スタッフのチカラ

【寄稿】アーカイブズ保存の考え方・進め方(全史料協近畿部会第109回例会での安江報告まとめ)

2011年02月28日安江明夫 (学習院大学大学院アーカイブズ学専攻非常勤講師、元国立国会図書館副館長)

 

[編者注: 以下は2011年2月10日に開催された全国歴史資料保存利用機関連絡協議会近畿部会第109回例会での安江報告をまとめたものである。]

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1. はじめに--〈現代資料保存〉の発展

本論に入る前に3つの質問をしたい。イエスかノーか?

 

 

皆さんから寄せられた答は、問1、問2に対しては「イエス」、問3に対しては「ノー」。この問3に対しても問1、問2同様に「イエス」と答えられるためにはどうすれば良いか。それが本日のテーマ。

「見出し」にあえて「現代」と冠したのには理由がある。図書館やアーカイブズにおける資料保存の仕事は昔から行われてきた。だが、このような従来からの資料保存の考え方や方策では対応できない新たな課題が、20世紀の中頃から明らかになった。図書館やアーカイブズはこの課題に的確に対応しなければ、現在および将来の利用者への資料の提供を保証することができなくなる。新しい考え方と方策、すなわち「現代の資料保存」が求められる所以である。

「現代資料保存」が始まり、発展する契機となったのが、1966年のフィレンツェでの水害とその救助のための国際的な支援体制、そして1960年代以降の酸性紙問題である。フィレンツェ水害とその救助は、After Florenceと言われるように、図書館やアーカイブズでの保存修復の分水嶺になった事件である。

大雨によるアルノー河の氾濫 被災したイタリア国立中央図書館の資料群

 

イタリア中央図書館に設置された修復センターの当時と現在

 

After Florenceの具体的な動向としては、1973年の国際図書館連盟(IFLA)の資料保存ワーキング・グループの設置、同じ年のIFLAと国際アーカイブズ連盟(ICA)合同での「本と文書の物理的保存国際会議」の開催、デンマーク王立保存修復技術学院の創設等が挙げられる。また、大量の被災資料を、ひとつひとつではなく、マスとして手当てしなければならないという現場での経験は、日本にも90年代に導入されたリーフ・キャスティング(漉き嵌め)技術等の、大量保存処置(マス・コンサベーション)の開発を促した。

重要な動向として、アメリカ議会図書館の資料保存部門を中心とした大量保存へのアプローチであり、これを先導したのがピーター・ウォーターズ(Peter Waters)という英国の書物のコンサーバターである。ウォーターズはフィレンツェの救助作業を指揮した人だ。彼はその後、アメリカ議会図書館に招かれ、ここでもさまざまな原因によって劣化していく資料の大量保存に取り組んでいく。なかでも容器入れ(boxing)を中核とした段階的保存(phased conservation)プログラムは特筆される。すなわち傷んだ資料を「治す」ことを優先するのではなく、劣化・損傷を「防ぐ」ことを優先するという考え方と、方策としての簡易かつ廉価な容器(塵埃や光からの保護、温湿度変化の影響抑制、容器自体の弱アルカリ性による良好な微小環境の形成等)の導入は、大量の劣化資料を抱える世界中の図書館やアーカイブズに積極的に導入されるようになった。日本でも80年代後半から安定した品質の板紙やコルゲート・ボードが開発されたことで、容器入れが始まったのは承知のとおりである。

米議会図書館でのウォーターズ(手前) 米議会図書館開発の最初の保存箱(1970年)

 

こうした動きと併行し、1979年に国際図書館連盟(IFLA)の『資料保存の原則』(Principles of conservation and restoration in libraries, IFLA Journal 5(4):292-299, 1979) が発表された。これはコンサベーションの二つの柱として、修復(治療)と予防を据えたこと、資料のモノとしてのオリジナリティ(原資料性)の保持、修復は可能なかぎり最小の範囲に留める、可逆的な技術を採用する、安定した材料を使う、修復記録を作る–等が盛り込まれ、後の日本での「史料保存の原則」に繋がった。資料保存に重要な画期をなしたIFLA原則である。

しかしすぐに、1979年原則は「貴重書や特別資料に偏している」という批判が提出された。図書館資料はそれだけではないし、非紙資料もある。すべての資料をモノとして長期に保存すべきか?そもそも保存の目的はなにか?

「現代資料保存」を発展させたもうひとつの契機が酸性紙問題である。近代の紙が自ら生み出す酸によって大量な資料が自壊していく問題に対して、脱酸(中和)処理技術の開発・導入、中性紙(弱アルカリ紙)の普及、資料のマイクロ化が進められた。酸性紙問題はまた、資料をコレクション(蔵書)として保存すること、そのためには組織的・計画的な取り組みが必要であること、また自館だけでなく他の機関との連携協力が必要であることを促した。

1979年原則への批判と酸性紙問題への対応は1986年の『改訂版IFLA資料保存の原則』[参考文献1]として結実した。ここで初めて、プリザベーションという考え方が定義された。コンサベーション(修復×予防)包含してのプリザベーションは、マイクロ化やデジタル化、災害対策、非紙資料保存、取り扱いなどを含めた経営的・財政的施策の一切であると。

 

 

この定義は、2000年には国際標準規格ISO 5127、2002年には英MAL Council (博物館・アーカイブズ・図書館振興評議会)が踏襲し、アーカイブズ界でも共有するものとなりつつある。

 

 

資料保存の包括的概念がプリザベーションとするならば、その遂行はまさしくマネジメント業務である。これとともに重要なのは、資料保存の目的が明示されたこと。すなわち「資料保存とは所蔵資料の現在と将来の利用を保証すること」。

 

2. プリザベーションの実践

では、プリザベーションはどのように実践されてきたか。その初期の事例としてコロンビア大学図書館の保存部設置(1974年)、81年の同大学図書館学校の保存教育プログラム(コンサーバターともにプリザベーション・アドミニストレータの育成)の開始、80年代の米図書館でのプリザベーション・アドミニストレータの配置と蔵書状態調査実施、保存プログラムや防災計画の策定が挙げられる。

プリザベーションの実践には組織的・計画的な取り組みが必須になる。行き当たりばったりではない実践のためのプログラムを策定しなければ進まない。この策定の基礎になるのが保存ニーズ調査と言われるものである。状態、価値、利用頻度を勘案して調査をするが、ニーズには個々の資料レベルと、コレクション・レベルのがある。ニーズが適切に抽出できれば処置(補修、複製、容器、何もしない–など)の選択と実施が容易になる。

資料レベルでは「傷んだ」資料を前提にしたものだが、利用と価値をマトリックスにした選択肢には次のようなものが考えられる。(参考文献4をもとに作表したもの)

 

 

コレクション・レベルの保存ニーズ調査は、1980年前後から米国の図書館で実施されはじめ、すぐに全米の研究図書館での同種の調査として波及した。一方、アーカイブズでは1981年、米国立公文書館(NARS、現NARA)がプリザベーション・オフィスを設置し、室長のアラン・カルメス(Alan Calmes)の指揮のもと、アーカイブズの資料保存の先駆的活動を開始した。以下、NARSの活動を紹介する。

NARSのそれまでの資料保存はどのようなものだったか?対象は「傷んだ」個々の資料であり、これへのアドホックな(その時その時の)対応だった。受身の方策である。具体的には保存処置はコンサベーション(補修)と複製(マイクロ化)のみ。またNARS全体としての保存計画はなく、部門別に傷んだ資料が補修部門に持ち込まれるので、処置の必要とされる資料が滞貨するばかり—。

この状況の打破、すなわち「NARSの資料保存」の転換のために、なにが必要だろうか?それにはまず、アーカイブズ保存とはなにか、という基本的な理解が必要だ。そもそもアーカイブズ資料はどのような性格を持つのか?

  • 図書館資料との違い。①ひとつのファイルあるいは簿冊に状態の違う資料が混在する、②この世に点しかない資料が大半。
  • その利用頻度を見てみると、平均して利用頻度は低く、一般にあまり利用されない。
  • 良い環境では資料の劣化は著しく少ない。そこで安定した微小環境を形成する適切な容器収納が必要。
  • 取り扱いによって劣化が促進するので、利用の大井資料は複製が最善策。

この基本的な理解を踏まえて、1986年にNARSはコレクション状態調査と保存ニーズ調査を実施した。その結果は以下の通り。

  • 処置不要: 12%
  • 処置必要: 88%
    容器 83%
    複製 4.5%
    コンサベーション 0.5%

この調査を基に、1984年にNARSは「20年保存計画」を策定した。要点は、方針として「利用重視」、方策として「予防重視」である。政府や研究者に適時に資料を提供することがアーカイブズの責務であり、そのための方策は予防としてホールディング・メンテナンス・プログラム(Holding maintenance program)が考案された。図書館でのコレクション保存計画のアーカイブズ版である。これにより保存ニーズに即して保存のための資源を合理的に配分することができるようになった。

 

NARS のHolding maintenance program (以下ではコレクション・メンテナンス・プログラムと表記)の骨子は以下の通り。

  • 大量のコレクションに対する予防的保存 ・主眼は資料の適切な維持管理
  • 主な方策は保存容器への収納(boxing program)
  • 容器収納と同時に、金具、クリップ、輪ゴム除去や大型サイズ資料等の別扱い

また、NARS「20年保存計画」の実施項目は以下の通り。1~4が「予防」、5~6が「複製」、7~8が「コンサベーション」である。

  1. 環境管理
  2. 所蔵資料のコレクション・メンテナンス
  3. 資料受け入れ時のコレクション・メンテナンス
  4. 資料利用時のインターセプト、アセスメント、プロテクション
  5. 感熱紙等の褪色しやすい資料の体系的複製
  6. 利用頻度の高い資料の複製
  7. モノとして重要で、かつ利用があり、しかも傷んでいる資料のコンサベーション
  8. 貴重資料のコンサベーション
  9. 非紙資料の保存

 

3.  保存プログラムを組み立てる

保存プログラムには、三つの柱がある。保存ニーズ・アセスメントの実施、保存対策の選択、そして計画化である。

アセスメントは、コレクションへのそれとともに、建物・環境・虫菌害・災害等でも実施する。またコレクションのアセスメントは日常的に受け入れ時、利用時にも点検の形で行う。特別資料は、退色インク資料、ネガフィルム、貴重資料、デジタル化対象資料というように的を絞る。

次に保存対策だが、まず予防。環境整備、容器収納、IPM(総合的害虫管理)、防災計画。次に保存ニーズに即した簡易補修、複製、容器収納等。さらに必要に応じて貴重資料の修復、非紙資料の保存。

最後の計画化。保存ニーズ・アセスメントを元に、方策の検討と規模の把握、経費算出などの体制検討、保存プログラム立案。

保存プログラム設計に必要なチェックシートの項目例は以下の通り。

□資料点検
□環境整備
□容器収納
□教育
□IPM
□防災計画
□セキュリティ確保
□複製(電子式複写、マイクロ化、デジタル化)
□簡易補修
□貴重資料補修
□音響・映像資料の保存
□デジタルファイルの保存

このチェックシート項目の何を選ぶかは機関ごとに違うし、違って良い。

このようなプログラムの元に実践していくとどのような効果があるか? 米国立公文書館(NARA)は2004年に、1984年と同様のコレクション状態調査を改めて行い、保存プログラムの効果を見た。

  • 処置不要: 33% (84年 12%)
  • 処置必要: 67% (88%)
    容器: 57% (83%)
    複製: 13% (4.5%)
    コンサベーション: 4.4% (0.5%)

以上とは別に、定形・定サイズの容器ではなく、特注(custom made)の容器が必要なものとして3.8%が新たに出てきた。

保存プログラム実施の効果を報告する文献は少ないが、ここではアメリカの公共図書館の事例を紹介する。マサチューセッツ州のウェルズレー公共図書館では、蔵書21万冊を抱える地域の中核的図書館。参考資料が豊富で、貸出し(図書館間含む)が多い。1987年にコレクション状態調査を実施、同年に保存プログラムを導入した。プログラムの柱は職員と利用者への取り扱い教育、館内簡易補修、傷んだ資料の買い換えである。1992年に再度、状態調査を実施し、効果を確認した。その結果、取り扱い教育の実施により、曲がったり歪んだ本の現象、補修等により資料状態が「良好」の上昇、非常に傷みの激しい資料の比率が周辺図書館中で最小になった。(参考文献9参照)

 

4. まとめ これからのアーカイブズの資料保存

これまでの「資料保存」はどのようなものだったか?「これまで」は、劣化損傷している資料が対象であり、傷んでいるのだから治す方策が中心だった。しかしこれでは、アドホック(その時その時)の受身の対応になりがちである。たしかに補修もマイクロ化もデジタル化も行われているが、しかしこれらが総合的に実施されているかといえば、必ずしもそうではない。保存ニーズ全体の把握がなく、従って計画性を持ちにくい。また方策の優先順位が付け難い。これでは予算措置も難しいし、保存のための資源の適切な配分も不可能。

こうした「資料保存」で、所蔵資料の継続的な利用保証は可能か?アーカイブズの責務は果たせるだろうか?

これからのアーカイブズの資料保存はどうあるべきか?アーカイブズの責務は所蔵資料の継続的な利用の保証であり、その基盤はコレクションの健全な維持管理に他ならない。ならば、コレクションを健全に維持管理し、資料の継続的な利用保証を可能にする取組みこそ、アーカイブズ(に限らないが)の資料保存であろう。また、こうすることで利用提供も向上、促進される。

なにをなすべきか?これまでの話をまとめると—

  • 自館コレクションの保存ニーズを把握する。
  • 保存ニーズに対処する。
    ①予防の重視(職員・利用者教育、IPM、防災計画等を含む)
    ②ニーズに即した処置方法を選択する。
  • ①②を保存プログラムとして組み立てて実行する

以上により、多岐・複雑で、長期の取り組みが必要なアーカイブズ資料の保存を組織的・計画的・能動的に遂行できる。難しいことではない。必ずや最初の質問の回答は以下のようになる。

 

 

5. 用語の定義:プリザベーション、コンサベーション、修復(レストレーション)

(以下の訳は、『IFLA原則』は邦訳版を一部修正、ISOとCouncil of MAL は安江訳)

 

■『IFLA 資料保存の原則』(1986)の定義

プリザベーション:図書館・アーカイブズ資料及びそれらが含む情報を保存するための経営的・財政的な考慮のすべて。これには保管・設備の整備、職員の専門性、政策。技術、方法が含まれる。

コンサベーション:図書館・アーカイブズ資料を劣化、損傷、消失から守るための個々の方策と実務。技術系職員が考案した技術と方法を含む。

修復:経年、利用等により損傷した図書館・アーカイブズ資料を補修する際に技術系職員が用いる技術と判断

 

ISO 5127-2000(E) : Information and documentation Vocabulary 《6 Preservation of documents》の定義

プリザベーション:資料またはコレクションの全体を維持し延命をはかるためのあらゆる方策。財政的・政策的判断を含む。

コンサベーション:劣化を予防、抑制、遅滞させるために適用される介入技術

修復:劣化・損傷を被った資料を、実践可能の範囲で出来るだけ元に近い状態に戻す行為

 

■’Benchmarks in Collection Care for Museums, Archives and Libraries’ (2002) The Council of Museums, Archives and Libraries, UK の定義

プリザベーション:所蔵資料の損傷防止、延命のための劣化抑止策を適用するに際してのあらゆる経営的・財政的考慮。これには、適切な環境条件維持のための点検と制御/適正な保管、物理的保護の装備/展示と貸出の方針、妥当な資料取扱いの手順の確立/コンサベーション処置の実施、災害対策、代替物の作成・活用が含まれる。

コンサベーション:博物館・アーカイブズ・図書館資料の物理的形態に対し、延命と継続的利用可能を目的に資料の化学的、物理的安定化を図るために行う手作業による介入の技術

修復:資料を、知られているあるいは想定された元の状態に戻すことを意図して行う処置。通常、元の資料にないものの付加を伴う。

 

6. 参考文献

  1. ジャンヌ=マリー・デュロー、デヴィット・クレメンツ(資料保存研究会訳・編)『IFLA 資料保存の原則』日本図書館協会、1987, 62p.
  2. エドワード・P. アドコック編集(木部徹訳監修)『IFLA 図書館資料の予防的保存対策の原則』日本図書館協会、2003, 155p. http://www.ifla.org/files/assets/pac/ipi/ipi1-ja.pdf
  3. 安江明夫「現代に生きる図書修復の思想–『IFLA 原則(1979)』を巡る考察」『文化財保存修復学会誌』Vol.53, 2008, p.54-66.
  4. Roper, Michael ”Planning, Equipping and Staffing an Archival Preservation and Conservation Services: A RAMP Study with Guidelines” Unesco, 1989. https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000083536
  5. National Archives and Records Service (NARS) Twenty-Year Preservation Plan, 1985, 67p. NBSIR 85-2999 (PB85-177640)
  6. Calmes, Alan et. al. ‘Theory and practice of paper preservation for archives’. Restaurator, Vol.9, 1988, p.96-111. アラン・カルメスほか(木部徹訳)「文書館の紙資料保存 理論と実践–」『文書管理通信』NO.28, 1996, p.1-13.同改訂版「アーカイブズの紙資料の保存理論と実践」は以下に。
    https://www.hozon.co.jp/report/post_8484
  7. NARA Holding Maintenance (動画)
    http://www.youtube.com/watch?v=-GjlNGntjSU
  8. NARA.  Preservation Survey of Textual Records, 2005, 33p.
    http://www.governmentattic.org/2docs/NARA_PreservationSurvey_2007.pdf
  9. 安江明夫監修『資料保存の調査と計画』日本図書館協会, 2009, 141p.
  10. Schrock, Nancy Carlson,  ‘A collection condition survey model for public libraries’, Advances in Preservation and Access, Vol.2, 1995, p.210-227.

 

※ 講演配布資料 3: 保存処置の選択肢

Treatment options (Michael Roper)
Source: Roper, Michael  ”Planning, Equipping and Staffing an Archival Preservation and Conservation Services: A RAMP Study with Guidelines” UNESCO, 1989. http://www.unesco.org/webworld/ramp/rtf/books/r8904e.rtf

 

保存処置の選択 (マイケル・ローパー)

 

 

[文責:木部徹]

 

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