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ライオン株式会社様所蔵 ポスター資料の保存修復処置事例2025年11月26日蜂谷伊代
はじめに
ライオン株式会社は1891年(明治24年)10月30日に小林富次郎商店として創業し、2026年に創業135周年を迎えます。ハミガキ、石鹸・洗剤などのトイレタリー用品をはじめとして、時代を象徴する商品や広告を数多く生み出してきた同社は、1935年(昭和10年)に初の社史を発行して以降、製品関連資料の収集と保存を継続して行っています。現在、登録されている史資料は3万点を超え、商品、パッケージ、写真、ポスター、図書など多岐にわたります。 今回修理の対象となったポスターは、制作年は特定されていないものの、おそらく、このポスターの作者である藤橋正枝氏が、パッケージデザイナーとして同社に在籍した昭和初期頃のものではないかと考えられています。今後の研究資料としての活用を見据え、この度、保存修復処置を実施することになりました。
資料概要
損傷状態
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- 台紙の酸性ボードごと本紙が破断しており、中央縦方向の亀裂により完全に二分されている。分離した破片が残っているものの、本紙自体が欠失している箇所も多い。
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- ボードには塵埃の付着、酸化・酸性化による褐変、脆化による欠片の脱落がみられる。
- 全体的な湾曲や歪みによりボードが折損し、同じ位置で本紙も破断しかけている
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- 表面のワニス層※1は経年により黄変し、全体の色調を暗くしていたほか、ひび割れが生じている。
※1 油彩画において主に仕上げの際に画面に塗布する樹脂の層。作品を空気の汚染から保護したり、光沢を調整するなどの役割がある。ワニスは油絵具とは違う性質の樹脂で作るため後に溶剤などで除去することができる。
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- 印刷インクは、本紙の破断面や皺に沿って剥離している。
- 本紙自体が酸化・酸性化により変色し、紙力の低下により脆く裂けやすい。これらは台紙側からの酸の移行も影響していると考えられる。
- 表面にはちりめん皺や引っ掻き傷が多数ある。
保存修復処置方針
本資料は制作年が不詳であり、今後の研究・展示活用の可能性を考慮した保存修復を目的とする。主眼は、構造の安定化、および、視認性の回復とした。
- 黄変したワニスは印刷面を覆い、画像の判読性を著しく損なっているため、安全に除去する。
- 本紙を台紙から分離し、洗浄と脱酸性化処置により、酸性劣化を抑制する。
- 破断面の再接合と裏打ち補強により、紙面を一枚の安定した構造に戻す。
- 最終的に、アーカイバル仕様の保存容器に収納し、長期保存に適した状態とする。
処置工程
① 付属物の除去、ドライ・クリーニング
吊り下げ紐と、錆びた金属ハトメを除去した後、クリーニングスポンジと刷毛を用いてドライ・クリーニングを行い、表面の塵や埃を除去した。
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② ワニスの除去、スポットテスト、pH測定
視認性の回復と、基材の劣化進行を抑えるため、黄変したワニス層を除去した。調査の結果、エタノールを溶媒としたヒドロキシプロピルセルロース(HPC)溶液が、下層インクへの影響を最小限に抑えながら、ワニスを軟化させることを確認した。筆で溶液を馴染ませ、溶解したワニスを脱脂綿で吸着除去した。
処置後、基材と印刷層の耐水・耐溶剤性を再度確認した。処置前pHは平均4.4で酸性域にあった。
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③ 本紙の分離
小片を使用したテストにより、台紙に貼られた本紙は、加湿することで安全に剥がれることを確認した。イソプロパノール水溶液で全体を加湿した後、ぬるま湯に浸漬して、接着を緩ませながら裏面の台紙を剥がした。
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④ 洗浄、水性脱酸性化処置
水性処置の工程については、脆弱な本紙を保護するため、全体浸漬ではなく吸い取り法を併用した。
まず、逆浸透膜(RO)水※2に水酸化カルシウム水溶液を加えて調整した弱アルカリ性の洗浄液(pH7.5〜7.7)をろ紙に染み込ませた。そこに、不織布に挟んだ状態の本紙を載せてろ紙に密着させ、30分ほど置いた。本紙の汚れが浸み出し、洗浄の効果を確認した後、ろ紙と洗浄液を取り換え、汚れが目立たなくなるまで繰り返し行った。
その後、洗浄と同様の方法で水性脱酸性化処置を行い、紙中の不溶性の酸を中和、さらに処置後の大気中の酸性物質からの予防とした。溶液は、紙中に十分なアルカリバッファー(アルカリ緩衝剤)を残すため、水酸化カルシウム水溶液を希釈したものを使用した。処置後はpH6.1への上昇を確認した。
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※2 逆浸透膜(RO)水装置で精製した水。水道水を装置内の逆浸透膜と活性炭フィルターに通し、資料の劣化要因となる金属イオンや微生物など、水の中に溶けている不純物を除去した水。
⑤ 修補、フラットニング
乾燥後の本紙に対して、大きな欠損箇所については染色した和紙で補填した。破れや折れ跡については短冊状の和紙で補強し、分離していたパーツをすべて繋ぎ合わせたあと、裏打ちにより裏面全体を補強した。接着剤にはでんぷん糊を使用した。裏打ち後の本紙はろ紙に挟んで加圧し乾燥させた。この工程により、破断していた図像が再び連続する一枚の構成へと回復した。
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⑥ 補彩
破断部や剥落箇所の印刷インクが欠落している部分に対し、HPC溶液でにじみ止めを施した上で、水彩絵の具を用いて補彩した。彩色は原本の色相に調和する範囲にとどめ、視覚的な統一感を整えた。
⑦ アーカイバル保存容器の作製、収納
最後にアーカイバル保存容器「タトウフォルダー」に収納した。これにより、外力や光・塵埃から資料を保護し、将来の調査・展示に向けて安定した保管環境が確保された。
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| <処置前> | <処置後> |
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最後に、本事例掲載をご快諾いただき、また、作者藤橋正枝氏に関する情報をご提供いただいたライオン株式会社コーポレートコミュニケーションセンター アーカイブズ室様に、心より御礼申し上げます。
参考
ライオン株式会社ホームページより ライオンの歴史
村松伸彦 「ライオン株式会社におけるアーカイブズのデジタル化の取り組み」 デジタルアーカイブ学会誌Vol. 5, No. 3(2021)

















































