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粘着テープおよび残滓の除去事例 ―個人様所蔵地図資料に対する保存修復処置―

2011年06月14日福島希

 

個人様の所蔵する地図資料に対する保存修復処置をお引き受けする機会を得た。地図は折り目に沿って破損が進んでおり、その補強として粘着テープが数多く貼られていたほか、テープが貼られた箇所には茶褐色の染みができていた。ご依頼者様からは、額に入れて飾ることを考えているため、残っている粘着テープは全て除去し、可能な範囲で染みを薄くして欲しいとのご要望が寄せられた。そこで、粘着テープおよび残滓の除去、修補、脱酸性化を主とした保存修復処置を行った。以下、その概要を述べる。

資料の状態

地図資料1枚。資料の大きさは約780×1080㎜。基材は材木パルプ紙で、イメージ材料は印刷インクである。ところどころに鉛筆や色鉛筆、ボールペンで書き込みが見られる。八つ折りの状態に畳まれ、ほぼ全ての折り目に沿って補強のための粘着テープが貼られている。粘着テープは2種類使用されており、1つがゴム系粘着剤のもの(セロハンテープ)、もう1つはアクリル樹脂系粘着剤のものである。前者は既に接着力が失われて、ほとんどの箇所で基材のセロハンが剥がれ落ちている。また、粘着剤が劣化によって変色し、茶褐色の染みになっている。後者のテープは、セロハンテープが剥がれた後に新しく貼られたと思われ、まだ強い接着力が残っている。しかし、セロハンテープの粘着剤の劣化に伴い、折り目部分の紙力低下が著しく進んでいるため、折り畳みの度に損傷が広がり、細かい破片が落ちる状態である。そのほか、周辺部にも細かい破れや欠損が見られる。

 

保存修復手当て方針

ドライ・クリーニングを行った後、粘着テープを剥がし、基材を傷めない範囲で残滓除去を行う。破れや欠損部の修補をしてから、酸性劣化の予防手当てとしてBookkeeper法による脱酸性化処置を行う。フラットニングで資料を平らにし、不活性のポリエステルフィルムに挟みエンキャプシュレーションする。

処置工程

①ドライ・クリーニング
繊維が非常に細いクリーニングクロスを用いて、表面の埃や塵等を取り除いた。紙力が低下し、破損が著しい箇所については、柔らかい刷毛を用いて注意深く表面を払った。


②スポットテストとpH測定

基材の紙とインク等のイメージ材料へのスポットテストを行い、使用する水溶液と有機溶剤に対する耐性を確認した。処置前の平均pHは端部4.6、中央部4.8と酸性域だった。


③粘着テープおよび残滓の除去

折り目部分や破れに貼られていた粘着テープで、既に接着力を失っているものは、物理的に取り除いた。比較的新しく貼られた粘着テープについては、有機溶剤(イソプロピルアルコール)を使用して粘着剤を溶かしながら慎重に剥がした。資料は折り目に沿って全て破れていたため、基材であるセロハンやフィルムを除去すると計8つのパーツになった。その後、セロハンテープが貼られた痕の茶褐色の染みを薄くするため、ソルベント・ゲル(solvent gels)とタルク(talc)を使用した残滓除去を行った。いずれの方法も少量の溶剤の使用で、効率的に粘着剤残滓を取り除くことができる。初めにソルベント・ゲル法[注1]を数回行い、必要に応じてタルク法[注2]を適用したところ、茶褐色化した部分が薄くなった。その後、水酸化カルシウム水溶液を加えた弱アルカリ水で、溶剤を洗い流した。

 

[注1] ソルベント・ゲル(solvent gels)法:HMHEC(疎水化変性ヒドロキシエチルセルロース)と水を調合して作成したゲルを残滓部分に置き、極少量の溶剤を与えてマリネする。溶剤が穏やかに残滓部分へ働き、溶けだした粘着剤をゲルが吸着する。
Lenning, Heidi(2010), Solvent Gels for Removing Aged Pressure-Sensitive Tape from Paper, Restaurator 31, 92-105.

[注2]タルク(talc)法:タルク(含水珪酸マグネシウム)を残滓部分の裏側および周りに盛って土手を作ってから、溶剤を混ぜたタルクを残滓部分に流し込む。上からガラス板を載せ、圧力をかけて空気を抜いた後に時間をおく。溶剤が残滓部分へ作用し、溶解した粘着剤をタルクが吸着する。
斉藤敦(2011), 用紙を支持体とした作品の基礎修理, 文化財保存修復専門家養成実践セミナー レベルⅠ・後期 講義録, 142-161.

残滓除去前 残滓除去後


④修補
折り目部分や破れは、極薄の和紙(楮)とデンプン糊を用いて補強した。欠損部は、厚手の和紙(楮)を形に合うように喰い裂きにし、デンプン糊で接着して補填を行った。本体から外れていた小さな破片は、可能な範囲で元の場所に戻した。


⑤脱酸性化処置、フラットニング

Bookkeeper法による非水性脱酸性化処置を行った。Bookkeeperとは不活性液体に酸化マグネシウム微粒子が分散している液体である。これを、資料の両面から噴霧した。液中の酸化マグネシウム微粒子が紙中の繊維の間に入り込み、紙中および大気中の水分、二酸化炭素と結合して炭酸マグネシウムを形成する。この炭酸マグネシウムはアルカリバッファーとして紙中や大気中の酸性物質による劣化を予防する。Bookkeeper処置後、資料に水分を与え、ろ紙に挟んでプレスした。処置後のpHは端部9.0、中央部8.7となり、弱アルカリ域まで上昇した。


⑥エンキャプシュレーション

資料を不活性のポリエステルフィルムで挟み、周辺部を超音波でシールドし封印した。このエンキャプシュレーション処置により、資料を安全に利用することが可能となる。また、フィルムの周辺だけを溶着しているため、シールド部分をカットすれば容易に現物を取り出すことができる。ポリエステルフィルムは可塑剤、紫外線防止(吸収)剤、染料及び含浸剤を含まず、表面塗工を施さないものを使用した。

 

完成

処置前 処置後

 

処置担当:福島 希

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