今日の工房 2019年 8月

週替わりの工房風景をご覧ください。毎日こんな仕事をしています。

2019年8月28日(水)社員研修としてアーカイバルボードの製造工場「特種東海製紙三島工場」に行ってきました。

株式会社TTトレーディング特種東海製紙株式会社のご協力のもと、弊社製保存容器に使用しているアーカイバルボードを製造している特種東海製紙株式会社三島工場とPam(Paper and Material)を見学させていただきました。三島工場ではアーカイバルボードなどの保護紙以外にも、通帳用紙・医用包材・食品包材などの特殊機能紙、ファンシーペーパーや高級印刷紙などの特殊印刷紙が製造されています。

 

はじめに、特種東海製紙株式会社三島工場管理部の方から会社概要をご説明いただき、製紙工場内部を見学するための準備を整えた後、大小様々な抄紙機が稼働する工場内へ。製造・品質管理部の方々のご案内で、パルプ原料の調整工程から大量の水を使う抄紙工程、プレスパートと呼ばれる乾燥工程を経て品質確認、加工、梱包される工程を見学しました。工場内では安全面や効率面などでも色々な工夫がされていました。また、工場内で使われた水はきれいに浄化され河川に戻すという仕組みだそうです。ここで除去された汚泥物は工場内で燃やし、その熱を利用して発生させた蒸気は紙を乾燥させるために使われ、燃やされた汚泥物の灰は、レンガやブロックとして再生され建設資材に使われるそうです。洋紙の製造工程を真近に体感できたとても貴重な機会でした。工場スタッフの方からご教示いただいた中で、特に感銘を受けたのは紙の品質管理についての解説でした。

 

『特殊紙の品質は一般紙に比べよりクリーンである事が求められます。高品質な紙の製造には水質のきれいな水が不可欠です。三島工場では紙を製造する全ての工程で使用する水に、工場内の地下を流れる富士山の伏流水を使用しています。50年以上をかけて地下でろ過された伏流水は、不純物が極めて少ない(キレイ過ぎて飲用としては味気ない程)高純度の状態で取水され、三島工場で製造されている特殊紙の品質を支えています。』

 

特殊機能紙を製造する抄紙機は、クリーン棟と呼ばれる異物や虫の侵入を防ぐための設備を完備した施設で稼働しており、作業員の出入りを最小限に抑えるため製造工程がオートメーション管理されています。”特種”な美しい紙がうまれるためのタネは、きれいな水と徹底した衛生管理に秘密がありました。

 

続いて特種東海製紙Pamを訪問しました。特種東海製紙Pamでは創業以来製造されてきた様々な特殊紙が収蔵・展示されており、こちらは営業部の方々の解説でご案内いただきました。時代のニーズに応じて開発された特殊紙や貴重な紙製品、多彩なファンシーペーパーの美しさに触れながら、紙づくりの高い技術と品質について学ぶことができました。普段、紙だったと気が付かないほど無意識に紙製品に囲まれていることも実感できました。

 

見学に際し、ご協力いただきました特種東海製紙株式会社社員の皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。

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2019年8月22日(木)明治大学平和教育登戸研究所資料館様が所蔵する終戦時に書かれた女学生の日誌の修理とデジタル化を行いました。

明治大学平和教育登戸研究所は戦前に旧日本陸軍によって開設された研究所で、現在は明治大学生田キャンパス内の一画に資料館として、当時の登戸研究所の活動や研究内容を中心に公開しています。

 

今回修理のご依頼を頂いた資料は、群馬県立前橋高等女学校に在学中、登戸研究所で研究開発した風船爆弾の製造に動員された女学生の日誌で、弊社へご依頼頂いた経緯や資料の概要について、資料館のご担当者様より、ご依頼の経緯と資料の概要について、以下のようなコメントをいただきました。

 

[ご依頼の経緯、資料の概要]
原蔵者の方は、昭和19年に2年生だったそうなので、終戦時の年齢は15,6才位でしょうか。当時は学校へ行っても、勉強はほとんどできず、毎日農家の手伝いや軍需工場に動員されていました。この原蔵者の場合、ある日突然、学校自体が風船爆弾の工場となり、女学生が分担してつらい作業をさせられることになったそうです。

 

今回修復していただいた史料はそうした動員作業など当時の学校生活について記した日誌3冊のうちの一冊です(他の2冊は紙質はよくないものの比較的状態がよい)。ノートにその日の作業内容や感想などを書き、学校の先生に渡して報告していたそうです。ところどころ、赤ペンの書込みがありますが、赤ペンは先生が記入したものだと言う事です。

 

補修した史料は8月15日前後の日誌で、この時期風船爆弾製造作業はしていなかったようですが、終戦当時の状況や女学生の心情が記されている貴重なものです。風船爆弾は登戸研究所で研究開発したもので、直径10mの和紙製気球に爆弾を付けてアメリカ大陸を攻撃する兵器です。その和紙の貼り合せなどには、日本全国の女学生などが動員され、学校が製造工場になった所も多かったそうです。

 

約一万発が打ち上げられ、一割位がアメリカ大陸に到達したと推定されています。風まかせで飛ぶので、多くは砂漠や山に落ちて山火事程度の被害しか与えられませんが、山に不時着した風船爆弾にたまたまピクニックに来ていた子供達が触れて6名の犠牲者が出ています(アメリカ本土ではこの戦争による唯一の犠牲)。

 

原蔵者は8月15日に敗戦を知り、くやしい気持ちを激しい調子でこの日誌に綴っています(「悔しさと敵愾心で胸がかきむしられる」「血も涙もないヤンキー」「きっと仇をとる」など)。軍国主義の教育を受けた当時の女学生としては、一般的な心情だったようです。ですが、十数年前風船爆弾に関するテレビの取材を受けた時、自分たちが作った風船爆弾で子供を含む6名の方が亡くなったことを初めて知り、大変なショックを受けたそうです。以後、自分は戦争の被害者というだけはなく加害者でもあると、風船爆弾製造に動員された時のことを積極的に後世に伝えるようとされています。

 

今回修復した日誌はこの「8/15」の記載があるため、あちこちへ持ち出して見せたり、読み聞かせたりしていたようです(取材をうけたテレビ番組でもボロボロの状態なのに丸めて、当該箇所を示す様子が写ってました)。そのため元々3冊の中でも一番紙質が悪かったのにさらに状態を悪化させてしまったのかもしれません。そのため、今回この日誌の修復をお願いした次第です。

 

[資料の状態]
形態はパルプ紙を基材としたA5サイズのノート。ほとんどが鉛筆書きによるものだが、所々に赤ペンによる書き込みが見られる。酸化・酸性化による紙力の低下が著しく、特に全ページにわたって見られる水損による染みの箇所の傷みが顕著で、既に欠失している箇所も多数あり、現状は頁を捲るのも困難な状態である。

 

[処置概要]
今後の利用や展示などへの活用を踏まえ、取扱いに支障がなく、閲覧可能な状態になるよう処置を行い、デジタル撮影(担当は株式会社インフォマージュ)もあわせて行った。具体的には資料の紙力強化をはかるため、一枚の本紙に対して表打ちと裏打ちの両方を行った。その際、文字情報をできるだけ阻害しないよう、極薄の和紙(3.6 g/m2)を用いて行った。また、酸性劣化の進行を抑制するため、Bookkeeper法による非水性脱酸性化処置を行った。

 

デジタル撮影は処置後に行ったが、元々本紙の文字が鉛筆書きで薄く、本紙の茶褐色化により現状でも読みにくい状態ではあったが、処置後はさらに表打ちにより文字が読みにくい状態となったため、デジタル画像上で文字を強調する画像加工も行った。

 

処置後の資料は、原本は資料館様で保存され、加工データからのコピーは原蔵者様にお渡ししたとのことです。

 

原蔵者の方は思い入れのある日誌がボロボロになっていくのを気にしていらっしゃったそうで、処置後の資料を見て、大変きれいな状態になり、コピーも大変読みやすいとご満足いただいたとのご感想いただきました。

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2019年8月7日(水)【文献紹介】「紙と水—コンサーバターのための手引き」(英文)改訂版が出版

紙と水–コンサーバターのための手引き」

Paper and Water – A Guide for Conservators, 2nd and revised edition. by Gerhard Banik and Irene Brückle.  Anton Siegl Fachbuchhandlung GmbH, Munich, 2018, ISBN: 978-3-935643-91-7, 110,00 € , 動画DVD 付属

 

この本は紙を基材としたあらゆる文化財の保存に関わるコンサーバター(保存修復専門家)のための手引きである。初版は2011年に刊行、昨年(2018年)新たに改訂・ 出版された。保存科学者、民間企業の技術者、保存修復に携わるコンサーバター等、欧米の第一人者が結集し、紙製の文化財の保存実務に必須の「紙と水」の知識を、最新の研究成果の裏付けとともに網羅的に述べている。初版刊行以来、世界中のコンサーバターに高い評価を持って迎えられた。2013年にはアメリカ文化財保存修復学会(AIC)の出版文化賞を受賞している。

 

紙と水は不可分の関係を持つ。製紙は水が無ければできない。そして書籍、文書等の紙媒体の記録資料や、紙を素材とした美術作品の保存修復にも水は不可欠である。丸まった紙資料を平らにする、汚れを洗い流す、欠損部を水溶性の接着剤で補修する、酸性の紙の中にアルカリ性の水溶液を行き渡らせ、脱酸性化しアルカリ・ バッファを付与する—。修理の際に水が関連しない工程は無いと言って良く、適切な処置を行うには、紙と水、そして両者の相互作用を理解しなければならない。

 

また、図書や文書等の紙媒体記録資料を保存し末永く利用に供する責任のある図書館員やアーキビスト、紙基材の絵画や写真、立体的な芸術作品を集め保管し、展示等の利用に供する美術館のキュレーターにとっても、紙と水の知識は不可欠である。例えば保管時の適切な湿度やその変動と、それがもたらす劣化は、紙と水との相互作用に起因するといって過言ではないから。

 

なお初版(2011年)との大幅な変更はないが、新たに「9章.   紙の特性評価」が加わった。

 

章立ては以下の通り。

 

1. 関連する化学
2. 水の物性
3. 水の電離–酸と塩基
4. 湿紙と乾紙の構造と物性
5. パルプ化工程の紙と水の相互作用への影響
6. 紙と水の相互作用への滲みどめの影響
7. 製紙時の乾燥
8. 紙の老化と水の影響
9. 紙の特性評価
10. 紙への水の導入
11. 紙からの変色物の除去
12. コンサベーション時の洗浄
13. 水性脱酸性化処置
14. コンサベーション時の乾燥
15. 一連の作業の中の水性処置

 

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