スタッフのチカラ

ステーショナリー・バインディングに対する保存修復処置

2010年06月3日伊藤美樹

ステーショナリー・バインディング (stationary binding)とは

ステーショナリー・バインディングは、台帳や原簿、あるいは会計帳簿等といった「書き込むための本」に用いられる製本様式を言い、普通の書籍に代表される「読むための本」のレタープレス・バインディング(letterpress binding)の様式とは大きく異なる構造がある[注1][注2][注3]。また、本体の小口には一般的にマーブル模様が施されており、本の改ざん等の不正行為を防止する実用的な意味を持つ[注4]。長期保存が義務付けられている記録文書等に対する保存性や頻繁な利用に耐える堅牢性を備えた上で、本に書き込む際には本はノドまでフラットに開くことが求められる[注1]。

1799年頃イギリスのジョン・ウィリアムスとジョセフ・ウィリアムスによりスプリング・バック(spring back)が発案された。これは、フラットに見開きやすく、閉じるときにも本のかたちを崩さず閉じられ、しかも煩瑣な開閉にも耐える丈夫さを兼ね備えている、バネ(spring)のような構造になる。以来、ステーショナリー・バインディングの背の構造に取り入れられ、欠かすことのできない役割を果たしている[注2][注5]。日本では大正に入り、一般庶民の間でも西洋化が広まり始めた頃、帳簿も単式簿記から複式簿記へ移行し、和式帳簿(和紙を綴じた大福帳)に替わって洋式帳簿の需要が増え、大正2年に現在のコクヨ株式会社が販売を始めた[注4]。

普通の書籍の製本では、綴じ糸がある背の厚みと前小口と厚みの不揃いを揃えるために、背を丸く形作る。この作業をラウンディング(rounding)といい、厚みの誤差分だけが、背両側にヒサシのように飛び出す。この部分を日本の製本用ではミミと称しており、そのかたちを固定させる工程をバッキング(背出し)という。しかし、ステーショナリー・バインディングでは、ラウンディングは行うが、バッキングは行わない。その代わりに紙を何枚も貼り合わせた厚くて硬いCの字の背表紙芯材と、それに接合させてバネ機能を持たせるスティフ・カード(またはスティフナーズ)、そしてレバーズ(levers)と呼ばれる綴じの支持体と厚紙を綴じ込みの見返し紙で巻き込んで貼り合わせたものにより、本の開閉にバネが効く一方で、本はノドの奥まで平らに開く構造となる[注2][注3][注5][注6][注7]。

小口にマーブルが施された会計帳簿[注9] 本を平らに開く際のスプリング・バックの背を地側から見た画[注10]
Cの字のスプリング・バックと
本体のスティフ・カード[注11]
背の保護の為にウネ(ハブズ)を設けた
ステーショナリー・バインディングもある [注7][注12]
ラウンディング前の本体 ラウンディング後の本体 ハンマーで両肩を叩いてミミを出すバッキング

出典

[注1] Stationery binding / Etherington & Roberts. Dictionary

[注2] Spring-back / Etherington & Roberts. Dictionary

[注3] Peter Verheyen and Donia Conn, (2003) Springback (Account) Book Binding, New Bookbinder, Vol 23

[注4]  コクヨ株式会社

[注5] Peter Verheyen (2004), Springback (Account) Book Binding: The English Tradition, Draft of article in the Guild of Book Workers Journal

[注6] Levers / Etherington & Roberts. Dictionary

[注7] Blankbook binding / Etherington & Roberts. Dictionary

[注8] 市販されている会計帳簿の例 Kellyofficesupplie

[注9]  Springback Books A brief history / The evilrooster bookweb

[注10]  図解 Stiff card / Etherington & Roberts. Dictionary

[注11]  図解 Hubs / Etherington & Roberts. Dictionary

東京藝術大学大学美術館の所蔵品台帳への保存修復手当て

東京藝術大学大学美術館様所蔵の近代の所蔵品台帳3点。製本形式は典型的なステーショナリー・バインディング。サイズは縦370mm×横275mm×厚み50mm、重さ約2.5~4㎏。オリジナルの綴じの支持体にはパーチメント(羊皮紙)、背固めには綿のクロスや革が使用されている。オリジナルの表紙のコーナーと背表紙には革が用いられていた。過去に背が粘着テープで修理されている。3点ともオリジナルの背表紙は本体から完全に外れ、うち背表紙が現存しているのは1点のみ。表紙のコーナーの革はいずれもほぼ欠損しており、芯材の黄ボードがむき出しになっている。本体の括構造は背の損傷のためノド部分で切れて、ペラになっている本紙が多い。本体の小口には改ざん防止用のマーブルが施されている。

保存修復手当て方針

表紙から本体を外し、綴じ糸を外して本体を解体する。本紙の破れや損傷箇所を修補した後、切り離れた本紙のノド部分を和紙で1丁ずつ繋ぎ直し、括構造を組み直す。糸で綴じ直し、背ごしらえをする。ステーショナリー・バインディングの特徴的なスプリング・バックという背を復元し、読むためではなく「書くための」の冊子の構造(見開いたときに平らになるような構造)で、表紙と本体を接合する。その際、背とコーナーには新規の表装クロスを用いる。

処置工程

①解体とドライ・クリーニング

過去の修理で貼られた背の粘着テープを除去し、表紙を本体から外した。綴じ糸を切りながら、本体を1括ずつ外した。ステープラーなどの金属物は除去した。その後、表紙と本体の表面の塵や埃を超極細繊維のクロスや天然ゴムスポンジで拭き払った。

 

②スポットテスト

資料の基材の紙や革あるいは使用されているインク等のイメージ材料が、処置で使用する水溶液や有機溶剤に対し耐性があるか確認した。

 

③本紙の修補

本紙の破れや欠損を極薄の和紙(紙舗直製RK-0)とでんぷん糊で修補した。

 

処置前 処置後

 

④括の組み直し

損傷して切り離れた本紙のノド部分を、1丁ずつ和紙(紙舗直製RK-15)とでんぷん糊で繋ぎ直し、後の工程で、糸綴じができるように補強しながら括構造を組み直した。

 

⑤表紙の修補・補強と補彩

オリジナルの表紙を再利用する。小口周辺には損傷があり、特にコーナーは芯材の黄ボードがむき出しになり脆弱になっているため、プレスボードを芯材 に挿入した補強した。その上でパピエ・マッシェ法により、砕いた和紙の繊維とでんぷん糊でモデリングした。小口周辺の損傷箇所は染色した和紙で修補し、必 要な場合には色鉛筆やアクリル絵の具で補彩した。

 

⑥綴じ直しと背ごしらえ

綴じの支持体には白なめし革(イギリス・Hewit and Sons 製)を用い、オリジナルの綴じ穴を再利用して麻糸で綴じ直した。綴じの後、背に和紙( 紙舗直製RK-19 )を貼り付け、背ごしらえを行った。

 

⑦スティフカードのこしらえ

綴じの際に、本紙とともに綴じ込んだ新規の見返しで、無酸の濾紙と綴じの支持体を巻き込んでPVAC(ポリビニールアセテート)で貼り合わせ、ス ティフカードをこしらえた。(これは後の工程で、表紙の芯材に挟んで表紙と接合される)。その後、本体の背とスティフカードを覆うように革を貼り、本の重 量に耐えられる、また本の開閉時にバネの効く背(スプリング・バック)になるようこしらえた。

 

⑧スプリング・バックの接合

新規の背表紙のスプリング・バックには、チューブ状の厚手の紙芯をCの字に切り、脱酸性化処置を施したものを用いた。スプリング・バックの内側にクロスを貼り、そのクロスをPVACでスティフカードに貼って接合した。

 

⑨本体と表紙の接合

予め、表紙の内側の見返しの下の芯材に隙間を設けておき、そこへスティフカードを挿入し、PVACで貼り合わせて本体と表紙を接合した。その後、背表紙の天地部分をハンマーで叩いてモデリングし、ヘッドバンドの形を整えた。

 

⑩表装クロスの接合

スプリング・バックの外側と表紙の背側にPVACを塗布し、新規表装クロスを貼り付けた。表紙コーナー部分にも新規表装クロスを貼って仕上げた。

〈 完成 〉

 

処置担当:髙田かおる、伊藤美樹

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