スタッフのチカラ

わら半紙資料等への微少点接着法による反らない裏打ち

2006年06月13日福島希

はじめに

傷んだ紙を裏打ちすると、紙によっては乾燥後に本紙を内側にした反りが生じて固定し、平らな状態に戻らない場合がある。昨年度(2005年度)の弊社での様々な紙媒体資料への裏打ち実験から、近現代の公文書等に多用されてきた「わら半紙」や、設計図面の原図の「トレーシング・ペーパー」は、こうした反りが生じやすい紙であることが分かった。そこで今回、主にわら半紙への裏打ちを行い、紙の反りを軽減する方法を探った。

前回までの実験では接着剤の種類やその配合、さらに数種の乾燥方法で検討したが、望ましい成果が得られなかった。今回は裏打ち法そのものを、増田勝彦氏がかねて提唱している「微少点接着法」に換えた。増田氏のこの方法は「反りの軽減」を直接の目的にしたものではないが、効果的ではないかと予測した。接着剤および乾燥方法は前回と同様の方法(デンプン糊による接着と、伏せ干しおよびプレスによる乾燥)を採用した。

 

1. 「微少点接着法」の追試験

今回は微小点接着法のうち、「面状分布法」の「押印法での接着」を用いて裏打ちを行った。その際、本紙や裏打紙の状態に変化を加えたものも同時に試験することにした。

材料:<本紙>わら半紙、<裏打紙>楮紙(紙舗直製RK-15)、デンプン糊

本紙となるわら半紙は、実際の処置作業を念頭に、洗浄・脱酸性化を行った後、乾燥させたものを用いた(処置前pH4.2,処置後pH7.6)。寸法は本紙90×65㎜、裏打紙110×85㎜。

①本紙<DRY>×裏打紙<DRY>/裏打紙に糊:微小点接着法<面状分布法(押印法)>
②本紙<DRY>×裏打紙<DRY>/本紙に糊
③本紙<加湿フラットニング>×裏打紙<DRY>/裏打紙に糊
④本紙<WET>×裏打紙<DRY>/裏打紙に糊

 

結果:

①⇒裏打ちの際、糊の接着にやや不安を感じるが、乾燥後の紙の接着力に問題はない。裏面に見られる微小点の痕が最も薄い。反りは見られない。
②⇒①より糊の付きが良いが、裏面に見られる微小点の痕が目立つ。反りは見られない。
③⇒よく接着するが、裏面に見られる微小点の痕が目立つ。反りは見られない。
④⇒よく接着するが、裏打ち直後に強いプレスをかけると、ろ紙に貼り付く。また、水分が入った分、乾燥後に反りが多少起こる。

サンプル4種を比較した結果、紙に反りがないことに加え、裏面の微小点痕が最も目立たず、乾燥後の接着力にも問題が見られなかった①の方法が有効であると思われた。また、プレスには軽く重石を載せる程度ではなく、一定期間プレス機を使用し、強い力を加えた方が微小点痕は残りにくかった。

考察:

微小点接着法で裏打ちを行うと、紙の反りが全く見られなかった。これは、濃度の高い糊を極少量使って無数の微小点により紙の接着をすることで、ほぼ乾燥した状態で裏打ちを行っているためだと考えられる。

しかし、使用する糊の濃度が薄すぎる(水分が多い)と、裏を打つ時点で本紙に水分が浸透してしまうため、微小点の形に輪染みができることになる。一方、糊の粘度が高いと、プレス時に本紙周囲の裏打紙がろ紙に貼り付く可能性がある。(そのような場合には、裏打ちした紙を不織布に挟んだ上で、ろ紙に入れる方法が考えられる)微小点接着法は、いかに適切な粘度の糊を使用するかが、その仕上がりを左右すると言えるだろう。現時点では、当社で普段使用している元糊の濃度が適しているように思われる。また、乾燥した状態の紙に濃度の高い糊を使うため、裏打ち直後に強い力を加えてプレスした方が紙同士の接着に効果的であり、微小点痕も残りにくいと考える。

 

2. ヨウ素デンプン反応による接着の確認

微小点接着法による裏打紙と本紙とがどのように接着しているのか、ヨウ素デンプン反応によって確認した。

 

結果:

ヨウ素デンプン反応を起こした箇所は、マジックテープのフック部分に完全に対応する点状の形だった。フックの尖端部に付けられた極少量の糊による接着が無数に行われていることで、糊を本紙や裏打紙の全面に付着させる従来の裏打ち法と同様の結果が得られていると確認できた。

3. 加速劣化試験による変色、剥離の確認

加速劣化試験により、微小点接着法による裏打ちが後年、微小点痕状の変色や裏打紙の剥離を起こさないかを確かめた。試験法は ASTM D 6819-02: Temperature aging method を用いた。サンプルを試験管に入れ、蓋をして完全密閉し、定温乾燥器(100℃に設定)に5日間入れたものを観察した。裏打ちの方法としては、実験1の① を採用した。通常の裏打ちをしたサンプルも比較として用意した。

材料:<本紙>わら半紙、漢籍、和書、<裏打紙>RK-15、 デンプン糊

①わら半紙

微小点接着法 洗浄/未洗浄
通常の裏打ち法 洗浄/ 未洗浄

*②③も同様にサンプルを作成。

結果:

微小点接着法による裏打ちは、加速劣化した後も微小点痕状の変色や本紙と裏打紙の剥離が見られなかった。さらに、本紙と裏打紙の引き剥がしを強制的に行ったが、適度な強度の接着力を保っていたといえる。これは洗浄・未洗浄にかかわらず、3種類の紙に共通して指摘できる。

 

微少点接着法

通常の裏打ち法

加速劣化後:左のサンプルが微少点接着法によるもの、右のサンプルが通常の裏打ち法によるもの

 

4. 水溶性インクへの影響の確認

水溶性インクで文字を書いたわら半紙を微小点接着法で裏打ちし、滲みが起きないかを確認した。

 

結果:

目視でも、顕微鏡による観察でも、インクの滲みは全く見られなかった。他の数種の水溶性インクでも試みたが、微小点接着法は本紙に水分をほとんど与えずに裏打ちできる方法であることが確認できた。

 

5. トレーシング・ペーパーへの適用

昨年度の裏打ち実験で最も強い反りを見せたトレーシングペーパーの裏打ちを行った。比較として、通常の裏打ち法で行ったものも用意した。


左:微少点接着法、右:通常の裏打ち法

 

結果:

通常の裏打ち法の場合、裏打ちした紙を大気にさらすと非常に強い反りをみせ、最終的には筒状に丸まる。それに比べ、微小点接着法による裏打 ちは非常に反りが少ないといえる。しかしながら、トレーシングペーパーが劣化している場合は反りの傾向が強くなるほか、本来が透明度を活かした用途向けに 作られた紙なので、他の紙と比較した場合には、微小点痕が目立つように思われる。

 

まとめ

実験1~5により、微小点接着法<面状分布法(押印法)>は裏打ち方法の1つとして実用化が可能であることが明らかになった。だが、「反りの軽減」を目的にした導入にあたっては、道具や技術の問題を再考する必要があるかと思われる。

まず、マジックテープのフック部分に付けた糊を裏打紙に均一に移す点である。これは、今回本紙とした紙が小さい紙片であったため、マジックテープの上から手で撫で付けるような方法でも、紙の接着に大きな問題は見られなかった。しかし、実際の作業で扱う本紙(わら半紙に書写された公文書など)は、より大きいものになる。本紙が大きくなればなるほど、裏打紙に微小点で糊を付ける際に、むらができる可能性は高くなるだろう。

また、マジックテープのフック部分に糊を移す前段階として、平面に糊をあかす際、何を用いるのが適当かということも検討すべき点である。今回は厚紙に糊をあかしていたが、時間の経過とともに水分を含んだ厚紙に反りが起こり、長期にわたる使用ができないのは、作業効率上望ましくないといえる。

しかしながら、微小点接着法は反りを起こさず、水溶性インクで書かれた本紙にも対応でき、乾燥時間が極めて短い等、利点が非常に多い。道具や技術の改良を行えば、処置を考える上での優先順位の高い選択肢の1つにすることができるだろう。

 

<補足 1> 道具の検討 -- ローラーでの圧着と手順

以上を踏まえ、次には微小点接着法に使用する道具について検討し、試作することにした。現在、裏打ち時に多用するネットのサイズを基準とし、それよりやや小さめの250×350㎜程度の裏打紙への糊付けを想定した。

まず、糊を均一に裏打紙に移すための方法としてローラーでの圧着を採り入れた。ローラーは平面に対して満遍なく力を加えることが可能である。さらに、ローラーにマジックテープを貼り付けることで、糊付けの作業手順を簡略化した。糊あかしの問題に関しては、数枚の不織布(上部)とルミラー※(下部)を組み合わせたものを考案した。これにより、ある程度の量の糊の保持や、ある程度の期間の連続した使用が可能となった。また、最下層にルミラーがあるため、作業台を汚すこともない。

※「ルミラー」(東レのポリエステル・フィルムの商品名)

道具:

糊(普段使用している元糊)糊刷毛、撫刷毛
ネット2枚、ろ紙、プレス板
シート(数枚の不織布とルミラーから成形)
ローラー(直径90×185㎜表面にマジックテープ貼付)

手順:

  1. 右側にシート、中央にネットに載せた裏打紙、左側にネットに載せた本紙を配置する。
  2. シートに糊を均一に伸ばす。
  3. ローラーをシートの上で転がし、マジックテープに糊を移す。
  4. 糊が付いたローラーを裏打紙の上で転がす。(ローラーは1回転だけさせるように気を付ける)
  5. 裏打紙を持ち、位置を確かめながら本紙の上に置き、刷毛で撫で付ける。(裏打ちの際、必要ならばネットを支持体とすることも可能)
  6. 裏打ちしたものにろ紙を被せて両手で撫で付ける。
  7. 全体を裏返してネットを外した後、ろ紙を被せてプレス板に挟む。プレス板は足元に置き、その上に乗ることでプレスとする。
  8. 次の本紙も1~7の手順を繰り返す。

 

なお、現段階での問題点、およびその解決策の1例として以下の4つが挙げられる。

  1. マジックテープの洗浄 → ローラーからマジックテープが取り外し可能なように改良する。
  2. 数回に分けての裏打紙への糊付けは境界線が分かりにくい → 一度で裏打紙全体を糊付けできるよう、ローラーの幅を広くする。
  3. 裏打紙への糊付けの際、紙の状態が不安定で糊付けしにくい → 裏打紙を安定させるような何らかの重しを用意する。
  4. 一切の水分が入っていない本紙は平らな状態であるとは言えないため、きちんと裏打ちできているのか不安が残る → 本紙の状態に応じて水蒸気による加湿フラットニングを行う。

 

<補足 2> 加速劣化試験

今回の方法での本紙と裏打紙の接着強度を、加速劣化試験で確認した。試験法は実験3と同様である。今回は剥離の状態をよりよく観察できるよう短冊状のサンプルとともに広面積のサンプルも準備した。

材料:

<本紙>漢籍(未洗浄)、<裏打紙>RK-15、デンプン糊

①通常の裏打ち法 1. <巻状>105×165㎜   2. <短冊状>105×25㎜
②微小点接着法  1. <巻状>105×165㎜   2. <短冊状>105×25㎜

結果:

①②共に本紙と裏打紙の剥離は見られなかった。さらに、本紙と裏打紙の引き剥がしを強制的に行うと、②は剥がれやすいものの、適度な接着力を保持していると判断した。また、②は加湿で簡単に裏打紙を除去できることも確認した。この結果により、改良した道具においても微小点接着は問題なく行われていると評価できるだろう。

 

微少点接着法とは

増田勝彦氏(昭和女子大学)が提唱する接着法。 紙と紙の接着を面状にではなく、微小な点状の接着剤で行う方法である。水分の含有量が極めて少ない糊を極く少量使うため、ほぼ乾燥した状態での接着が可能 である。また、乾燥状態での紙の除去も、ほとんど紙を損傷させずに可能になる。そのため、接着力に強度が必要とされない場合、水や溶剤の使用が制限されて いる場合に有効である。

利点として、増田氏は以下の6点を挙げている。(文化財保存修復学会 第25回大会研究発表要旨集より)

  1. 乾式に近い接着
  2. 水性接着剤を水に敏感な材料に使用することが可能
  3. 乾燥時間が極めて短時間
  4. 極めて少ない伸張・収縮
  5. かなりのリバーシビリティ(可逆性)が保持される
  6. 接着された紙の柔軟性

 

また、微小点接着法には線状分布法と面状分布法の2種類があり、後者は2通りの方法が紹介されている。

  • 線状分布法(リニアメソッド):主に紙断片を周囲から保護・補強するための方法。楮紙の長い繊維を利用し、無数の繊維先端で接着する。
  • 面状分布法(エリアメソッド):主に裏打ちのための方法。
    →毛羽先での接着:剛毛のブラシで楮紙の表面を撫でて毛羽立たせる。平面に糊を塗布し、その上に毛羽面を下に向けた楮紙を置き、毛羽の先端に糊を移す。その楮紙で裏打ちを行う。
    →押印法での接着:マジックテープのフック面や網の交点などの微小点が凸になっている物を用意する。糊を塗布した平面に軽く押し付け、凸部に糊を移す。その凸部を裏打紙に押し付けるようにして糊を移し、その紙で裏打ちを行う。

 

参考文献:

増田勝彦、「微小点接着法による接着力と引き剥がし後の紙の損傷」、文化財保存修復学会 第25回大会研究発表要旨集、2003

増田勝彦、「微少点接着法の実際―ドットスタンプとペーストパッド」、文化財保存修復学会 第28回大会研究発表要旨集、2006

Hugh Phibbs; Recent Developments in Preservation of Works on Paper, The Book and Paper Group Annual 24 (2005) 47-63.

 

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