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【寄稿】 ネパール貝葉写本の保存修復とデジタル化事業

2009年05月8日アジア文化財保存修復会 Paper Conservators Asia Unlimited ( PCAU )

アジア文化財保存修復会 / Paper Conservators Asia Unlimited ( PCAU ) は国際交流基金助成を受け、2005年から2007年までの3年計画でネパールの首都カトマンズにあるアサ古文書館が所蔵する劣化の激しい約1,200点 の泥封印付巻物型貝葉写本 / Rolled? Palm Leaf Manuscript ( 以下RPLM ) の保存修復・デジタル化事業を実施した。

紙が一般に普及する以前、特に南アジア、東南アジア地域では椰子の葉が経典をはじめ儀式・医学・天文学・魔術・占星術・タントラ等の写本や彩飾写本の書写材料として広く用いられた。これらの写本は貝葉写本( Palm Leaf Manuscript )とよばれ、数百年経った現在でも各国の博物館、図書館、古文書館等に現存し保管されている。ほとんどの貝葉写本の場合、使われる椰子の葉は一定のサイズに切り揃えられているが、ネパールのRPLMに見られるように、中には1メートル以上もある自然の長さのまま使われた例は他のアジア諸国には見られない。現地の言葉でタムスクと呼ばれるRPLMは、非常にめずらしい独自の巻物形態を持つ泥封印付貝葉写本で、内容は13世紀から17世紀にかけてのカトマンズ盆地内の主に土地所有に関する社会文献である。

以前は寺院や個人等の所有であったアサ古文書館所蔵のRPLMは、時を経て不適切な保管環境の中で劣化し、支持体の椰子の葉がロール状のまま硬化し脆くなり、容易に開けず、内側の文字を読むことができない状態であった。様々な劣化原因を取り除き写本の状態を安定させ、取り扱いを可能にする修復作業が必要とされると共に、修復後の保存をどのようにするかという事が重要な課題であったため、事前に古文書館側と充分に話し合いを行った。古文書館の現在の条件下では泥封印付きの長さのまちまちな1,200点の写本を延ばした状態で安全に保管することが困難で、かつ保管スペースが不十分なことから、さらにオリジナルの巻状形態の特異性を重視する観点からも写本原本は原型の巻物形態のまま保存し、開いた写本の全体像、文書内容、泥封印の印紋様と形態はいつでもコンピュータ画像で見られるようにデジタル保存する方針で合意に達した。幸いにして(有)資料保存器材の協力により1箱にRPLMが80個収納できる特別製の仕切り付き保存箱15箱の寄贈を受けてRPLMの安全な収納が可能となった。蓋内に調湿ボードが組み込まれた2重構造のアーカイバル保存箱に収納できたことで、年間通じて温湿度変化が激しく、公害による影響も著しいカトマンズの理想的とは言い難い環境下でもすぐれた効果が期待できるmicroclimate環境が設定できた。

RPLMは密閉容器内でSympatexTMを使用して時間をかけて加湿し、無理なく開ける状態になった時点で巻きを解き、クリーニング、劣化の原因となっている旧修理材料の除去、カビ処置、破損部分の補修、折れの補強等の修復作業を行った。速やかなデジタル写真撮影の後に、元の巻きの直径サイズに合わせて写本を巻き戻し、自然乾燥させてから保存箱に収納した。RPLMの破片74点はクリーニングと最小限の修復の後、両面が見えるように透明なポリエステルシート(MelinexTM)2枚の間に挟み、破片の周囲をナイロン糸で綴じて固定し、アーカイバルボード製の保存ケースにまとめて収納した。

事業の最終年度に、保存箱15箱をさらに保護するため木製の収納キャビネットを現地で製作した。使用した木材はHaldu (Adina cordifolia)と呼ばれる害虫に強いもので、接着剤は全く使用せず、板ははめ込み式にし、木製の釘を使用してブラス金具は取っ手とヒンジの部分のみに用いた。

(修復過程の詳細はhttp://asianart.com/articles/tamsuks に既に掲載済みのため、ここでは概要にとどめた。)

ネパールでは万年の水不足により水力発電量が不足しており、乾季には計画停電が週56時間にも上ることから空調機器の設置による安定した保管環境の維持はむずかしい。アサ古文書館の重要文献であるRPLMコレクションには、地域の実情を考慮しつつ現状で出来うる限り安全な保管環境を提供できた。当会としてはこの事業の成果がカトマンズの他の保存機関においても何らかの指針となることを願っている。

 

アジア文化財保存修復会 略歴

アジア文化財保存修復会 / Paper Conservators Asia Unlimited ( PCAU )は2003年にアジアの文化財に対する現地での保存修復活動と修復家の指導・育成、保存修復材料の調査・研究・開発を行うことを目的として趣旨を同じくした3名の保存修復家(高木直子、中堂與理子、前多令子)によって結成された。以来、内外の文化財保存に関係の深い研究者、専門家、企業から多くの協力を得て、アジアの多彩な文化財の保存修復援助を行う民間ボランティア団体として国際活動を行っている。

E-mail: paperconservators[at]yahoo.co.uk (英語・ローマ字対応)

今後日本語でも対応できるよう検討中です。

 

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