スタッフのチカラ

シルバーマン:図書館・アーカイブズの災害復旧における七つの大罪

2015年03月30日ランディ・シルバーマン  ユタ大学マリオット図書館 資料保存担当ライブラリアン

Hieronymus Bosch: Table of the Mortal Sins / The Seven Deadly Sins and the Four Last Things

 以下は Randy Silverman による”The Seven Deadly Sins of Disaster Recovery” の全訳である。原文は以下に掲載されている。著者の了解を得て全訳する。

https://collections.lib.utah.edu/ark:/87278/s61j9v94

 

 要約:

図書館やアーカイブズが被災した際に行われる対応のほとんどが、関係する人々のマネジメントに関するものである。人間の弱点や欠点によって復旧活動が遅れたり頓挫したりすると、かけがえのない文化財が取り返しのつかない損害を受ける。世界中の被災資料の救助活動を先導したピーター・ウォーターズは、被災の現場で決まって登場する破壊的な要素の普遍的な性質を提示するにあたって、キリスト教の「七つの大罪」と対比させ、復旧を成功させるための7つの必要条件を述べている。また、防災計画は、災害復旧に起こりがちな堂々巡りを回避するのに欠かせない代替手段として推奨したい。

はじめに

復旧後の図書館・アーカイブのコレクションの状態がどうなるかは、ひとえに被災直後の迅速かつ効果的な対応にかかっている。刻々と変化する現場の要求に見合うためには、事前によく考えられた緊急対応計画と、それを十全に実行できる人が必要だ。災害時にしばしば生じる環境制御機能の喪失と水浸しになったコレクションは、安定するまで、損害を広げ続けるだろう。重要なのは適切なタイミングであり、その際に生じる緊急事態は、多くの場合、類がなく、複雑で、破壊的なものとなる。

たとえ防災計画が存在するにしても―アメリカのコレクション収集施設で明文化された防災計画があるのはわずか20%である1―この計画を作成したのは、水浸しになったコレクションの復旧作業をほとんどあるいはまったく直接的には経験したことがない人たちである。よって、この計画を実行するにあたっては、さらなる問題が生じるおそれがある。だから、というのではないのだろうが、有効な防災計画はこれまで敬遠され続けてきた。結局のところ、災害を想定することは、本質的には地獄行きの旅を計画するようなものなのだ。確かに、誰がそのような冒険を真剣に考えたいと思うだろうか?

実際には、災害時に必ず起こる想定外の出来事が、人々の様々な反応を引き起こす。乾燥した、比較的快適なオフィスで災害計画を作成しているときに、これらの出来事を予測するのは難しい。難局にうまく対処する者もいれば、対処しない者もいる。正常な状態が一時停止して、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』に出てくる地下での出来事に似たような状態を経験することになる。

ALICE09A

キャロルは、身長9フィート[約2.7メートル]のアリスの涙でできた洪水後の世界を、私たちに少しだけ教えてくれる。身体が小さく縮んで他の生き物たちとともにずぶぬれになったアリス、そして彼女の仲間たちは、何が起こるかよく理解していないながらも、同じくずぶぬれになったドードーの提案にしたがって、身体を乾かすために「コーカス・レース」を即座に開催することになる。政治運動を暗示したこのレースは「円のような」コースを描くことから始まる。レースの参加者はそれぞれ適当な位置につくが、明確な出発点がないので、「好きなときに走りだして、好きなときに止まる」。ドードーの指導の下、軽度の有酸素運動が始まって大混乱になるが、「30分くらい走りまわって、だいぶ乾いてくる」と、ドードーが突然「レース終了!」と叫ぶ」。一息ついた参加者は、喘ぎながら「それで誰が優勝したの?」とドードーにつめよる。2

本当に誰が優勝したのだろうか? ルイス・キャロルが狂気じみた物語で示したのは、次のような真実である。普通でない状況で権威的にふるまうドードーが主導権を発揮できたのは、善良な参加者たちが油断して、行動を起こす準備を怠ったからである。ドードーの迅速な対応は賞賛に値する。だが、不思議の国の物語とはいえ、実際に走り回って身体を乾かすことが最も効果的な解決法だったのだろうか? 災害後に同じところを輪になって走るのは、本当に最善の対処法なのだろうか?

歴史的・文化的に重要でおそらく代替不可能なコレクションを扱うとき、これは重大な問いとなる。その答えが明らかにするところは、復旧作業の成否はそれを指揮する人物の能力と洞察力に左右されるということである。アメリカでは書物のコンサベーションの父と呼ばれ、1966年の壊滅的なフィレンツェ洪水直後にはフィレンツェ国立中央図書館の復旧コーディネーターでもあったピーター・ウォーターズは、1995年、復旧を成功させるための七つの必要条件を定めた。3大規模な図書館やアーカイブズに降りかかった災害に数多く携わってきたウォーターズの知見は、今でも鋭い洞察を含んでいる。

ウォーターズは、復旧を成功させるための7つの特徴を、「七つの大罪」―人間の弱さ4に関する4世紀の隠喩だが、社会をむしばむ様々な人間の弱点を今でも示している―と対比させる。ウォーターズが自らの知見を最初に公にしてから10年以上が経過したが、実際の災害場面で見られる落とし穴は、思いがけないところで、予期せぬ問題として今でも立ち現われてくる。実のところ、最大の落とし穴は、関係者自身の個人的な欠点にあるのだ。

Ⅰ.怠惰

文化財の復旧を成功させるため、ウォーターズが最初に提示した決定的な要素は、「ストレスの多い状態下での対応度」5である。人間の怠惰(怠けの罪)によって、対応度は簡単に低下してしまう。

対応が成功するかどうかは、ストレスの多い状況下で断固とした態度で行動できるかどうかにかかっているが、組織の対応は遅れる可能性がある。たとえば、館長や副館長が外出していてオフィスや町にいない場合、もしくは連絡が取れない場合、補助スタッフが代理として決断を下すことが事前に許可されていなければ、彼らは身動きが取れないだろう。普段は行動的であるにもかかわらず、直接的な災害の影響で心理的に身動きが取れなくなったり、重要で合理的な決断を下すことができなくなったりする館長の例もある。非常時での「精神疾患」の筋書きは、人々が考えている以上によくあることなのだ。同じ出来事を目撃しても、心的外傷後ストレス(PTS)症候群になって何もできなくなる人もいれば、まったく影響も受けない人もいる。

よく考えられた災害対応計画は、年中無休の電話連絡網を必要とする。そして、不確定要素に対応できるように、事前に別の指揮系統を実行するための基準を設けておくことも必要である。そして、緊急事態が発生するかなり前の段階で、復旧過程の責任を担うことになる穏やかで有能な人物やその予備軍を見出して訓練し、彼らが迅速な決断を下すのに必要な権限を委ねておくことが望ましい。メディアとの接触や役人の要求への対応はその人物の方が適任であることを、洞察力あふれた館長が分かっている場合は、特に役立つだろう。火災警報器への対応のように緊急対応計画案を習慣化させるためにも、スタッフ全員を対象とした訓練方法を確立しておくとよいだろう。

図書館やアーカイブズは、民間の災害復旧会社で信頼できるところを事前に選んでおいたり、コンサルタントとして災害時の復旧に携わった経験を持つ一人あるいは複数のコンサーバターを特定しておくと、迅速な行動をとることができる。コンサベーション・コンサルタントは、どの技術が適切かを適宜選択し、価格予想を設定し、施設側の仲裁者として民間の災害復旧会社や保険査定員(保険が適用可能な場合)と協議することで、コレクションが元の棚に戻るまで適切かつ安定的に取り扱われるようにする。民間の災害復旧会社は多くの労働力をすぐに集めることができるし、経験上、復旧対策を迅速に行うように訓練されている。緊迫した状況で適切に対応することは重要だが、ウォーターズが指摘するように、指導者の実行力と技術的専門知識が成功の鍵となる。

災害対応が時宜を得ていない、あるいは効果的でない場合、高等教育機関などの非営利団体でも、災害後しばらくすると財政的安定性がかなり危うくなることがある。1994年の地震により被災したカリフォルニア州立大学ノースリッジ校の学生は当初、野外授業や仮設施設に甘んじていたが、地震の一年後には、教室、実験室、図書館といった基礎的な学内設備の充実を求めて他の大学に転校していった。学生たちの流失はこの大学の資金不足を加速化し、建物の修理も遅れていった。最終的にこの大学は破産に追い込まれ、経済的悪循環に陥ることになったのである。6この例を教訓にしたコロラド州立大学は、1997年にキャンパス全域で洪水が起こると、学生や教員のために、校外にある図書館とキャンパスを結ぶシャトルサービスを毎日無料で提供した。さらに、キャンパス全域の学部・研究科事務室に電子文書を直接届けるため、新たに開発されたアリエル社の技術(Ariel technology)を導入した。建物の復旧や損害を受けた図書425,000冊の補修には2年を要したが、こうした施策によりユーザーの不満は著しく軽減された。

Ⅱ.嫉妬

災害復旧を成功させるため、ウォーターズが次に提示した重要な要素は、「事態にうまく対処し、混沌から秩序を生み出し、将来非難されることを恐れずに、断固たる態度で行動することができる指導者の出現」8である。この指導者は、その成功を不正に台無しにしようと妬む他者の利己心–嫉妬–と格闘することになるかもしれない。

有能な災害対応コーディネーターは、施設の館長か、もしくはその館長の支持を得られる立場にある機関内の人物である。この人物は、慎重かつ迅速に決断し、費用対効果の高い復旧作業を行うことができなければならない。損害を受けたコレクションは存続か否かの瀬戸際にあるが、その延命のために、災害対応コーディネーターが強い信念、ユーモアのセンス、嫌がらせに対する忍耐力を持っているとよいだろう。非難から身を守るためには、すぐに立ち直ることのできる快活な性質が絶対に必要だからである。

復旧の各段階において、指導者は、自ら所属する組織の人々から支持されたり、妨害されたりする。必ずしも不正ではないものの、優先順位に関する対立は、議論の分かれる問題になりうる。例をあげよう。カナダのレジャイナにあるロイヤル・サスカチュワン博物館で1990年に火災が発生した。9コンサーバターは、全体を覆うススを取り除かずに有機物でできた資料を取り扱うと、資料の表面にすすの微粒子が深く埋め込まれてしまうことに気がついたが、管理者は、利用者のために急いで博物館を再開した。再開に伴って煙害を受けたコレクションを遠隔地に急いで移動したため、一部の所蔵品のすすを取り除くことがより一層困難になるか、不可能になった。その結果、コレクションの一部が台無しになってしまった。

別の例としては、フィレンツェ国立中央図書館館長のエマニュエル・カサマシマの出世を阻止しようとする計画があった。書物に対して変わることのない深い愛情を持ち、カリスマ性のある重要な指導者そして研究者であったカサマシマは、社会的正義を求めて地域で活動するコミュニストでもあった。1966年に洪水が起こったとき、ローマにいた彼の上司は、カサマシマの政治的信念をめぐって彼と対立していたので、カサマシマが緊急援助を要請したときに全く応じなかった。援助の遅れで図書館のコレクションをすべて失うリスクを負うよりも、カサマシマは、水浸しになった図書館の書物を緊急輸送して乾燥させるために、資料収集費を充てることにした。

ローマにいた上司の明確な許可がなかったため、カサマシマのこの行為は不服従を意味した。これは彼の継続的な雇用を脅かしたが、アメリカ、オーストラリア、そしてイギリスが援助する形で直ちに行われた国際的な救助介入は、被災した資料の修復ラボの建設に固執していたカサマシマを元気づけた。この修復ラボでは、最終的に100名以上のイタリア人が雇われて、ピーター・ウォーターズ、トニー・ケインズ、クリス・クラークソン、ドン・エザリントンなどから最高水準のコンサベーションの訓練を受けた。その後3年以上にわたる海外からの継続的な義援金のおかげで、カサマシマは地位を保ち、やがて上司は譲歩した。倫理に反した権力を行使することで仕返しを試みたこの上司の思惑は、フィレンツェの出来事が世界を舞台にして展開していったために、かろうじて外れた。カサマシマは、自らの道徳的信条によって、150万冊近くの書物(そのうち少なくとも9万冊は貴重書)が完全に喪失するのを防いだのである。10

Ⅲ.強欲

復旧を成功させるため、ウォーターズが提示した3つ目の必要条件は、「損失や損害に関する評価―最終的には改善・代替・修復の費用に影響するような行動計画につながる―を判断するときに用いる実際的方法」11である。通常の経済活動の規則、これには競争も含まれるが、それが棚上げになった場合の損失や損害に関する評価は、利己心、貪欲、あるいは強欲によって簡単に歪曲されてしまう。

最悪の場合、復旧を手掛ける評判の悪い会社が価格をつり上げて、不必要なサービスを提供しようとする。被災地の混乱に乗じて、利益を得ようとして悪質な仕事を行おうとするときに、このようなことが起こる。

災害に対応できる会社を事前に慎重に選んでおくと、このような略奪的な環境を劇的に変えることができる。正式な見積依頼書(RFP)を作成し、評判のいい会社に参加を働きかけることで、12同程度のサービスに関する現在の価格帯を設定できる。将来の相場に過去の価格を直接適用できるわけではないし、必要な業務の具体的な内容を事前に知ることもできないのだが、災害復旧業務の基礎的な費用構造に関する知見はRFPから得られるだろう。この評価は財政的考慮にとどまらず、その会社の顧客の視点に基づく成果の質を精査するものでなくてはならない。これには少しだけ過去の顧客に探りを入れなければならないが。RFPでは、過去の顧客に直接連絡を取って記述内容の正確性を実証した上で、その顧客の満足度を公開するように要求することができる。しかし、信用できない会社が、不満を抱いている顧客を信用照会先のリストに記載する可能性は、きわめて低い。このような会社の過去の業績に関する追加情報は、コンサベーションの経験が豊富なコンサルタントとの個人的な会話から収集できるだろう。コンサルタントは、一般的には契約の下に仕事をするから、どこの会社がどうといった評価を公開できないのが普通だが、コンサベーションの分野で直接観察したことや、気がついた軽率な行為を教えてくれるだろう。

一社または複数の保険会社が復旧に携わっている場合、復旧費用をできるだけ低く抑えることが保険会社の最優先事項となる。このような財政的保守主義においては、手っ取り早く解決を促すように圧力をかける調整役が存在する。この調整役は、表向きは復旧の進行を促進するが、実際には、予期せぬ事態が浮上して保険会社の最終的な収益が増加する前に、復旧の範囲を制限して「固定」する役割を担っている。

洪水直後のコロラド州立大学図書館では、早期安定化のために運び出したコレクションを冷凍することに重点が置かれた。当時、どのようなカビがどの程度発生するかを予測することは難しかった。びしょ濡れになった425,000冊もの書物を州外の商業用冷凍施設に移動するのに14日間かかった。この間にカビが集中的に大量発生したため、長期的な健康上のリスクを判断するのにさらに何か月もかかってしまった。このとき、除菌が必要ならば、どの技術が最も適切か(これは図書館の災害復旧に関する文献で特に欠けている情報である)を検討した。驚くには当たらないが、主要な保険会社は、復旧開始後の3日目には支払請求を処理しようとしていたのである。これは除菌の追加費用が発生する可能性をほとんど考慮していなかった時期だった。

こうした問題は、災害復旧を請け負う業者が特定の日に復旧を完了した場合に支払う特別金の交渉を行うときにも浮上する。コロラド州立大学の場合、大学の運営をいち早く正常化させるためには特別金が必要だという趣旨が契約条項に含まれている、と管理課の担当者が理解していたため、多くの議論の末、この条項に合意した。しかし、これが請負業者の手抜き仕事の誘因となった。大学のカビ汚染がはっきりしてきたので、3か月後、コンサベーション・コンサルタントである筆者は、図書館のカビ問題に対処するよう計画案の見直しを求めた。ところが大学側は、安定化を欠いた真空凍結乾燥と再製本が十分だったか、あるいは図書館の20世紀コレクションの安定化と代替が適切な選択だったかを確かめるよう、独自の評価を求めた。セカンド・オピニオンの提供者に任命されたピーター・ウォーターズとノバート・ベアは、筆者の懸念を裏付ける結論を出したが、請負業者は私たちの懸念を即座に無視して、13当初の復旧計画案を実行し続けた。微生物学者のダグ・ライスと復旧に関する専門家のラリー・ウッドの介入によって、ガンマ線を用いた経済的な安定化計画案がようやく作成され、大学側は請負業者の異議申立てを却下した。14

このような請負業者の行為を監視することは、損失を被る施設と保険会社の両方にとって最大の恩恵になるが、監視するために雇われた人々についても注意深く調べなければならない。災害関係の請負業者はあまり多くないので、保険会社の経済的利益のために動く人物を雇うと、その人は親しい同業者の仕事を綿密に監視することで報酬を得ることになるのだ。実のところ、彼らは、一時的な利害の対立にまさる個人的な関係を築き上げている。明日は立場が入れ替わるかもしれないという思惑ゆえに、監視員は同業者の決断を支持しようとするのである。

Ⅳ.大食

災害後の復旧に成功するため、ウォーターズが提示した4つ目の条件は、「経営管理者が、時機を逸した執拗で不正確なメディアの報道に対処するための戦略をどれほど持っているか」15である。災害に対するメディアの過剰な注目は、施設側の信頼性を高めるかひどく低下させるかのどちらかだろう。誤報の原因には次のようなものがある。善意にあふれているが正確な情報を持たないスタッフが、損害の原因や程度を不正確に外部に伝えること。報道者が、事実ではなく、良くある噂話に依拠すること。適切な関係当局が時機を失して、施設の状態を十分に公開すべき時にしないこと。

施設のプレスリリースは正確かつ正直で的を得ていなければならず、その内容の責任は施設の重要人物が負うべきである。どれほど悲惨なニュースであっても、その更新情報が時宜を得て一貫しているならば、国民の支持を再び得られるはずだ。情報を更新し続けることで、施設側は、危機が過ぎ去った後も国民の支持を得られるだろう。

Ⅴ.憤怒

好い結果をもたらすために、ウォーターズが提案する5つ目の必要条件は、「誰かに大惨事の責任を負わせようとする人たちの否定的な評価に向かいあいつつ、復旧作業を続ける決意と強さをどれだけ持ち合わせているか」16である。災害復旧コーディネーターは誠実でなければならず、怒りの感情を全く見せずに職務を冷静に果たすべきである。

災害の根本原因の特定化は、同様の出来事の再発防止につながるように思われるが、差し迫った危機を非難や怒りの感情で解決することはできない。2002年にプラハで起こった洪水では当初、政府当局はヴルタヴァ川の水位が近々上昇する可能性はほとんどないと発表していた。この情報に安堵して、博物館の管理者は、コレクションの保護や再配置に関する対策を講じなかった。そして3日後、この博物館の所蔵品は、プラハにおける今世紀最悪の洪水に見舞われて浸水した。当時のことを1年後に振り返った博物館の職員は、パニックを避けるため、無能な政治家たちが地域の河川監視技術から得られた初期警告を発表しなかったことを裏切りと見なして、言葉にならない怒りを覚えていた。17しかし、人を惑わすような公式発表に怒りのエネルギーを注ぐことは、未だ続く被災状況を解決するのに何の役にも立たないのである。

復旧計画案について助言するために雇われたコンサベーション・コンサルタントとて、被害を受けたすべての関係者が吐露するような不満と無縁ではない。コンサルタントの人間性は、過失にせよ故意にせよ、復旧の成果を台無しにしてしまうような障害を作る人々の厳しい試練を受ける。影響力のある人物による見当違いの怒りは、コンサルタントに対する見方の傾向を一変させ、コンサルタントを侵入者あるいは犠牲者とも言えるような地位に降格させてしまう。この行為は理不尽に見えるが、人間の特徴として、よそ者に対する非難はよくあることだ。結局のところ、アメリカの「善きサマリア人の法」は、復旧が成功しようが、介入行為の適正を被災者がどう思っていようが、そもそも緊急医療支援を行う人々の善意の取り組みを保護するために作成されたものなのだ。

コンサベーション・コンサルタントは、警戒を怠らないようにしつつ、復旧の成果を覆そうとする出来事に直面しなければならない。コレクションは災害時に必ず損害を被るため、すべての関係者は、自身の努力が理想的とは言えない結果に終わることを最初から認識しておく必要がある。災害は既存の社会的・政治的環境の中で起こるため、損害を受けたコレクションを安定・乾燥・修理するのに必要となる技術的な課題を把握するのは難しい。良い効果を求めるコンサルタントならば、一貫性と信頼性のある提案を行わなければならない。

ハリケーン・カトリーナ直後、筆者は、アメリカ州・地方史学会(American Association for State and Local History)とアメリカ保存修復学会(American Institute for Conservation)が結成した被災文化財緊急復旧チーム(HEART、Heritage Emergency Assistance Recovery Teams)に参加した。2005年9月26日、私たちはミシシッピ州パスカグーラのスペイン要塞博物館(Old Spanish Fort Museum)を訪れた。一部屋からなるこの地域博物館は、約2フィートもの高さまで浸水し、災害の6週間後になってようやく中に入ることができた。泥のぬかるみが博物館の床を覆い、よどんだ水とコレクションが展示ケースの中に閉じ込められたままになっていた。有機材料でできた作品の表面には、よどんだ空気で活性化したカビが5、6種類ほどびっしり生えていた。木製の窓枠は膨張していたが、少しでも風通しをよくしようと、HEARTのメンバーが小さな博物館の6つの上げ下げ窓をこじ開けた。外部の空気を当てて博物館の作品を乾燥させなければカビが増殖するだろう、と年配の学芸員とボランティアのアシスタントに告げた後、私たちは損害を受けた他の施設の調査へと向かった。

一週間後にスペイン要塞博物館を訪れたHEARTの第2班は、博物館が人里離れた場所にあるにもかかわらず、破壊行為を恐れた年配の学芸員と彼のアシスタントが扉と窓をきっちり閉めていたことを発見した。風通しをよくするため、建物は再び開け放たれたが、第3班が翌週に博物館に到着すると、そこはコレクションを激しく飲み込むかのような白カビとともに再び密閉されていた。ここまで状況が悲惨でなければ、メンバーたちは頑固な職員に怒りを隠せなかっただろう。

重要なのは、個人レベルで経験するトラウマに共感し続けることである。試みた支援のすべてがうまく行くわけではないが、理想的には、お互いにとって有意義な心の交流によって、進行する緊急事態の状況が改善されるかもしれない。なるべく発展の機会を生かすようにしながら、関係者は常に前向き・協力的・柔軟でいなければならない。

Ⅵ.色欲

復旧の成功に関係する6つ目の普遍的な条件として、ウォーターズは、「将来の復旧費用に直接的そして不可逆的な影響を及ぼすことになる、被災資料の前処理および乾燥法」18を挙げる。これは、すぐに金銭欲に関係してくる。

民間の災害復旧会社は、実は不要な処置関係商品を顧客に売り込むだけでなく、手数料をいつも過剰に請求する。多くの被災関係者は、コレクションのニーズに適った計画案に精通していないため、悪徳業者の暴騰価格を鵜呑みし易くなっている。コロラド州立大学で洪水が起こった後、適切な価格で合意することなく、図書館の防災計画にリストされていた請負業者がすぐに雇われた。復旧開始後3日目に、この企業の社長は、図書館を空にするのに―濡れた書物を箱に入れて商業用冷凍施設まで運ぶのに―総額150万ドルかかると試算した。この金額を知った大学長と彼の助言機関が開いた緊急会議で、コンサルタントは、会社が提示した金額の約4分の1の費用で作業を行えるはずだと見積もった。これまでに例のない軌道修正によって、大学長は最初の会社を解雇した。そして、さらなる情報を得た上で別の会社を任命し、すべての業務をその会社にすぐに引き継がせた。

被害のひどかった施設が請負業者の専門知識に頼って指針を得ようとすると、判断を誤ったり、経済的な打撃を受けたりする。災害後は、悪徳業者によって、一時的な関係の上に成り立った環境や、弱肉強食の雰囲気が生じる。復旧過程の不安定な状況では、不利な立場に置かれた人々が、窃盗に値するような取引の格好の標的になりやすい。

善意ではあるが適切ではない処置計画案は、復旧費用をつり上げ、コレクションに重大で取り戻しのつかない損害を与えることがある。1966年にフィレンツェで洪水が起こった後、図書館員はカビの成長を回避しようとしたが、冷凍庫を利用できなかった。そこで、コンサーバターたちが救助に加わるまでの間、レンガとタバコを乾燥させる商業用の窯を使って、泥だらけの書物を乾かしていた。これは緊急課題を迅速に解決した例のように見えるが、紙のゼラチン・サイジング(にじみ止め)と、書物の本体の背を固めた動物性膠の接着剤が、熱乾燥で各ページの表面に移行してしまった。さらに、熱乾燥によって書物がこげ茶色に変色し、脆弱になった。その結果、それぞれの書物を部分ごとに解体し、焦げたゼラチンを洗って取り除かなければならなくなり、復旧費用がこの処置計画のせいで激増した。今日では、熱による乾燥がセルロースを傷つけると、紙の強度が約15%弱まることが知られている。19

さらに殺菌が必要な場合、紙の耐久性を考えた上でその方法を選択することが重要になる。文化財に対して行われた実験的手法の例としては、コロラド州立大学で1997年に、水で濡れて傷んだ425,000冊の書物がガンマ線で殺菌された。経済的には実行可能で効率的だったが、カビ胞子を破壊するために用いられる大量のガンマ線は、ポリマーを切断する原因となり、セルロースの強度を約25%弱めると今日では考えられている。20結果的に、この不可逆的な状態は処置した資料の耐久性を落とすことになり、目の前の作業に適した復旧方法を選択する重要性を浮き彫りにした。

Ⅶ.高慢

災害復旧で成功するため、ウォーターズが最後に提案する手段は、「他の人々と復旧の経験をオープンに分かち合おうとする管理者の意欲」21である。この謙虚な行為は、高慢な態度が復旧に悪影響を及ぼすような過ちを広く公表させないようにするのとは対照的である。失敗を公表するのは恥ずかしいが、この教訓によって、他の人々は同じ失敗を必ず避けることができる。

私が携わった最初の災害復旧は、1986年のLDS教会の家族史図書館にあるウエットパイプ式消火システムのわずかな漏れを復旧するという内容だった。ほとんど利用されていないコレクションの棚の上方で起こったため、この漏れは気づかれないまま何週間も放置されていた。私は復旧要請に応じて「教科書通り」の復旧作業を行うコンサーバターの一人だった。数千冊の書物が背を下にした状態でプラスチック製の牛乳箱にすぐに詰め込まれ、図書館の発送センターで待機していた小型トラックまでバケツリレーで運ばれた。冷凍するため、これらの書物はこの発送センターからソルトレーク市の製氷工場へと運び出された。この復旧作業は規則正しく行われたので、その午後にその場を立ち去ったすべての作業者が、数時間のうちに達成した成果に有頂天になっていた。ところが2週間後、私たちは、書物を運び入れて冷凍作業を行っていたハイジア製氷工場(Hygea Ice Plant)が火災に遭ったことを知った! このような出来事に言及した災害復旧に関する文献を私はこれまで見たことがない。災害後、これは「何事であれ失敗する可能性のあるものは、いずれ失敗する。」(アメリカの「マーフィーの法則」、イギリスの「こんちきしょうの法則」)という人生の気まぐれと宇宙の普遍性に関する目の覚めるような教訓となった。

チェコのコンサーバターが2002年のプラハ洪水後の別の例を挙げた。ピンカス・シナゴーグ―プラハの歴史的なユダヤ人地区にあるユダヤ博物館を構成する建造物の集合体の一つ―の地下が浸水した。博物館関係者は最初にシナゴーグの地下を救済しようとして水を除いた。それは即座に達成されたが、安易な決断の悪影響が作業終了後に出始めた。洪水が広範囲に及んだため、プラハ中の水圧に影響が及んでしまったのである。シナゴーグの地下から水を除去する決断をしたときは、水源を考慮していなかった。この水源は湧水―シナゴーグのミクヴェ(女性にとっての清めの水)を定期的に補充する淡水―だった。きれいな水がいったん取り除かれると、建物を取り囲む何トンもの貯留水の圧力によって、シナゴーグの地下に下水が逆流し、きれいな水を排水してしまった。高慢がもたらす思い上がり―複雑な問題が完全にそして容易に理解されうると仮定すること―がよくない状況をさらに悪化させることになった。22

同業者たちは、非難の応酬や公の場で恥ずかしい思いすることに対する恐れから、上記のような判断ミスを共有できないでいる。災害の一因となる問題や、復旧作業の不備につながる不適切な点を特定化するような、率直で自己批判的な姿勢を公にすることは、壊滅的な出来事の不安な結末の解決に向けて折り合いをつけていくときに役立つだろう。

同じく重要なのは、他の文化財リポジトリのプロ意識を高める手助けをする機会が私たちにあれば、私たちが苦労して得た教訓を、彼らが学ぶことができるということだ。さらに、高慢な感情が災害以前に生じる可能性や、自分たちだけで対処できると言って、他からの援助の申し出を拒否するおそれがあることを知っておかなければならない。洪水や火災の後にすべて廃棄されたコレクションの物語には当惑させられるが、どの物語もありえないものではない。災害の影響がコレクションに及んだ場合、施設はまず助けを求めなければならない。

結論

いかなる方法でコレクションを復旧しても、壊滅的被害の結末を覆すことはできないので、予防が最も優れた災害対策だと言えるだろう。破壊を未然に防いだり、軽減したりするためにも、すべての収集施設は、防災計画を作成・実行・改定するのに必要な時間とエネルギーを確保しておくようにとアドバイスされている。綿密な計画を覆すおそれのある人間の弱さが様々な形であらわれることにも注意するようにとアドバイスされている。正常な商取引や社会的交流を妨げるような出来事が起こると、古典的な七つの大罪―怠惰、嫉妬、強欲、大食、憤怒、色欲、高慢―に代表されるような個人的あるいは集団的な逸脱や不正行為が表面化してくるだろう。

結局のところ、災害対応時における収集施設の成功は、一つの単純な教訓―対応の早さと効果がコレクションの運命を決めることがある―にかかっている。濡れた有機物から成る資料にやがてカビが生えたり、いくらかのインクや染料が落ちたり、部分的に乾いたコート紙や写真乳剤が問題になる可能性があるため、かけがえのない文化財をなるべく早く安定させなければならない。特定の事実があらかじめ理解されていれば、復旧の有効性は著しく高くなる。コレクションの中に芸術的・歴史的・文化的にかけがえのない作品が含まれているならば、予防措置として、そのような貴重で壊れやすい資料を事前に適切に収納して(箱に入れて)おかなければならない。これは水害の被害を最小限にしたり、破損を防いだりするためである。可能ならば、これらの作品は満潮線(いわゆる500年氾濫原)よりも高いところで保管されなければならない。必要なときに専門知識をすぐに活用できるようにするため、コンサベーション・コンサルタントと事前にネットワークを構築しておく必要がある。これらのコンサルタントは、大規模な災害に取り組んだ経験が豊富であると同時に、所蔵品の特定物質の乾燥方法に通じていなければならない。

最後になるが、その他すべての作業と同様、災害時の対応の多くは人的マネジメントに関するものである。施設のスタッフを災害復旧計画案に慣れ親しませたり、大学・市・郡・州(地元の消防署を含む)の当局を計画作業に参加させたりする取り組みは、本当の災害が起こったときによい結果をもたらすことになるだろう。信頼できる災害復旧専門会社を事前に選んでおいたり、その会社のサービスが必要になったときに連絡が取れるように組織の何人かに権限を与えておいたりすることが、重要な事前措置となる。地元地域の業者と事前に合意に達しておけば、必要物資やサービス―紙箱、プラスチック製のごみ袋、運搬用車両、冷凍庫の空間など―の調達作業の能率を上げることができる。

防災計画とは、本当に地獄行きの旅を計画するようなものだが、神様は、計画なしにそのような旅をしなくてはならない組織をも救うものだ。ピーター・ウォーターズが提示した成功するための7つの基礎的な、だが必須の条件は一見単純だが、彼が十分に気づいていたとおり、実際には、これらの条件は人間の弱点や欠点によって損なわれやすい。防災計画に力を入れることで、施設側としては潜在的な問題に対して先手を打つことができる。このことに半信半疑の人たちは、同じところを輪になって走っているだけで十分かもしれないが。

 

1. Heritage Preservation and the Institute of Museum and Library Services, A public trust at risk: the heritage health index report on the state of America’s collections (Washington, DC: Heritage Preservation, 2005): 6-7.

2. Lewis Carroll, Alice in Wonderland, illustrated by Maraja (New York: Grosset and Dunlap, c. 1963): 23.

3. Peter Waters, “From Florence to St. Petersburg: An Enlightening and Thought-provoking Experience,” (19 August 1995), paper written for the conference, Redefining Disasters: A Decade of Counter Disaster Planning, held at the Library of New South Wales, Sydney, Australia, 20-22 September 1995, unpublished typescript: 7.

4. 4世紀にエヴァグリオス・ポンティコス(400年頃死亡)が8つの枢要罪として整理したのが始まり。以下を参照。Michael Bloomfield, The Seven Deadly Sins (Lansing: Michigan State College Press, 1952): 59-60; cited in Robert C. Solomon (ed.), Wicked Pleasures: Meditations on the Seven “Deadly” Sins (London: Rowman & Littlefield Publishers, Inc., 1999): 47, n. 5.). 5世紀にローマ教皇グレゴリウス1世あるいは大グレゴリウス(604年死亡)が現在の七つの大罪を制定した。以下を参照。Solomon: vii, 17, 21, 33, 54, 55.

5. Peter Waters, “From Florence to St. Petersburg,”1995: 7.

6. Academic Aftershocks: January 17, 1995, One Year after the Northridge Earthquake: California State University, Northridge, Videorecording (47 min.): sd., col.; ½ in. (Northridge, California: California State University, Northridge, Design Media, Inc., 1995).

7. Camila A. Alire, Library Disaster Planning and Recovery Handbook (New York: Neal-Schuman, 2000).

8. Peter Waters, “From Florence to St. Petersburg,” 1995: 7.

9. Sarah Spafford-Ricci and Fiona Graham, “The Fire at the Royal Saskatchewan Museum, Part 1: Salvage, Initial Response, and the Implications for Disaster Planning,” and, “Part 2: Removal of Soot from Artifacts and Recovery of the Building,” Journal of the American Institute for Conservation 39, no 1, (Spring, 2000), p. 15-36 and 36-56.

10. Peter Waters, “From Florence to Leningrad: A Learning Experience,” paper written for the U.S.S.R Library of the Academy of Sciences (BAN) conference, 1995, unpublished typescript: 4; and, Peter Waters, “Book Restoration After the Florence Floods,” in Herbert Spencer (ed.), Penrose Annual 62 (1969): 83.

11. Peter Waters, “From Florence to St. Petersburg,” 1995: 7.

  1. ユタ大学が開発したRFPによる民間の災害復旧会社の事前承認、RFPで生じた契約、信頼のおける災害復旧会社のリストに興味を持った関係者がいれば、筆者は喜んでこれらの情報を提供する。<randy.silverman@utah.edu>

13. Personal communication with Peter Waters, 14 March 1998.

14. Randy Silverman, “The Day the University Changed,” Idaho Librarian 55, no. 3 (February 2004) https://collections.lib.utah.edu/ark:/87278/s6pz5t23

15. Peter Waters, “From Florence to St. Petersburg,” 1995: 7.

16. Peter Waters, “From Florence to St. Petersburg,” 1995: 7.

17. Personal communication with colleagues attending the Czech and Slovak Library Information Network (CASLIN) conference, “Crisis Management and Recovery,” Holenský Dvur, Czech Republic, 8-12 June 2003.

18. Peter Waters, “From Florence to St. Petersburg,” 1995: 7.

19. 現代の大規模な紙の乾燥技術と殺菌技術を比較した研究から得られた未発表の結果。国立公園局(National Park Services)と国立保存技術および訓練センター(National Center for Preservation Technology and Training)の助成金による支援を受けた。2004年から2006年にかけて、大英図書館とチェコ共和国の国立図書館の協力の下で行われた。

20. Ibid.

21. Peter Waters, “From Florence to St. Petersburg,” 1995: 7.

22. Personal communication with Jerzy Stankiewicz, Head of the Restoration Department, National Library of the Czech Republic, Prague 12 June 2003.

 

ページの上部へ戻る