮影する前のスクラップ帳の解体・復元、簡易補修といった処置のご依頼を受けました。
お預かりした映画スクラップ帳は、新聞の切り抜き記事や写真のほか、大型ポスターなども貼りこまれ、重なったまま貼られている箇所は情報が見えない等々–、そのまま撮影するには困難な状態でした。そこで、必要な見開き具合を確保するための解体処置と、重ね貼りの箇所は一度はがし位置をずらして再度貼り込み、閲覧可能な状態にする処置を行いました。また、撮影者が取扱いに支障がなく安全な撮影ができるよう、破損しやすい箇所を和紙で補強したり、利用による劣化防止のため簡易補修も行いました。
弊社でお預かりしている映画スクラップ帳の処置の様子を松竹大谷図書館武藤様、井川様が見学され「松竹京都映画スクラップの補修見学@資料保存器材工房」として、同館のクラウドファンディング新着情報でご報告しています。処置を終えた映画スクラップ帳は株式会社インフォマージュでデジタル化撮影を行い、さらに弊社で元のスクラップ帳の形態へ綴じなおす復元作業を行います。作製したデジタルデータは今後、通常の館内での閲覧や、Web公開などの活用を検討されているそうです。
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組み立て式棚はめ込み箱
2019年10月2日(水)企業史料協議会様主催 第13回資料管理研修セミナー「紙資料の保存、修理について」が弊社にて開催されました
9月20日、企業史料協議会様主催の第13回資料管理研修セミナー「紙資料の保存、修理について」が弊社にて開催されました。弊社での開催は2015年9月以来4年ぶりで、各機関よりアーカイブご担当者様など16名の方にご参加いただきました。今回は、修理(コンサベーション)、アーカイバル容器製造、営業の各部門がこれまでの経験をもとに「企業アーカイブにおいて資料に最適な保存対策を決定し、実践していく」過程において判断の一助となるようなプログラムをめざし、下記のような内容で見学会を行いました。
■修理(コンサベーション)部門
・近現代紙資料の劣化とその特徴
新聞、原稿、ポスター、図面などを例に、劣化損傷の要因とその修理技術や保管方法について
・資料のデジタル化とそれに伴う処置
台紙に貼られた写真、スクラップブックなどをデジタル化する過程で必要な撮影前と撮影後の処置について
・資料調査から処置への流れ
保存処置方針の組み立てに必要な情報を得るため、まず資料全体を調査し、処置の方針を固めていく工程を紹介
■アーカイバル容器製造部門
・なぜアーカイバル容器が必要か
長期保存のための容器に求められる品質、条件について
・アーカイバル容器を選ぶ際の考え方
実際に容器を検討する際に、どういった点に配慮すべきかについて
■営業部門
・導入事例紹介
企業アーカイブ様から多くご相談をいただく写真アルバムへの修理と資料整理に適した保存容器の事例
それぞれのお客様の抱える問題やご要望に沿った過不足ない提案、導入までの経緯とその効果を紹介
質疑応答では多くのご質問をいただき、皆様の熱意、資料に対する真剣な思いがあふれるような会となり、私たちも大いに刺激を受けました。
また、資料保存について個々の処置にとどまらず「全体をどのようにとらえ進めていくか」という視点で見学会を行ったのは弊社にとって初の試みで、多くの学びを得ることができました。
この機会をくださいました企業史料協議会様、事例紹介をご快諾いただいた企業各位、参加者の皆様に心より御礼申し上げます。
2019年7月18日(木)汚れた紙資料の水性処置では、洗浄の前にまず「濡らす」ことがなぜ重要なのか?
2019年4月24日(水)紙の酸性度を測るためのメルク社のpHストリップの使い方。
資料の修理にとりかかる前の作業として、カルテの作成、状態撮影、スポット・テストとpH測定(※1)があります。なかでも、紙の酸性度合いをみるためのpH測定は、紙媒体記録資料の修理においてかかせない工程のひとつです。
和紙に墨書きされた文書や版本とは異なり、種類が豊富な近現代の文書や書籍の紙は、その劣化要因も損傷状況も様々です。特に、近現代の資料は、酸性紙問題(※2)として指摘されるように、紙の内部で化学的な酸性化が進むことで、紙力低下、それに伴う破れや欠損などの重篤な物理的損傷につながる恐れがあります。
こうした紙に対する修理技術の一つとして、紙中の酸を中和し内部にアルカリ・バッファー(※3)を残すための「脱酸性化処置」があります。pH値は、その化学的損傷度合いと、脱酸性化処置が問題なく、また、万遍なく行われたかを見るための指標として計測されます。pH値と、中和後のアルカリ・バッファー量とは全く別のものではあるものの、劣化度合いを測るためのいくつかある指標の中で、紙の保存性と密接につながっているといえます。
pHは、元々液体の水や水溶性の液体の酸性やアルカリ性を示す指標ですが、固体である紙にはそのままでは適用できません。厳密に紙のpHを測るときは、細かくカットした紙片を水の中に入れて、しばらく置いてから電極式のpH計測器で測定(JIS P 8133 1)しますが、この方法はいわゆる破壊的なサンプリング・テストになるので、修理の工程で行われることはほぼありません。代わりに使用されるのが「pHストリップ」です。これは、指示薬が塗布されている面をわずかな水分で濡らし、紙の表面と接触させ、その変色具合でpHを測定するという方法で、弊社ではメルク社のpHストリップを使用しています。
この方法で計測するのは紙の表面pHなので、厚みがあるものや、水の浸透性がよくない紙の内部のpHを測ることはできません。ただし、裏まで水が抜けるような紙質であればかなり正確に測定できます。
pHストリップの指示薬は水に濡れても色移りすることはありませんが、あまり水分が多いと、計測する紙の方がヨレたり、輪染みといわれる円形のシミを作ってしまうことがあります。pH測定もスポット・テスト同様、接触させる面をなるべく最小限に留めるために、例えば指示薬部分を半分に切って使用したり、計測後はすぐにろ紙を当ててしっかりと水分を取り除いたり、もちろん、水に滲むようなインクや色材の箇所では行わないなど、事前の準備を整えて行います。
[測り方]
①pHストリップを縦半分に切り、指示薬の部分も半分くらいにカットする。ポリエステルフィルムなどの小片を、計測する紙の下に敷く。
②蒸留水(脱イオン水であること)で、pHストリップの指示薬のついた面を湿らせる。浸したり、スポイトなどで滴下する。余分な水分はろ紙に吸い取らせる。
③指示薬の面を紙表面にあてて、上からもう一枚のフィルムで挟みマリネする。指で軽く押さえたり、ごく軽い重しを載せる。
④1分ほど経ったらストリップを外して、変色具合をカラーチャートと比較しpH値を確認する。
※1 pH:「水素イオン濃度指数」のこと。0~14までの数値によって水溶液の酸性またはアルカリ性の程度を表す。水溶液中のイオン化した水素イオン(H+)と、対極する水酸化物イオン(OH-)が同量存在するときが中性(pH7)、水素イオン濃度が上回ると酸性、逆に水酸化物イオンが多いとアルカリ性を示す。pはポテンシャル(potential)、Hは水素(Hydrogen)。
※2 酸性紙問題:紙の製造過程において、サイズ剤(にじみ止め)である「ロジン(松ヤニ)」の定着剤として、「硫酸アルミニウム(硫酸バンド)」が、19世紀後半から1980年代にかけて生産された紙に用いられた。硫酸アルミニウムと紙中の水分が反応することで強い硫酸が生成され、これが触媒となって紙のセルロースを加水分解し破断させる。さらに、硫酸の脱水作用により、潤滑油のような役割を担っている紙中の水分が奪われ、繊維の角質化が起こり紙が脆くなる。製造から50年足らずで紙力が極端に落ちてしまう資料が図書館やアーカイブズに大量に所蔵されていることが世界的な問題となり、これを契機に、中性紙の国際規格制定へとつながった。
※3 アルカリ・バッファー:紙中や大気中の酸性物質による劣化を予防するために紙に保持させるアルカリ残留物。ISO9706:1994 Paper for documents Requirements for permanence(永く残る紙)で定めている長期保存用紙の場合、「乾燥重量比で2%の炭酸カルシウム相当量を含んでいること」とされるが、文書や書籍の紙として長期に置かれ、かつ、すでに酸性化した紙に対して行う中和後のバッファー付与で、これだけの量を残留させることは難しい。
2018年7月18日(水)紙力が著しく低下したものの薄葉紙での裏打ちは、噴霧器での糊さしと不織布の補助で。
酸化・酸性化により、あるいは水損やカビで紙が「老け」(ふけ=紙の繊維化)て、紙力が著しく低下した本紙を、不安なく取り扱える状態にするためには、裏打ちによる紙力強化が有効です。ただし、そうした資料は水分を含むとさらに脆くなり、直接本紙に刷毛を当てるのも困難な場合があります。こういう場合にはスプレーによる裏打ちを採用しています。
まず、薄めたデンプン糊を噴霧器に入れて準備をします。不織布の上に本紙を置き、その上に極薄の和紙(3.6 g/m2)を被せて、上から糊を均一に噴霧し、不織布をかぶせた上から刷毛で撫でて裏打ちをします。
この方法は、必要最小限の水分と糊で裏打ちができ、不織布越しで刷毛を使用するため、本紙を傷める心配がなく、安全に行えます。また、本紙と和紙の接着が面状ではなく、点状での接着のため、硬くならず柔らかな仕上がりとなります。
※和紙の上から糊を噴霧し本紙と接着させるので、使用する和紙が厚いと糊が本紙まで浸透しません。このため、使用する和紙は3.6 g/m2 程度の極薄紙を使用します。ここでは裏打ちを紹介していますが、文字や画像などがある面への「表打ち」としても使います。
2018年5月9日(水)資料を洗浄する時の水の物性の変化を確認する計測機器。
修理作業では、毎回異なる性質の資料を扱うにあたり、処置結果を同じレベルにするための目安として、計測機器を用いて処置に使用する材料の物性の変化も測り、その値を参考にしながら処置を行います。特に資料の洗浄などの水性処置では、処置中の水のpH・TDS(総溶解固形分)・温度等の変化を測り、処置後の各種値の変化を確認します。
これまでは計測結果の表示画面と計測用の電極が一体になったハンディータイプの計測機を使用していましたが、新たに、河川などの水質検査用の電極投げ込みタイプを導入しました。手元の画面で数値の変化を確認しながらチェックシートの記入が行え、また、大きな洗浄槽の中でも計測機の水濡れを気にせず処置を行いながら数値が確認できるようになり、重宝しています。なお、4枚目の画像は処置中・処置後の洗浄液の色の変化を比較したもので、数値の確認と併せてこうした目視観察・記録も行っています。
2018年3月08日(木)フィルム・ エンキャプシュレーションの現在(3) ガス吸着シートの同封が開く新しい可能性
9. 大英図書館の新聞資料は年間1.4t の VOCs を出している
保管環境内の汚染ガス対策が紙資料の劣化を抑制することは古くから指摘されていたが、資料自体から発するガスを再び資料が吸着し劣化をもたらすことが広く注目されるようになったのは近年になってである。なかでも英国図書館が2009年に発表した「新聞資料の保管庫内の新聞から発生するガス」の問題は、明快な数値で示したこともあってか、同種の資料を持つ機関に衝撃を与えた。曰く、英国図書館の新聞資料を並べると、棚長は33km、重量は5,300t、そこから発生するガス(VOCs 揮発性有機化合物)は年間 1,4t、放散させ消滅するのには3,800年かかる(画像①)。
フィルム・ エンキャプシュレーションでは、この書庫内のような大きな環境と同じことがフィルムの間で生じていることになる。しかも、放散しない密閉環境では、酸性ガスは凝縮されて強い酸になる。これを除去するにはどうすれば良いのか?
10. フランスの研究機関CRCDG、ガス吸着シート MicroChamber®︎と同封で抑制効果
酸性紙をエンキャプシュレーションをする際に、Shahaniが実証したように、フィルム内で発生するガスをアルカリ性の本文紙が吸着するならば、吸着性能のより高いものを採用すれば、劣化抑制効果は一層高くなるのではないか?
これに取り組んだのがフランスの国立紙資料保存研究センター( CRCDG: Centre de recherches sur la conservation des documents graphiques) のFloréal Danielらの研究チームである。Daniel らは、汚染ガスを吸着する MicroChamber®︎に着目した。
MicroChamber®︎は 米Conservation Resources International が1992年に製品化したもので、大気中の亜硫酸化物や窒素酸化物などを吸着して、紙焼き写真や文書の変色を抑制できる新しい素材として注目された。ガス吸着材としては活性炭が一般には知られているが、MicroChamber®︎は微細なゼオライト粉の持つ分子ふるい機能(molecular sieve)を紙に担持させたものだ。これまでの吸着材の100倍以上のガス吸着力を持つとされる。MicroChamber®︎は文化財の保存のための革新的な材料として用途開拓が進み、美術館・ 博物館むけの板材 ArtCare®︎もその後開発されたことで、世界的に市場が広がった。
Daniel らはまず、Shahani が採用したアルカリ性の本文紙とMicroChamber®︎シートの吸着性能を比較して後者の圧倒的な優位と、フィルムのガスバリア性により外部からの汚染ガスの侵食が無いことを確認し、4種類の紙(ろ紙=コットン紙、酸性紙、弱アルカリ性本文紙、MicroChamber®シート)を亜硫酸化物と窒素酸化物を含む環境下に晒したのち、これをエンキャプシュレーション処置をし、強制劣化後のそれぞれの紙のセルロース重合度の変化を見た。その結果、酸性紙は予想通り重合度の低下が著しいことを再確認した。また、密閉環境下では中性のコットン紙(ろ紙)も自ら発するガスによる劣化は免れないものの、MicroChamber®紙と同封したものは、重合度低下の抑制効果が確認された(画像② グラフ線上から、エンキャプしない元の紙、弱アルカリ性紙同封、MicroChamber®同封、同封なし)。さらにMicroChamber®シートは下敷きのかたちで接しておらずに近接していても、同様の結果が得られるという新しい知見を明らかにした。
11. 当社の現在の取り組み— 汚染ガス吸着シートGasQをエンキャプシュレーションに
当社は一枚ものの紙資料を安寧に保存・ 利用できる方法として、エンキャプシュレーション技術をいち早く導入した企業である。その後も、ここに紹介してきたような海外での研究の進展を怠りなく見守り、実用上問題ないと判断したものは積極的に取り入れてきた。また、エンキャプシュレーション処置をする酸性の資料については、水性および非水性の脱酸性化処置を封印前に行うことを必須としている。
ただ、酸性紙であっても、アルカリ性の炭酸カルシウムやマグネシウムを紙に与える脱酸性処置はしないという資料はある。資料に使われているインクなどのアルカリ耐性が不明で、その確認試験もインクなどを変色させるかもしれない場合だ。また設計図面などに多用されてきた青写真も、基材の紙の酸性度は高いが、アルカリ処置は画像面の変色をもたらすことから、御法度とされている。
こうした資料へのエンキャプシュレーションの適用を可能にするのが、MicroChamber®︎に代表されるガス吸着材の同封だ。当社では2012年に汚染ガス吸着シートGasQ®︎を開発・ 上市した。分子ふるい機能を持つゼオライトがセルロース内で高密度に結晶化しており、従来品のようなゼオライト粉体の脱落はなく、シート表面もザラつきがない。接触する資料への影響もPAT等で確認している。肝心の吸着力も、紙の劣化時に最も多く発生する酢酸を例にとると、当初100pm が60分後には1ppmにまで低減する。
両製品とも現在、応用開拓に取り組んでいるが、その一つがエンキャプシュレーションへの導入(画像③〜⑥)である。これまでならば封印前の脱酸性化処置に躊躇するような資料へも下敷きとして適用できる。また、上述した Daniel らの研究が述べるように、資料に接しなくて近接していても効果があるならば、下敷きではなく、GasQをフレームのように資料を囲むかたちでエンキャプシュレーションすれば、両面に情報がある資料にも適用可能である。
12. エンドユーザー自らがエンキャプシュレーション処置ができる
もうひとつの応用の可能性が、エンドユーザー自らがエンキャプシュレーションする際のガス吸着材としての採用である。図書館やアーカイブズ、あるいは美術館・ 博物館が自ら実施したいと思っても、これまでは限界があった。脱酸性化処置ができる機関は限られているし、フィルムの端のシール法も、現在ではスタンダードな方法である高周波溶着機を導入するのは、予算やマンパワーの上で難しい。結局は、当社のような外部の業者に任せるしかなかった。
しかし、ガス吸着紙の同封という方法ならば、あらかじめ2辺(L字)、あるいは1辺だけをシールしてあるエンキャプシュレーション用フィルムを購入すれば、自館ですぐに着手できる。L字型なら他の2辺、1辺なら他の3辺は開封されているが、Shahani が指摘しているように、辺が開封しているか否かは関係なく、発生するガスはフィルムの間に行き渡るのだから、ガスを吸着するものと一緒に封印すれば良い。
なお、画像⑦ は酸性の本文紙とろ紙とGasQと共にエンキャプシュレーションし、そのまま加速劣化させたもののフィルム内部の酸性度をAD(acid detective)ストリップで測ったものである。GasQの優れた性能がお解り頂けると思う。しかし、GasQ®︎は市場に出したばかりの製品であり、確かな基本性能とは別に、応用分野でのデータの蓄積はスタートしたばかりだ。当社では社内でできる簡易な試験とともに、外部の専門機関への委託試験も数多く行なっており、今後適時、その成果を発表し、お客様のより確かな信頼を得たいと考えている。
(終り)
関連情報
2018年2月28日(水)フィルム・ エンキャプシュレーションの現在(2) 二枚のフィルム内に封じられた酸性ガスは劣化を加速させないのか?
5. 開発者の米議会図書館(LC)は「脱酸は必須」と。だが劣化の加速は?
酸性劣化した資料をそのままエンキャプシュレーション処置すると、滞留する酸により、劣化が加速するのではないか?
この疑念はマニュアル発表前から指摘されていた。LCのマニュアルでも「事前に脱酸処理することの必要性」、「資料の劣化速度に対する影響」という項目があり、前者については「もちろん然り」で、「非常に長期に現物を残したいというならば、封入する前に必ず脱酸して弱アルカリ化すべきである」。しかし後者の「資料の劣化速度」については、封印したものはわずかに耐折強度が低下するというデータもあれば、初期の耐折強度が低いものでは逆の結果になるといったデータもあった。
6. くしゃくしゃに潰す実験をすると— 資料の傷みは利用時にこそ注意
だが、封印した紙としない紙との比較は単純ではない。ラミネーション法もエンキャプシュレーション法もそもそも、剥き出しでは扱いに支障がある一枚ものの資料を傷めずに扱いやすくするのが眼目だ。例えば両者の資料としての利用時の損耗を考慮すると、封印した資料の方が、利用時の扱いによる物理的な強度への影響は、剥き出しの資料へのそれよりも、はるかに小さいだろう—マニュアルではそう説明している。
事実、エンキャプシュレーションしたものへの外側からの物理的な衝撃に対する保護力は驚異的だ。画像①はMiami University Library の Encapsulation の HP に掲載されているものだ。これは「くしゃくしゃに潰す実験」(A demonstration of crumpling brittle paper)と称されている。紙の端を1、2回折り曲げるだけで破断してしまうような極端に劣化した本文紙を封印し、これと封印していないものをくしゃくしゃに潰す。その結果はご覧の通り。封印しない本文紙は完全に破断してしまうが、封印したものは、破れこそ生じるが、破断してバラバラになることはない。ちなみに弊社での同様の実験でも同じであり、ほぼ元の形を保った本文紙、封を開けて取り出すことができた。
この物理的な強靭さの付与は、LCのマニュアルでも強調されているが、さらにこのマニュアルで重要な事は、酸性劣化で耐折強度が極端に低下したものへの脱酸処置は、悪い影響こそ無いが、ほとんど無駄という指摘だ。なぜならば脱酸処置は紙力を回復させるものでも付与するものでもなく、アルカリ物質を紙中に入れることで酸の侵食を抑え、劣化していてもなお残っている紙力を、現状以下にはさせない処置だからだ。
また、むき出しの状態での資料は、ガス状の汚染物質が保管環境中にあるとすれば、絶えず、しかも長期にそれらに晒されて吸着する。一方、エンキャプシュレーションされた資料は、ガス遮断性の高いフィルムによって、外部からの汚染ガスをシャットアウトできる。この影響の差は、実験室での劣化試験では比較検証できない。
7. LCの試験では、 やはり「封印したものは劣化が早い」と結論
とはいえ、LCの「事前に脱酸処理することの必要性」、「資料の劣化速度に対する影響」に関する説明は、十全に納得できるものではない。マニュアルは即、現場で導入できることを目的にされたためか、以上のような試験の内容の説明も結果データの提示も充分ではない。保存科学に携わる研究者にすれば不満の残るところだし、エンキャプシュレーション法を現場に導入した図書館やアーカイブズも、よりしっかりとした裏付けを待ち望んだのも当然だろう。
1995年にLCの保存科学者 C. Shahani が “Accelerated Aging of Paper: Can it Really Foretell the Permanence of Paper” を発表した。この論文は、それまで紙を対象に繰り返し行われてきた数々の強制劣化試験の妥当性(それらの試験結果は、紙が通常環境に長期に置かれた場合の寿命を正しく予測できるものなのか)を根本的に問い直し、「紙の未来予測」が可能な新しい試験法を開発することを目的としていた。この研究は、国際共同プロジェクトとして約10年を費やし行われた。経時劣化した本文紙を、この紙の組成どおりに、しかもこの紙を製紙したのと同じ製紙機を使って作り、両者を強制劣化して比較するという、これまでにない徹底したものだった。ここで開発・ 採用された強制劣化試験法は2008年にISO(国際標準機構)規格になった。この研究の一環として Shahani が行ったのが “Aging of Paper Sealed within Polyester Film”である。
Shahani は、紙の酸性劣化とそれによるガスの生成は非常に長期に渡って起こり、これはフィルム封印された内部でも同様で、しかも濃縮されて酸性度が上がった酸がセルロースの加水分解をもたらす触媒になり、紙の強度低下をもたらすとし、フィルム封印は劣化を加速させると結論した。そして、これを防ぐには、やはり事前の脱酸が不可欠とした。この結論は、新しい知見というよりも、当初から言われてきたことの根拠ある裏付けといえるだろうが、この論文で注目すべきは、酸性紙と一緒にアルカリ紙を封印した場合の劣化抑制効果である。
8. アルカリ紙を下敷きで同封すると劣化抑制が顕著に
Shahani は、試験サンプルとして当時の書籍用本文紙として使われていた Splinghill Offset®️を選び、そのまま、脱酸処置したもの、そのままを四方シールしたもの、そのままを二方シールしたもの、そのまま+弱アルカリ性本文紙(Permalife®️)の4種のサンプルを90℃、RH50%で強制劣化し、封印したものは取り出し、最大25日間の耐折強度の変化を調べた。
結果は画像②の通りである。あらかじめ脱酸処置したもの(◇)は劣化抑制効果が高く、なにも処置をしない剥き出しの酸性紙そのまま(○)は18日間程度で劣化したが、酸性紙を封印したもの(□)は5日間程度で急速に劣化した。これらは予想の範囲であるが、注目すべきは、二方だけシールしたもの(△)の劣化は四方シールと同等、そして、アルカリ紙を同封したもの(▽)は 、脱酸処置したものには及ばないが、顕著な劣化抑制効果が認められた。
二方だけフィルムの端をシールする方法(L字エンキャプシュレーションと呼ばれる)は、他の二方の端は開いているのだから、ここから劣化ガスは抜けるのではと思われてきた。しかし Shahani によると、生成するガスは、四方、二方に関係なく、抜けないで全体に行き渡るという。
しかし、それ以上に、ある意味で朗報と言えるのは、アルカリ紙の下敷きを同封する抑制効果である。これは、ガス吸着性がより優れた下敷きの採用、そして水性の脱酸処置が不可能な資料、アルカリを直接付与すると影響が懸念される資料(例えば、設計図面などに使われる青写真 blueprint)へのエンキャプシュレーション法の適用の可能性を開いた。
(続く)
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2018年2月21日(水)フィルム・ エンキャプシュレーションの現在 ⑴ なぜこの技術が必要とされ、広く普及したのか?
1. それは70年代のアメリカ議会図書館から始まった
劣化して紙力が低下した一枚ものの紙資料を、透明なフィルムで挟み、フィルム周辺を閉じて資料を封印する。これがポリエステル・ フィルム・ エンキャプシュレーション法(polyester film encapsulation)と呼ばれるものだ。1970年代後半にアメリカ議会図書館(LC: Library of Congress)により開発され、今なお盛んに用いられている資料保存技術である。
膨大な量の劣化した一枚ものの資料を所蔵するLCは、この技術を開発する以前までは、、ライニング法(lining)やラミネーション法(lamination)、すなわち薄葉紙や絹のガーゼでの、裏打ち(lining)や表打ち(lamination)、あるいはアセテートフィルムを資料の両面に熱で貼り付けるラミネーション法で対応していたが、熟練した職人技や専用設備が必要なことで、適用範囲は限られていた。
特に1930年代から、それまでの薄い絹のガーゼでの表打ち(silk lamination)に代わり、米国内や英国で多用されてきたアセテート・ フィルムによる両面ラミネーションは、1947年には、アメリカ独立宣言のためにトーマス・ ジェファーソンが書いたドラフト文書など極めて貴重なものにも適用されてきたのだが、この抜本的な見直しが急務とされた。セルロース・ アセテート・ フィルム自体の劣化と発生する酢酸の影響への懸念、全体の歪みの発生、熱で貼り付けたフィルムの剥離が難しいことなど、60年代になると、困難な問題が表面化してきたためだ。
当時、LCの修理と保存部門を牽引していた F. Pooleは1974年に”Current Lamination Policies of the Library of Congress.” として、 LCはそれまでの多用してきたアセテート・ フィルムによるラミネーション法を完全に放棄して、これに代わる新しい「紙の強化技術」としてポリエステル・ フィルム・ エンキャプシュレーション法の開発に取り組んでおり、近くその成果を明らかにできる、と告知した。
2. 議会図書館のマニュアルの刊行と啓蒙そして普及
そしてその言葉通り、LCのPreservation Officeは1980年に小冊子“POLYESTER FILM ENCAPSULATION” を出版した。特定の透明なフィルム(Dupont社のポリエステル・ フィルム Myler®︎)で資料を挟み、フィルムの四方を閉じるだけというこの技術は、従来法のような熟練者や専用設備を必要としない簡便さ、強靭なフィルムにより物理的な劣化の激しい資料の紙力を強化できる、もし利用時に不用意な扱いを受けたとしても資料を保護できる、透明なフィルム上から資料の両面にアクセスできる、広い範囲に広がっていない裂けや破れならば補修せずにそのまま封印できる等々の利点が評価された。また、方法のネックとされた周辺の封印を何でやるか、という問題も、品質の確認されたポリエステル・ フィルム製両面粘着テープ(3M社のScotch 415®︎)が推奨された。簡潔な説明と、解りやすいイラスト付きの30頁足らずのマニュアルの公表後は、ポリエステル・ フィルム・ エンキャプシュレーション法が瞬く間に欧米の図書館やアーカイブスに普及していった。
非常に短期間にこの技術が各国の機関で採用された理由は、もうひとつある。可逆的(reversible)な技術であることだ。その背景には、これまで「修復」(restoration)という名の下に、元と寸分違わず復元できたという出来上がりの見栄えを優先させた処置への反省がある。その修復処置なるもの自体が原資料の持つ歴史的な価値を損傷していないのか、将来共に安定を保証できるような科学的なエヴィデンスのもとに、使用材料の選定も含め、行われているのか—。とりわけ、ある時点で適応された技術に後々問題があるとわかった場合に、資料を損傷せずに元の状態に戻せるかどうかという、可能な限りの「可逆性の保持」という条件は、資料保存技術を考える上でのポイントになった。この点で、フィルム・ エンキャプシュレーション法は、四方のフィルムの端をカットすれば元の資料をそのまま取り出せる。可逆性は100%保証されている。
3. 日本での紹介は80年代央、普及は酸性紙問題が後押し
この革新的な保存技術が日本に紹介されたのは1984年である。件のマニュアルの抄訳「ポリエステル・ フィルム封入法」として「ゆずり葉」(1984年9月号)に発表された。ただ、当時の日本では、「ひどい傷みの一枚ものの修理は和紙で裏打ち」が通念だったこと、ポリエステルという「化学」材料を、資料に直接触れるように使うことへの抵抗などが相まって、普及はしなかった。
しかし80年代末からの、いわゆる酸性紙問題への注目が後押しする形で、この新しい保存技術が注目されるようになった。特に酸性劣化した、あるいはしつつある近現代の一枚ものの紙資料、わけても比較的大きなサイズの地図や図面などの歴史資料の安寧な保存策として着目された。私どものような近現代紙資料の修理を事業のひとつとする業者も積極的に啓蒙と実践に努め、徐々に資料保存機関に受け入れてもらえるようになる(ちなみに私ども株式会社資料保存器材は日本で最初にポリエステル・ フィルム・ エンキャプシュレーションを事業化した企業である)。日本の機関でも、東京都立図書館が館内に導入しており、また龍谷大学が貴重な古文書の長期保存法として採用したと報じられている。
4. 良いことづくめに見えるが、一番の問題は劣化ガスも封印されること
こうみるとポリエステル・ フィルム・ エンキャプシュレーション法は「良いことづくめ」の保存技術に思えるかもしれないが、問題はある。紙とは比較にならない質量が付与されるから、元の資料の何倍も重くなる。基本的に平たい状態で保管せねばならずスペースを取る。資料の質感がわからなくなる—。ただ、こうした「問題」は、この技術を採用する限り、不可避的に伴うものなので、如何ともしがたい。
それよりも、ポリエステル・ フィルム・ エンキャプシュレーション法の最大の問題は、酸性資料の劣化に伴い発生するガスも一緒に封印してしまうことだ。ガスの遮断能力が著しく高いポリエステル・ フィルムは、保管環境などの外部から来る汚染ガスから資料を保護する。だが一方で、経時劣化に伴い資料内部から発生する酸性の揮発性ガス(VOCs)は内部に滞留する。それは資料に悪い影響を及ぼさないのか? しかもこの酸性ガスは逃げ場がないのだから、フィルムの間で凝縮され、紙の酸性劣化を加速しないのか?
(続く)
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2017年9月20日(水)本紙の破れを修補するときの道具・材料とセッティング
本紙の破れを修補するとき、デンプン糊を和紙に塗布、もしくは本紙に塗布して和紙を当てて補強する。デンプン糊は接着力が非常に強いので、水で薄めて使用するぐらいがちょうど良いが、薄すぎると和紙が剥がれたり輪染みになったり、濃すぎると紙がこわばる原因になる。
糊を塗布する際は筆や刷毛を使用する。修補の範囲によって、細筆、平筆、小刷毛、糊刷毛を使い分ける。このほか、糊が手や道具、作業台など余計なところに付かないよう注意し、もし付いたときにはさっと拭き取れるよう、濡らした布巾を用意しておく。
修補に使う和紙は、本紙の厚みや色、補強の程度によって選択する。喰い裂きの和紙は毛羽の影が目立つこともあるので、あえて断ち切りの和紙を使用することもある。冊子や新聞などの紙資料は、最初から最後のページまで同じ箇所が破れていることがよくあるので、このように同じ破損を一度にたくさん修補するときには、断ち切りした短冊状の和紙をあらかじめ用意しておく。
最後に、修補した箇所が不均一な乾燥によってシワになったり、つっぱったりしないよう、不織布とろ紙、更に重石をのせてしっかり乾燥させることが、良い仕上がりのためのポイントとなる。
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今日の工房 2017年1月18日(水)修理に欠かせな道具・材料ーリーフキャスティング(漉き嵌め)で使用する竹簾
2016年6月15日(水) 明治新聞雑誌文庫様所蔵の屏風の下張りに使用されていた新聞への保存修復手当て
東京大学大学院法学政治学研究科附属近代日本法政史料センター 明治新聞雑誌文庫様よりお預かりした屏風の下張り新聞。前回までの作業はこちら。下張りから新聞を取り出したところ、新聞同士が重なる箇所はデンプン糊でしっかりと接着されていることが分かった。これらを安全に分離させるため、一度温水に浸漬してデンプン糊を緩ませてから、1枚ずつ慎重に剥がした。
その後、刷毛で溶液をかけ流す方法で洗浄と水性脱酸性化処置を行った。水性処置によって、若干の紙力回復効果は確認されたが、取り扱いが可能なレベルとまではいかないものもあった。そこで一部の資料に対しては、和紙で裏打ち、もしくは両面から挟んで補強を行った。この処置では、全面的に和紙で文字を覆うことになるので、閲覧時の読みにくさを出来るだけ軽減するために、極薄の和紙を採用した(画像2段目左から裏打ち前、裏打ち後)。処置が完了した新聞は保存容器に収納し、明治新聞雑誌文庫様へ無事に返却された。
今回、下張りから解体した新聞(明治37年〜39年発行)は総数40枚ほどで、そのうち、修理を行うきっかけとなった「讃岐日日新聞」については23枚見つかった。この新聞は、国内に数日分・数枚の現存しか確認されていないという、大変貴重かつ稀少な資料であり、今後マイクロフィルム化等による複製物の活用が検討されている。
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白石慈『特集:新聞を読む 明治への窓、その向こう』びぶろす71号、2016、国立国会図書館総務部
2016年3月16日(水) 明治新聞雑誌文庫様所蔵の屏風の下張りから新聞を取り出す。
東京大学大学院法学政治学研究科附属近代日本法政史料センター 明治新聞雑誌文庫様よりお預かりした屏風の下張り。今回、下張りの一部に明治期の貴重な新聞資料が使われていることがわかり、解体して新聞を取り出し修理を行うことになった。資料は下骨から2層目(胴張り)にあり、酸性紙化によって紙力が極限まで低下していて非常に脆い。まずは1枚の新聞紙になるまで、張りついた和紙を少しづつ丁寧に剥がす作業を行っている。
屏風やふすまの下張りは5〜6層の紙の重なりで構成されており、不要になった書類や手紙、新聞紙など再利用されることがよくある。今回も新聞以外の層からは、地方の尋常小学校の試験問題や答案用紙、成績表などが多数見つかった。
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2015年02月13日(金) 読売新聞社様が所蔵する新聞合冊製本の保存容器を観音開きに
読売新聞社様が所蔵する新聞の合冊製本を対象に、株式会社ニチマイ様、日本ファイリング株式会社様、弊社の3社で悉皆調査、脱酸性化処置、保存容器の作製、収納を2008年から行ってきた(「新聞合冊製本の保存事例―読売新聞社様の導入事例―」)。今回、担当者様から、調査業務など資料を出し入れする機会が多く、容器の扉をより開けやすくするよう要望があった。検討の結果、上下開きから観音開きに改良することで、資料の出し入れがいっそう楽にできるようになったと好評価をいただいた。
2014年10月23日(木) 新聞資料に対する洗浄・脱酸性化処置
新聞資料に対する洗浄・脱酸性化処置。基材の紙とイメージ材料へのスポットテストを行い、使用するアルカリ性溶剤に対する耐性が確認できたため水性の処置を行った。資料をクリーニング・ポケットに挟んで養生し、弱アルカリに調整した洗浄液、その後脱酸液に浸漬する。画像4枚目は処置後の洗浄・脱酸液。紙の中の可溶性の酸性物質が洗い出されて白色度としなやかさが回復し、処置後の平均pHは3.6から8.5に上がった。
2010年02月18日(木)
新聞、楽譜、小冊子など、大きさや材質が様々な資料群。修補や脱酸性化処置を行ったあと、弊社製アーカイバル・バインダーに収納する。シェルボックス(夫婦箱)型の本体形状は、外部からの塵芥の侵入を防ぐ。また、資料を入れる不活性ポリプロピレンのリフィルは長期保存に適したものを使用しており、保存性と閲覧のしやすさを兼ね備えている。
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