スタッフのチカラ

「表紙の外れた革装丁本は、どのように修理するのですか?」—ご質問にお答えします。

2015年11月5日伊藤美樹

「本の背と表紙のつなぎ目が傷んで、表紙が外れてしまった革装丁本は、どのように修理しているのですか?」

よくお問い合わせいただく、この質問にお答えします。

以下ではまず、洋装本とはそもそもどのような構造なのか? これを理解していただき、その後に18世紀中頃に出版・装丁された総革装丁本(フル レザーバインディング)をモデルにした弊社での修理をご紹介しましょう。

1.洋装本のかたち--表装と背の構造、各部位の名称

洋装本の表装は、普通はフル・バインディング(full binding)、ハーフ・バインディング(half binding)、クウォーター・バインディング(quartet binding)の3種類。

フル・バインディング ハーフ・バインディング クオーター・バインディング

 

背の構造は、タイト・バック(tight back)とホロー・バック(hollow back)の2種類。

  • タイト・バック:背表紙(革の場合が多い)が、直接、本体の背に接着されている。
  • ホロー・バック:背表紙の内側と本体の背が直接接着されておらず、天地にかけて空孔なっている。
タイト・バック構造 ホロー・バック構造

 

各部位の名称

 

詳しくは、弊社スタッフが翻訳した下記を御覧ください。

原文:Altemis BonaDea (1995),Conservation Book Repair: A Training Manual

訳:伊藤美樹 (2008),館内で本を修理する

2.処置前の資料の状態を見る

革のフル・バインディングの本(1735年発行)。背の構造はタイト・バック。表紙のマーブル模様は当時の装飾のひとつ。
こうした革装丁本は開閉の際に表紙のヒンジ部へストレスがかかり、ヒンジ部で表紙が外れているものが多い。本体の紙力や綴じの状態は、概ね良好である。表装の革には、レッドロット現象が起きている。

3.修理処置方針を立てる

資料のクリーニングとスポット・テストを行う。レッドロット対策の後、表紙周辺部の表装の革の損傷箇所を補修する。背表紙の革装部分は比較的健全で柔軟性もあり、本体への接着も維持できているため、オリジナルの背のタイト・バックの構造はそのまま活かす。外れた表紙をタケッティング法で接合し、ヒンジ部を補強する。最後に保革油を塗布し、磨く。

4.処置工程

4-1. ドライクリーニングとスポット・テスト
柔らかい刷毛や、繊維の細かいクリーニングクロスを用いて、表面の埃や塵を除去した後、処置で使用する水溶液や有機溶剤に対する耐性を確認する。

4-2. レッドロット処置
表装の革部分に、レッドロット処置としてリタンニング(re-tanning)処置(アルミニウムトリイソプロピレート、ベンジン、エチルアセテートの混合液を塗布する)をする。経年により強い酸性になった革を安定化させるとともに、処置で糊や水分のある材料を革の部位に使ってもシミ跡や変色が残りにくくなる。溶液の塗布直後は濡れ色になるが乾燥すると塗布前と変わらない表面になる。

リタンニング処置

 

4-3.修補と接合
表紙周辺部の損傷のある箇所は、似寄りの色に染色した和紙とデンプン糊で捕集する外れた表紙の接合は、糸で本体のミミと表紙のヒンジ側を繋げるタケッティング(tacketing)法(下図解を参照)で接合した。

     
表紙ボードに穴を設ける 本体のミミにも穴を設ける 設けた穴に糸を通して繋げる

 

タケッティング処置中 タケッティング処置後
 
タケッティング処置後の外観

 

4-4.保革油塗布と磨き
以上の処置の後、保革油(ラノリンと牛脚油の混合液)を塗布し、磨いて馴染ませる。

保革油塗布

 

完成

 

用語・図解の引用・参考文献

  • Matt Roberts, Don Etherington (1981), Bookbinding and the Conservation of Books,A Dictionary of Descriptive Terminology(electronic edition
  • Christopher N. Calnan (1989), Retannage with Aluminium Alkoxides – a Stabilising Treatment for Acid Deteriorated, The Leather Conservation Centre. Conference Proceeding, International Leather-and Parchmentsymposium, International Committee of Museum (ICOM), Arbeitsgruppe, Leathercraft and Related Objects, 8 (12) 1989. Deutsches Ledermuseum, Frankfurt.

 

本記事のホームページ掲載にあたり、立教大学図書館様所蔵資料の処置事例の画像を使用しました。掲載について快諾してくださった立教大学図書館様には、心より御礼申し上げます。

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