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週替わりの工房風景をご覧ください。毎日こんな仕事をしています。

2021年4月23日(金)和装本にみられる虫害

和装本では虫の食害によって背や天地に1~2mm程の小さな丸い穴が開いているのをよく目にします。外側から見るとごくごく小さい穴ですが、その穴はトンネル状に長く続き、外観からは想像出来ないほど内部を大きく食い荒らしていることがあります。被害が拡大すると、虫糞や唾液によって頁同士でくっついてしまい、開けなくなってしまうこともあります。そのような虫損が著しい和装本を解体すると、その犯人が姿を見せることがあります。お預かりする資料の中には、虫損の跡に虫の死骸が残っていることがあり、画像の虫はシバンムシの成虫になります。この虫は書籍、漢籍、古文書に最も深刻な食害を与える害虫です。

 

紙資料に穴をあけて食べ進む虫は主にシバンムシ類で、代表的な書籍害虫としてフルホンシバンムシやザウテルシバンムシなどがいます。それらが幼虫の時期に、和紙やデンプン糊、資料に堆積した埃などを食べて栄養源にしています。穿孔状に貫通食害するのが特徴で、虫損の周りには虫糞や粉状のかじりカスを残し、利用する際にパラパラと細かな粒状の虫糞が落ちてきて、書架や隣接する資料も汚してしまいます。

 

このような虫による被害を予防するためにも、資料の点検や書架の清掃を定期的に行うことが大切になります。また、粘着トラップを設置し、どのような虫が発生しているか捕獲して、種類の同定、侵入状況を調査することも害虫の早期発見に繋がります。

 

『シバンムシ類の成虫は餌を食べずに交尾・産卵して死亡します。卵から成虫になるのに1~数年かかると言われております。タバコシバンムシやジンサンシバンムシなど一般家庭で見られるシバンムシ類ではもう少し短く、温湿度が成長に好条件の場合には卵から成虫になるのに2~3ヶ月程度です』東京文化財研究所 TOBUNKENNEWS no.69,2019,p.45-p.47 Column 文化財害虫のシバンムシ類について(保存科学研究センター・小峰幸夫)

 

こうしたシバンムシ類の生態から、一匹でも幼虫が確認された書籍には卵が残されている可能性があり、数か月後に幼虫が発生してしまうことも考えられます。すでに虫が発生した資料に対しては、脱酸素剤とガスバリア袋を用いた無酸素パックMoldenybe®モルデナイベによる殺虫処理をお勧めします。袋の中には脱酸素剤を入れるだけで、他の化学薬剤を使用せず、なおかつ材質への影響がほとんどない方法で、資料にも人にも安全です。殺虫が完了した後はそのまま密封状態で保管し、昆虫の侵入が多いような劣悪な環境内においても、封入した書籍をさらなる虫害劣化から守ることもできます。

 

 

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2021年4月7日(水)修理を通して知る『ちりめん本(縮緬本)』の魅力

明治時代に生まれた絵入りの本に「ちりめん本(縮緬本)」と呼ばれている書物があります。多色刷り木版の挿絵と活版印刷の欧文活字を和紙に印刷し、後から織物のちりめん生地によく似た細かい皺(凹凸)加工を施し和綴じされた欧文和装本です。そのしなやかで温かみのある独特の手触りと、錦絵のような色鮮やかな美しい挿絵から、異国情緒の溢れた書物として日本を訪れた外国人に大変人気だったそうです。ちりめん本は外語学習用に作成されたとも言われていますが、その実態や刊行されたタイトルがどれほどあったのかということについては、未だ熱心な研究が続いています。

 

弊社では、ちりめん本の修理をご依頼いただく事があります。その損傷は、柱の切れや角裂の擦り切れ、綴じ糸のほつれ、紙のヤケ、シミなど、和装本に似た傷みがほとんどですが、なかにはこのユニークな書物ならではの損傷を目にすることがあります。それは、本紙の袋綴じ部分が意図的に切り開かれている、という損傷です。旧来のヨーロッパの製本では、本の小口を断裁せずに仮綴じして仕上げた状態(アンカット本とよばれ全ページが袋綴じの状態)で販売し、ペーパーナイフを使って、袋綴じ部分を開きながら読み進める習慣があり、読み終わったら自分好みに製本するというのが一般的でした。そのため、日本から持ち帰られたちりめん本の袋綴じの構造を見て、アンカット本と認識してしまい、本紙の柱(袋綴じした版本の中央部分)をカットした、という経緯が思い起こされます。本紙数丁をカットしたものの袋綴じの内側は裏白であることに気付いたのか、途中からカットされていないものもあります。こうしたちりめん本の損傷から、今もあるような文化の違いを知るとても興味深い発見と楽しさがあります。

 

ちりめん本の修理について付け加えると、水分を多く含むと和紙に施した柔らかいクレープ状の加工や元々のしなやかな手触りがとれてしまうため、修補で使用する糊の水分量や折れ伸ばしの加湿調整、さらにフラットニングの圧力加減などに慎重さを要します。

 

2020年8月26日(水)お客様の現場に出かけて和装本の綴じ直し作業を行いました。

目白にある徳川林政史研究所様にて、和装本の綴じ直し作業を行いました。

徳川林政史研究所は尾張徳川家第19代当主徳川義親によって設立された公益財団法人徳川黎明会に所属する研究所です。国内で唯一の民間林政史研究機関であり、現在は林政史の分野に留まらず、尾張藩の研究や江戸幕府に関する研究なども行っています。

 

同研究所の所蔵史料のうち、和綴じ、主に四ツ目綴じの糸が切れている史料を綴じ直す作業を2017年度より継続的に行っています。史料の持ち出しが難しいことや、特殊な道具が必要なく、糸、針、はさみがあればできる処置のため、研究所の閲覧室の一角をお借りし、スタッフ2名、約一日かけて70~80冊の綴じ直し作業を行います。

 

歴史ある重厚な建物の内部は、都会の喧騒を感じさせない静謐な空気に包まれています。趣のある閲覧室での作業は、工房とはまた違う雰囲気を味わうことができ、毎年の楽しみとなっています。

 

 

【関連記事】
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2020年6月10日(水)手繕いによる虫損の修補

虫損のある文書や和装本の修理の際、虫穴の小さいものや、全体のうち数丁・数か所だけに虫損が見られるといった軽度の損傷の場合は、「手繕い」という方法で修補を行います。手繕いとは、本紙の裏側から虫損の穴の周りにデンプン糊を塗り、喰い裂きにした和紙を欠損箇所に貼って一つ一つ埋めていく作業です。

 

手繕いに用いる和紙は生成りのまま使用することもあれば、本紙の色に合わせて染色和紙を使用することもあります。和装本の場合、何丁も続けて同じような箇所の虫穴を埋めるため、部分的に厚くなりすぎないように和紙の厚みを選び、また、丁が重なった際に和紙の色が濃くなりすぎないよう、本紙よりもワントーン落とした色合いのものを選択するなど、仕上がりをイメージしながら調整します。

 

手繕いの際は、和紙を喰い裂きにすることで本紙との馴染みが良くなり、本紙と重なり合う部分の段差も目立ちにくくなります。虫損が大きかったり広範囲に及ぶ場合は、和紙を虫損に被せた状態で虫穴より数ミリ大きく水筆でなぞり、ちぎって喰い裂きにした補修紙を使用します。修補後は不織布を被せてろ紙に挟み、シワや引きつれが起こらないよう重石を置いてしっかりと乾燥させます。実際の修理では、虫損以外に破れや老け(水損やカビが原因による紙の繊維化)といった損傷が一冊の中で複合的に起きていることもあるため、資料の状態を見て、繕い以外の方法も含めた適切な処置を選択します。

 

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2020年3月27日(金)虫損が著しい文書修理の第一歩は「剥がす」

折状などの古文書や、糸綴じされている和装本のように、主に和紙を基材とした資料に多く見られる損傷が虫損です。紙の表面を舐めるように虫に喰われていたり、紙束の上から下を貫通するように穴が開いていることもあります。その穴の周りに虫糞を残しながら侵食していくのですが、虫糞が固まって隣の丁の虫穴と固着、さらに隣の丁と固着してしまうため、そこだけ紙が貼りついている様に見えます。虫穴が一箇所、あるいは数カ所だけであれば、ゆっくりめくることで虫糞が落ちて固着を外すことはできます。しかし虫損が全面に生じると、紙束は板のように固まってしまい剥がすことは非常に困難です。

 

こうした資料の修理をお客様からご相談いただく際、「剥がすために何か機械を使うのですか?」「コツはありますか?」など話題になりますが、何より人手と根気が必要な作業といえます。文字情報を損ねることなく安全な状態で次の処置へ移るために、時間をかけて丁寧に行なっています。

 

 

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2020年1月22日(水)オプションサービス「ラベル作製・貼付」のご紹介

資料を保存・管理する上で、欠かせないアイテムがラベルです。保存容器にラベルを貼ることで、資料の表題や出納番号などの書誌情報が一目で識別でき、資料へのアクセシビリティが格段に上がります。

 

印刷する項目やラベルの貼り方などは、資料の性質や形態、使われ方によって異なるため、この項目だけ書けばよい、というテンプレートがありません。他にも、資料の活用段階によっても項目や用途が異なりますし、運用によっては、ロケーション番号のみを記載した方が良い場合もあります。

 

弊社では、効率的に資料を探し出せる機能的なラベルだけでなく、分類や管理の方法、様々な箱種・ファイル用品への対応等々、固有の要件に応じたラベルの作製・貼付サービスをご提案しています。自然史標本、美術品や服飾品、モノ資料などには、印刷したラベルと中性紙タグを組み合わせる場合もあり、くるみんで包んだ資料には、くるみんのひもに取り付けることも可能です。このように、整理と検索のしやすさに配慮したラベルのご相談も承ります。

 

ご要望等ございましたらお気軽にお申し付けください。

 

◆資料保存用のラベル用紙について
接着剤付きラベル用紙を使う場合は、パーマネントペーパーで作られているか、接着力が長期に持続するか、接着剤が乾いて接着力がなくなりラベルがめくれたりはがれ落ちたりしないか、接着剤がしみ出してきてべたつき、ホコリを付着させ隣接する資料の劣化原因にならないか、こういった点に配慮されたラベル用紙を推奨しています。

 

弊社の「中性ラベル」は上記の推奨要件を満たしています。用紙には中性紙として定評のあるAFプロテクトH(特種東海製紙株式会社製)を、裏糊にはアクリル系エマルジョン樹脂(弊社製)を採用し、長期の安定品質保証のために、ラベル用紙として国内では初めて、ISOのPAT(写真活性度試験=Photographic Activity Test) に合格いたしました。同試験は名称通り、直接的に接した写真画像に対する包材や接着剤の画像への影響度を試験し、包材として合格か否かを見る試験法ですが、これにパスすることは、他の資料への影響度も極めて少ないことを意味します。ただし、資料等へ直接貼るのではなく、弊社等で提供しているアーカイバルボード製資料保存容器向けに限っての品質保証になります。また、プリンタは顔料インクでのインクジェット・プリンタをお勧めします。

 

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2016年9月7日(水)今日の工房『保存容器に貼付する中性ラベル』

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新薄葉紙Qlumin™くるみん

2019年9月18日(水)修補の際は、色々な厚みの和紙を使い分けています。

修補の際は、本紙の厚みによって使用する和紙の厚みを調整しています。例えば、重量のある本の背ごしらえや、厚みのある表紙の欠損箇所の補填には厚手の和紙を用いたり、破れの修補を行う際には、薄手の和紙を使用することで修補箇所に厚みが出ないようにしています。

 

また、紙力が低下した資料で表面に文字が記載されている場合は、文字情報を生かしつつ、取り扱いに支障が出ないように極薄の和紙を使用して表打ちや裏打ちを行うなど、本紙の厚みだけではなく、目的によって使い分ける場合もあります。この他にも、数種の和紙を貼り合わせて必要な厚みを出したり、本紙の質感によっては、楮以外にも、雁皮や三椏を原料とした和紙を使うこともあります。

 

数ある和紙の中から、本紙の厚みや質感、損傷具合、利用用途などに応じて最適なものを選択しています。

 

【関連情報】
『今日の工房』2019年8月22日(木)明治大学平和教育登戸研究所史料館様が所蔵する終戦時に書かれた女学生の日誌の修理とデジタル化を行いました。

 

『今日の工房』2018年7月18日(水)紙力が著しく低下したものの薄葉紙での裏打ちは、噴霧器での糊さしと不織布の補助で。

 

『今日の工房』2017年9月20日(水)本紙の破れを修補するときの道具・材料とセッティング

2019年8月22日(木)明治大学平和教育登戸研究所資料館様が所蔵する終戦時に書かれた女学生の日誌の修理とデジタル化を行いました。

明治大学平和教育登戸研究所は戦前に旧日本陸軍によって開設された研究所で、現在は明治大学生田キャンパス内の一画に資料館として、当時の登戸研究所の活動や研究内容を中心に公開しています。

 

今回修理のご依頼を頂いた資料は、群馬県立前橋高等女学校に在学中、登戸研究所で研究開発した風船爆弾の製造に動員された女学生の日誌で、弊社へご依頼頂いた経緯や資料の概要について、資料館のご担当者様より、ご依頼の経緯と資料の概要について、以下のようなコメントをいただきました。

 

[ご依頼の経緯、資料の概要]
原蔵者の方は、昭和19年に2年生だったそうなので、終戦時の年齢は15,6才位でしょうか。当時は学校へ行っても、勉強はほとんどできず、毎日農家の手伝いや軍需工場に動員されていました。この原蔵者の場合、ある日突然、学校自体が風船爆弾の工場となり、女学生が分担してつらい作業をさせられることになったそうです。

 

今回修復していただいた史料はそうした動員作業など当時の学校生活について記した日誌3冊のうちの一冊です(他の2冊は紙質はよくないものの比較的状態がよい)。ノートにその日の作業内容や感想などを書き、学校の先生に渡して報告していたそうです。ところどころ、赤ペンの書込みがありますが、赤ペンは先生が記入したものだと言う事です。

 

補修した史料は8月15日前後の日誌で、この時期風船爆弾製造作業はしていなかったようですが、終戦当時の状況や女学生の心情が記されている貴重なものです。風船爆弾は登戸研究所で研究開発したもので、直径10mの和紙製気球に爆弾を付けてアメリカ大陸を攻撃する兵器です。その和紙の貼り合せなどには、日本全国の女学生などが動員され、学校が製造工場になった所も多かったそうです。

 

約一万発が打ち上げられ、一割位がアメリカ大陸に到達したと推定されています。風まかせで飛ぶので、多くは砂漠や山に落ちて山火事程度の被害しか与えられませんが、山に不時着した風船爆弾にたまたまピクニックに来ていた子供達が触れて6名の犠牲者が出ています(アメリカ本土ではこの戦争による唯一の犠牲)。

 

原蔵者は8月15日に敗戦を知り、くやしい気持ちを激しい調子でこの日誌に綴っています(「悔しさと敵愾心で胸がかきむしられる」「血も涙もないヤンキー」「きっと仇をとる」など)。軍国主義の教育を受けた当時の女学生としては、一般的な心情だったようです。ですが、十数年前風船爆弾に関するテレビの取材を受けた時、自分たちが作った風船爆弾で子供を含む6名の方が亡くなったことを初めて知り、大変なショックを受けたそうです。以後、自分は戦争の被害者というだけはなく加害者でもあると、風船爆弾製造に動員された時のことを積極的に後世に伝えるようとされています。

 

今回修復した日誌はこの「8/15」の記載があるため、あちこちへ持ち出して見せたり、読み聞かせたりしていたようです(取材をうけたテレビ番組でもボロボロの状態なのに丸めて、当該箇所を示す様子が写ってました)。そのため元々3冊の中でも一番紙質が悪かったのにさらに状態を悪化させてしまったのかもしれません。そのため、今回この日誌の修復をお願いした次第です。

 

[資料の状態]
形態はパルプ紙を基材としたA5サイズのノート。ほとんどが鉛筆書きによるものだが、所々に赤ペンによる書き込みが見られる。酸化・酸性化による紙力の低下が著しく、特に全ページにわたって見られる水損による染みの箇所の傷みが顕著で、既に欠失している箇所も多数あり、現状は頁を捲るのも困難な状態である。

 

[処置概要]
今後の利用や展示などへの活用を踏まえ、取扱いに支障がなく、閲覧可能な状態になるよう処置を行い、デジタル撮影(担当は株式会社インフォマージュ)もあわせて行った。具体的には資料の紙力強化をはかるため、一枚の本紙に対して表打ちと裏打ちの両方を行った。その際、文字情報をできるだけ阻害しないよう、極薄の和紙(3.6 g/m2)を用いて行った。また、酸性劣化の進行を抑制するため、Bookkeeper法による非水性脱酸性化処置を行った。

 

デジタル撮影は処置後に行ったが、元々本紙の文字が鉛筆書きで薄く、本紙の茶褐色化により現状でも読みにくい状態ではあったが、処置後はさらに表打ちにより文字が読みにくい状態となったため、デジタル画像上で文字を強調する画像加工も行った。

 

処置後の資料は、原本は資料館様で保存され、加工データからのコピーは原蔵者様にお渡ししたとのことです。

 

原蔵者の方は思い入れのある日誌がボロボロになっていくのを気にしていらっしゃったそうで、処置後の資料を見て、大変きれいな状態になり、コピーも大変読みやすいとご満足いただいたとのご感想いただきました。

2019年7月18日(木)汚れた紙資料の水性処置では、洗浄の前にまず「濡らす」ことがなぜ重要なのか?

紙資料の修理工程のひとつに、紙の汚れを除去するための洗浄処置があります。洗浄は、弱アルカリ性に調整した洗浄液に資料を浸したり、スプレーで噴霧して濡らしたりして、紙に付着している汚れや、経年により内部で生成された着色汚れ(発色団 chromophore)を除去し、可溶性の酸を洗い出すために行う処置です。見た目の仕上がりの良さだけでなく、紙の保存性を向上させる役割があることから、水性処置の第一段階として不可欠な工程を担っています。洗浄後は、やぶれの補修や、水性脱酸性化処置、抗酸化処置など、資料の劣化要因によってそれぞれの工程を選択しますが、特に酸化・酸性化が進行した紙への洗浄+水性脱酸性化処置は、紙の劣化に関する根本的な問題への対処方法です。そしてこれらの処置は、紙表面だけでなく繊維の奥深くまで水溶液が行き渡ることで、より良い効果が得られます。
 

 

紙の内部に水を行き渡らせるには、紙を均一に濡らせば良いのですが、文字情報が載っている紙資料の場合、サイズ剤(にじみ止め)が効いていて水分が浸透しにくいため水で濡らすのは意外と難しいことです。まずは、溶液が隅々まで行き渡るように「濡らし」という事前の準備を行います。
 

 

資料の基材(紙)とイメージ材料(インクなどの色材)が、水にもアルコールにも耐えられることをスポット・テストで確認したら、水とアルコール(エタノール、イソプロピルアルコールなど)の混合溶液を使って紙を濡らします。アルコールを加えて水の表面張力を下げることで、紙を素早く濡らし繊維の奥深くまで水分を運ぶことができます。紙が充分に濡れ色になったら紙を引き上げ、洗浄液に浸します。
 

 

水は表面張力が高い(※1)液体なので、時間をかけて無理に湿らせようとすると、資料に物理的な負担をかけることにもなります。水が紙に浸透するとき繊維を膨潤させる作用が働くため、繊維の構造的な変化と、紙に載っているイメージ材料の亀裂など、影響を及ぼす可能性があります。こうした変化を伴うからこそ素早く濡らすということも重要です。
 

 

※1 水の表面張力は72.75mN/m。対してエタノールは22.55mN/mで、ちなみに水銀は476.00mN/m。紙の修理に使われる溶液の中でも水の表面張力は高い方。

 

関連情報

 

参考文献
 

2019年6月19日(水)共立女子大学図書館様の貴重書1900点のカビ被害のクリーニングから保存容器収納まで。

共立女子大学図書館様の所蔵する貴重書に対して、資料の一部にカビ被害が発見されたことを機に、資料と書架の一斉クリーニングを行い保存容器を導入して再配架しました。

 

貴重書室の資料は洋書・和書約1900点。まず資料全点を無酸素パック「モルデナイベ」にパッキングしてカビ残滓等の飛散を防止した状態で別室に運び出し、そのまま無酸素状態を3週間以上維持させて殺虫とカビ抑制処置を行った。経過後は開封し、ブラシを装着したHEPAフィルター付き掃除機で資料表面や小口に堆積した塵芥やカビ残滓を吸引した後、消毒用エタノールをしみ込ませたクリーニングクロスでふき取ってクリーニングを行った。

 

空になった書架は清掃し、「棚はめ込み箱」をはめ込んで、クリーニングが済んだ資料を再配架した。和書の布帙は、破損やカビ跡が見られるものが多かったため「タトウ式保存箱」に入れ替えた。重量がある大型資料は一点ずつ「タトウ式保存箱」「組み立て式シェルボックス」に収納することで、安定して配架、取り扱いできるようになった。

 

一連の工程のうち、無酸素パック「モルデナイベ」へのパッキング作業は、共立女子大学図書館スタッフの方々により行われました。「モルデナイベ」はスタッフ様自らが館内でのご使用可能です。ぜひご活用ください。

 

 

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スタッフの力 資料に付着した汚れやカビのドライ・クリーニング

2019年2月20日(水)修理前に行うスポット・ テストとサンプリング・ テストとは?

修理にとりかかる前に行う作業として、カルテの作成、状態撮影、さらにスポットテストとpH測定があります。このうちスポット・テストは大別すると2種類に分けられ、目的がそれぞれ異なります。

 

まず一つは、資料の基材となる紙やイメージ材料に対して、スポット(点)状に試薬を接触させて行うテストです。このテストでは、処置に使用する水溶液や溶剤に対し、修理対象となる紙やインクがどのような反応を示すかを見ています。例えば水に「滲むか滲まないか」だけでなく、その程度や感度、脆弱性をみることで、想定する処置をより具体的にシミュレーションすることが可能となり、場合によってはこの段階で処置方法を再考し、より効果的な手法に転換できることもあります。簡便さ、速さが利点ではありますが、試薬を接触させることで見た目を変えることがないよう、テスト範囲は最小限に留める必要があります。一紙面の中でもどの箇所で行うべきかは慎重に判断しなければなりません。

 

もう一つは、本紙から落ちた微細な破片や、資料を構成する付属材料(粘・接着剤など)に対して試薬を用いて行うサンプリング・ テストです。反応をみるためのスポット・テストとは異なり、本紙や付属材料に含まれる物質を識別するために行います。精密な検査を求める場合はより専門的な分析機器が必要になりますが、修理の方向性を見定めたい時には短時間かつ目視で分かりやすく判別することが可能です。例えば試薬の一つにデンプンを検出する「よう素よう化カリウム溶液」があります。これは、過去の補修時にデンプン糊が使用されたことが分かれば、その補修紙を除去する際、デンプン糊の接着力を緩ませるために水を用いた水性処置は効果的で安全性が高いという判断ができます。

2018年11月28日(水) 和書や漢籍の展示に支持具、展示形状に合わせてパーツを組み合わせて使用。

洋書に比べて書物全体が柔らかい和書や漢籍を展示する際にきれいに見開き、綴じなどに負荷がかからない支持具を考案した。

 

和書や漢籍を見開いた際の形状に沿うアーチ形のパーツをアーカイバルボードで作成した。資料全体を適切な角度でも保持できる。

 

また、「見返し題」、「序題」、「奥書」などの箇所を見開いた場合に、左右が不均衡になり安定しない時に適した傾斜型や平型の支持具も試作した。パーツとして組み合わせて使えば、開き角度を調整できて安定した展示ができる。

2018年10月24日(水)和装本の中綴じに用いる紙縒り(こより)をつくる。

中綴じとは、表紙を綴じつけるまえに、本紙部分だけを紙縒り(こより)で綴じる作業です。和紙でできた紙縒りはやわらかさと強靭さを併せ持ち、綴じあがりの最後に叩いて潰すことで結び目がしっかりとしまり、表紙をつけた際もふくらみが目立ちません。

 

和装本の中綴じに使用する紙縒りは社内で1本1本手作りしていますが、指で縒って作るのは時間がかかる上、意外とコツのいる作業でもあります。しかし、身近に手頃な木の板があれば、どなたでも簡単に紙縒りを作ることができます。

 

長さ20~30㎝、幅3㎝程にカットした和紙を噴霧器で軽く湿らせた後、角を少し指で縒ってきっかけを作り、手に持った木の板を作業台にこすり合わせるように縒っていきます。最後に両端をピンと引っ張ってからよく乾燥させると、真っ直ぐでへたらないきれいな紙縒りが出来上がります。手で縒った紙縒りに比べて、少し固い仕上がりになりますが、早くて簡単、大量に作ることができます。

 

<関連リンク>
今日の工房 2017年3月15日(水)和装本(四つ目)を仕立て直す。

2018年10月10日(水)私立大学図書館協会の和漢古典籍研究分科会で補修実演講座を担当しました。

私立大学図書館協会の和漢古典籍研究分科会が主催する古典籍資料の補修実演講座が9月25日(火)に中央大学多摩キャンパスで行われ、弊社スタッフが講師を担当しました。

 

講座では和漢古典籍の製本の中でも一般的な四つ目和綴じを取り上げ、構造の解説から、サンプルを用いて本体の中綴じ、表紙掛け(表紙の折込み)、外綴じといった一連の工程を行い、1冊仕立てる実習を行いました。また、古典籍資料の損傷で一番多く見られる、虫損で傷んだ本紙の修補なども体験していただき、虫損資料の中でも優先して修理すべき状態のものの見分け方や、今後の利用に合わせて修補箇所を選定する方法なども合わせて解説しました。

 

最後の質疑応答では、参加者から自館での修理事例のお話や、修理検討中の資料についての質問など、具体的な内容が多く寄せられ、私共にとっても大変有意義な時間となりました。ご参加いただきました皆様、誠にありがとうございました。

2018年10月3日(水) 傷みやすい資料は、保存箱に収納する前に”包む”ことで、より安全に保存し、取り扱うことができます。

弊社では、様々な資料を保存箱に収納することをお勧めしていますが、脆弱でデリケートな資料は、箱に収納する前に資料を適切な素材で”包む”ことで、より安全に保存し、取り扱うことができます。

 

▶︎物理的に守る
ガラス乾板やレコードなど、表面がデリケートな資料は、中性紙のフォルダーに包んで箱に収納することで、箱内での接触や、塵や埃などによる物理的な損傷を防ぎます。痛みが激しく繊細な資料は、両面がなめらかな新薄葉紙くるみん™️を1枚のせたり、巻くことで、表面を保護できます。

 

▶︎汚染ガスを除去する
資料にダメージを与える、空気中の有害ガスを除去するには、GasQ ®シートで包みます。折りたたむことでクッション性が出るので緩衝材にもなります。

 

▶︎資料をより扱いやすく
背を解体してバラバラになった本や、簿冊や新聞などの重くて持ちにくい資料、また、紙力が低下してもろくなった資料も、包んだりはさんだりすることで、しっかりと資料を持つことができ、まとめて箱から取り出せるので資料の出し入れがしやすくなります。

 

資料の状態によって様々な方法をご提案できますので、ぜひご相談ください。

2018年9月12日(水)新薄葉紙「くるみん」の紙ヒモ用小型ロール品を発売しました。

今年1月に販売を開始した新薄葉紙「Qluminくるみん」を紙ヒモ用の小型ロール品にした「くるみんのひも」の販売を開始します。

 

文化財や美術品を梱包する現場では薄葉紙は欠かせない存在であり、「包む」以外にも、緩衝材と資料を固定する「紙ヒモ」としてよく使われています。通常は大判の薄葉紙を、お客様が自ら細長く裂いて作るため、均一に裂けずに切れやすいヒモになったり、また長いヒモが必要なときは短いものを繋ぐなど、作るのにとても手間がかかるものでした。

 

「くるみんのひも」は幅150ミリ×100メートルのロールタイプです。スリット加工で仕上げているため切り口が綺麗で丈夫な紙紐が作成できます。扱いやすく、好きな長さでカットできるのが特徴で、大型品の梱包に限らず、破損した資料の固定や、小物用の緩衝材としてもご利用いただけます。「薄くても丈夫」、「スペースをとらずに、すぐに作れて、扱いやすい」、「大きな紙からカットしないので無駄なく作れる」等々と好評です。

 

◆販売形態と価格
・「くるみんのひも」幅150ミリ×100メートル 1本 3,000円
*別途消費税及び梱包輸送費を頂戴いたします。

2018年8月22日(水)本を展示する際の簡易な「支え」は、アーカイバルボードで自作できます。

古い貴重な書籍を開いて展示する際、本に負担がかからないように裏側から「支え」を入れることがあります。薄葉紙などを折り畳んで作る簡易的なクッションから、本の厚さやページを開いた時の角度などを計算して作った書見台のようなものまで形態はさまざまです。

 

アーカイバルボードでも簡易的な展示台を作ることができます。本に合わせた大きさで三角や四角の型を作り、本を開いた角度に添わせてあてがいます。本の重みで変形する場合は、丁度よいところで型の中に詰め物(画像は包材のプチプチを使用)をすれば形が安定します。

 

本の状態や展示スペースなどの理由で、より精密なカスタムメイドの展示台が必要な場合は、お気軽にご相談ください。

2018年7月18日(水)紙力が著しく低下したものの薄葉紙での裏打ちは、噴霧器での糊さしと不織布の補助で。

酸化・酸性化により、あるいは水損やカビで紙が「老け」(ふけ=紙の繊維化)て、紙力が著しく低下した本紙を、不安なく取り扱える状態にするためには、裏打ちによる紙力強化が有効です。ただし、そうした資料は水分を含むとさらに脆くなり、直接本紙に刷毛を当てるのも困難な場合があります。こういう場合にはスプレーによる裏打ちを採用しています。

 

まず、薄めたデンプン糊を噴霧器に入れて準備をします。不織布の上に本紙を置き、その上に極薄の和紙(3.6 g/m2)を被せて、上から糊を均一に噴霧し、不織布をかぶせた上から刷毛で撫でて裏打ちをします。

 

この方法は、必要最小限の水分と糊で裏打ちができ、不織布越しで刷毛を使用するため、本紙を傷める心配がなく、安全に行えます。また、本紙と和紙の接着が面状ではなく、点状での接着のため、硬くならず柔らかな仕上がりとなります。

 

※和紙の上から糊を噴霧し本紙と接着させるので、使用する和紙が厚いと糊が本紙まで浸透しません。このため、使用する和紙は3.6 g/m2 程度の極薄紙を使用します。ここでは裏打ちを紹介していますが、文字や画像などがある面への「表打ち」としても使います。

2018年6月13日(水) 紙ヒモ用の「薄葉紙くるみん」を試作しました。

1月に販売を開始した新薄葉紙「Qluminくるみん」で、このほど紙ヒモ用の小型ロール品を試作しました。お客様に試していただいている段階ですが、「薄くても丈夫」、「スペースをとらずに、すぐに作れて、扱いやすい」、「大きな紙からカットしないので無駄なく作れる」等々と好評です。

 

文化財や美術品を梱包する現場では薄葉紙は欠かせない存在であり、「包む」以外にも、緩衝材と資料を固定する「紙ヒモ」としてよく使われています。大判の薄葉紙を細長く裂き、それをしごいてヒモ状にするのですが、紙の柔らかさと加工性の良さで資料を傷つけず、手早く作れるのが利点です。

 

今回、より簡単に紙ヒモを作るための「紙ヒモ用くるみん」を試作しました。ロール型なので扱いやすく、好きな長さでカットできるのが特徴です。大型品の梱包に限らず、破損した資料の固定や、小物用の緩衝材としてもご利用いただけます。

 

※追記:小型ロール品「くるみんのひも」、販売を開始しました。新薄葉紙「Qluminくるみん」のページをご覧ください。

 

2018年5月23日(水)寄贈資料のカビのクリーニング作業を、出向して屋外で実施しました。

松竹大谷図書館様より、寄贈された資料のカビのクリーニング作業を依頼された。対象は演劇台本など約700点。湿気の多い環境に長い間保管されていたようで、全体に湿っており、カビが発生していた。この状態で書庫に入れることは困難であるため、資料の乾燥とクリーニング作業を行うことになった。

 

他の資料へのカビ胞子の飛散を防ぎ、さらに資料の乾燥もあわせて行うため、図書館の近くにある東銀座・ 東劇ビル屋上をお借りして、屋外でのクリーニング作業を行った。当日は快晴で、屋上に資料を広げ、乾燥を促しながら、1点1点クリーニングを行った。

 

カビの付着が著しいものはブラシを装着させたHEPAフィルター付き掃除機で吸引した後、消毒用エタノールをクリーニングクロスに滲み込ませたもので、拭き取った。通常クリーニング作業は手袋を装着して行うが、今回は資料の乾燥状態を確認しながらの作業であったため、手袋は外して素手で行った。その後、乾燥が確認できた資料から無酸素パック「モルデナイベ」に収納し、万が一取り残しのあったカビ胞子の不活性化と殺虫を行った。

 

作業に当たっては、松竹大谷図書館様のスタッフの方々にもお手伝いいただき、スムーズに作業を進めることができました。暑い中お手伝いいただきましたこと、心より御礼申し上げます。

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