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2021年5月26日(水)手作業で紙を切るときの安全対策の一例

〝カッターで紙を切る”、という動作は、日々の作業で繰りかえし行いますが、急いでいる時や集中が途切れた時に、思わぬ怪我をすることがあります。そのため、刃物を使う際は、安全に作業するためのアイデアや工夫を取り入れています。

 

作業の一例として、電子化に伴う合冊新聞の解体作業では、本紙の背側の接着剤で綴じられた部分を切り落としていく工程があります。ごくわずかな幅に定規を合わせて、長い距離をカッターで切り、一枚ずつに解体します。劣化した本紙は紙の押さえが甘かったり、適切に刃が入っていないと切る際に引っかかりが生じて破れたりするので、単純でありながら注意を要する作業です。数カ月分の新聞が合冊された分厚い資料や、あるいはこうした処置を行う資料の数が百数十冊以上にもなる事もあり、この〝切る”作業が繰り返されます。

 

具体的な安全対策の一つとして、透明な硬質ペット製のL字アングル[※]を両面テープで定規に貼りつけ、刃先が滑っても指先にあたらないようにガードをつけています。透明なので視界の妨げにならず、定規に手を添えてしっかりと抑えることができます。このほかにも、距離が長い場合は重石を押さえの補助にする、余計な力を込めずに切れるよう常に刃をよく切れる状態にしておく、手元を明るくする、十分な作業空間や資料の置き場所を確保する、作業内容や作業者の体格に合わせて正しい姿勢で作業できるよう作業台の高さを調整する、適切な休憩をとる、なども反復作業で体を痛めないために必要です。

 

無理なく安全に作業できる道具や環境を整えることは、怪我を防ぐだけでなく、効率よく、正確に作業を仕上げるために欠かせません。

 

[※]L字アングル:L字型に加工された金属やプラスチック等の建築部材で角の保護、補強に使用される。

 

 

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『今日の工房』2020年11月27日(金)マイクロ化のための合冊製本された新聞資料の解体

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2021年5月17日(月)小石川植物園様所蔵の大型革装丁本のドライクリーニングと保存容器収納を行ないました。

小石川植物園の名で親しまれている東京大学大学院理学系研究科附属植物園は、自然誌を中心とした植物学の研究・教育を目的とする東京大学の教育実習施設です。この植物園は日本の近代植物学発祥の地でもあり、現在も東アジアの植物研究の世界的センターとして機能しています。植物園本館には植物標本約70万点(植物標本は、東京大学総合研究博物館と一体に運営されており、全体で約170万点収蔵されています)、植物学関連図書約2万冊があり、内外からの多くの植物研究者に活用されています。園内には長い歴史を物語る数多くの由緒ある植物や遺構が今も残されており、国の史跡および名勝に指定されています。

 

▪植物園の概要:東京大学大学院理学系研究科附属植物園ホームページより抜粋 https://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/koishikawa/

 

今回、植物学関連図書約2万冊の内、劣化が進んだ植物標本図約120冊に対して、今後の取り扱いと保存状態を改善するための資料と書架のクリーニングと保存容器への収納作業を行いました。対象資料の多くが大型の革装丁本で、レッドロット(革が長い時間にわたり光や空気中の汚染物質に曝されることで赤茶けた粉状になる現象)が進み亀裂や剥落が著しい状態でした。この状態になった資料は、利用に支障をきたすだけではなく、本紙や書庫全体の汚染の原因となります。また、隣り合う資料との摩擦によって、レッドロットの状態になった資料自体がさらに傷んでしまいます。

 

クリーニング作業では、ブラシノズルを装着したHEPAフィルター付き掃除機とクリーニングクロスを使い、資料や周辺に飛び散り堆積したチリやほこりを除去しました。スチール棚に蓄積された汚れは、消毒用エタノールを含ませたペーパータオルで拭き取って清掃しました。

 

表装の革が劣化した資料はGasQくるみんで外装を包み保護しました。これにより、取り扱いの際のレッドロットの粉による手の汚れや周囲の汚損も防ぎます。資料は一点ずつ採寸し、適切なサイズ・仕様の保存容器を作製しました。ある程度厚み・重さのある資料は組み立て式シェルボックスに、その他の資料はタトウ式保存箱に収納し、保存容器にはタイトルを印字したラベルを貼付して、これまでの配架方法を変えることなく、閲覧性を維持できるよう再配架しました。こうした資料への予防的保存措置によって、破損の拡大をおさえ、環境も改善され、良好に保存することができます。

 

本稿の掲載および写真の撮影・使用にあたっては東京大学大学院理学系研究科附属植物園様と東京大学理学図書館様の多大なるご協力を頂きました。誠にありがとうございました。

 

 

【関連商品】
汚染ガス吸着シートGasQ®ガスキュウ 
新薄葉紙Qlumin™くるみん 
組み立て式シェルボックス 
タトウ式保存箱 
中性ラベル 

 

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2021年4月23日(金)和装本にみられる虫害

和装本では虫の食害によって背や天地に1~2mm程の小さな丸い穴が開いているのをよく目にします。外側から見るとごくごく小さい穴ですが、その穴はトンネル状に長く続き、外観からは想像出来ないほど内部を大きく食い荒らしていることがあります。被害が拡大すると、虫糞や唾液によって頁同士でくっついてしまい、開けなくなってしまうこともあります。そのような虫損が著しい和装本を解体すると、その犯人が姿を見せることがあります。お預かりする資料の中には、虫損の跡に虫の死骸が残っていることがあり、画像の虫はシバンムシの成虫になります。この虫は書籍、漢籍、古文書に最も深刻な食害を与える害虫です。

 

紙資料に穴をあけて食べ進む虫は主にシバンムシ類で、代表的な書籍害虫としてフルホンシバンムシやザウテルシバンムシなどがいます。それらが幼虫の時期に、和紙やデンプン糊、資料に堆積した埃などを食べて栄養源にしています。穿孔状に貫通食害するのが特徴で、虫損の周りには虫糞や粉状のかじりカスを残し、利用する際にパラパラと細かな粒状の虫糞が落ちてきて、書架や隣接する資料も汚してしまいます。

 

このような虫による被害を予防するためにも、資料の点検や書架の清掃を定期的に行うことが大切になります。また、粘着トラップを設置し、どのような虫が発生しているか捕獲して、種類の同定、侵入状況を調査することも害虫の早期発見に繋がります。

 

『シバンムシ類の成虫は餌を食べずに交尾・産卵して死亡します。卵から成虫になるのに1~数年かかると言われております。タバコシバンムシやジンサンシバンムシなど一般家庭で見られるシバンムシ類ではもう少し短く、温湿度が成長に好条件の場合には卵から成虫になるのに2~3ヶ月程度です』東京文化財研究所 TOBUNKENNEWS no.69,2019,p.45-p.47 Column 文化財害虫のシバンムシ類について(保存科学研究センター・小峰幸夫)

 

こうしたシバンムシ類の生態から、一匹でも幼虫が確認された書籍には卵が残されている可能性があり、数か月後に幼虫が発生してしまうことも考えられます。すでに虫が発生した資料に対しては、脱酸素剤とガスバリア袋を用いた無酸素パックMoldenybe®モルデナイベによる殺虫処理をお勧めします。袋の中には脱酸素剤を入れるだけで、他の化学薬剤を使用せず、なおかつ材質への影響がほとんどない方法で、資料にも人にも安全です。殺虫が完了した後はそのまま密封状態で保管し、昆虫の侵入が多いような劣悪な環境内においても、封入した書籍をさらなる虫害劣化から守ることもできます。

 

 

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殺虫処理が館内で簡単・安全・確実にできる無酸素パック『Moldenybe®モルデナイべ』の大型サイズをラインアップしました。

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2021年4月7日(水)修理を通して知る『ちりめん本(縮緬本)』の魅力

明治時代に生まれた絵入りの本に「ちりめん本(縮緬本)」と呼ばれている書物があります。多色刷り木版の挿絵と活版印刷の欧文活字を和紙に印刷し、後から織物のちりめん生地によく似た細かい皺(凹凸)加工を施し和綴じされた欧文和装本です。そのしなやかで温かみのある独特の手触りと、錦絵のような色鮮やかな美しい挿絵から、異国情緒の溢れた書物として日本を訪れた外国人に大変人気だったそうです。ちりめん本は外語学習用に作成されたとも言われていますが、その実態や刊行されたタイトルがどれほどあったのかということについては、未だ熱心な研究が続いています。

 

弊社では、ちりめん本の修理をご依頼いただく事があります。その損傷は、柱の切れや角裂の擦り切れ、綴じ糸のほつれ、紙のヤケ、シミなど、和装本に似た傷みがほとんどですが、なかにはこのユニークな書物ならではの損傷を目にすることがあります。それは、本紙の袋綴じ部分が意図的に切り開かれている、という損傷です。旧来のヨーロッパの製本では、本の小口を断裁せずに仮綴じして仕上げた状態(アンカット本とよばれ全ページが袋綴じの状態)で販売し、ペーパーナイフを使って、袋綴じ部分を開きながら読み進める習慣があり、読み終わったら自分好みに製本するというのが一般的でした。そのため、日本から持ち帰られたちりめん本の袋綴じの構造を見て、アンカット本と認識してしまい、本紙の柱(袋綴じした版本の中央部分)をカットした、という経緯が思い起こされます。本紙数丁をカットしたものの袋綴じの内側は裏白であることに気付いたのか、途中からカットされていないものもあります。こうしたちりめん本の損傷から、今もあるような文化の違いを知るとても興味深い発見と楽しさがあります。

 

ちりめん本の修理について付け加えると、水分を多く含むと和紙に施した柔らかいクレープ状の加工や元々のしなやかな手触りがとれてしまうため、修補で使用する糊の水分量や折れ伸ばしの加湿調整、さらにフラットニングの圧力加減などに慎重さを要します。

 

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2021年3月26日(金)予防のための「フィルム・エンキャプシュレーション」 ー 紙をくしゃくしゃに潰す実験

フィルム・エンキャプシュレーションは、剥き出しのまま取り扱うことが難しいほど酸性紙化した資料や、古い新聞、地図、図面、ポスターなどサイズの大きな資料を、傷めることなく、扱い易くするために用いられる保存方法です。この方法がいかに物理的な損傷からの予防に効果があるか、視覚的に確認するための簡単な実験があります。

 

酸性劣化した紙を用意し、ひとつは剥き出しのまま、もう一方はポリエステルフィルム(70μ)に挟んで、四辺を超音波溶断機で封印します。そして、手でくしゃくしゃに潰します。画像の通り、剥き出しの本紙は完全に破断しますが、エンキャプシュレーションした方は、フィルムの中でバラバラになることはありません。封を開けてみると、シワや破れはありますが元に近い状態の本紙を取り出すことができました。

 

これは極端な比較実験ですが、エンキャプシュレーションした本紙が、高い保護力によって守られているということを分かりやすく実感することができます。フィルム・エンキャプシュレーションの技術は、二辺が開口しているアーカイバル・クリアホルダーや、巻いて保管するためのロール・エンキャプシュレーションなど、資料の形態や利用用途に合わせて応用されています。

 

 

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2021年3月12日(金)「セパレートタイプ」のタイベック防護服を取り入れています

汚損資料やカビが発生した資料を取り扱う際の基本装備は、タイベックスーツと気密性の高いマスク(DS2相当)、手袋を装着しています。こうした装備は作業中の安全性を高めるという点で重要ですが、動きやすく作業を快適に行えるという点も重要視しており、特に防護服は作業する現場や目的に合わせて選び分けています。

 

汚れの酷い作業現場、作業範囲が狭く動きに制限がある場合は、衛生面と安全面の高さから全身を覆うつなぎタイプのタイベックスーツを着用することが多いですが、環境が整備され、手元作業や軽作業で長時間動く場合には、上下が分かれた「セパレートタイプ」を使います。軽く、着脱もしやすく、作業性や利便性を向上することができるのでオススメです。

 

 

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・『スタッフのチカラ』2015年12月2日(水)資料に付着した汚れやカビのドライ・クリーニング

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2021年3月2日(火)日本の製本界に変化をもたらした「円本(えんぽん)」

1926年(大正15年)頃から昭和1930年(昭和5年)頃にかけて、日本では円本ブームが起こりました。円本とは、1冊1円で予約を受け付け、毎月1回配本するという新しい形式で販売された書籍です。当時の1冊1円はこれまでの書籍に比べ非常に廉価で、出版社の予想をはるかに上回る何十万冊という申し込みがありました。改造社の「現代日本文学全集」の成功を皮切りに各社から円本企画が続出、画像の春陽堂「明治大正文学全集」もこうして出版された円本の一つです。
1923年(大正12年)の関東大震災で壊滅的な打撃を受けた出版・印刷業界は、この円本ブームにより大量生産に対応するための造本技術を飛躍的に進歩させました。印刷技術の高速化や、手作業に代わり紙折機や糸かがり機など各製本工程の機械化、布クロスなどの国内生産の急伸、箔押しや各工程の分業化もこの時期に始まり、製本機械化の素地を作ったといわれています。
こちらの資料も機械によるかがり綴じで、分業や機械化に適した「くるみ製本(表紙を別に作り、本体をくるむように製本する)」で作られていることを見て取ることができます。

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2021年2月24日(水)題簽の下に隠された文字

以前『今日の工房』内でご紹介した、東京大学大学院法学政治学研究科附属近代日本法制史料センター明治新聞雑誌文庫様よりご依頼いただいた一枚物資料の修理。資料をお預かりする際に、ご担当者様から「題簽はあとから貼られ、その下に文字が隠れているはず」とのご説明を受けました。昭和6年の『公私月報』に、この資料の説明文が画像とともに記載されているそうです。後に参考までにと頂いた該当ページを見ると、そこには「墓銘の榻模を一尺二寸に縮刻して大奉書紙に摺ったもの、カキワリの秋草は久保田米僊筆の彩色入りである、永井素岳の書とあるのは、篆刻でも碑文でもなく、何を書いたのか判らない」(『公私月報』第10号、昭和6年、4頁)とあり、題簽のないモノクロ画像が写っています。

 

題簽がいつ頃貼られたものかはわからず、現状では文字が残っているのかもわかりませんでした。ご担当者様からのご依頼は本紙の染みや汚れを落として欲しいとのことでしたので、本紙を洗浄するにあたって解体する必要があったため、その際に文字を確認してみることにしました。

 

題簽を剥がすと、「應嘱 素岳書」の文字と落款がきれいに残っていることが確認できました。ご担当者様と相談した上で、剥がした題簽が資料内容と合致していることや、そこに記された文字が『公私月報』にも記載されていることなどから、最終的には画像を記録した上で題簽を元の位置に貼り戻すことになりました。修理作業中のわずかな間でしたが、素岳の文字が再び露わとなり、ご納品時にはご担当者様と題簽の下の状態を画像を通して共有しました。

 

本稿の掲載並びに画像の使用にあたり、東京大学大学院法学政治学研究科付属近代日本法制史料センター明治新聞雑誌文庫様の多大なるご協力を頂きました。誠にありがとうございました。

 

 

【関連情報】
寺家村逸雅墓銘 書誌詳細(明探:明治新聞雑誌文庫所蔵検索システム)

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2021年1月27日(水)本の見返しに用いられたマーブル紙の修補

革装本の見返しに色彩豊かなマーブル紙が使われているものがあります。表装が傷み、埃をかぶった古い書物の外見とは対照的に、表紙を開いた時のカラフルな色合いとマーブル模様の美しさに驚くことがあります。マーブル紙は本の装丁の装飾紙として欠かせないものの一つです。

 

こうしたマーブル紙の欠損箇所を修補をする際は、元の印象を崩さないよう心掛けて処置を行っています。

 

欠損部が小さい場合は、似寄りの染色和紙(単色)で補填するだけで違和感のない仕上がりとなりますが、欠損部が大きい場合は弊社では下記のような方法で修補を行っています。

 

1. 見返し紙のマーブル紙をデジタルカメラで撮影します。

 

2. 画像をExcelのシートに挿入します。Excelのセル幅・高さを1㎝四方に調整し、セルを利用して画像を原寸大の模様サイズになるよう調整します。

 

3. 紫外線や水にも強い顔料インクのインクジェットプリンターで和紙に出力し、マーブル模様の補修紙を作成します。

 

4. 補修紙から欠損部と似た模様の箇所を選び、欠損部の大きさに合わせて、補修紙を切り抜きます。切り口はハサミで断ち切りにする場合や、水筆を利用して喰裂にする場合もあります。

 

5. 補修紙を欠損部に当てて全体の印象を確認した後、でんぷん糊を塗布して修補します。

 

以前は大きな欠損部も染色和紙(単色)で修補し、アクリル絵の具や色鉛筆等で補彩をしていましたが、複雑なマーブル模様の再現が難しく時間を要する作業でした。和紙にマーブル模様をプリントする方法を取り入れてからは、再現性も上がり、作業もスムーズになり、何より自然な仕上がりにお客様からもご満足いただいております。

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2021年1月15日(金)ろ紙を使って汚れた紙資料を洗浄する方法

紙中の水溶性の汚れを除去する洗浄処置にはいくつか方法があります。洗浄液に浸漬する方法や、サクションテーブルで吸引する方法、紙の浮力を利用して洗浄水に浮かべ不純物を取り除く方法(フロート法)、水の表面張力を利用して汚れを除去する方法、ゲランガムのようなゲルを使用して汚れを移す方法、ろ紙で汚れを吸い取る方法(ブロッティング法)などです。紙の性質や損傷状態、イメージ材料、洗浄目的が部分的か全面的かなどを考慮して方法を選択します。
 
今回は、水損による着色汚れが目立つ資料に対して、書写面のイメージ材料に変化がないよう観察しながら処置を進めるために、ろ紙に吸着させるブロッティング法で洗浄を行いました。あらかじめ濡らしておいた本紙の裏面に洗浄液をスプレーした後、同じく洗浄液を含ませたろ紙の上に、書写面が見えるように置いて、汚れの移動やイメージ材料の様子を観察します。汚れの除去が確認できたら、次は湿らせたろ紙で上下を挟んだり、板や重石を載せて洗浄効果を促します。この工程は、本紙の汚れが薄くなるまで、または本紙のpHの上昇など目的の効果が得られるまで、ろ紙を取り替えながら繰り返し行います。
 

 

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2020年12月18日(金)修理部門の作業スペース拡張のため、本棚まわりをプチ改装しました

12月も半ばを過ぎ、あわただしさが一層感じられるようになりました。そんな中で、修理部門の手狭なスペースをフル活用するため、壁一面いっぱいのサイズの大型本棚を引っ越しました。これまでモノをよけながら使ってきた作業スペースも隅々まで広く使えるようになり、業務効率が上がる環境になりました。新しく導入した大容量の扉付き本棚は棚の転倒防止対策もしっかりと検討し設置しています。

 

2000年頃から収集を始めた紙媒体記録資料のコンサベーションのための文庫は、現時点で8,000件を超え、社内でのコンサベーション・予防保存関連業務の支援として、逐次、新しい文献を加えて更新されてゆきます。

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2020年12月10日(木)釘で製本されている資料の解体

書物を綴じ表紙を付けて製本すること、その製本工程や意匠をデザインすることを「装丁」といい、他に「装幀」「装訂」「装釘」の字を使うことがあります。字の通り、資料の中には「釘」を使って綴じられているものがあります。多数の図面等を合冊製本したものや、アルバムに多く見られる方法で、順番に重ねた本紙を表・裏の両面から釘を打ち込んで綴じ、製本しています。
電子化のために本紙一枚ずつの状態に解体する必要がある場合には、この釘を取り外す処置が必要になります。

 

木材に打ち込んだ釘と同様に、紙の繊維を押し広げて入った釘と元に戻ろうとする紙繊維の間に摩擦力が働き、釘はしっかりと固定され容易には抜けません。釘が錆び、穴周辺の紙と固着している場合もあります。
細い針金とは異なりニッパーで切断することが困難なため、本紙を傷つけないよう力加減しながら、あて紙をしてテコの原理で少しずつ引き出したり、ゆっくり回して固着を緩めながら垂直に引き抜きます。抜けない場合は釘の頭部分を切り落とし、本紙を一枚ずつ取り外すようにして解体します。
解体後に綴じ直しをする際には釘は使用せず、麻糸などを使用して十分な強度を得られるよう工夫して綴じ直します。

 

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2020年11月27日(金)マイクロ化のための合冊製本された新聞資料の解体

東京大学大学院法学政治学研究科附属近代日本法政史料センター明治新聞雑誌文庫様よりお預かりした明治24年から大正3年の新聞合冊は、新聞のノドに穴をあけて麻紐を通し平綴じされており、ノドの部分に印刷された文字が読めない状況でした。そのため、撮影するにあたり、綴じを外して一枚ずつの状態になるよう解体作業を行いました。
 
取扱いに支障があるような本紙の破損については修補を行い、撮影後は綴じ直しはせず、中性紙のフォルダーで包み保存容器へ収納しました。
 
 

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2020年11月11日(水)愛知県長久手市にあるトヨタ博物館様より書籍修理のご依頼をいただきました。

1800年代後半から1900年代前半の大型書籍13点のうち、今回は月刊誌を年単位でまとめた合冊製本への処置についてご紹介します。

 

合冊製本とは新聞や雑誌といった逐次刊行物を半年や1年など一定期間ごとに1冊にまとめる製本法です。書架スペースの圧縮や資料管理の簡便さなどメリットはありますが、書籍の厚みや重さによって、見開きが悪くなったり取り扱いがしづらかったり、資料の利用面で制約が生じることがあります。

 

今回の対象資料は、約A4サイズで厚みが11㎝の書籍で、重さが6㎏(A4コピー用紙500枚の束で約2kg)とかなりの重量があり、両手で抱えて持たないと移動させるのも困難な資料でした。今後の閲覧や利用を考慮し、冊子単位に解体して1冊ごとに綴じ直す処置を行いました。

 

まず、表紙と本体の接合を外し、綴じ糸を外しながら分冊しました。この資料は合冊製本には珍しく、背を断裁せずに製本していたため、元の括構造が残っており、きれいに解体することができました。次に、背の接着剤(膠)を除去し、表紙の色に合わせた和紙で背を被覆し補強しました。最後に元の綴じ穴を利用して麻糸で綴じ直しました。

 

元の括構造が残っていたこともあり見開きが良く、さらに軽量となったことで扱いやすくなり、閲覧も楽にできるようになりました。

 

 

■トヨタ博物館様
https://toyota-automobile-museum.jp/

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2020年10月30日(金)🎃ハロウィンをテーマに—資料にみる衝撃的な損傷状況の数々を集めました🎃

いつも当社ブログをご覧いただき誠にありがとうございます。今回はハロウィンにちなんで、私たちが恐れている資料の損傷について画像でご紹介します。この体験を皆さんと共有できたなら幸いです。

 

こうした資料の修理事例はこちらからご覧いただけます。
『スタッフのチカラ』(修理事例、各種報告や研究発表、スタッフが関わった著作物などを紹介しています)

『今日の工房』 (コンサベーションタグ)

 

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2020年10月15日(木)公的機関や企業のお客様だけでなく、個人のお客様からのご依頼もお引き受けしております。

弊社では個人のお客様からの資料保存に関するご相談、修理や保存容器のご依頼も承っております。ご自宅にある古い書籍や思い出の写真アルバム、地区やお寺・神社に伝わる文書、大切にしている日記、賞状、手紙等々–過去にご依頼いただいた実績の中から、長年愛用されてきた革装の辞書と、代々伝わる地図の修理事例を紹介いたします。

 

革装の辞書は、表装革のレッドロット化(革が長期間にわたり空気中の汚染物質に曝されることで赤茶けた粉状に劣化する現象)が進行し、触れると革が剥がれる箇所もありました。背表紙は色あせ、表紙周辺にひび割れや欠損、ヒンジ箇所(表紙と本体の結合部)に裂けが見られました。本紙や本体に傷みは無く、もとの雰囲気を保ちつつ本を開くことができるようにという、ご依頼でしたので、処置としては、表装革に生じたレッドロットに対する手当てを行い、背表紙を本体から一旦外し、背をこしらえ、新たに和紙でヒンジを設け、本体と背表紙を再接合しました。表装革の欠損箇所は革の色に合わせて染色した和紙で補填しました。

 

地図資料は、A1サイズ程の薄い和紙に墨で描かれた手書彩色図。数枚の和紙を継ぎ足して一枚に描き、渋引きされた和紙で裏打ちされていました。この地図は頻繁に使われたのか、周辺に破れや摩擦による穴が見られ、また、折り畳んだ状態で保管されていたため折れ皺や折りクセが強く残っていました。お客様のご希望は、地図を電子化し、資料の利用はデジタルデータで、現資料は今以上に傷まないように保管したいということでしたので、処置としては、フラットニングし、破損箇所を和紙とでんぷん糊で修補したのち、デジタル撮影をしました。その後、ロール・エンキャプシュレーションを行い、複数本まとめて保存箱に収納しました。

 

ご相談はお気軽にお寄せください。

 

 

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2020年9月29日(火)パーチメント、ヴェラムで装丁された本の劣化を予防する

「革(leather)」とは、動物の原皮を石灰につけて毛や脂肪を除去した後、植物タンニンやクロム等で鞣し、皮のコラーゲン繊維を安定、固定化させたものです。
これに対し、「パーチメント(parchment)」「ヴェラム(vellum)」とは、原皮を石灰につけて毛や脂肪を除去した後、鞣しを行わず木枠に張った状態で乾燥させ、シート状にしたものを言います。表面は密で摩耗に強く、用途にあわせて表面を削って厚みを調整し、中世から書写材料として使用されてきました。

 

16世紀以降には、これらを本の表装材として用いたものがあります。
パーチメント、ヴェラムは吸湿性があり、反りやうねりが発生しやすい素材です。湿気を吸うことでコラーゲン繊維が膨潤し、乾燥する過程で収縮します。表装材として用いられている場合、収縮によりヒンジ部の亀裂やこれらの損傷部分の捲れ、巻き込み部分の剥がれや、表紙そのものの反りを引き起こすことがあります。
ヴェラム装丁本のように形態変化が心配な資料は、適したサイズの保存容器に収納することで、こうした周囲の環境変化による影響を最小限に抑え、損傷の拡大を予防します。

 

▶参考:画像や文化財保存のためのツール開発と教育、実践を行っている米国のImage Permanence Institute(IPI:ロチェスター工科大学画像保存研究所)が、湿度条件の変化によってヴェラム装丁本の表紙に生じる影響の実験映像をYouTubeで公開しています。

 

この実験映像は、相対湿度を55%の平衡状態から25%へ、そして55%に戻し、最後に75%に移行させながら、貴重書の表紙の物理的な変化を撮影したものです。室温で12時間かけて行われています。日常的に起こっている環境湿度の変動に対し、資料がどのように反応するのか、どういった負荷がかかり、時間の経過で劣化へと繋がるかを示唆する非常に興味深い映像です。

 

 

 

 

 

 

 

 

Effect of Humidity Fluctuation on a Rare Book

RIT | Image Permanence Institute

 

 

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2020年9月10日(木)明治新聞雑誌文庫様より、一枚物「寺家村逸雅墓銘」の修理をご依頼いただきました。

東京大学大学院法学政治学研究科附属近代日本法政史料センター明治新聞雑誌文庫様は、明治初期から昭和戦前期にかけての新聞や雑誌等の収集・調査・整理を行っており、明治期に日本で刊行された新聞雑誌類では国内最大のコレクションを有しています。現在は耐震改修工事のため休館しており、再開館は2021年の夏に予定されています。

 

ご依頼いただいた資料は、明治新聞雑誌文庫の初代主任である宮武外骨の友人・長尾藻城より寄贈された一枚物の資料です。「改進新聞」社主・寺家村逸雅の墓銘を和紙に印刷したもので、明治新聞雑誌文庫のご担当者様のお話では、そのような資料が寄贈されたことは昭和6年6月発行の「公私月報」に記載されており把握していたが、所蔵資料として整理された記録がなかったため、これまで文庫内にはないと考えられてきたそうです。しかし、今回の耐震改修工事に伴う資料整理と移転作業の際に偶然発見されました。 

 

資料は厚手の台紙に貼られ剥き出しの状態で壁に掛けられていたため、埃が堆積し全面にフォクシングが発生しており、本紙周縁には破れが生じていました。更なる劣化の進行を防ぐことを目的に、本紙を酸性度の高い台紙から剥がして全面的にドライ・クリーニングをおこなった後、着色汚れの軽減、酸化・酸性劣化の抑制処置として洗浄と水性脱酸性化処置を行いました。その後、本紙の紙力回復のため極薄の和紙で裏打ちを行いました。 

 

ご返却後は、明治新聞雑誌文庫様の新たな所蔵資料の一つとして整理される予定です。

 

 

【関連記事】
・『今日の工房』2019年7月18日(木)汚れた紙資料の水性処置では、洗浄の前にまず「濡らす」ことがなぜ重要なのか?

・『今日の工房』2015年03月18日(水)修理の各工程で使う水にはこれだけの質が要求されます 

・『今日の工房』2014年10月23日(木)新聞資料に対する洗浄・脱酸性化処置

・『スタッフのチカラ』2015年12月2日(水)資料に付着した汚れやカビのドライ・クリーニング

 

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2020年8月26日(水)お客様の現場に出かけて和装本の綴じ直し作業を行いました。

目白にある徳川林政史研究所様にて、和装本の綴じ直し作業を行いました。

徳川林政史研究所は尾張徳川家第19代当主徳川義親によって設立された公益財団法人徳川黎明会に所属する研究所です。国内で唯一の民間林政史研究機関であり、現在は林政史の分野に留まらず、尾張藩の研究や江戸幕府に関する研究なども行っています。

 

同研究所の所蔵史料のうち、和綴じ、主に四ツ目綴じの糸が切れている史料を綴じ直す作業を2017年度より継続的に行っています。史料の持ち出しが難しいことや、特殊な道具が必要なく、糸、針、はさみがあればできる処置のため、研究所の閲覧室の一角をお借りし、スタッフ2名、約一日かけて70~80冊の綴じ直し作業を行います。

 

歴史ある重厚な建物の内部は、都会の喧騒を感じさせない静謐な空気に包まれています。趣のある閲覧室での作業は、工房とはまた違う雰囲気を味わうことができ、毎年の楽しみとなっています。

 

 

【関連記事】
・『今日の工房』2015年9月9日(水)和装本の綴じ直しに使う絹の糸と布。
・『今日の工房』2017年3月15日(水)和装本(四つ目)を仕立て直す。 

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2020年8月6日(木)超音波ミストを作る -修理に用いる手道具

修理に用いる道具や機械は様々ありますが、専門の道具(リーフキャスターや刷毛など)を使用する場合もあれば、ほかの分野の用途、例えばキッチンツールや医療用器具、ホビーグッズなどの中にも応用できる道具があります。私たちが普段使っている手道具もそうした工夫から見つけることが多く、「ポータブル超音波ミストスプレー」もその一つです。装置の中に水を入れてスイッチをつけると、超音波振動により微細なミストが発生する仕組みで、本来、喉や肌が乾燥した際にミストを顔に吹きかけたり口から吸引するための機器です。

 

このスプレーは、狙った範囲に部分的にミストを当てることができるので、書写材料や本の構造に負担をかけずに紙を伸ばしたい時や、破れの修補を行う際、あらかじめシワや折れを伸展しておきたい時などに使用しています。

 

また、超音波振動により発生するミストは、紙に対しゆっくり穏やかに水分を与えることができ、紙資料の修理分野ではトレーシングペーパーなど水分に敏感な素材のフラットニング処置にも用いられています。「少しの水分で十分」という場面ですぐ手に取れる小回りの良さと、瞬時に均一な加湿が行える点で重宝しています。

 

【関連記事】
・2019年5月22日(水)アーカイバル容器の折り筋に骨ヘラでひと手間加えると、仕上がりがいちだんときれいになります。

・2018年8月8日(水)粘着台紙に貼られた写真の剥離は、刃先を温めたペインティグナイフで。

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・2017年11月15日(水) 修理工房で使う2種類の加湿器

・2017年8月9日(水)資料の修理に不可欠な道具のひとつがプレス機です。

・2017年5月31日(水) 耐水性を付与できるシクロドデカンを線状に資料に含浸して水性処置をする。

・2017年1月18日(水)修理に欠かせない道具・材料—リーフキャスティング(漉き嵌め)で使用する竹簾

・2016年2月17日(水) 大判の汚染ガス吸着シートGasQは手作業で一枚ずつカット

・2007年03月05日 いろいろな重さと形の重石

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