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【寄稿】 アーカイブ資料の保存と利用のために―英国NROのコンサベーション部門の仕事とそのスタイル・人々―
2010年03月25日内田夕貴(NRO ペーパーコンサバター)
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昨年の末に久しぶりに資料保存器材を訪ねた際、‘現在の職場についてのエッセイを寄せてほしい’とのご要望をいただいた。絵画の修復を学ぶ学生として初めて同社のスタジオを訪ねてから5年以上が経ち、アーカイブコンサバターとして今ようやく何か役に立ちそうなことをお届けできることとなった。
ペーパーコンサベーションを学ぶために幸運にも渡英するチャンスを得、最初の2年間はイギリス北東部の都市ニューカッスルのペーパーコンサバター養成の専門コースで訓練を受けた。‘訓練’という言葉にふさわしく、そこでのカリキュラムは非常に厳しいものだった。しかしその厳しくも正統的なトレーニングは、ペーパーコンサバターとしての確固たる基礎を与えてくれ、トレーニングからキャリアへと私を導いてくれた。
日本から遠く離れたイギリスから何を伝えることができるか—–このエッセイでは私が働く職場での仕事とそのスタイル、人々について私の視点からお伝えしたい。
ノーフォーク・レコードオフィス・アーカイブセンター(NRO)とは
2008年の夏からイギリス東部ノーフォーク州の州都、ノーリッチにあるアーカイブセンター内にあるノーフォーク・レコードオフィス(NRO)のコンサベーション部門でアーカイブコンサバターとして働いている。
アーカイブセンターはノーフォーク州自治体(注1)の文化部の一部として運営されている州内唯一の公共のアーカイブ・サービスであり、ノーフォークの住民でなくても誰でもサービスを利用することができる。センターはNROとノーフォーク・サウンドアーカイブ、イーストアングリアン・フィルムアーカイブの3つの組織から成り、ノーフォーク州関連の歴史的に重要なアーカイブをできるだけ広く多くの人に公開するために収集・保存している。英国の美術館・図書館・アーカイブ評議会はNROのコレクション全体を‘国際的に傑出して重要である’と認定しており、そのサービス全体は英国国立公文書館(ナショナル・アーカイブス)による評価システムにおいても最高値の星4つを獲得している(注2)。
NROはレコード、すなわち文書を中心にしたさまざまな資料を取り扱う専門機関であり、ノーリッチ・パブリックライブラリーから分岐した。ノーリッチ市は中世より資料管理の習慣があり、18世紀以降とりわけ資料管理を率先して行ってきた。その流れを汲んだNROのコレクションはノーフォーク関連の歴史的に重要でかつ原則的に印刷物以外の資料を受け入れるコレクションポリシーに従って1930年代初めから本格的に収集され始めた。コレクション数は約1,250万点にのぼり、11世紀から21世紀の資料を保有している。コレクションの多くは羊皮紙資料で、それらは中世に特に栄えたノーフォークの富と当時の人口の多さを反映した内容となっている。
1962年にはノーリッチ・セントラルライブラリーが建てられ、同建物内に組み込まれたレコードオフィスはその仕事とサービスが広く認知されるようになる。その後NROは1994年にセントラルライブラリーの火事という惨事を経験し(注3)、3つの組織を揃えた現在の状態でアーカイブセンターとして公式にオープンしたのは2003年の11月である。主なサービスは資料の収集、保存、広範囲の人々に向けた資料の公開、資料のプリザベーションと利用の促進である。現在約40人のスタッフで運営されており、専門分野の内訳はアーキビスト、閲覧室スタッフ、収蔵庫スタッフ、案内係、受付、コンサベーション、教育活動、事務・管理から成る。
利用者は大人から子供まで
私が働いているコンサベーション部門のことをお話する前に、まずNROがどのように人々に利用されているかについてお話したい。
人々が閲覧室で資料を利用する目的は様々だが、学生や研究者によるさまざまなリサーチや古地図の参照に加えて、一般の多くの人は先祖の歴史‘ファミリーヒストリー’を追究するのが目的である。利用者の約70~80%はこの目的のためにNROの資料を閲覧しているようだ。自分の先祖は誰か、先祖は何をしていたのか、どの階級に属していたのか、自分はどれだけフランス系かドイツ系かインド系か—–。英国の、特に地方におけるアーカイブの一般的な利用目的の大きな部分はこうした‘自分は誰なのか’ということを解明したいという好奇心や習慣に基づいている。ファミリーヒストリーの解明がポピュラーであるからだろうか、テレビでもタレントや有名人の祖先をアーカイブを通して明らかにする番組や、財産を残し、身寄り無く亡くなった人のために国立公文書館の職員がまるで探偵のようにその人の親戚を探し出すといった内容の人気番組があり、それらは人々のファミリーヒストリーに対する好奇心とアーカイブの利用を更に促している。ファミリーヒストリーを解明する方法を説明する講座はNROでも開かれており、人気を得ている。他にもギャラリーで行われている展示関連の特別講座や地元の歴史に関するランチタイムトーク、古字体学習得コース、資料の扱い方(ドキュメントハンドリング)講習など、アーカイブの多様な側面を楽しんでもらうための企画がセンター内で頻繁に催されている。
以上に書いたことは一般、大人向けのサービスであるが、NROの利用者は大人だけではない。小学生や中学生を含む若い世代へのサービスも用意されている。大人への教育的イベントに加え、子供たちと多く接するのは教育活動部門の仕事である。
まず教育活動部門の目指しているところは‘さまざまな方法を通じてどんな年齢の人もNROのドキュメントを利用できるようにすること’であり、そのために様々な年齢層に即したイベントやワークショップを企画しており、2008年度にアーカイブセンター内外(各学校など外部施設で行われたものも含む)においてNRO教育部門によって催されたイベントは157にものぼる。子供を対象にした最近の企画では、1世紀前の資料を見てその頃のノーフォークの暮らしを想像する企画、ステンドグラス製造会社からNROに預けられた実際のデザイン画を元にしたステンドグラス制作のワークショップ、実物の中世の羊皮紙資料のシール(注4)に想を得てそのレプリカを制作するワークショップ、洋製本にたびたび見られるマーブルペーパーを作るイベント、ビクトリア時代に流行したスクラップブックを真似して作ってみる講座—等々。
アーカイブとは単に文字情報を得る対象ではないということ、子供の視点からみたらこのようなアーカイブの装飾的側面も彼らのアイデアを刺激する対象であることを思い知らされる。このような子供たちのための楽しいイベントは公文書館の利用の仕方として正当ではないと思うだろうか。しかし思い出さなくてはならないのは彼らもまた施設と資料を利用する権利があるということである。私たちスタッフは彼らが一人で閲覧室を訪ねて資料を請求できるほど大きくなるまで、アーカイブのもつ多様性を紹介し続けるのである。利用者層を決して限定しないこうしたNROのやり方に感銘を受ける。私は彼らがイベントを楽しむ様子を横目で見て、この国のアーカイブの将来はさらに素晴らしいものになるであろうと確信する。
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アーカイブのコンサバターの仕事
そしてようやくコンサベーションのお話であるが、私たちは小さなチームながら快適な大きなスタジオで作業をしている。1994年の火事の後に新しく建てられたアーカイブセンターはすべてが‘purpose built’と言って特定の目的のために設計されたため、細部にわたって非常に利用しやすい。特に物理的な作業の多いコンサベーションでは、このpurpose builtの利点を日々実感する。スタジオ全体に均一に最大限の自然光を取り入れるために考案された北向きの大きな窓と3つの天窓、資料のサイズに合わせて柔軟なスペースを作り出すための可動式の作業台や装置、またそれらのサイズ、棚やシンクの位置からコンセントの位置まですべてコンサバターによってデザインされた。
コンサベーションスタジオ内は収蔵庫と同じ湿度を保つために相対湿度50%、温度20度で随時コントロールされている。これはコレクション内に羊皮紙資料を多く含むことから、湿度変化の影響を受けやすい羊皮紙の取り扱いを考慮してこのような空調管理となっており、この環境設定は閲覧室も同様である。収蔵庫はアーカイブセンター内に3つあり、湿度50%、温度16度で常時調整されたBS5454(注5)に従った仕様となっており、これはギャラリースペースも同じである。環境管理とモニタリングはコンサバターの仕事であると同時に、隣接するカウンティーカウンシルの空調整備士の協力を経て実現されている。
収蔵庫はアーカイブセンター内の端に設けられているのだが、これはコレクション数の拡張や資料のリハウジング、巻物や折りたたまれた資料を平らに保存するときに生ずる収蔵空間の拡大を考慮して、必要ならば現在の収蔵庫の隣に新たな収蔵庫を増設できるように考慮してのことである。
施設についてもう少し説明すると、トラックが出入りする搬入出口エリアとコンサベーションスタジオの近くに‘ドキュメント・レセプションルーム’という部屋が設けられており、NROに搬入された資料はまずそこで受け入れられる。この部屋は外部から新しく持ち込まれた資料を館内の他の施設から隔離状態にし、その資料の状態――湿っていないか、カビや虫害、埃で著しく覆われていないか――等々を一旦確認するためにある。資料がカビや虫害の被害に遭っている場合はそこで処置が取られ、埃で著しく覆われている資料はさらに隣の部屋‘ドキュメント・クリーニングルーム’へ運ばれて資料の乾式クリーニングが行われる。
この秩序立ったシステムのおかげで、資料をコンサベーションスタジオや収蔵庫に直接持ち込む必要がないため、レセプションルームやクリーニングルーム以外のエリアへのカビや埃による汚染を防ぐことができる。毎年500近くの資料が新たに持ち込まれ、NROのコレクションに新たに加わるために、このドキュメント・レセプションルームの役割は大変重要である。美術作品以上にさまざまなコンディションが予想されるアーカイブ資料を扱うために特に必要なシステムであると言える。
コンサベーションに従事するコンサバターは4人でそのうち、ヘッド・オブ・コンサベーションと私の二人がフルタイム、あとの二人はパートタイムで一つのフルタイムのポジションを共有し、もう一人、主にパッケージやマウント製作などのプリザベーションを担当するコンサベーション・テクニシャンがおり、みな正規の職員である。それぞれの専門は本が二人、羊皮紙が一人で私は紙資料、主に大型地図の処置をしている。しかしこの各自の専門と実際のコンサベーション作業は絶対的なものではなく、それぞれ必要に応じて異なる種類のアイテムの処置もしている。私も昨年初めからは同僚の指導を仰いで本格的に羊皮紙の保存処置に取り掛かるようになった。さらに現在は半日、主にプリザベーション作業をする4人のボランティアも得ている。
コンサバターの主な仕事としては以下の内容を挙げることができる(注6)。
- NROのコレクションを物理的に利用可能な状態にすること。そのために必要な介入的コンサベーション処置を施す。
- 資料のプリザベーション。収納箱内にパッケージやフェーズボックスを導入して資料の収納状況を改善する(注7)。
- 資料ハンドリングを含むプリザベーションの普及とそのための教育。これに関しては資料を保持している一般の人々に対しても、要求があれば、資料のプリザベーションに関する助言と、必要ならばコンサベーション処置に関する査定を行う(注8)。
- 収蔵庫、展示ケース内、コンサベーションスタジオを中心とした館内の温湿度管理
- 年3回の展覧会のための準備
- コンサバターが行っている仕事に対する認識を促進するために訪れた人々に向けて説明をする。また様々なNROのプロモーション活動に参加してトークを提供する。
- ICONやSOA(注9)などの専門機関と関わりを持ち、会議やセミナー、ワークショップに参加することで使用する材料や処置の方法に対する認識を高める。
資料がコンサベーション処置に至るまで
このうち、最初に挙げた項目、コンサベーション処置についてどのようなシステムに基づいて保存処置を必要としている資料が同定されているかを最初に説明したい。
まず資料のうち、そのまま利用されるには状態が悪すぎるものには「利用に不向き」(unfit for productionの頭文字を取ってUFP資料と呼ばれる)という表示が与えられる。これは‘fragile’すなわち「壊れやすい」という表示では曖昧であるために、より正確な意図を伝えるUFP=「利用に不向き」という表現が採用されている。閲覧したい資料がUFPであるかどうかはNROのホームページにある資料検索エンジンで一般の人も知ることができるが、もし利用者からUFP資料の閲覧を請求されたらコンサベーション処置を受ける手続きが取られ、コンサベーションが完了した後に請求者に知らされて閲覧可能となる。
しかしUFP資料の中にも状態の程度に差があるために「UFP資料の請求→コンサベーション処置→閲覧可能」という通常の流れを経ない例外もあり、UFP資料でも急遽その閲覧要請に応え得る場合がある。これはコンサベーション処置のプロセスを経ず、コンサバターの監督のもとで閲覧できる可能性のある資料や、一時的にその資料をポリエステルスリーブ(透明なポリエステルフィルム製の封筒)に入れることで閲覧希望者が物理的に触らずとも閲覧が可能になり得る資料のことを示す。これらの判断をするのはコンサバターであり、訪問者からUFP資料の閲覧要請を受けたときにその判断の要請をアーキビストから受ける。資料を利用者に提供するときは、その資料がUFPという表示を受けていなくとも、その日に閲覧室を担当するアーキビストによって必ず利用前に資料は一度点検される。そして資料が明らかにUFPと判断された場合は新たなUFP資料として上記のプロセスを経る。
ところでUFP資料が必ずしも緊急に介入的なコンサベーション処置を必要とするとは限らない。先にも述べたようにUFP資料の中にも状態の程度に差があることと、UFP資料が利用頻度の高い資料であるとは限らないからだ。またオリジナルの資料がUFP指定を受けていても、利用頻度の高い資料、特に教区(注10)関連の資料の多くはマイクロフィルム化されているためにオリジナルを提示しなくてもよい状況になっている。
以上の理由から保存修復処置の優先順位を決める指針を別に設けている。その等級はAとBの2種類であり、査定を行うのは主にアーキビストの仕事である。優先順位Aが指定される基準は主に2つで、急な利用を要するものであるか、利用の要請は受けていないが、処置をしないと利用時に著しい損失・故障につながる危険性の高い劣悪な状態の資料がAの対象であり、NROでの展覧会に展示される予定、もしくは他機関への貸し出しのために処置を要するものも当てはまる。対して優先順位BはUFP指定を受けているか否かに関わらず、利用のためには理想的な状態でないために、いずれ処置を施して利用に最適な状態にする必要のある資料に当てられる。この優先順位A・Bの査定と、その資料の簡単な状態、希望内容(リパッケージを行ってください、フラットにしてくださいなど、またはその資料を要する期日等)を記入したカードがコンサバターに渡り、コンサバターはAから順に必要に応じてプリザベーションやコンサベーション処置を行う。
実際のコンサベーション処置について、利用とモノとしての将来の物理的・化学的安定性を考えた処置、現物の真正性を保った必要最低限の介入――この2つをベースに、あとはどのような処置と材料を利用するかは最終的には処置を担当するコンサバター本人に委ねられる。これまで訪問、経験した英国の多くの機関でも同様だった。というわけで処置と材料の選択肢は複数・多様になり得る。これは日本の多くの機関では‘困ったこと’であるかもしれないが、ここでは必要なディスカッションを生むチャンスでもある。採用する処置がヘッド・オブ・コンサバターや他のコンサバターにとって新しい方法であったり、彼らと異なる処置である場合、説明する責任がある。なぜその処置を選択するのか?利点はなにか?リスクは?こういうコミュニケーションをきちんとこなすことでお互いのコンサベーションに対する考え方とそれぞれが経てきたバックグラウンドを理解することができる。たとえ何かに賛成できなくても少なくとも相手を知ることができるし、ディスカッションをすることでより良い選択肢が生まれる可能性もある。さらにこの説明責任によって考えずに漫然と処置をすることを避けることができることも事実である。
こうした姿勢は学生でも同じである。学生の頃はこうした習慣、他人に処置の意図を説明することと、そのための十分な知識と経験を積むことに対してちょっと涙が出るほど訓練を受けた。規定どおりにしっかり手が動くことは大前提であるけれど、要はいかに考え、伝えられる人であるかが重要であるだろう。そもそもみな異なる経験を経てきて今に至るのだ。‘あなたはどう思うか―?’最善の方法を見つけたいというという気持ちをもって、よく考えることと話し合うことが、結局は資料自体の、またスタジオのあり方そのものの改善に繋がるとわたしは信じている。そして以上のことはコンサベーションに携わるコアメンバー、つまりコンサバターとテクニシャンがみないつでも改善する準備のできた正規の職員であるがゆえになせることでもある。外部の契約のコンサバターによってコレクション全体が守られていたら、上述したこと、これからお話しする多くのことは成し得ないだろう。
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プリザベーション教育----職員にも利用者にも関連機関にも
コンサバターの仕事のうち3番目に挙げた‘資料ハンドリングを含むプリザベーションの普及とそのための教育’について述べたい。ボランティアを含めたすべてのNROの職員はパッシブコンサベーション・ガイドラインという指針をもとに資料を取り扱う際に注意する点の説明をコンサバターから受け、資料の種類別、すなわち本、重いアイテム、トレーシングペーパー、地図、羊皮紙資料、写真、シール、のハンドリングと収納・マーキング、コピー、UFP資料の同定の仕方、それに対してどのような仕事をなすべきかについての認識の促進と訓練をうける。
内部職員に対する‘資料の扱い方の教育’は極めて重要である。例えばマーキングについて述べると、資料番号が資料中のどこに記されるべきかを統一し、それを認識していることで、必要な資料を同定し確認するための物理的なプロセスはスムーズになる。またコンサバターやテクニシャンが行うプリザベーション処置に関わることだが、巻かれた大型の地図で収納箱に入っていないものは、タイベック(TyveckR)という、通気性はあるが、埃と水分の浸入を防ぐ素材で保護し、巻物の長さに応じて3箇所が非漂白の紐で纏められている。そのうち収蔵庫の通路側に面する方の端に、紐と一緒に厚手のタイベックでできたラベルを取り付けてそこに鉛筆で資料番号を示すことで、必要な巻物をすぐに見つけることができる。さらにそのタイベックは引き裂くことのできない丈夫な素材なので、繰り返される資料の出し入れによってラベルが破れ落ちて紛失するリスクも減らすことができる。
こうしたシステムは物理的な大きさから取り扱いに注意を要する巻かれた大型の地図を速やかに見つけ、取り出すために特に意味のあることである。また大型の地図に限らず、どんな資料でも必要なものを収蔵庫にアクセスする職員の誰もがすぐに見つけられる状態にすることで、資料のハンドリングを最低限に抑えることができる。このことは言うまでもないが資料が受けるダメージのリスクを減らすことにつながる。細かいことだが各々のスタッフの正しい認識と日々の実践が資料やそれを収納する箱を健全な状態に保ち、余計なコンサベーション処置を増加させないための鍵となるうえに、コンサベーションの段階で資料を必要以上に頑丈に仕上げる必要もなくなる。
資料の扱い方を含めたプリザベーション教育は一般の利用者・訪問者に対してもなされる。それはすでにお話したNROのイベントの1つとして一般利用者向けに行われる場合と、内部に専門のコンサベーション部門を持たないが、アーカイブ資料をコレクションの一部として所有する機関や小さな美術館、コミュニティーで働き、実際的なプリザベーションのアイデアを習得することを希望している人々に対応するケースとがある。後者の場合の多くは少ない予算ゆえにコンサバターを雇うことができない、コンサベーション処置が必要に違いないアイテムはたくさんあるけれどお金は無い、けれどなんとかして所有するアーカイブを利用・公開できる状態にしたい、プリザベーションに関する正しい知識が知りたい、実際に役に立つアイデアを得たい、という情熱的な人々である。
基本的なコンサベーション処置のいくつかは大してお金の掛からない作業であることは事実であるが、専門的なテクニックや経験を要するので、乾式クリーニング以外の介入的処置については決して安易に勧めない。しかしプリザベーションに関して、まず正しい知識と方向性を知ることはできる。これらを知識として得たらおのずとするべきことの優先順位が明確になるものである。するべきことと改善のために購入すべきものが具体的に分かっていれば何かの折に説得力のある助成金の申請もでき、さらに運よく予算を得られたらその限られた予算を正しく使うことができるだろう。改善のために準備することはお金がなくてもできる。そしてその手伝いはわたしたちの仕事でもある。
保存状態の良いアクセス可能な資料は専門家が配置された予算のある機関のコレクション、それも氷山の一角で、その外にある資料は全うにケアされ得ず、利用もできないのではあまりにも悲しい。外から見ると、ブリティッシュライブラリー(英国図書館)の姿勢と国の莫大な支援は、英国のライブラリーやアーカイブ資料のおかれた豊かな環境とあり方全体を代表しているように見えるかもしれない。しかしアーカイブを通して文化を見たときに、その国が文化的に本当に豊かなのかどうかは、周縁にある地域や小規模のアーカイブの状態とそれを守っている人々の意識の中にこそ見えるものであると思う。
アーカイブセンターのツアー ----「来てくれてありがとう」
さてプリザベーションの普及に関してアーカイブセンターの‘ツアー’が担う役割は大きい。ツアーとはアーカイブセンターの舞台裏を利用者・訪問者に見せる機会で大抵、参加者はギャラリー、閲覧室、収蔵庫、コンサベーションスタジオなどへ案内される。ツアーに参加する人々の年齢層もタイプも関心も様々で地域の様々なグループや他の機関で働く人、同じ文化部へ新しく加わった職員、学生、研究者、教会関係者、ボランティア団体のWI(注11)—-。どこに所属せずとも、アーカイブセンターを知りたい個人は誰でも参加できる。ツアーは多いときで一週間に5~6回行われるときもあり、同行して各所を案内するのは主に教育部門の役割であり、教育部門のスタッフはアーカイブセンターの成り立ちやコンサベーション部門の機能と仕事の大枠を一般の人々に説明することが求められる。このため、コンサバターはツアーのグループが訪れる毎に必ずしも作業をストップして説明に徹する必要はない。一週間に多数のツアーを受けるときには作業に支障がでないために有効である。ただこれもケースバイケースで、専門的な質問にコンサバターが答えたり、コンサベーションに特に関心のあるグループを受け入れるときはコンサバターがツアーを率いて案内する場合もある。説明される内容もツアーの種類や人々の関心、予定されている時間、そのときコンサベーションスタジオで処置されているアイテムによっても臨機応変に変わる。
時には6-10歳の小学生をツアーに迎えることもあり、彼らもまたコンサベーションスタジオに案内される。先日訪れた小さな子供たちのグループはサクションテーブルと加湿ドームの周りに集まってそれが何をする機械なのか議論し合っていた。こういう日はいつか日本に来るのだろうか?たとえ彼らが‘コンサベーションとは何か’、そのコンセプトを結局は理解することができなくても、彼らのために時間は割かれ、説明がなされる—-。このようなパブリックに対する姿勢と教育にたいするこの国の豊かさには本当に感心させられる。もちろんコンサバターになるのは大変だけれども、そのことについて知りたければ誰でも知ることができる、スタジオの中に入って質問するチャンスがあるというのは大きなことである。ツアーに訪れる人もドキュメントハンドリング講座に参加する人もよく質問をする。知らないことは恥ずかしいことでもなく、知らないことを聞くことは場違いでも失礼でもなんでもない。時折、わたしたち専門家が考えたことも無いようなことを尋ねられることもあるが、わたしたちもまたコンサベーションに関わらない一般の人々が考えていることを知ることができ、ツアーの際の説明も分かりやすく、よりよいものに改善することができる。ここには‘忙しいのにわざわざ見せてあげている’という態度はどこにもない。ツアーが去るときはいつも‘来てくれてありがとう’である。
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オープンであることとプロ意識
このように様々な層の人々にもいつもオープンでいることはNROが常に目指していることである。パブリックも「彼らが何をやっているのかわからない」と思っていて、働いている側も「案内してもわかってもらえないから時間の無駄で見せる機会を与えない」では短期にも長期にもお互いに何もポジティブな経験は生まれない。NROのアーカイブとそれに関わる機能はノーフォーク州民の財産でもあり、長く愛用し、守っていくためにはここでの仕事と機能を利用者に知ってもらう必要がある。そのためにはきちんと収蔵庫にも案内する。どうしてこの環境でないといけないのか?展示ケースの中の資料はどうして低照度で展示しなければならないのか?——わたしたちは意図や役割をきちんと伝えようとする気持ちが強く、様々な面で教育的である。利用者も税金がどのように使われているのか興味があるし、多くの場合において公共サービスの利用の仕方やそこでの楽しみ方をよく知っているように見受けられる。
とりあえず以上で、ここの職場と人々についてわたしがお伝えしたいことはカバーされたように思う。細かいことを挙げればさらに話し続けることができるが、 今回はこの辺で結びとしたい。上記にお伝えしたことから、NROを理想的なアーカイブカルチャー像を印象として受けるかもしれない。けれどここにも他の機 関と似てさまざまな問題は横たわる。資金があれば改善できるであろうこと、また資金の有無にかかわらずどうにかなるはずのこと、絶対的な力をもつからこそ 難しい評価システムとのつき合い方—–ときおり何のために仕事をしているのか思い出しては意識的に自分たちを正しい方向へ導かなければならない現実 にも接する。それでもなお、私はここでのすべてのパブリックに対する徹底してオープンな姿勢とそのプロフェッショナルな態度を心から評価する。そして私の 専門分野を通じてこの組織がよりよいものになるよう貢献できることを光栄に思うのである。
注1
Norfolk County Council (日本の県庁のような位置づけ)。イギリスは48の州(カウンティー)で構成されている。この48のカウンティーには各1つ以上の公共のレコードオフィスがあるが、その規模や施設の質はそれぞれであり、中には内部にコンサベーションスタジオを持たない、もしくは閉鎖したところもある。英国全体ではイギリスの機関に加えて、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドにもそれぞれアーカイブサービスを提供する公共機関が複数設けられている。
注2
全般的な運営管理(資金調達を含む)、施設とセキュリティー、環境管理とプリザベーション、コンサベーション、資料の新たな獲得・コレクションの拡張、目録化、閲覧室や建物内その他の公共サービス、デジタル化とその他のオンラインサービス、対外活動や観衆の発展を促す仕事、教育活動が評価対象項目である。(The National Archives’ self-assessment programme http://www.nationalarchives.gov.uk/archives/self-assessment.htm)
注3
1994年の火事:幸いコレクションは一部も火事によって失われなかったものの、噴射された水の多くは当時ノーリッチ中央図書館の地下に位置されていたレコードオフィスの収蔵庫に流れ落ち、コレクションの10%は致命的な水の被害を受ける結果となった。火事の後、資料は別の収蔵庫に移され、15ヵ月後にはレコードオフィスとして通常サービスを再び提供できるまでに至った。その後ヘリテージ・ロッタリー財団の経済援助を受けて現在の新しい施設が再建された。
注4
主に羊皮紙資料に付帯する蜜蝋や天然樹脂性の鋳造されたシールのこと。シールには様々な図像や文字が見られる。
注5
BS5454: Recommendations for the Storage and Exhibition of Archival Documents (BSI, 2000)
注6
上記に挙げた仕事の他にもヘッドオブコンサベーション特有のマネージメント業務もあり、また同僚の一人はSociety of Archivists Conservation Training Schemeというアーカイブコンサバター養成のためのコースの講師の一人として一定期間訓練生を受け入れて専門分野(羊皮紙の保存修復)の教授を行っている。このSOAのトレーニング制度は40年以上の歴史をもつ。
注7
資料の収納には既製品の一定の規格(サイズ)の箱を用いている。その箱内にある各資料自体もその状態や必要性に応じてフォルダーやフェーズボックスで保護されている。資料を直接覆うフォルダーは主に既製品を用いるが、規格外のサイズの資料に対してはテクニシャンによってアーカイバルボックスボードからカスタムメイドされる場合もある。またフェーズボックスはすべてテクニシャンによるカスタムメイドである。
注8
NROのコレクション以外に対しては原則コンサベーション・プリザベーション処置を行わない。一般の人々から彼らの所持物に対するコンサベーション処置の要請を受けることもしばしばあるが、その際はアドバイスのみに徹底し、実際の処置は行わない。その代わりにノーフォーク州を中心とした地区の複数の個人コンサバターのリストを情報の1つとして提供している。また同じノーフォーク州の文化部管轄で紙作品や本を所蔵する美術館や機関に対しては、要求があればそれらに対する状態調査やコンサベーション処置を行うが、それらの仕事に対しては時間単位で料金を課す。
注9
Society of Archivists (https://www.archives.org.uk/)
注10
教区(Parish)とは各地元の教会による歴史的な行政区であり、地域的な単位である。このコミュニティーレベルの行政単位は多くのイングランドとウェールズに見られる。
注11
The Woman’s Institute 英国で最大の女性のボランティア団体。英国各地に支部がある。 (https://www.thewi.org.uk/)