今日の工房 

週替わりの工房風景をご覧ください。毎日こんな仕事をしています。

2024年4月10日(水)藤沢市文書館様所蔵 芥川龍之介直筆ノートの修復

藤沢市文書館には、芥川龍之介の直筆の手帳や東大在学中のノート、草稿の断片、はがきなどの資料565点が所蔵されています。それらは、芥川の甥の葛巻義敏氏とその妹である葛巻左登子氏によって旧蔵され、同市の市民団体「鵠沼を語る会」の多大なるご協力のもと、寄贈された資料群「葛巻文庫」の一部となっているものです。市はこれまで損傷の激しいものを中心に修復を行ってきましたが、点数が多くすべての修復を終えるには時間がかかることが見込まれるため、この度、横浜市立大学と協力し修復が進められることとなりました。

 

今回、直筆ノート100点の保存修復処置のご依頼をいただきました。

ノートは1枚ずつに解体されており、両面にインクや鉛筆などによる書き込みや繊細な描線のデッサンがあります。インクの一部には水に濡れ滲みが見受けられるものもありました。本紙の周縁部には破れなどの損傷があるほか、切り抜かれている箇所が多数あり、慎重な取り扱いが必要な状態でした。

 

資料は芥川の学生時代のノートで、東大英文科に在籍していた芥川が英文や美学の講義について細かくノートをとっていたことがうかがえます。切り抜かれている箇所は、葛巻氏が芥川龍之介の未定稿・デッサン集を編集する際に切り取ったと考えられています。学生時代のノートを通して、芥川に関する研究が進むことが期待されています。

 

資料表面をクリーニングクロスや刷毛でドライ・クリーニングし、大きな破れを和紙(楮)とでんぷん糊で修補しました。Bookkeeper法[※1]による非水性脱酸性化処置を行った後、透明なフィルムに挟み周縁部を超音波溶着機で溶着するエンキャプシュレーション処置を行いました。

エンキャプシュレーション処置により、資料は4辺を溶着したフィルムに封入された状態になります。資料表面に直接触れることなく、裏表両面の情報を視認することが可能です。また、フィルムが支えとなるため、切り抜き箇所の多い劣化した資料も最小限の修補のみで安全に取り扱うことができるようになりました。フィルムの溶着部分をカットすることで再び資料を取り出すことも可能です。この処置により、資料の保存性と取り扱い易さが向上しました。

 

この度の事例掲載にあたり、藤沢市文書館様ならびに横浜市立大学の庄司達也教授よりご協力をいただきました。誠にありがとうございました。

 

[※1]Bookkeeperとは不活性液体に酸化マグネシウム微粒子が分散している液体。この液体を本紙にスプレーし脱酸性化処置を行う。液中の酸化マグネシウム微粒子が紙中の繊維の間に入り込み、紙中および大気中の水分、二酸化炭素と結合して炭酸マグネシウムを形成する。この炭酸マグネシウムが、アルカリバッファーとして紙中や大気中からの酸性物質による劣化を予防する。

 

 

 

【関連情報】

・2024年03月28日(木)横浜市立大学 プレスリリース『芥川龍之介の直筆資料約150点を修復―横浜市立大学と藤沢市が連携し、文化・芸術の振興に貢献―

 

【関連記事】

『今日の工房』

・2021年3月26日(金)予防のための「フィルム・エンキャプシュレーション」 ー 紙をくしゃくしゃに潰す実験

・2018年2月21日(水)フィルム・ エンキャプシュレーションの現在(1)なぜこの技術が必要とされ、広く普及したのか?

・2018年2月28日(水)フィルム・ エンキャプシュレーションの現在(2)二枚のフィルム内に封じられた酸性ガスは劣化を加速させないのか?

・2018年3月08日(木)フィルム・ エンキャプシュレーションの現在(3)ガス吸着シートの同封が開く新しい可能性

ページの上部へ戻る